自由研究:歴史に見る男性の化粧
男性化粧品、いわゆるメンズコスメが市民権を得つつありますが、「男性の化粧」ってのは歴史的に見てどうなのさ?ということが疑問になったので自由研究として調べてみました。
調査前の予想は「男性の化粧は安定した時代に一般的になる=つまり男性が化粧をするかどうかでその社会の平和度が計れる」なのですが、どうなんでしょう。
歴史を紐解くと、6世紀末〜8世紀の飛鳥・奈良時代に中国から化粧品や化粧法が伝えられ、ここから日本の伝統化粧ができました。
けれどもこれは女性向けだったようです。
聖徳太子は歯を黒く染める「お歯黒」をしていたと言われていますが、虫歯予防だったので「化粧」と言えるかどうかは微妙なところですね。
男性の化粧が一般的になるのは9〜12世紀の平安時代。
女性と同じく白粉を塗り、口紅をつけ、眉を描いていました。
平安時代といえば(一応は)平和な時代です。やはり予想は当たったか、これから激動の鎌倉〜戦国に入って廃れていくんだな!・・・と思ったのですがそういう訳でもなく。
確かに鎌倉時代に一旦おさまるのですが、戦国時代に入ると戦におもむく武士が「敵に首を取られても醜くないように」と白粉を塗り、眉を引くようになるんですね。
中には口紅やお歯黒をする人もいたとか。
さらに若い男性が華美な衣装を着て奇抜な化粧をする“バサラ”という風潮が現れ、廃れるどころかかえって盛り上がってきています。
町人文化が花開く江戸時代には化粧はもっぱら女性のものとなりますが、公家や高位の武家、歌舞伎役者は日常的に行っていました。
「武士道というは死ぬことと見つけたり」で有名な武士の心得「葉隠」にも、顔色をよく見せるために頬紅をつけることが書かれています。
男性が完全にノーメイクになるのは明治維新後。富国強兵により兵力とされた男性の化粧が否定され、完全に女性だけのものになっていくのです。
「男に化粧は必要ない」の意識は、かなり新しいものだったんですね。
そして結論。「男性の化粧と社会の平和度は無関係」
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