コピーライターへの道のり<その1> 

February 23 [Fri], 2007, 9:41
IT企業の広報兼営業から、気がつけばコピーライターへ転職。
26歳、まったくの未経験、大きなハンデを背負いつつも潜入成功。




よくある会話


「ご職業は何を?」


「あー…広告作ってます。」


「広告?デザイナーですか?」


「いえ、コピーライターです。」(小声)


「えっ!かっこいい!」




こんなとき、本気で返答に困ります…。



私のコピーライターとしてのキャリアは、まだ無いに等しい。
ましてや修行中の身で「コピーライター」なんて自分を紹介するなんて、
おこがましい限り。謙虚ではなく、本当にまだ自信がないのだ。

お願いだから「カッコイイ」という言葉を向けないで!!と言いたい。
(※実情を知ればそんなセリフは出てこないと思うが)



「コピーライター」。響きだけは確かにカッコイイ。



しかし、私はコピーライターがどんな仕事をしているのか、
実際にこの職業に就いた人に出会ったことがなかったので、
いまの会社に入るまで正直ピンときていなかった。

唯一の救いは、前職がデザイン業界の人達と会うことが多かったので、
とりあえずデザイナーから聞いた話ぐらいはあったこと。





過酷な労働環境、ということをね(笑)





実を言うと、別にこの職業を昔から目指していた訳じゃない。
なんて言うと、目指して頑張っている人からブーイングが起きそうね…。


ただ漠然と考えていたのは、書く仕事。言葉で表現したい!ということ。
プラス「広告としてのデザイン」には、やはり昔から興味はあった。
もともと絵が好きで、グラフィックデザインも勉強していたほどだった。


でもデザイナーという仕事は、私には縁がなかった。
好きだっただけに、好きなデザインだけを追求したかったから
プロとしては、無理だと悟ったのだ。。。。



でも「広告」はやっぱり好きだったから、何かのカタチで携わりたかった。



なんでコピーライターとして携わったかって?
それは私の経歴が関係している。





それはまた、次回の話へ。


コピーライターへの道のり<その2> 

February 23 [Fri], 2007, 10:11
私はごく普通の、文系の4年制大学出身。
でも留学する為に1年休学をしたので、卒業までは5年かかっている。

向こうでは海外の中の「日本」を勉強し、イギリス人に日本語を教えていた。
このときは文化と言葉というものに興味があり(学部も比較文化だったし)
漠然と留学するのもなんだかなぁ〜ということで、日本語教師としての勉強を始めることに・・・。

これが思った以上にスパルタで(笑)




でも、いま思えばここで日本語の基礎を学んだから結果オーライ?!




そして帰国後、勉強が面白く、そのまま院に行こうかと思った私。
でも、親にはもう迷惑はかけられない・・と悩んでいた頃、





ちょうど大学の図書館に貼ってあった「臨時職員募集」のポスター。





「これなら残業もないし、勉強しつつ進学の資金準備ができるかも?」

と思って受けたら、むかーし勉強したシスアドの知識が評価されて即決
そんな訳で、とりあえずは大学で猶予期間を得たことになる。



しかし居心地がよくて、結局ぬくぬくと2年半も居座ることに(笑)



このとき、残業も無かったのでグラフィックデザインの夜間専門学校に入学。
趣味半分、興味半分といったところかな。でも、ここもスパルタだった(笑)




いま思えば、ここでデザインの基礎を勉強したから結果オーライ?!




そんな大学での勤務は、勤めていた部署が合併でなくなってしまう
ということで、アッサリと退職。院への進学は、やはり資金的に難しく断念。
(断念できたってことは、そんな強い意思でもなかったのかも、と今は思う)



入社した会社は、社会人向けデザイナー育成スクール。

私は広報兼営業として入社。肩書きは「キャリアカウンセラー」。
まぁ営業として成績が上がっていく過程は気持ちが良く、やりがいもあった。


でも、やはり広報部分である、

・イベント企画
・広告物制作のディレクション
・卒業生インタビュー
・イベント報告の記事制作
・Webや広報ツールづくり


こっちの作業のほうが、数倍楽しかった。



そう、好きだったのだ。



となると、やっぱり専念したいという気持ちがむくむくと…。
25歳を過ぎ、年齢的に異業種にチャレンジするには今しかない!
と勝手に思い込んでいた私。で、働きながら履歴書を送る日々が続く・・・。




希望する仕事は、企画ができて、なおかつ書く仕事ということ。




ここまで来ると、自分の目指すものに今までのようなブレはなかった。
何ができるとかそういうことも関係なく「こういう仕事がしたい!」という
明確な目標が出来上がっていて、それに向かって走るだけとなっていた。



続いて、どうやってコピーライターとして潜り込んだかは、また次回へ。

コピーライターへの道のり<その3> 

February 26 [Mon], 2007, 9:59
企画が出来て、なおかつ書く仕事というと、かなり限られる(笑)


しかも私は広告業界も、出版業界も未経験
求人誌を見ても「経験2年以上」の文字が目につく。

しかし転職活動で3社受けたが、実は全部受かっている。
いや自慢ではなく、こういう業界の面接にはコツがある!のだ。



1社目は、広告制作プロダクション。



この会社は契約直前まで進み、自分でも入ると思った会社。

1次面接は1時間強もあり、なんだかお喋りのような面接だった。
そして合格して2次面接→なんと居酒屋面接!!(笑)
社長と役員そして女性社員1人と私、の4人で本音トーク。

こういう業界の人は、目に見えないことをカタチにする職業なので
「こんなことがしたい」と将来のビジョンを伝えるといい。
それが、たとえ夢みたいな話でも、具体的に説明する力があれば
けっこう熱くノッてきてくれるものだ。

あと仕事に誇りを持っているので、素直に聞く耳を持つこと。
で、たまに質問したりして(この積極性と謙虚さのバランスが必要)

要は、短い時間でどれだけコミュニケーションがとれるか。
結局は仲良くなったもん勝ち?(笑)



そして見事合格。


と、よろこんだのも束の間。なんと社会保険が付いていない!
この業界の試用期間の相場は、かなり低い。ので、国保だと相当苦しい。
どんなにやりたいことでも、自立が前提だということを忘れてはいけない。
一人暮らしだし…という訳で、悩んだ末に辞退。



2社目は、どちらかというと冊子物が多く編集業務がメイン。



ここの会社の社長とは、かなり意気投合。
札幌の広告について、本の話題、あらゆる話題で話が盛り上がった。
という訳で必然的に合格!(笑)



ここでのポイントは、「どんな本でも読んでおくこと」。



全部きっちり読まなくても、ざっと目を通してタイトルくらいは覚えておく。
そうすると「いろんな物を見る視点があるな、こいつ」くらいには思ってもらえる。

なぜ辞退したかというと、求人内容とは別に新部門を立ち上げるからそっちでどう?と。どちらかというとディレクションが中心になるということで、どうも目指している方向性が違うと感じて、辞退へ。


そして3社目。ここが今の会社。



面接は30分くらい。ここも雑談のような雰囲気。

過去に書いた書評を持ち込んで、社長に読んでもらった。
留学、広報、営業、いままでの経験を割と細かく質問されたっけ。
そして最後に血液型を聞かれ・・・(?)で、なぜか合格。

結局は血液型占い?(笑)

真相はいまだ不明・・・。
でも、いろいろと回り道してきたことが評価されたような気がしなくもない。
コピーライターは、結局本ばっかり読んで頭でっかちになってもダメ。
経験豊富なほうが、いろんな角度から物を見られるのだ。



オタクみたいに1つだけのことに夢中になっている人より、
いろんなことに手を出した人のほうが向いている
、らしい。



社長からは「将来的には、CDになってもらいたい。長〜く勤めてね。」
というお言葉をいただきました。(※CD=クリエイティブディレクター)

はい、がんぶぁります。

この会社は待遇も前職より良かったし、企業として社員に責任を持っていた。
そして、何より育ててくれるという社長の言葉がとてもありがたかった。



という訳で、3社目に決定!




こうしてコピーライターとして、広告業界に潜入成功した私。

でも、コピーライターという仕事に固執していた訳ではない。
企画」と「書く」この2つを中心に仕事を探したら、ここに行き着いた。

ただ、それだけだ。



好きなことを追求すれば、なりたい職業が見えてくる。
気がつくまで、26年もかかってしまったけれど(笑)
P R
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:みゃりか
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:2月3日
  • アイコン画像 血液型:A型
  • アイコン画像 現住所:北海道
  • アイコン画像 趣味:
    ・読書
    ・旅行
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