PM6:37(文伊)
2005年08月22日(月) 0時41分
これも去年の12月作。今とは色々違って自分で見てて新鮮でした。
−PM6:37−
何時の間にか後ろへと回った気配に気付たも時既に遅し。
帳簿へと記し終わった薬品の瓶を両手に抱えて戸棚を開けようと手を掛けた姿のまま、伊作は動きを止める。真正面にある焦げ茶色をした年季の入った棚に掌をぺたりとつけるようにして、日焼けした二本の腕が伊作の体を挟み込んでいた。
己の動きを阻む腕を横目でちらりと見遣り、きゅ、と唇を噛む。
すぐに振り返ることはしない。
「…吃驚したなぁ。なに、また何処か怪我でもしたのか」
ふ、と僅かに吐息交じりに笑みを零すと一瞬ぴりりと張った空気が急速に温度を取り戻していく。両側の腕は未だ微動だにせず、押し殺すような呼吸を紡いだ。問いかけに帰ってきたのは沈黙のみ。放課後、生徒は殆ど寮に戻ってしまう。保健室のある校舎には教師が数人残っているかいないか、独特の静けさがあった。僅かに戻ったかと思われる空気の熱を逃がすまいと、伊作は早口で続けた。
「今日は怪我人も病人も少なくて助かったんだ。新野先生も用事で留守にしていらっしゃるけど、薬品整理をする暇もあって」
最後まで言い切らぬうちに棚につけられた手がグ、と拳を握る。その様を視界に捉えて思わず語尾を濁した。こく、と喉元を動かして出しきれなかった言葉を飲み込んだ。
悟られぬように。
「………仕事が出来ないじゃないか。文次郎」
笑った声が微かに掠れたその拍子、急に肩を掴まれて強い力で振り向かせられる。抗う事もせずに棚に肩を打ち付け、く、と小さな呻きが零れた。腕から滑り落ちた薬瓶が床にぶつかって派手な音を立てる。文次郎の背後から射す朱の光に双眸を細め、反射的に顔を俯かせる。己の足元、散らばった破片の下で零れた液体がじわりと床色を濃く染めているのが目に入った。
「伊作」
低い声で名を呼ばれゆっくりと視線をあげると、幾分か慣れたのか文次郎の表情が伺えた。
眉根を寄せて眉間には深く皺を刻み、此方を睨むような視線。真一文字に結ばれた唇はそれ以上の言葉を発しなかった。この男が普段良く浮べる表情は、背後から射す夕日が作り出す陰も手伝って普段よりその険しさを増しているように見える。しかしその目元だけが苦しげに歪められている事に、伊作は僅かに目を見開いた。
―駄目だ。
―私には出来ない。
−PM6:37−
何時の間にか後ろへと回った気配に気付たも時既に遅し。
帳簿へと記し終わった薬品の瓶を両手に抱えて戸棚を開けようと手を掛けた姿のまま、伊作は動きを止める。真正面にある焦げ茶色をした年季の入った棚に掌をぺたりとつけるようにして、日焼けした二本の腕が伊作の体を挟み込んでいた。
己の動きを阻む腕を横目でちらりと見遣り、きゅ、と唇を噛む。
すぐに振り返ることはしない。
「…吃驚したなぁ。なに、また何処か怪我でもしたのか」
ふ、と僅かに吐息交じりに笑みを零すと一瞬ぴりりと張った空気が急速に温度を取り戻していく。両側の腕は未だ微動だにせず、押し殺すような呼吸を紡いだ。問いかけに帰ってきたのは沈黙のみ。放課後、生徒は殆ど寮に戻ってしまう。保健室のある校舎には教師が数人残っているかいないか、独特の静けさがあった。僅かに戻ったかと思われる空気の熱を逃がすまいと、伊作は早口で続けた。
「今日は怪我人も病人も少なくて助かったんだ。新野先生も用事で留守にしていらっしゃるけど、薬品整理をする暇もあって」
最後まで言い切らぬうちに棚につけられた手がグ、と拳を握る。その様を視界に捉えて思わず語尾を濁した。こく、と喉元を動かして出しきれなかった言葉を飲み込んだ。
悟られぬように。
「………仕事が出来ないじゃないか。文次郎」
笑った声が微かに掠れたその拍子、急に肩を掴まれて強い力で振り向かせられる。抗う事もせずに棚に肩を打ち付け、く、と小さな呻きが零れた。腕から滑り落ちた薬瓶が床にぶつかって派手な音を立てる。文次郎の背後から射す朱の光に双眸を細め、反射的に顔を俯かせる。己の足元、散らばった破片の下で零れた液体がじわりと床色を濃く染めているのが目に入った。
「伊作」
低い声で名を呼ばれゆっくりと視線をあげると、幾分か慣れたのか文次郎の表情が伺えた。
眉根を寄せて眉間には深く皺を刻み、此方を睨むような視線。真一文字に結ばれた唇はそれ以上の言葉を発しなかった。この男が普段良く浮べる表情は、背後から射す夕日が作り出す陰も手伝って普段よりその険しさを増しているように見える。しかしその目元だけが苦しげに歪められている事に、伊作は僅かに目を見開いた。
―駄目だ。
―私には出来ない。
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