過去編-母と私- 

January 02 [Wed], 2008, 13:38
母も落ち着けば、とても優しい人なのです。
私が苦しくて泣きそうになった時に抱きしめて撫でてくれたのは母でした。


けれど、私もまだ学生の身です。まだまだ子供です。我慢がきかないので今の母とは対立してしまいます。


親には“学業専念のため”と言い、登校に便利な地へと移りましたが、本当の理由は上記の通りです。
私はどこかで躁状態を予想し、逃げたのです。
申し訳ないけれど、私が居ても何も出来ないし火に油を注ぐだけなのです。


そして私は今年成人式を迎えます。
これでまた一悶着がありました。


11月に帰宅した際、
「着物は父と二人で買いに行きたい」
と母に言いました。

とても買い物に連れていける状況になかったので。
父と二人きりの買い物はもう二度とないかもしれないから、
と押し切りその時は快く納得してくれました。


けれど、後日父に
「どうしてあの時私を連れて行かないと買わせないって反論しなかったんだ!謝れ!土下座しろ!」
と言ったそうな。
父には本当に迷惑をかけてしまいました。
もう成人式は諦めるつもりです。そうしたら何も言ってこないでしょう。



そして、どうしてこの時期に重なってしまったのか。私の晴れ着の見立ては母の夢だったそうだから叶えてあげたかったのだけれど…
店員さんの迷惑を考えると恐ろしくてとてもじゃない。


まぁ、おじいちゃんに私の着物をだしにお金を要求してるらしいから、同情も薄れますけどね。

経過報告 

January 02 [Wed], 2008, 13:18
関西へと行った母
夜は病院近くの知人宅にお世話になるとのこと

明け方、伯母からの電話
「夜、ムリみたいだから今から(知人宅に)行ってそっちに連れて帰るね」

果たして何をしたのやら。話し相手役を強要したのではなかろうか。

新年早々、たくさんの方に迷惑をかけてしまったよう。
本当に申し訳なくて謝っても謝っても足りない。



そして、私も“母がいない”という条件の下に帰省していたので只今撤退中



家を出るときに玄関先で父と話し込んでいたら、犬の散歩中のおじいさんがジロジロとこちらを見ていた。
あの人にも迷惑をかけたのだろうか…

付き合い方 

January 02 [Wed], 2008, 3:39
この日記は否定や悪口を書くためだけに書いた訳ではないです。


対処方法を、読みながら考えて欲しいのです。



例えば、私の母のような人に捕まった時の対処は、発言を否定せず相槌をうち言い訳をつけて逃げる事だと思います。


否定すれば怒り出します

話を聞かなければ怒り出します

あからさまに逃げれば怒り出します




こういった事が出来ないのが商売をしている人です

どんな人でもお客様は相手しなければなりません

それを彼女は分かっているので、また延々と話しかけます



この場合は私にも分かりません…

過去―対立編 

January 02 [Wed], 2008, 2:39
母がまた癇癪を起こした。

その様子に気づき、弟は2階からかけ降りた


そして、一悶着
片や支離滅裂な文句をぶちまけ
片やそれに一々反論


まさに売り言葉に買い言葉



ついに母は何かを抑える事が出来なくなり、壁の飾りを引き剥がしては床に叩きつけ、それでは飽きたらず砂糖を床にバラまいた。



こんな日常


ある日、父が帰ると母の叫び声

その先の階段下収納には縮こまりガタガタと震えている弟。
一通りまくし立てると
「もう上がって良い」
と、二階へ。





後日、弟に何があったのかと聞くと
「覚えてない。
とりあえずこっちがおかしくなったら、部屋に帰してもらえると思って演技してた。
だから何言われてたかも分からない」



成人に満たない子の苦肉の策

補足 

January 02 [Wed], 2008, 2:24
私の家は5人家族

父・母・兄・私・弟


兄は海外で奥さんと学生生活

私は9月から都内で一人暮らし




母は私が一人暮らしを初めた頃から躁状態へとなった。

その行動は日中夜、睡眠や食事もろくにせずに他人に息もつけぬ程に延々と話続け、気に入らない事があればキレ・叫び・暴れまわる。


後に書きますが、近所の学生に
「頭のおかしなクソババア」
と言われたそうな。
私から見ても、今の彼女はそう見えてしまったり…実の母親なのにね。



元旦に帰宅した際の弟の一言には、苦しくなった。
「本気で離婚して欲しい。その為には家を売らなきゃいけない…家はなくしたくない」


姉目線かも知れないけれど、弟は最終ラインは分かる子だ。その子がそこまで言う程らしい。


これまた後に書くかもしれませんが
「殺してやる!」
「殺してくれ!」
というやりとりを母と息子でしたそうな…





何してたのやら 

January 02 [Wed], 2008, 1:54
今までの事件は後々…


私は今、都内に一人暮らしをしています。
今年は母と折り合いがあわず、埼玉の実家に帰れない状況でした。

しかし、
「ママは今日友達の所(関西)まで行ったから帰っておいで」
との電話。


午後8時に家に着く。
待っていたのは疲れきった父と弟。
朝からのいきさつを説明された。



約48時間耐久で母の話を元旦AM6:00まで聞いていたそうな。
その間、ご飯や睡眠は許されず(逆上して暴れ叫ぶので)トイレまで付いてきて様々な話を聞かせるらしい。

とうとう父が布団に入ると、叫び・まくし立て挙げ句の果てにカバン類を顔に落とす始末。
それでも、もう父は布団から動かなかった。

母は次に、弟の部屋のドアをガンガンと叩き
「出掛けるからね!!」
と怒鳴った。朝から迷惑極まりない。

AM9:00
「金よこせー!!」
と父を叩き起こす。
躁状態の時はお金使いも荒くなるので、お金の管理は父がする。

母の友人のお父さんの状態が悪く、どうしても会いに行きたいとのこと。
父は迷惑を考え半月程踏みとどまらせていた。しかし、この日は限界だった。


しぶしぶ起きてお金を出す。
「これじゃ足らない!有り金全部!」
父は小銭まで全てを出して見送った。そしてまた眠りへ…


そんないきさつや今まで起こした問題を聞いていた夜中0時を過ぎた頃。

母の友人からSOSの電話。

どうやらその時間に病院に押しかけたらしく、対処に困っているとのこと(母の病気は知っている)


うちからその病院まで、遅くても午後1時には着く。空白の時間を考えると恐ろしく、考えたくもない。


慌てて、そっちに住む伯母に連絡を取り対処をお願いする。



今は進展待ち。
伯母の話に夜と、伯母と母の友人と話合ってる最中も、電話越しに大声で絶えずはなす母の声が聞こえていたとか。

初めに 

January 02 [Wed], 2008, 1:37
年始早々、ウツな日記を付ける決意をしてしまいました。


ある意味記録日記





まず、初めに
私の母は
『躁鬱病』という病気です。

うつ病、と言う名は誰でも聞いたことがあるのでは?

私も詳しくは知りません。記載内容に語弊があるかも知れません。
ですが、私の母が起こした事実しかかきません。


母の場合は躁状態の時、気分が高揚して突拍子もない事をしだして
うつ状態の時にそれを思い出して殻に閉じこもり落ち込む。
そして、またその鬱憤を晴らすかのように躁状態への繰り返し。


これは、そんな母への愚痴&観察日記
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