男は黒ずくめだった。
シャツもジャケットもスボンもネクタイも被っている帽子も靴も真っ黒だった。
僕が「どちらさまですか?」という前に男が口を開いた。
「こちらは−−−さんのお宅でしょうか?」
名前が聞き取れない。
僕が聞き返すと
「こちらは−−−さんのお宅でしょうか?」
この男は僕に向かって喋っているのだろうか?随分と小さい声で喋る男だ。
僕は寝起きだった事もあってめんどくさくなり、
「違います。」
と言ってドアを閉めようとした、きっとセールスかなにかの勧誘だろう。
すると男はさっと上着の内ポケットから写真を取り出し、少し大きめの(といってもまだ普通よりかは大分小さいが)声で
「ではこの男をご存知ですか?」
と一枚の写真を僕に差し出した。
写真の中ではソファーに座った知らない男がこちらを向いていた。
これといった特徴のない男だ、
目鼻立ちは整っていると言えなくもない、が顔のバランスのせいなのか印象がとても薄い。
ただ目、鼻、口を正確に配置した、といったような顔で写真から目を離したらすぐにどんな顔か思い出せなくなるだろう。
着ている物もとてもシンプルで白いシャツにベージュのチノパンという普通の格好。
目の前にいる男とは大違いだ。
どこかのホテルだろうか、ロビーのような場所が背景に写っている。
ホテルだとしたらそれなりに高そうなホテルだ、
大理石の床はピカピカに磨きあげられ、男が座っているソファーも豪華だった。
ソファーの後ろには何人かの人たちが歩いている。
みなスーツを着ていて一様に時計を気にしながら思い思いの方向へ向かっていた。
妙な写真だ、
なぜ後ろのスーツの男たちはみな一様に時計を見ているのだろう。
一人の例外もなく腕時計を見ている。
写真の中では五人の男がみなスーツを着て、腕時計を眺めているのだ。
もしこの写真がホテルで撮られた物であれば別に不思議ではないのかもしれない、
出張に来たサラリーマンが時計を気にするのは普通の事だろう。
だが、写真に写っている五人のサラリーマン(のように見える男たち)が同時に腕時計を見る、という事があるだろうか?
いや、あるのかもしれない、僕はいろいろな事を気にしすぎる所がある。
しかしなぜ僕はこの写真がそんなにも気になるのだろう?
知らない男が写っている、なんでもないこの写真が。
夢の中に出てきた彼女の言葉。
『早く起きないと面倒な事になるよ』
彼女が僕のそばにいた時、彼女の言う事はいつも正しかった。
夢の中の彼女でもやはりそうなのだろうか。
黒ずくめの男が口を開いた。
「その男を探して欲しいのです」
仕事だ。