治療という事
2006年07月01日(土) 5時57分
さて。
医者になって 20年弱…
【 治りますか? 】 と訊かれる事がしばしばありました。
僕がまだ、脳外科医としての仕事に比重を置いているころ、
このセリフには、随分悩まされたような気がします。
基本的に僕は、治療とは、病気・怪我をする前の状態まで回復する事。
と、考えていますが、果たして 後遺症なく、治癒してくださるのか…。
いつも 悩んだり、色々と足掻いていたりしていたような気がします。
後遺症が残った患者さんからも、
『 ここまで回復するとは思いませんでした 』 と、
お礼を言ってもらったりする事もありましたが、
やるせないやら、無力感を感じていたりなどしつつ、
患者さんの笑顔に救われていたような気がします。
脳というのは、かなり特殊な臓器ですから、いろいろな後遺障害が出やすいですから、
違う領域の医者を 羨ましく思った事もありましたねえ…
そうです。
【 治療 】 に話を戻しましょう。
例えば骨折。
折れた骨がキチンと融合し、元の筋力に復したなら、これで治療は完了でしょう。
たとえば その患者さんが
『 100mを 10秒で走れるようにしてください 』 と言ったとしましょう。
もともと その患者さんが 10秒で走れていたなら、それは治療の一環といえましょう。
しかし、もともと 15秒でしか走れていなかったのだとすれば、10秒で走るためには、
努力だとか、教育だとか、様々な成長因子が必要なわけで、
これは治療の領域ではなさそうです。
心療内科・精神科に専念するようになってからも、やはり
【 治りますか? 】 と訊かれる事がしばしばあります。
僕は、元の状態に戻る事は可能だと思いますし、
それが、狭義の 【 治療 】 だと考えていますので、
だいたい 【 なおります 】 と答えるようにしています。
しかしながら、元の状態に復したとして、それで満足してくれない人もいます。
元来できなかったことを、薬の力でできるようになると錯覚する事が多いのでしょうか?
元来できなかったことを、薬の力を借りながら、できるようになることは充分に可能でしょう。
けれど、 【 薬を飲んでいればできるようになる 】 と言うことでは 無いような気がします。
上手に服薬しながら、より成長する努力のようなものが とても重要だと思っていたりします。
そういうわけで、心の領域における 【 なおった 】 は、
元の状態に戻ることに加えて、さらなるステップアップが求められると考え、
教育的側面の重要性のようなものを、シミジミと考えていたりするのでした。
『 どんなことにも動じず いつも冷静で 仕事を完全に遂行できるようになりたい 』
と、言われたとしたら、きっと僕は、
『 以前に そのような状態になった事があるのですか? 』
と、訊きかえしてしまいたくなります。
それはまるで 整形外科医のところに行って、
『 イチロー選手になれないのが悔しいので あんな風にしてください 』
と、言っているような気がするのですけれども…
まあ… いろいろと 難しいですねえ^^;
とか ゴチャゴチャ言う前に、僕がもっと成長しろっ! という話なのですけれども。
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- 船長 |
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