減点法と加点法。 

2006年08月23日(水) 5時03分
 
シミジミ思うことなのですけれど、
たとえばテストの評価で言うなら、
加点法と減点法があると思います。

生真面目な人は、自分自身に対して、
減点法を使うことが多いと思います。

たとえばテストで、80点を取ったとしましょう。

『 80点も 取れちゃった^^らっき♪ 』
と、喜べるか、
『 …20点も できなかった…  』
と、がっかりするか…、

能力、結果は同じなのですけれど、
前者の方が、ハッピーな気がします。


たいていの人は、好意を持っている人に対しては、
加点法を用いて評価する傾向があるように思います。

『 ここが良い♪ こんなところも良い♪ 』 
と、いった感じで ドンドン 加点する感じになりがちだと思います。


そして、たいていの人は、嫌悪感を抱いている人に対しては、
減点法を用いて評価する傾向があるとも思います。

『 あそこが悪い… あんなところもイヤ… 』
と、いった感じでしょうか…

逆説的に言うなら、
自分に対して減点法を使っている人は、
自分のことを、あまり好きではないのかもしれません。

自分自身に対して、加点法を使えるようになれれば、
ひょっとしたら 自分自身を好きになれるかもしれませんし、
すこし、ハッピーな状態に近づくのかもしれないと、
ぼんやり考えたりしてみるのですけれど、
そのあたりいかがでしょうか?


… まあ …

自分のことを好きすぎて、
無根拠に加点法を使える人は、ちょっと困った感じはありますけれど…


 

孤独。 

2006年08月06日(日) 8時39分
 
 
さて。

なんだかんだと、バタバタ、ジタバタとしている間に、8月になってしまっていました。

どうでもいいようなクダラナイことから、重大事件まで、
様々なことのあった、激動の数週間でしたが、
なんとなく、小康を保つような雰囲気を醸しだしている気配です。


と、書き始めたとたんに、またもや悩ましい問題が持ち上がり、
そのことを、あれやこれやと考えたり、対応したり、悶々としていたりしているうちに、
瞬く間に2週間が過ぎているという始末。


何を思って、この文章を書き始めたのかさえ分からなかったりするのですが、
薄らいだ当時の記憶を引っ張り返してみると、
どうやら、孤独との闘いと言うことを書きたかったのだと思われます。


きっと、この頃、僕はとても 【 孤独 】 だったのでしょう。


かといって、今現在、 【 孤独 】 では無くなったわけでもないのですが、
ことさらに そのことを抽出し、再考する必要の無い状態になっているようです。


振り返ること20数年前、
『 人生とは、孤独との闘いであるな… 』 
などと、分かったようなことを考えていたあの頃を、
遠い目をして思い出したりしてみるわけですが、
今もなお、
『 人生とは、孤独との闘いなのかもしれない 』 
と、考えていたりするあたり、進歩がないというかなんというか…。


建設と破壊。 

2006年07月15日(土) 8時35分


何事においても、 【 建設する 】 ということは、なかなかに難しいことなのだと思います。

それにひきかえ、 【 破壊する 】 ということは、思いのほか簡単なことのようで…TT


ある共同体において、多数の人が建設的にガンバっていたとしても、
たった一人の 【 破壊者 】 に よって、
建設していたものが破壊されることも、よく見かける光景なのかもしれません。


… あまり、良いことではないのでしょうけれども …



僕の座右の銘は 【 他力本願 】 なのですけれども、
最近は、 【 刹那的かつ建設的に 】 という言葉が気に入っていたりします。 

… えと … すみません TT  
勝手な造語ですので、ググろうとかしないでくださいねTT

一見、矛盾しているかのように思われがちですが、あながち矛盾してるとも言い切れないのではないか?
とか、自画自賛していたりするのですけれど、誰も褒めてくれないから、自分で褒めるしかないわけで、
そのあたりから、僕は、自分で自分を褒めて育てる方針を採らざるを得ない…
というのは、また別の話なのでしょう。


 

外見。 

2006年07月09日(日) 17時14分
 
 
さて。

どうでもいい話なのですけれども、
僕は警察との相性が良くありません。


先日、またも 【 職務質問 】 を 受けてしまいました。

えと。
これが、3度目の職質です…

たいていの人は、職質を受けたことがあると思っていたのですけれど、
存外、その経験を共有できる人は少なく、あまりされないのでしょうか?


一度目の職質は、とある大学病院の近くで、深夜、
手術をしてフラフラになって帰っているところに声を掛けられ、
名前や職業を名乗らずにいると、滅茶苦茶に居丈高な警官から、
メタメタに言われてしまったので、当時、救命救急をしていた僕は、
何かと怪我の具合の報告などで交通課?の警察の人と親しかったので、
携帯で連絡し、居丈高な警官を叱って戴くということをしてしまいました。

『 白衣を着ているときと、着ていないときで、
             随分態度が変わるんですね^^ 』
などと、キッチリ、嫌味の一つも言ってみたりなどしつつ^^


二度目の職質は、上野でのことでしたが、
『 カッコいいバッグだけど、ナイフとか入っていないかな?? 』
などと、声を掛けられ、思わず抵抗していると、連行されそうになり、
身分証を見せて、連行は避けるという感じになりました。
… 反抗的な態度は慎もう … と 心から思ったわけですが、
まあ… 若気の至りということで …

というか、学生のころを含めると、もっと職質されたような気がしますが、
… そんなに 怪しいですか?? 僕 …




 

治療という事 

2006年07月01日(土) 5時57分
 
 
 
さて。

医者になって 20年弱…

【 治りますか? 】 と訊かれる事がしばしばありました。

僕がまだ、脳外科医としての仕事に比重を置いているころ、
このセリフには、随分悩まされたような気がします。

基本的に僕は、治療とは、病気・怪我をする前の状態まで回復する事。
と、考えていますが、果たして 後遺症なく、治癒してくださるのか…。
いつも 悩んだり、色々と足掻いていたりしていたような気がします。

後遺症が残った患者さんからも、
『 ここまで回復するとは思いませんでした 』 と、
お礼を言ってもらったりする事もありましたが、
やるせないやら、無力感を感じていたりなどしつつ、
患者さんの笑顔に救われていたような気がします。

脳というのは、かなり特殊な臓器ですから、いろいろな後遺障害が出やすいですから、
違う領域の医者を 羨ましく思った事もありましたねえ…

そうです。
【 治療 】 に話を戻しましょう。

例えば骨折。
折れた骨がキチンと融合し、元の筋力に復したなら、これで治療は完了でしょう。

たとえば その患者さんが
『 100mを 10秒で走れるようにしてください 』 と言ったとしましょう。

もともと その患者さんが 10秒で走れていたなら、それは治療の一環といえましょう。
しかし、もともと 15秒でしか走れていなかったのだとすれば、10秒で走るためには、
努力だとか、教育だとか、様々な成長因子が必要なわけで、
これは治療の領域ではなさそうです。

大丈夫。 

2006年06月15日(木) 3時53分
  
 
 
さてさて。

【 大丈夫 】 という言葉あります。

この言葉も随分多義なのでしょうけれど、
大まかに
『 なんともない 』 と 『 がまんできる 』 に 分けてよいと思います。


よく 『 大丈夫です♪ 』 と 言われることがあります。

本来的には、
『 辛いけど 我慢できる 』 であって
『 我慢できるから 辛くない 』 では 決して無いと思います。

『 我慢できるから 辛くない 』 と、考える人は、
『 ガマンできなくなって 初めて 【 辛い 】  』 を意識するのだと思います。

そいでもって、
『 我慢できるうちは なんでもかんでも 我慢する傾向』 が ある気がします。


今回焦点化したいことはココで、そんな人は、
ギリギリまで、 【 しなくてもいいガマン 】 を する傾向がある気がします。


そもそも 人の心のキャパシティなどと言うものは限られているもので、
人によって違うのでしょうけれども、 
【 バケツ 】 サイズから 【 お猪口 】 サイズまで さまざまでしょう^^

しかし、心の器の大きさに関係なく、
【 バケツ 】 や 【 お猪口 】 や、【 マグカップ 】 に関係なく、
ドンドン 水を溜めていけば、いつかあふれてしまうように、
心のキャパシティが いくら大きくても いろんなストレスだとかを溜めすぎると、
結局いつかはあふれてしまうのだと思います。

もちろん、人にもよりますが、
もう少し 早めに 心の器を 空っぽにできればいいのに… 
と 思わされる人が とても 多々ありますので、
ゆるりと 心のコップだか お猪口だとか バケツだとかを 
空っぽにすることが 大切なのだなあ… シミジミ思っていたりするのでした^^;

信頼関係。 

2006年05月26日(金) 16時36分
 
 
 
さてさて。

光陰矢の如し とは よく言ったもので、
カップヌードルができるまでの3分間は妙に長かったり、
楽しい人との お話は あっという間に短かったりするものでして^^;

このあたりを 【 内的時間 】 と 【 外的時間 】 
とか言いながら説明したりすることもあるわけですけれども、
それとは また 別のお話を書いてみたりしようかと思います。


最近 … というか ここしばらく … というか … 随分長い間、
【 信頼関係 】 なるものについて 考えていたのですけれども、
ここにきて、シミジミと そのことを 考える機会を得たり致しました。




 

優美。 

2006年04月13日(木) 1時18分
 
 
というわけで。

最近 【 エレガンス 】 なる言葉を しみじみと考えていたりします。

僕には、もっとも縁のない言葉なのかもしれません。

ある人に言わせれば、僕は深爪だから、優雅ではないとのことですが、
それは 大いなる誤解であって、どこからどうみても、
深爪だとか、フカヒレだとかは関係なく、僕は優雅ではありません。

これは真であり、それは自明なわけで、
それは あたかも、
『 地球は丸い 』 だとか、
『 時は止まらない 』 だとか、
それくらいアタリマエなことであって、
『 神は死んだ 』 だとか、
『 我 物思う故に 我あり 』 だとか、
解釈の相違により変動するものではなく、
『 イチローが投手になる 』 だとか、
『 ヒデがボクサーになる 』 だとか、
ほんのわずかでも可能性を残すことでもありません。


そういうわけで、 【 エレガンス 】 って なんだろう?
とか、考えているわけですけれども、なんなんでしょう?


ぼけ〜〜〜っと、
『 ああ… 【 エレガンス 】 で あるなあ… 』 
と、感じることが、時々あるわけですけれども、
これはかなり、感覚的なことなのだと思われます。


思い起こしてみると、僕は随分と、この 【 エレガント 】 な要素に憧れているようです。


そしてどうやら、 【 エレガンス 】 なるものを、女性的と考えているのだと思われます。


【 エレガンス 】 の規定を考えてみたりすることは時間のムダかもしれませんけれど、
そんなことを言っていると、何もかもが時間のムダに思えてきますので、
ちょっくら規定してみたいと思います。


授業中。 

2006年04月12日(水) 15時09分
だらだらと、授業をうけています。

正確には講習というようですが、気分は中学生気分だったりします

とりあえず、自動車運転免許証の更新に来たのですが、今回は違反をヒトツしてしまっていたようで、アリガタイ講習を受講できる資格を得られたわけですね


で、今僕は、中学生か高校生のように、コソコソと携帯電話を触っているわけです

ついに自分が、携帯からブログを更新できるようになった喜びを感じるとともに、僕の思春期のころに、この便利な機械が無かったことに、悲しい思いをしたりするのでした

2時間に及ぶアリガタイ講習も、残り30分

〜まあ、このブログにたどりつくまで、一時間かかったというのは、内緒にしておきます

携帯のブラインドタッチの練習を始めている自分が、とてもイジラシク、かわいらしかったりしますが、こんなことを書いている自分が情けなくもあるのです


よしっ、ブラインドタッチをマスターしたようです



携帯って、便利ですね〜

近代人。 

2006年03月30日(木) 16時01分
  
 
ところで。

先日、恐るべきことを耳にしてしまいました。

真偽のほどは定かではないのですけれど、
現代史においては、僕は 【 近代人 】 に分類されてしまうというのですTT

なんでも 1980年以降に生まれた人が 【 現代人 】 なのだそうで…

現代に生きていても 【 近代人 】 というのが、妙に可笑しくてw

思いっきり 気に入ってしまったのでした。

というわけで、僕は、【 現代人 】 ではなく、 【 近代人 】 なのです。 

さくさくっと 辞書を引いてみましょう。

 【 近代人 】 
近代の特徴である自我に基づいた人間主義、合理主義などの近代思想を身につけている人。

… ふむふむ …。 なるほろ…。

ということは、僕は 【 自我 】 に基づいた 【 人間主義 】 【 合理主義 】 などの
【 近代思想 】 を身につけている人だということになりますね。

… なんといいましょうか …

言葉の多義性に基づいた、なんだか言葉遊びのようなことになってきましたけれど、
そもそも 【 人間主義 】 なんていう言葉が、多義でもありますし、
【 合理主義 】 なんていうものも、理の数だけ合理性も多様なわけですし、
【 自我 】 なんていう言葉も、曖昧模糊とした言葉なわけですから、
こうなってくると、もう、なにがなんだか よく分かんない状態になってしまいますが、
とにかく僕は、現代に生きているのだけれども、 【 近代人 】 なわけです。 


というわけで、僕はこれから、
『 【 近代人 】 として言わせていただけるなら… 云々 』
『 【 近代人 】 的感覚では… 云々 』
などという言い回しを、とても好んで用いることになるのだと思います。

そして、よくわかんなかったり、都合が悪くなったりすると、
『 【 現代人 】 的感覚は理解し難い… 』 
などと言い訳をすることになることでしょう。


ということで、僕がイロイロと訳の分からないことをしでかしても、
『 … 【 近代人 】 だから、しかたないか… 』 と、
哀れんだり、諦めたりしてあげるのが良いような気がします^^;
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