引っ越しました。 

December 29 [Wed], 2004, 20:14
約1ヶ月お世話になりましたが、引越します。

新生「Remember ME」はこちら。

I'm waiting for…in New York〜「ターミナル」「恋愛寫眞」〜 

December 28 [Tue], 2004, 1:56
「ターミナル」を見に、昨夜久々に映画館に行きました。「SWING GIRLS」(9月)以来。私だって10年前はセーラー服を着て、(吹奏楽部内臨時)ジャズバンドで吹いてたんです。「あ、これ吹いた」という曲も出てきて、ますます楽しめました。曲を聴くとあやしいながらもまだ指が動く「元SWING GIRL」ですが、今は吹いてませんし、セーラー服もあるけど着(られ)ません(笑)。

ニューヨークへのフライトの最中に故郷でクーデターが起きて、空港から出ることも、故郷へ戻ることもできなくなってしまったナボルスキー(トム・ハンクス)のヒューマン・ストーリー「ターミナル」。空港の中に住みつき、友人と稼ぎ口、そして恋焦がれる女性(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)を見つけ、日々を過ごしていきます。テンポが良くて、飽きずにストーリーにのめりこめます。「ジャズ」も確かにいいけれど、ラストのインドのおっさんの行動が印象的でした。

「ニューヨーク」「待つ」のキーワードは「恋愛寫眞」にも。劇場公開に行けなかったのでレンタです。「死んだと聞かされた恋人から手紙…」というので、面白そうと思いつつ「『Love Letter』のパクリ?」とも思ったのですが…。
「期待していたほど面白くはない」というのが第一印象。能力も(身長も)「女性が男性を超す」のって、男性にとって嫌なものですか?それとも、時間を掛けて築き上げてきたものを、始めたばかりの奴にいとも簡単に超えられてしまうのが気に障ったのでしょうか。プロカメラマンの元恋人・静流(広末涼子)から手紙が届きNYに渡る冴えないカメラマン・誠人(松田龍平)。広いNYで静流と、そして‘自分’を探します。でも、あのオチはちょっとどうかな。。
       (「The Terminal」/'04・アメリカ、「恋愛寫眞」/'03・日本)

学生時代に撮ったお気に入りの1枚。大阪の空中展望台にて。

深紅は何を語る?〜「Dolls」〜 

December 25 [Sat], 2004, 23:53
VAIOの調子が悪いのでネットする時間を減らした分、映画(と言っても殆どビデオ=うちにはDVDなんぞない)や音楽、読書にもっと時間を費やそうかと思う今日このごろ。別にものすごく映画が好きなわけではないですが、今日も映画ネタです。

以前、「北野映画は映像の美しさだけが先走る」という評をどこかで聞いたことがあります。先月「座頭市」のテレビ放映を見ましたが、正直言って面白かったのはタップダンスのシーンだけだったと感じました。途中で少し寝てしまったし。そんなわけで、ちょっと博打だとは思ったのですが借りてみました、「Dolls」。(以下ネタバレ注意のため反転で)

冒頭は近松門左衛門の文楽「冥土の飛脚」。文楽の知識はほぼゼロなので「何のこっちゃ」と最初は思ったのですが、ここでよくよく考えてしまうと、もしくは文楽の知識があるとラストが見えてしまいます。心中劇ですから(あ、ネタバレ)。人形の表情が途中で変わるはずなどないのに、変わって見えてしまうところが不気味です。

人形のように表情がない3組の男女が、静かに静かに、それぞれの「愛」を紡いでいくストーリー。オムニバスではなく、3組が脆い糸で繋がっています。脆すぎて、意味が分からなかったのですが(笑)。狂気に陥った佐和子(菅野美穂)と、彼女を狂気に陥れた松本(西島秀俊)の「繋がれ乞食」を結ぶ紐、何十年も、来ない恋人を待ちつづける女(松原智恵子)の着ているワンピース、事故で顔が変形したアイドル春奈(深田恭子)と、彼女の為に両目を潰したファンの男が見る薔薇。舞い落ちる紅葉、そして流れる鮮血。表情も会話も音楽もほぼ抹殺してしまっている分、「深紅」が多用された美しい映像が引き立ちます。ただ、これは映画。ストーリーまで殺してしまったら、映画として成り立たないのでは?

この作品の主旨が理解できないのは、単純明快なエンタメ映画に慣れすぎたせいなのか、それともただ読解力がないだけなのか。結局のところ、「よく分からない」で終わってしまいました。。

                            (「Dolls」/'02・日本)

スペシャルオリンピックス 

December 24 [Fri], 2004, 16:48
名前くらいは知っていたのですが、いつどこで行われるのか全く知りませんでした。スポーツはフィギュアくらいしか興味がないので…(今夏のオリンピックの時は非国民扱いされた)。しかし、昨日のユニクロのチラシを見てびっくり。ええ、kidsと分かっていながら、そして着ることはないと分かっていつつも、買いに走りましたとも。25歳、身長165p。「150」が入ってしまいました(予想外)。どうせ胸ないですよ…どうせ…。

知的発達障害のあるアスリートたちが、自分の可能性に挑むスペシャルオリンピックス。2月末に長野で開幕します。そういえば(今は見ていないけど)金八先生に出てくるヤヨもトーチランの練習をしていましたね。

別に体を動かすことが嫌いなわけではないのですが(得意ではないけれど)、どうもスポーツに興味が持てないのは「記録が全て」という風潮があるから。逆にそれがスポーツの魅力かもしれませんが、文化系(?)としてまったり生きてきた自分にとってはちょっと…。この大会ではただメダルだ記録だと騒がず、「自立」のために応援するという見方も必要なのかな、思います。

スペシャルオリンピックスのボランティアキャラクターのミッフィー。かわいい♪

Stringsのエロチシズム〜「レッド・バイオリン」〜 

December 24 [Fri], 2004, 1:21
学生時代に比べ、映画館に行く回数がだいぶ減ってしまいました。なので「好きな映画は何ですか?」と聞かれると、少し戸惑ってしまいます。毎回「レッド・バイオリン」と答えるのですが、好きでも嫌いでもいいから「見たよ」という人に出会ったためしがありません。そんなにマイナーなのかな…確かに、私の住んでいる某市内のレンタルビデオ店では1件しか置いていないし、セルDVDに関しては皆無(涙)。

確かに今は下手ながらもバイオリンを弾きますが、私がこの映画を見たのはまだバイオリンを弾く前のこと。1度見ただけでは意味が分からない、「シックス・センス」的要素を孕んだ作品(だと私は思う)で、映画館で初めて見たときは、興味をそそる予告の謳い文句「あなたは永い旅をするでしょう」(←記憶曖昧)の割にはさっぱりだと思っていました。けれどもう一度見ようと思ったのは、やはり「シックス・センス」的なのと、ジョシュア・ベルのバイオリンの音色に魅せられたからだと思います。ちなみに、今回で確か3回目。(以下、少々ネタバレなので反転させてね)

初めは17世紀、クレモナのバイオリン工房。工房の主ニコロの妻アンナの命と引き換えに生まれた「レッド・バイオリン」。クレモナからウィーンへ、そしてオックスフォード、上海、モントリオールへと、4世紀に渡り旅をするレッド・バイオリンの音色は、人々を虜にし、そして破滅へと導きます。ところどころに、クレモナで使用人の老女がアンナを占うシーンと、モントリオールでのオークションシーンを挟みながら物語は進みます。

映画全体を支配する、美しく印象的なバイオリンのフレーズ。映像と音楽の絡め方はどこか官能的な作品だと思います。個人的には、文化大革命により外国文化を排除した中でバイオリンが命からがら生きる、上海のストーリーが好きです。ただ、ラストのモリッツ(サミュエル・L・ジャクソン)の行動は、一度見ただけではちょっと納得できない。なぜ彼はあんなにレッド・バイオリンに拘るのか?お金だけではないはず。もしかして彼は、アンナの遺した…?


というわけで、Joyeux Noel!
             (原題「THE RED VIOLIN」/'98・カナダ&イタリア)

ひとりよりふたり?ふたりよりひとり? 

December 23 [Thu], 2004, 0:03
基本的にはひとり大好き人間です。人の買い物に付き合うのは好きですが、自分の買い物に人を付き合わせたくない。旅行をするなら、誰かと一緒に思い出を共有するのもいいけど、自分勝手に計画を立て(もしくは立てずに適当に)、自分で好きなとこだけ見ていたい。

ただ、映画やコンサートなどのステージは誰かと一緒に行きたいんです。終わったあと、どっか(全国チェーンだとドトール>スタバ>(モス)>アントステラ>タリーズ>ミスド)でお茶もしながらあーでもない、こーでもないと感想を話したり、「それで最近ね…」と語ったり。ステージの後も楽しみたいわけです。



劇団四季「オペラ座の怪人」東京公演のチケットが届きました。予定日よりちょっとズレたし結局S2席になったのもいいのですが、ひとりぼっちなのでこのステージ後のお茶ができないのが、ちょっと寂しい。せめてゴージャスなホテルに泊まろうかな。ロイヤルパークとか(無理)。


関係ないですがVAIOに引き続き、携帯も逝ってしまいそうです。嫌がらせ?

「私」を愛して欲しい〜「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」〜 

December 22 [Wed], 2004, 0:22
学生時代、仲良し3人でよく映画を見に出かけました。貧乏なのでレイトばっかり。話題モノも見たけれど、どちらかと言えば3人とも、1週間(長くても2週間)しか公開されないミニシアター系が好きだったような気がします。少なくても私はそうでした。

「天才」ともてはやされながらも、42歳で夭折したチェリストのジャクリーヌ・デュ・プレ。その彼女の生涯を、実姉ヒラリー・デュ・プレが書いた伝記をもとに映画化した「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」も、このころ映画館に見にいった作品です。ただ、チェロ協奏曲ならデュ・プレが愛したエルガーよりもドボコンが(この品のない略称も含めて)好きな私にとっては「ふーん、そう」という感じでした。ほか2人も、「いまいち」だったようです。

最近、ドボコンのカップリングに入っているエルガーを聞いていたらハマり(特に1楽章の、独奏Vcのスケールとオケが重なるとこ)、もう一度映画も見直してみようとレンタルしました。(以下少々ネタバレありなので反転させてね)

音楽家のもとに生まれた仲良し姉妹・ヒラリーとジャクリーヌ。フルートを吹く優等生のヒラリーは次々とコンクールで優勝し、両親にとっても自慢の娘。両親の愛情がヒラリーに注がれる中、幼いジャクリーヌはチェロのレッスンに明け暮れ、姉をどんどん追い越し、チェリストとして成功への道を辿ります。ただ、チェリストとしては成功しましたが、その人生は決して幸せだとは言えなかったのでは?

周りがチヤホヤするのは、自分がチェロを弾いているときだけ。自分が愛されているのは、男に抱かれている瞬間しかないと感じていたジャクリーヌ。それがたとえ愛のないセックスだったとしても。ごく普通の主婦となり、田舎で幸せな家庭を築くヒラリーを妬み、ストレスから常識を逸脱した行動にも出ます。そして不治の病にかかり28歳で引退。楽器はもちろん、最期は話すことも食べることもできなくなり、息を引き取りました。

「私の才能」ではなく「私」を愛して欲しい−。愛が欲しい。「天才」の裏側にある、彼女の孤独な思いがラストのエルガーから伝わってきたとき、涙を流すのではなく、背筋が凍りました。
           (原題「HILARY and JACKIE」/'98・英)

男子禁制!〜♪Pizzicatofive「Shopping Bag」〜 

December 20 [Mon], 2004, 22:35
ボーナスが出て、いい気になってお買い物しまくりのこのごろ。今日、カードの明細書が届き真っ青になりました。夏に買った靴のボーナス1回払いなんて覚えてないって、○井さん!マイVAIOも逝っちゃいそうだし…。買い替えるお金ないから、逝っちゃったらネットやめよ。

実家に帰ったとき、某下着屋の閉店セールに行きました。たくさんの女性たちの中に、いかにも「連れて来られた」という感じの男性の姿がぽつりぽつり。とても肩身が狭そうです。それに追い討ちを掛けるようで悪いんですが、下着屋は男子禁制!だと私は思います。「お前なんぞ眼中にない」と言われるでしょうけど(彼女や妻にプレゼントしたいのなら通販でどうぞ。過激なモノもいっぱいあります)。肩身が狭いなら外で待っててほしい…それとも、男性は好んで「女の園」に入るものなのでしょうか?また、男性同伴で下着屋に行く女の神経もちょっと信じられません。一人で行け。一人が嫌なら女友達か母親と。「まさか!」(笑)の事態に慌てないようにするのも務めです。多分。

殺風景な会社の机もちょっとクリスマス気分★

新聞とワタシ@ 

December 17 [Fri], 2004, 21:15
高校2年の冬(確か2月)、高校入学特集号に使う部活動風景の写真を撮るために、地元紙のカメラマンが私の通っていた学校に来ました。誰が決めたのかは知らないけれど、なぜか対象が吹奏楽部。冬場なんてアンサンブルコンテストが終われば遊んでいるだけの部活だったのに…。お弁当タイムに寒い活動場所に集められ、「腹減った」と言いながら楽器を組み立て(面倒なので私はリードを抜いていた)、一曲吹い(ているフリをし)て、撮影終了。その後無事に弁当にありついたのでした。

当時、家では全国紙【ま】を購読していて、私が読むところといえばテレビと三面記事、たまに文化面(音楽、芸能系、連載小説)のみ。しかも見出し読みで。教師は「受験に出るからちゃんと読め」とか言っていたような気がしますが、面白いとは思わなかったし、大きなニュースがない限り一面を読もうとも思いませんでした。【ま】の日曜付別冊の中高生向けページ(名前忘れた)も興味なし。新聞よりもラジオが好きで、中学のころはよく地元放送局にリクエストはがきを送ったものです。

3月、公立高校の合格発表の翌日。部活に行く途中で「そういえば…」と思い駅売りの地元紙を買ってびっくり。
私の顔がでかでかと載っている!
感想は「うれしさ80%、恥ずかしさ20%」だったのですが、何よりも母親が大喜び。速攻で新聞社に電話し写真を焼き増ししてもらい、【ま】をやめて地元紙に替えてました。地元紙になったことで、私は地方面(自分の住んでいる地域のとこだけ)を見るようになりました。投稿ページも確かにあるのですが、アニメやイラスト、詩、文通に興味がなかったのでやっぱり読みませんでした。

(文字数制限のため、続きは↓)

新聞とワタシA 

December 17 [Fri], 2004, 21:13
(「新聞とワタシ@」の続き)

そんな私は昨年から、某地方紙の中高生向けページを担当しています。
「文章(詩、メッセージ)の投稿は少ないよ」と前任者から聞いてはいたのですが、まさにその通り。「○○って漫画家はこのページの常連だった」と過去の栄光話を聞かされても、投稿のない現状を目の前にすればどうでもいいこと。あまりの投稿のなさにページが成り立たなくなりそうな窮地に立たされたこともあります(特に定期テスト前)。「活かすか、潰すか」本当に自分のアイデア次第でした。

同業のガ島通信さんが書いているように、「自分や友達が載っていると見るのでは?」というのは、まさのその通りだと思います。私は成績が良いわけでもない、特技があるわけでもない、本当に「何の取り柄もない女子高生」でしたが、自分が載ったらやっぱり見ましたよ。母が写真を何枚も焼き増ししてもらった気持ちもわかります(確か祖母にも送ってた)。「どこにでもいるような子」だったからこそ、自分も周りも「祭」状態になるわけです。楽しかった。

このページの担当になったとき、自分の顔が新聞に載ったこと、ラジオで自分が書いたリクエストはがきが読まれてうれしかったことを思い出し、「そこから」だとは思ったのですが…。

(続きはまた後日…)