大変長らくお待たせしました。
今回Vですべて完結します。
Open your heart.T
Open your heart.Uの続きです。
読むのがめんどい人のためにあらすじを書きました。
あらすじT:
いつもと変わらない何気ない風景。そんな日常が続くと思っていた。
部活が休みのある日、刹那は一人自主トレに励んでいた。
そこへ明日菜と木乃香がやってきて三人で帰ることに。
しかし、刹那は何か違和感を覚えた。それを確かめるために刹那は
木乃香と二人きりになり問い詰めた。「お前は誰だ」、と。木乃香に
成りすましていたのは月詠だった。刹那は月詠と戦い、一時は勝って
いたものの、くしくも再び木乃香のなりをした月詠に刃を向けることが
できなかった。刹那は闇に飲まれ、月詠はやがて明日菜、そして
木乃香の運命をもて遊ぶ。
この後、刹那はどうなったのか。木乃香はそんな彼女を救えるのか。
あらすじU:
刹那のことで亜子達に勇気付けられ、木乃香は明日菜とともに
刹那救出へ向かう。そこには黒い鞘が、そして木乃香が消えた。
木乃香と入れ替わりに明日菜の目の前に現れたのは月詠だった。
戦闘態勢に入る明日菜だが月詠のその圧倒的強さに翻弄される。
やがて助っ人として図書館三人組も登場し、そしてついに月詠の
刀がハルナを襲った。
明日菜は、図書館三人組は月詠に敗れてしまうのか。
そして木乃香と刹那の行方は…
続きからVをどうぞ。
それはニクシミを背負う強さ。
〜Open your heart.V〜
物陰に隠れて息を殺す。
この状態で果たしてどれだけ時間が稼げるのか。
いや、稼いではいけない。早く決着を着けなければ。
そっと顔を出してせっちゃんがいないことを確認するとウチは大きく息をはいた。
「痛ッ…」
肩を見やるとそこには血が滲んでいた。
さっきまでなんともなかったのに、目で確認すると初めて痛みを感じた。
治そうとして手を伸ばし、そしてやめた。
使うとしたらここではない。なんとなくそう思った。
上着を脱ぎ、袖を破く。
破いた袖だったものを傷口に巻いてギュッと縛る。
ひゅん、と風を斬る音が耳元でした。
また見つかった。ウチは逃げるようにして立ち上がった。
「せっちゃん、やめて!」
せっちゃんはくすりと笑っただけだった。
まるで「嫌です」と言われたようで胸がちくりと痛んだ。
「お願いやから、やめて……せっちゃんっ」
最後の方は声にならなかったかもしれない。
せっちゃんに背を向けながら必死に走った。
また逃げている、という気は不思議としなかった。
逃げられないことを知っていたからだと思う。
口の中が渇ききっていてうまく呼吸ができない。
マラソンでもこんな風になったことがないのに、自分はどれだけ走っただろう。くじけそうになる足に鞭打ってウチは走り続けた。
そうやって屋敷の中をぐるぐると回ってかなりの時間が経ったと思う。
せっちゃんが刃を向けたとき、ウチはとっさに屋敷の中へ駆け込んだ。
せっちゃんの足取りはとてもゆったりとしていたにもかかわらず、
ウチは怖くて仕方がなかった。すぐ追い付かれる、そう思ったのだ。
屋敷の中にはやはり誰もいなかった。
どうやらこの世界にはせっちゃんとウチの二人しかいないらしい。
この鬼ごっこはいつまで続くのだろう。
逃げることに必死だった頭に急にそれがよぎった。
せっちゃんを助けるのは自分しかいないのに自分は何をしているのだろう。
次に逃げ込んだ部屋は皮肉にもウチの部屋だった。
ここに二人分の布団をしいてよく寝ていたことを思い出した。
でも結局朝にはどちらかの布団でぬくもりを求めるように二人寄り添って寝ていた。
不意に、頬に熱い何かがこぼれた。
何だろう。触れてみると、手のひらがじわりと濡れた。
「おや、もう鬼ごっこは終わりですか」
振り返るとせっちゃんがそこにいた。
初めて気付いた。せっちゃんの背後には桜が散っていた。
この世界では春も終わりなのだろう。
彼女の肩にも一枚乗っていた。
ウチはせっちゃんを正面にとらえた。
「うん、もうおしまい。鬼ごっこは、な」
せっちゃんの眉がピクリと動いた。
「なあ、せっちゃん。ウチ分からへんのや。なんでせっちゃんが
ウチのことを憎むんか」
「憎んでいるというよりもあなたという存在が邪魔なんです。
あなたは私を弱くする。だからもう必要ない」
「ひどい言いようやな……せやけどそれは間違うとるえ。ウチの
知っとるせっちゃんは弱ない」
「なら、今の私はあなたの知っている私ではないということになります」
「ふふ」と笑って見せた。せっちゃんは怪訝そうな顔を浮かべた。
それは意図的ではなく自然と出た笑みだった。
「何がおかしいのです?」
「おかしいんやない、嬉しいんよ」
「嬉しい?」
「そ。新しいせっちゃんの一面が見れて嬉しいんよ。誰かて汚いとこは
あるもんやし、ウチにももちろんある。今まで気付かんようにしてた
だけで、せっちゃんにもある言うことが今やっと分かった」
「分かってどうなるんですか」
「決まっとるやん。ウチ言うたやろ、鬼ごっこは終わりやって。せやから……」
手に持っていた扇子を大きく振った。
「受けとめるしかないやん」
「そうですか」
チャキ、と刀が鳴る。
こめかみに冷たい汗が伝ったのが分かった。
せっちゃんの口の端が小さく歪んだ。
♪
おかしい。痛みも何も感じない。
恐る恐る目を開けるとそこには予想もしなかった光景が広がっていた。
「早く、逃げて」
「あらら、まだ生きとったんどすか」
「勝手に人を殺すなってーの。あれくらい、刹那さんの攻撃に比べたら
どうってことないわ」
「それにしては辛そうどすけど」
「うっさい!ちょっと油断しただけよ」
月詠と名乗ったその子が振り下ろした刀は私には届かなかった。
寸でのところで大きな剣を構えた彼女がそれを受け止めていた。
私は目を見開いた。夕映が私の名を叫ぶ。
ラジャ、と私は目を瞑った。
「アデアット!」
瞬間、現れたペンを右手に持つと同時にスケッチブックが勝手にめくられた。
頭の中で思い描くのと同時進行で白いページにそれと同じものを描く。
イメージ通りに描き終わったとき、そのページから光が溢れ私たちを優しく
包み込む。私たちの周りを白い壁が取り囲んだ。
月詠が消え、この狭い空間に残されたのは私たちだけ。
しばらくして緊張の糸が解けたとき、明日菜がぺたりと座り込んだ。
「明日菜!」
「明日菜さん!」
慌てて駆け寄ると明日菜は「大丈夫よ」と力なく手をかざした。
ふ、私たちは三人同時に安堵の息をはいた。
「私はてっきりあんたがやられたのかと思って」
「だから、人を勝手に殺すなって!」
「だって、あの子の刀真っ赤だったのよ?そりゃあんたがやられたって
思うでしょうが」
「ああ、あれね。元からあんな色してたわよ。気付かなかった?」
「うっそ」
黒に見えたのだが、遠目に見たせいだろうか。
「それより何なのあの子。めちゃくちゃ強いじゃない」
「当たり前じゃない、あっちは刹那さんとやり合えるのよ。あたしがまともに
戦えるわけないじゃない」
そんなに自信満々に言われたら返す言葉も見つからない。
今度は呆れたように、でもちょっと一安心したかのようなため息をはいた。
突然のどかがしゃがみこんだ。
明日菜がボケッとしている間に手に持っていたものを丁寧に貼った。
「ほっぺ、痛くないですか?」
「……ああ、切れてたんだ。いつものことだから全然気付かなかった。
ありがと、本屋ちゃん」
のどかは照れ隠しのようにぺこりとお辞儀をして立ち上がった。
頬の切り傷は私を守ろうとしてついた傷だった。
明日菜が気付いていなくても私は気付いていた。
「水を刺すようで悪いのですが、これはいったいいつまで保つのですか」
「そういえばそうね……てかこれ何なの。なんかサイコロの中みたい」
「失礼ね。これでも一応シールドなのよ。慌ててたから中まで描く余裕なかった
けど、おかげで外装だけは頑丈に仕上がったからしばらくは保つと思う」
「そっか。なら安心だね」
のどかが手を合わせた。
でも確かに、前後左右上下までもが白壁で覆われたこの小部屋は、明日菜の
言った通りサイコロの中身のようだった。
そして、外の様子を見ようにも見られないこの状況は本当に気休め程度に
しかならないと今更ながら気付かされた。
どうやら私には画力よりもさらに磨かなければならないものがあるらしい。
「ま、休憩とれただけでも助かったわ。ありがと」
「それはこっちのセリフよ」
「へ」
「ううん、何でも。ところで明日菜、そろそろ説明してくれるわよね。
あの月詠っていう女の子が何者なのか」
「それと、木乃香さんと刹那さんの行方もです」
「いったい何があったんですか」
明日菜は一瞬私たちから目をそらし、それから小さく息をはいた。
それは自分に呆れ果てているようなそんな様子だった。
ぽんぽん、と自分のすぐ横の床を叩いて私たちに座るよう促した。
長くなるわよ、と始めに明日菜は言った。
きっと説明力がないためだろう、とのんきなことを考えていたが実際は違っていた。
彼女の言ったことを簡潔にするとこうだ。
月詠という女の子はどうやら刹那さんに異常なほど固執しているということ。
持っている真っ赤な刀は朧と言って何でも願いを叶えてくれるという代物
らしいということ。
そして、俄には信じられない話なのだが……
木乃香と刹那さんはその朧の片割れである鞘の中にいるらしい。
「全部月詠が言ったことだから信じられないだろうけど」
「いえ、おそらく本当のことでしょう。彼女が刹那さんにしか興味がない
というのなら私たちを生かしておく必要がないということ。これから
死んでもらう私たちに嘘を言っても無意味ですからね」
「あんたさり気なくひどいこと言うわね」
「事実を述べたまでです。で、これからどうしますか」
「どうするって言われても。とりあえず月詠を倒すことが先決よね」
でもどうやって?
話はそこから先へは進まない。
戦力になるのは今のところ明日菜だけ。
助っ人は欲しいが今のこの状況では無理だ。
消去法で策がどんどん消えていく。
どうすればいいの?
どうすれば私は役に立てられる?
「あたしやってみる。大丈夫、あの子刹那さんより弱いし。何とかなるわよ。うん」
何とかなる。
そうやって無理やり自分に言い聞かせているようだった。
せめて大剣をスリム化できればいいのだが、それ以前に明日菜のアーティファクト
なのだからどうにもできない。
こうして焦っているのはどうやら私だけではないらしい。
ふと横を見ると私のように何も言えないで何かを必死に考え込んでいる二人がいた。
夕映はアーティファクトである“資料館”を開いて秒速でそれらに目を通している。
のどかは月詠の動向を読んでいるらしい。
しかしその表情は険しい。何かあったのだろうか。
「のどか?」
「明日菜さんの助けになればと思ってあの子の気持ちを読んでるんだけど
……出ないの」
普段にましてのどかはか細い声でささやいた。
「文字が出ないの。あの子の気持ちが分からない」
「どういうこと?まさかパルの作ったこのサイコロのせいなんじゃ」
「それはないと思います。アーティファクトさえも無効にする能力を
ハルナが書いたとしたらありえるとは思いますが、あの状況でハルナ
がそこまでの性能を描けるとは思いません。ですからおそらく、
あの刀の仕業かと」
「……うん」
ぼそりとのどかが言った。
月詠はのどかのアーティファクトのことを知ってる。いや、月詠という
よりもあの刀が知っている。
私は確信した。
彼女があの何でも願いを叶えてくれる刀でこちらのアーティファクトのこと
を調べるはずがない。
だって、彼女は刹那さんしか見えていないのだから。
「つまり、あの刀は月詠に害となるものは全て排除するってことね」
こくんと夕映が頷いた。
「となるとまだあの刀には秘密があるようですね」
「朧って名前の通り、はっきりしない刀ね」
言って思った。
月詠自身はその刀の能力を全て把握しているのだろうか。
「あーもう!いったいどうすればいいのよ。いっそずっとこのまま
ここで待機してれば」
「それはダメです」
意外にも明日菜の弱音に突っかかったのはのどかだった。
明日菜が目をまん丸に見開く。
「木乃香さんや刹那さんはどうなるんですか。助けられるのは私たち
しかいないのに」
「……ごめん。あたしがバカだった。ごめん」
そうだった。
木乃香と刹那さんを助けられるのは私たちしかいない。
明日菜の弱音に同意しかけていた自分が情けない。
ぽん、とのどかの肩に手を置いた。
のどかはビクッと体を震わせるとアーティファクトを握りしめた。
「本屋ちゃん。その日記で刹那さんたちの様子分からない?」
え、と言葉を失ったのはのどかだけじゃなかった。
夕映も私も意表を突かれたのだ。
そうだ。木乃香と刹那さんの安否が心配だ。
こんなときに許可も何も必要あるまい。
「やってみます」とのどかは強く言った。
のどかが二人の名前を唱える。
するとアーティファクトが小さな二冊の日記に分かれた。
ページをめくってそこに書かれてある文章に私たちは一斉に息をのんだ。
『お嬢様、逃げて……』
そして、木乃香のページは月詠の持つ朧の刀身と同じ色に染まっていた。
つづく
今回Vですべて完結します。
Open your heart.T
Open your heart.Uの続きです。
読むのがめんどい人のためにあらすじを書きました。
あらすじT:
いつもと変わらない何気ない風景。そんな日常が続くと思っていた。
部活が休みのある日、刹那は一人自主トレに励んでいた。
そこへ明日菜と木乃香がやってきて三人で帰ることに。
しかし、刹那は何か違和感を覚えた。それを確かめるために刹那は
木乃香と二人きりになり問い詰めた。「お前は誰だ」、と。木乃香に
成りすましていたのは月詠だった。刹那は月詠と戦い、一時は勝って
いたものの、くしくも再び木乃香のなりをした月詠に刃を向けることが
できなかった。刹那は闇に飲まれ、月詠はやがて明日菜、そして
木乃香の運命をもて遊ぶ。
この後、刹那はどうなったのか。木乃香はそんな彼女を救えるのか。
あらすじU:
刹那のことで亜子達に勇気付けられ、木乃香は明日菜とともに
刹那救出へ向かう。そこには黒い鞘が、そして木乃香が消えた。
木乃香と入れ替わりに明日菜の目の前に現れたのは月詠だった。
戦闘態勢に入る明日菜だが月詠のその圧倒的強さに翻弄される。
やがて助っ人として図書館三人組も登場し、そしてついに月詠の
刀がハルナを襲った。
明日菜は、図書館三人組は月詠に敗れてしまうのか。
そして木乃香と刹那の行方は…
続きからVをどうぞ。
それはニクシミを背負う強さ。
〜Open your heart.V〜
物陰に隠れて息を殺す。
この状態で果たしてどれだけ時間が稼げるのか。
いや、稼いではいけない。早く決着を着けなければ。
そっと顔を出してせっちゃんがいないことを確認するとウチは大きく息をはいた。
「痛ッ…」
肩を見やるとそこには血が滲んでいた。
さっきまでなんともなかったのに、目で確認すると初めて痛みを感じた。
治そうとして手を伸ばし、そしてやめた。
使うとしたらここではない。なんとなくそう思った。
上着を脱ぎ、袖を破く。
破いた袖だったものを傷口に巻いてギュッと縛る。
ひゅん、と風を斬る音が耳元でした。
また見つかった。ウチは逃げるようにして立ち上がった。
「せっちゃん、やめて!」
せっちゃんはくすりと笑っただけだった。
まるで「嫌です」と言われたようで胸がちくりと痛んだ。
「お願いやから、やめて……せっちゃんっ」
最後の方は声にならなかったかもしれない。
せっちゃんに背を向けながら必死に走った。
また逃げている、という気は不思議としなかった。
逃げられないことを知っていたからだと思う。
口の中が渇ききっていてうまく呼吸ができない。
マラソンでもこんな風になったことがないのに、自分はどれだけ走っただろう。くじけそうになる足に鞭打ってウチは走り続けた。
そうやって屋敷の中をぐるぐると回ってかなりの時間が経ったと思う。
せっちゃんが刃を向けたとき、ウチはとっさに屋敷の中へ駆け込んだ。
せっちゃんの足取りはとてもゆったりとしていたにもかかわらず、
ウチは怖くて仕方がなかった。すぐ追い付かれる、そう思ったのだ。
屋敷の中にはやはり誰もいなかった。
どうやらこの世界にはせっちゃんとウチの二人しかいないらしい。
この鬼ごっこはいつまで続くのだろう。
逃げることに必死だった頭に急にそれがよぎった。
せっちゃんを助けるのは自分しかいないのに自分は何をしているのだろう。
次に逃げ込んだ部屋は皮肉にもウチの部屋だった。
ここに二人分の布団をしいてよく寝ていたことを思い出した。
でも結局朝にはどちらかの布団でぬくもりを求めるように二人寄り添って寝ていた。
不意に、頬に熱い何かがこぼれた。
何だろう。触れてみると、手のひらがじわりと濡れた。
「おや、もう鬼ごっこは終わりですか」
振り返るとせっちゃんがそこにいた。
初めて気付いた。せっちゃんの背後には桜が散っていた。
この世界では春も終わりなのだろう。
彼女の肩にも一枚乗っていた。
ウチはせっちゃんを正面にとらえた。
「うん、もうおしまい。鬼ごっこは、な」
せっちゃんの眉がピクリと動いた。
「なあ、せっちゃん。ウチ分からへんのや。なんでせっちゃんが
ウチのことを憎むんか」
「憎んでいるというよりもあなたという存在が邪魔なんです。
あなたは私を弱くする。だからもう必要ない」
「ひどい言いようやな……せやけどそれは間違うとるえ。ウチの
知っとるせっちゃんは弱ない」
「なら、今の私はあなたの知っている私ではないということになります」
「ふふ」と笑って見せた。せっちゃんは怪訝そうな顔を浮かべた。
それは意図的ではなく自然と出た笑みだった。
「何がおかしいのです?」
「おかしいんやない、嬉しいんよ」
「嬉しい?」
「そ。新しいせっちゃんの一面が見れて嬉しいんよ。誰かて汚いとこは
あるもんやし、ウチにももちろんある。今まで気付かんようにしてた
だけで、せっちゃんにもある言うことが今やっと分かった」
「分かってどうなるんですか」
「決まっとるやん。ウチ言うたやろ、鬼ごっこは終わりやって。せやから……」
手に持っていた扇子を大きく振った。
「受けとめるしかないやん」
「そうですか」
チャキ、と刀が鳴る。
こめかみに冷たい汗が伝ったのが分かった。
せっちゃんの口の端が小さく歪んだ。
♪
おかしい。痛みも何も感じない。
恐る恐る目を開けるとそこには予想もしなかった光景が広がっていた。
「早く、逃げて」
「あらら、まだ生きとったんどすか」
「勝手に人を殺すなってーの。あれくらい、刹那さんの攻撃に比べたら
どうってことないわ」
「それにしては辛そうどすけど」
「うっさい!ちょっと油断しただけよ」
月詠と名乗ったその子が振り下ろした刀は私には届かなかった。
寸でのところで大きな剣を構えた彼女がそれを受け止めていた。
私は目を見開いた。夕映が私の名を叫ぶ。
ラジャ、と私は目を瞑った。
「アデアット!」
瞬間、現れたペンを右手に持つと同時にスケッチブックが勝手にめくられた。
頭の中で思い描くのと同時進行で白いページにそれと同じものを描く。
イメージ通りに描き終わったとき、そのページから光が溢れ私たちを優しく
包み込む。私たちの周りを白い壁が取り囲んだ。
月詠が消え、この狭い空間に残されたのは私たちだけ。
しばらくして緊張の糸が解けたとき、明日菜がぺたりと座り込んだ。
「明日菜!」
「明日菜さん!」
慌てて駆け寄ると明日菜は「大丈夫よ」と力なく手をかざした。
ふ、私たちは三人同時に安堵の息をはいた。
「私はてっきりあんたがやられたのかと思って」
「だから、人を勝手に殺すなって!」
「だって、あの子の刀真っ赤だったのよ?そりゃあんたがやられたって
思うでしょうが」
「ああ、あれね。元からあんな色してたわよ。気付かなかった?」
「うっそ」
黒に見えたのだが、遠目に見たせいだろうか。
「それより何なのあの子。めちゃくちゃ強いじゃない」
「当たり前じゃない、あっちは刹那さんとやり合えるのよ。あたしがまともに
戦えるわけないじゃない」
そんなに自信満々に言われたら返す言葉も見つからない。
今度は呆れたように、でもちょっと一安心したかのようなため息をはいた。
突然のどかがしゃがみこんだ。
明日菜がボケッとしている間に手に持っていたものを丁寧に貼った。
「ほっぺ、痛くないですか?」
「……ああ、切れてたんだ。いつものことだから全然気付かなかった。
ありがと、本屋ちゃん」
のどかは照れ隠しのようにぺこりとお辞儀をして立ち上がった。
頬の切り傷は私を守ろうとしてついた傷だった。
明日菜が気付いていなくても私は気付いていた。
「水を刺すようで悪いのですが、これはいったいいつまで保つのですか」
「そういえばそうね……てかこれ何なの。なんかサイコロの中みたい」
「失礼ね。これでも一応シールドなのよ。慌ててたから中まで描く余裕なかった
けど、おかげで外装だけは頑丈に仕上がったからしばらくは保つと思う」
「そっか。なら安心だね」
のどかが手を合わせた。
でも確かに、前後左右上下までもが白壁で覆われたこの小部屋は、明日菜の
言った通りサイコロの中身のようだった。
そして、外の様子を見ようにも見られないこの状況は本当に気休め程度に
しかならないと今更ながら気付かされた。
どうやら私には画力よりもさらに磨かなければならないものがあるらしい。
「ま、休憩とれただけでも助かったわ。ありがと」
「それはこっちのセリフよ」
「へ」
「ううん、何でも。ところで明日菜、そろそろ説明してくれるわよね。
あの月詠っていう女の子が何者なのか」
「それと、木乃香さんと刹那さんの行方もです」
「いったい何があったんですか」
明日菜は一瞬私たちから目をそらし、それから小さく息をはいた。
それは自分に呆れ果てているようなそんな様子だった。
ぽんぽん、と自分のすぐ横の床を叩いて私たちに座るよう促した。
長くなるわよ、と始めに明日菜は言った。
きっと説明力がないためだろう、とのんきなことを考えていたが実際は違っていた。
彼女の言ったことを簡潔にするとこうだ。
月詠という女の子はどうやら刹那さんに異常なほど固執しているということ。
持っている真っ赤な刀は朧と言って何でも願いを叶えてくれるという代物
らしいということ。
そして、俄には信じられない話なのだが……
木乃香と刹那さんはその朧の片割れである鞘の中にいるらしい。
「全部月詠が言ったことだから信じられないだろうけど」
「いえ、おそらく本当のことでしょう。彼女が刹那さんにしか興味がない
というのなら私たちを生かしておく必要がないということ。これから
死んでもらう私たちに嘘を言っても無意味ですからね」
「あんたさり気なくひどいこと言うわね」
「事実を述べたまでです。で、これからどうしますか」
「どうするって言われても。とりあえず月詠を倒すことが先決よね」
でもどうやって?
話はそこから先へは進まない。
戦力になるのは今のところ明日菜だけ。
助っ人は欲しいが今のこの状況では無理だ。
消去法で策がどんどん消えていく。
どうすればいいの?
どうすれば私は役に立てられる?
「あたしやってみる。大丈夫、あの子刹那さんより弱いし。何とかなるわよ。うん」
何とかなる。
そうやって無理やり自分に言い聞かせているようだった。
せめて大剣をスリム化できればいいのだが、それ以前に明日菜のアーティファクト
なのだからどうにもできない。
こうして焦っているのはどうやら私だけではないらしい。
ふと横を見ると私のように何も言えないで何かを必死に考え込んでいる二人がいた。
夕映はアーティファクトである“資料館”を開いて秒速でそれらに目を通している。
のどかは月詠の動向を読んでいるらしい。
しかしその表情は険しい。何かあったのだろうか。
「のどか?」
「明日菜さんの助けになればと思ってあの子の気持ちを読んでるんだけど
……出ないの」
普段にましてのどかはか細い声でささやいた。
「文字が出ないの。あの子の気持ちが分からない」
「どういうこと?まさかパルの作ったこのサイコロのせいなんじゃ」
「それはないと思います。アーティファクトさえも無効にする能力を
ハルナが書いたとしたらありえるとは思いますが、あの状況でハルナ
がそこまでの性能を描けるとは思いません。ですからおそらく、
あの刀の仕業かと」
「……うん」
ぼそりとのどかが言った。
月詠はのどかのアーティファクトのことを知ってる。いや、月詠という
よりもあの刀が知っている。
私は確信した。
彼女があの何でも願いを叶えてくれる刀でこちらのアーティファクトのこと
を調べるはずがない。
だって、彼女は刹那さんしか見えていないのだから。
「つまり、あの刀は月詠に害となるものは全て排除するってことね」
こくんと夕映が頷いた。
「となるとまだあの刀には秘密があるようですね」
「朧って名前の通り、はっきりしない刀ね」
言って思った。
月詠自身はその刀の能力を全て把握しているのだろうか。
「あーもう!いったいどうすればいいのよ。いっそずっとこのまま
ここで待機してれば」
「それはダメです」
意外にも明日菜の弱音に突っかかったのはのどかだった。
明日菜が目をまん丸に見開く。
「木乃香さんや刹那さんはどうなるんですか。助けられるのは私たち
しかいないのに」
「……ごめん。あたしがバカだった。ごめん」
そうだった。
木乃香と刹那さんを助けられるのは私たちしかいない。
明日菜の弱音に同意しかけていた自分が情けない。
ぽん、とのどかの肩に手を置いた。
のどかはビクッと体を震わせるとアーティファクトを握りしめた。
「本屋ちゃん。その日記で刹那さんたちの様子分からない?」
え、と言葉を失ったのはのどかだけじゃなかった。
夕映も私も意表を突かれたのだ。
そうだ。木乃香と刹那さんの安否が心配だ。
こんなときに許可も何も必要あるまい。
「やってみます」とのどかは強く言った。
のどかが二人の名前を唱える。
するとアーティファクトが小さな二冊の日記に分かれた。
ページをめくってそこに書かれてある文章に私たちは一斉に息をのんだ。
『お嬢様、逃げて……』
そして、木乃香のページは月詠の持つ朧の刀身と同じ色に染まっていた。
つづく
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