くらしに添う 

2007年12月11日(火) 18時46分

すごくしあわせだなあーと感じる日があるとしたらそれは昨日だった
まちがいなく。きのうだったあーあーあーあああー

やっと抜け出せたんじゃないかな?
わたしはずっと自由で、これからも自由だとさえ思ったから!!!!
こころがひらけた日があるとしたら、
自分のことを知ってほしいし、相手のことを知りたいと思う日があるとしたら、
しぜんに笑顔になって、これからのことを話せる人たちと出会える日が来るとしたら
それは、それは、それは、きのうだった!

だけど朝のパン屋はやっぱりつらいな。
夜だか朝だかわからない
さかいめに居るのは気持ちがたくさんいる、から。

東京に行く、東京に、東京に京都は来ない。

ごぼうが好きだ 

2007年11月06日(火) 22時37分

いま、フラガールやっています
わたしは松雪泰子がちいさいころ大好きで、彼女をひさしぶりに見てその頃のことを思い出した
松雪泰子と椎名林檎は似ているなあ
まったく系統の違うわたしは、焼きそばが食べたいな

取り立てて書きたいこともないのだけれど、
ひさしぶりに座ったパソコンのいすが妙に落ち着いたので
きのうのことを書こうとおもう

きのうは久々に集まってたこ焼きと鍋をつついた
妙に仲のいいこの関係はいつまで続くんだろうか。
なんて、冷めたわたしが居ながらもやっぱりたのしいから
これが続けばいいなと、ささやかに祈ったりする

お好み焼き粉とたこ焼き粉は違うものであると知った
お好み焼き粉はぷくぷくふくらんでゆく、たこ焼きよりもずっと。
料理は考えごとをするための時間みたいだ、といつもおもうのだけど、
やっぱりきのうも相も変わらずそう思った
切るにせよ、炒めるにせよ、待つにせよ、料理をする という行為には
何かしら考えごとを促進する力がある(と思う)


待てるにんげんじゃないな と、人に咎められたことがあって
それはもっともだ、と妙に納得していたけど、
だけど、料理なら待てる。と、きのうのわたしは思った
料理人のわたしは一味違うぜよ
考えたければ料理をしよう 黙々ひとりで野菜を切ろう 肉を切ろう、おおっとコンソメをいれなくては! 
料理人のわたしは一味違うぜよ

将来ビジョンがさいきん前にも増して広がり続けていて、
毎日の日課のようになっている
わたしもその内フランクリンを真似て、日課表をつくったりするんだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・

23 

2007年11月03日(土) 0時03分

前にも増して。
生活してきたこの場所が最近やけに愛しくなっていて
三宮の見慣れたその風景にも、大げさに感動してみたり、する
それなりにその感動はわたしを感激させて、それなりにすてきに、思えて、くる

そんなときはいつも何かしら理由があることはもう分かりきったことで、
誰に対しての見せつけなのかも、わかっている
そんなもの見えやしないし、この考えだっていっしょう伝わらないことだろう
そんな当たり前のことを分かっていながらも、まだし続けるわたしは幼いよなあ。


かんきょうのちがいだ、かんきょうのちがいだ、
と、言い続けてきたわたしがいちばん、環境の違いを超えられずに居るのだとおもう
ことばにからだが付いてきてないよね、ことばにからだが、
と、言い続けたわたしがけっきょく、その先頭に立っていたんじゃないかな とか。

何でもかんでも分かってほしい、きっといつでも誰もの一番になりたかったんだなあ 
傲慢っす、わたし
ああああーだけど誰かに不安を話してみるとこんなにも楽になるんだ!
吐き出すっていい気持ち!
わたしは大胆不敵な性格なんかじゃなくて、ほんとはもっとちいさい、にんげんてきにみじゅくで
きたいされるとふあんになるし、きんちょうでおしつぶされそうにも

おなじマンションで育ち、おなじような悪さをして、おなじ人を好きになって、おなじスポーツをして。
おなじ向上心をかかげて。
こんな絶妙な環境がそう言えば、あったなあー って。
都合のいいときだけ呼び出して、都合のいいときだけ泣きついて、
うらやましがったり、賛成したり、頼りにしたり。
服装も姿かたちも話し方もぜんぜんちがうくてきらいなところもいっぱい
あったなあーそんなひと、ああああ、あったなーって、きょう、今日、今日に!おもったのである

とりいそぎ 

2007年10月13日(土) 23時00分

わすれないうちに、意気込むいまのうちに、
かいてしまおうとおもう
みきちゃんんーー!!!

二週間で免許取得!というおいしそうなフレーズに目をくらまし
わたしと幼なじみは和歌山にたどりつきました
やばい、やばい、山ばっかり
受付のお姉さんはこわい、指導員はセクハラぎみ・・・
なんていう、第一印象のわるさは今では笑えるお話です
とりあえず、卒業できてよかった。それだけです

と、言いたいのだけれど。



さいきん、ひととぶつかったりで 自分をどうもうたがう気持ちがあって
ひとに対しての嫌悪、嫉妬、そういった類のものであふれているような気持ちになって
まあ確かにそんな気持ちは多かれ少なかれ誰もが持っているものだと思うけれど、
それを差し引いてもどうも前と違うような気がしていた
それでわたしはかわったのかなーなんて ずんと、詰まってしまっていたのだけれど
そういうのがなんか、スッとなくなったような気持ちになった
いつも助けてくれるのは彼女の人間性の良さだろうな
わたしもわたしで、彼女の前だとなんにもなくなる、見栄とか、強がりとか、あまのじゃくとか。
面倒くさがるのはよくないな、分かってるんだけれどなかなかね、
わたしは話すのさえ面倒くさがるから、ほんとう たちが悪い

二週間の共同生活はすごくたのしかった
それで、わたしはすごくやる気になった
テレビを見ては議論をし、近況を報告しては驚愕し、爆笑し、
さいごは自分たちの将来像ばかり語っていたような。
たのしいと同時に、さみしくもあった
だけど、わたしはわたしを確信できたような気になった あんた!

なんかね、とりいそぎ、書きたかったことは何かと言うと
こんなさいごに結論を述べてしまうとゼミの先生に怒られそうだけれど
いろんなことを、かんでいこうと思ったん
とりあえずは明石に免許をとりにいこう
あと、ピカソ展 京都駅であるやつもいこう
NARUSEっていう展覧会も。ソカベケイイチのも。いこう!いく!
もう何とでも呼んでくれ、インテリかぶれでもなんでもいいや。

あとはカーキのパンツがほしい。
はやく髪を染めたい、21にちまでがまんだ
えーーーっと結構いろいろメモったんだがいま手元にないや だからわからない
と、なるとわたしはいったい何が言いたかったのか分からないけれど!!!!!!
まああーーーとにかくいまはやる気やる気!やる気あります!

22! 

2007年09月28日(金) 20時56分

くたくたになって、深夜 いえに帰ると
友達から誕生日カードがとどいていた。

手作りのカードをもらうのは何年ぶりだろう?
メールよりもでんわよりもすてきな
それはそれはうれしかった

わたしもね、東京に居たここ何日か、ずーーーっとカナダを思い出していた
電車のかんじも、道路のかんじも どこか似つかわしい気がして
くるしくなった
もう何年も経って、あれから時間はいやになるほど 巡りに巡っているのに、
そこだけ びくともせずにまだ、居座っている
あれだけ色んなことがあったんだ、忘れるはずもないかーなあんて、思っては思い返す
わたしたちは しつこいよね
またナイアガラでカジノだ!

じしん 

2007年08月23日(木) 1時01分

しおざわさんは、おとこまえな子供だった。

国語の時間にしたちいさな失敗にわたしがくよくよしていたら
しおざわさんは 迷いもせず。同じように。
まねしてくれた。
あの潔さ、あの。いさぎよさ。
やさしいこだった

人見知りでこわがりな小学三年生のわたしは
たかが一ヶ月と言えども、ちがう学校に行くことなんて
どうしても避けたかった。
だけど
しおざわさんがその先のたのしいことをいっぱい知っていたから



でんわをかけたいひとはやっぱりそばにはいないんだ



さなぎとちょうちょは きりはなしちゃいけない
くもんがおわったら、また卓球大会やろう

いつのまに! 

2007年07月26日(木) 22時33分

思えばもう二年経つなあ〜って。



忘れもしない七月十一日は、
やんわりと過ぎていって
今ではもうわたし一人だけのものになった。
時を見計らって、
いま!書くわたしは卑怯かな?笑
まあーいっか

あの時は
ろくに働きもせず遊んでばっかりで、
そのくせ話しても話しても ぜんぜん話し足りなくって
やる瀬なさをただ持て余していたような?



今年もまた耐えねばならない京都の夏を目前にして
わたしはと言えば、本物の金閣寺で最後のデートに拍子抜けしていた。
あれがやっぱり最後で、
月曜日の朝は意外にもむなしくなった。
たぶん、と言うか、どう考えても。自分に酔っていた、六月のあつーいとき。


それで、すごくすごく暑い夏が、着た。
七月十一日がもうそこまでやってきていた。

何度も言うけどあの時の嵐山の河川敷は、私にとったらものすごかった!
アイーダもすごかったし、
北山のヴィレッジバンガードも、
増田屋ビルもそれのの階段も。

カナダから帰ってきた後の運命のプラッツにわたしが命をかけていたことも。
しょうゆの体に対する悪さについてくらいしか、ろくに話してくれなかったことも。
ぜんぶ、知らないだろうけど、忘れただろうけど。
だけど。これがあってよかったなあーって、わたしはいまではすごく思う。

エブリデイ・エブリナイト 

2007年06月15日(金) 22時16分

達が結婚することになった。
それはもうすごーーく。うっ となるような出来事で、
すごーーくわくわくした。
いつもファックスで手紙を送りあっていたわたしたちだったのに!
いつも一緒に学校に行っていたわたしたちだったのに!
七月七日。いきたかった。おめでとう、みかちゃん。


久しぶりに自分のためにお香を買った日。きょうは、そんな日。
何かを買うのは久しぶりで、
それは必要な類のものを買うのとはもうぜんぜん気持ちが違って
そうゆうのってすごく久しぶりなようで、すこし気持ちがうっとりした。
こうゆうのも。
わるくないよなあ、わるくないよなあって 思うのだけれど、
洗濯機も炊飯器もぜんぶ引き取ってよって、それもいいよなあなんて 思うのだけれど、
お金がないと余裕がなくなるよね って、言った友達の言葉が。
ぐっと意識を元に引き戻す

考えることはたくさんあるのに、もうぜんぜん頭が回らなくって
目が開けられないまま、ただ前に進んでいる感じ、いまはそんな感じ。
それもわるくないよなあ、わるくないよなあって思うのだけれど、
意識の中にわたしは居たい。な。

さいきんはもうずっとfake plastic treesで、もうほんとうそればっかり聴いてる
なんにでも偏食で、好きなものにはずーーっと食らいつく。
結局なーんにも変わらないのかも、わたしじしん。
なんて、
学食で「豚キムチ丼」とかいう、ヘヴィーなたべものを食しながら、友達と話した。
ここまでの線はいっしょ、だけどここからはほんとう別々なんだよなあ って。
どこかで結婚をしてどこかで子供を産んで、どこかで家を買って。
このいまの、手の届く範囲は確実にそのとき無いんだよね って。
また会えるは、すぐ会えるではなくって。
なーーんかもうこの季節?すこし早くはないか!と、思いながらも
どんよりとしてしまう、時間はいつも無情だ って、わたしも言いたくなる。



きょうは買ったばかりのお香をたっぷり。くゆらせて ねむりたい
夏の夜みたい、きょうは。
夏なんてほんとうは大きらいなのに、夜だけはとくべつ。
多分これからもずっと、すきだ。
なつの、夜。
she lives with a broken man.

いわせない 

2007年05月06日(日) 0時10分

不安を作るのはじぶん ということばに激励された

五年後、十年後のじぶんを想像したら、いまするべき事がわかるでしょ って。

春風 

2007年04月03日(火) 0時21分

こうかい というものをしているとしたら、それはいまだと思う。
だれかを好きになったときの、
だれかを傷つけたときの、はたまた
だれかに傷つけられたときの、あの、かんじ。
それはぜんぜんちがう部類のものなのに、感情はどうしてこうも同じなんだろう

だけど。こうかい というものは、あのとき ああすれば良かった とか、
そう言ったことを思うことであるけれど、そういったものとは、ちとちがう
なんていうか、あのときはあれで、わたしの精一杯だった
んんーーーだけどこんなことばっかり言ってるから、わたしはわたしのままなのかなあ
うーーーん、、、

だけど、すきだった
だけど、そのきょりは うめられなかった ずっと、ずーーーっと。
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