Moonlight Anthem *** 10-2 

December 09 [Thu], 2004, 6:08
「相変わらずボロっちぃな」
そのギターを見るなり、間髪入れずにパティ。
「年季が入ってると言ってくれよ。物持ちがいいんだ、俺様は」
「貧乏性なだけだろ」
「……お前ってやつはさぁ、アラスカの氷のように冷たいやつだよな……。ま、今更か」
言いながら自嘲気味に笑って、ぽろん、とギターの弦を爪弾く。
その指先から弾き出される旋律は、パティにも聴き覚えのあるものだった。
それは確か、初めて出会ったあの夜、今はないあの場所で弾いていた曲。
この男が飽きもせずに毎晩毎晩、歌っていた歌。
一晩中、夜が明けるまで、パティが眠ってしまった後でさえもずっと。
いつしか何週間という月日が経ってしまっていたけれど、
何故だか不思議とその音たちを全て鮮明に思い出すことが出来た。
これが睡眠学習ってヤツなんだろうか、
なんて馬鹿げたことすら考えてしまうくらいに。

Moonlight Anthem *** 10-1 

December 09 [Thu], 2004, 6:00
暗い闇の中で、何かがうごめいていた。
闇の中にあってなお闇よりも黒いそれは、
じっとりと湿った空気の中で、うごめきつづけていた。
まるで、その身体にまとわりつくように。
息苦しくて、全身の感覚が鈍くて。
ここがどこなのか、それが何なのか、
そんなことすらも満足にわからない。

――ああ、そうか。

これは、夢だ。

そうだ、自分は何度もこれを見たことがある。
暗くて、暗い、真っ暗な世界。
そこにいる、自分と、自分ではない何か。
湿った黴臭い空気。
まとわりつく、背筋の凍るような感覚。
何度も何度も、繰り返し見た光景。

それは、逃れようもない悪夢。

――忘れようもない、記憶。

::: Moonlight Anthem *** 10 :::

Moonlight Anthem *** 9 

November 19 [Fri], 2004, 10:28
どこまでも広がる青の中、終わりのない夢を見る。


::: Moonlight Anthem *** 9 :::


ただ闇雲に走り続けて、どれくらい経ったのだろう。
鼻をくすぐるかすかな潮の香りに、
パティは我に返ったように駆ける速度を落とした。
顔を上げると遠く彼方の空に見える、海鳥の鳴く声。
そこは街の中心から少し離れた、海沿いの道のようだった。
確か目的地はこの辺りのはずだったと、視線を泳がせる。
そして数百メートル離れた先、一軒の建物に辿り着いた。
それ以外にめぼしい建物は見つからない。
とりあえず行ってみるかとパティは、その建物へ向かって歩みを進めた。
建物は白塗りされた木造の二階建てで、住居は二階部分だけのようだった。
一階部分はガレージのようになっていて、赤いスポーツカーが停められている。
二階へと続く外付けの階段の下に立ち止まって、改めて建物を見上げた。
おそらくここで合っているのだろうけれど、ここに来てどうしろというのだろうか。
とりあえず視線の先にあったドアホンを押してみる。
二度、三度と続けて鳴らしてみるけれど、反応はない。
パティが途方に暮れかけたその時、ガチャリと扉の開く音がした。
そこから覗いた顔は、紛れもなくパティに用事を申し付けた張本人。
「おー。なんだ、思ったより早かったな。まぁ上がれ」
相変わらず悪びれた様子もなくそう言って軽く手招きをしながら笑うと、
HOT.Dはその金髪をひるがえして、早々に奥へと引っ込んでしまった。

Moonlight Anthem *** 8 

November 09 [Tue], 2004, 0:51
背中越しにしか言えない言葉。
それは伝えたい、伝わらない、そんな気持ち。


::: Moonlight Anthem *** 8 :::


この街の広さに慣れていないせいか、それとも単に方向音痴なのか、
メモに書かれていた目的地とはまるっきり反対方向へと行ってしまっていたパティは、
偶然通りがかったバイクに乗ったド派手な熊のお陰で、なんとか一難を逃れていた。
思えばその熊には名前すら聞いていなかったけれど、またどこかで会えそうな気がした。
金色の爆発頭に目が覚めるような赤い色のシャツという
何処に居たって目立ちそうなあのいでたちは、おそらく忘れようがないだろうから。
「ったく、なんだってこう無駄に広いんだ」
そう悪態を付きながら現在の時刻はどれくらいなのだろうと辺りを見回すけれど、
あいにく時計らしきものは何処にも見当たらない。
仕方がないとまた駆け出そうとしたとき、パティの視界は大きな黒い何かに遮られ――
気付いた時にはその身体は吹っ飛んで、地面へとしりもちをついてしまっていた。
「いってー……」
したたかに打ち付けてしまった箇所をさすりながらパティが立ち上がろうとしていると、
その黒い何かは、緩慢な動作でこちらへと向き直った。
そして転げた拍子に吹き飛んでしまったのか、その足元に落ちていた紙――
パティがHOT.Dから受け取ったあのメモを拾い上げ、無言のままそれを見ていた。
詫びの一つくらい入れたらどうなんだ、思いながら不機嫌そうに立ち上がると、
パティは睨みつけるようにしてその黒い何かを見据えていた。
犬・猫・熊ときて次は豚かよ、なんて失礼な事を考えながら。
その黒い豚が自分のメモを手にしていることに気付いて、
「おいお前、それはアタシのだぞ」
言いながらメモを奪い取ろうとしたパティの腕をまるでかわすように、
黒い豚はメモを持ったまま身体を翻して、どすどすと歩いていってしまった。
「ちょ……ちょっと待てよ、こら!」
ただでさえ地理感がないというのに、頼みの綱であるメモまで持って行かれては
本気でどうしようもなくなってしまう。それは困るとばかりにパティは、
急いでその黒い豚の後を追って、背後から怒声を浴びせた。
「てめえ、人の話を聞きやがれっ……」
瞬間、急に立ち止まったその背中に、パティはまた思い切りぶつかってしまった。

Moonlight Anthem *** 7 

October 01 [Fri], 2004, 7:21
変わってゆくもの。
目まぐるしく移り変わるもの。

眩しく彩られた世界の中、翻弄されてるココロと、カラダ。


::: Moonlight Anthem *** 7 :::


昼下がりの午後の、閑散とした小さなカフェの一角。
頬杖をついてさも退屈そうにぼんやりと、
パティは街の雑踏を行きかう人々をガラス越しに眺めていた。
あの妙な男―HOT.Dに出会って、そして口うるさいオバサン―もとい、
サファイアの家に厄介になりだしてから、早二週間。
おかげさまでパティの生活は、今までとはすっかり一変してしまっていた。
例えば朝早く叩き起こされるのなんて初めての経験だし、
夜更かしをしていたら必ずといって良いほど早く寝ろと怒られた。
きちんとシャワーを浴びなければ汚れるからとベッドにすら上がらせてもらえないし、
ちょっと傷を作って帰ったらこちらがビックリするくらいに大袈裟に心配されてしまった。
何より、朝も昼も夜も食事がきちんと用意されているなんて、今まで考えられないことだった。
ともかくパティにとっては何もかもが新鮮で、そして今までありえなかったことだらけで。
なんだかくすぐったいような、それでいて疲れるような、自分には釣り合わないような、そんな生活。
けれど、きっとこれが多分、いわゆる「普通の生活」ってやつなのだろう――そう、パティは思った。
午後の柔らかな日差しがすっかり夜型な身体には眩しくて、
それと同時に押し寄せてくる睡魔に抗う気すらもなくて、
パティはテーブルの上に置かれた腕の中、思い切り突っ伏していた。

Moonlight Anthem *** 6 

August 24 [Tue], 2004, 12:21
動き出す時間はもう止められはしなくて、
どう抗っても、逆らえはしなくて。
ただ、思う。
それならばきっと、進むしかないのだと。



::: Moonlight Anthem *** 6 :::


その場所――厳密に言うと違う場所だけれど――に来たのは、
パティにとって初めてのことではなかった。
今のように居場所も行き場所もなく彷徨うそれ以前、
あまりの居心地の悪さに家を飛び出すことが多かったパティは、
いつしかその場所に入り浸るようになっていたのだ。
もっとも、きっともう行くことなどないのだろうけど。
視線の先映る、こちらを見つめている男の姿にふと我に返る。
パティはこみ上げてくる思いを振り切るようにかぶりを振って、歩き出した。

Moonlight Anthem *** 5 

July 30 [Fri], 2004, 15:12
きっと、もう立ち止まれなかった。
目の前にあるこの道を、ただ進むしかなかった。
たとえそれが、何処へ続くのか分からない道だったとしても。


::: Moonlight Anthem *** 5 :::


放たれたその言葉に、きょとんとした表情でHOT.Dはパティを見る。
「……俺とお前、初対面だよな」
確認するように言うHOT.Dの台詞に小さく頷く。
「似合わない、ねぇ……」
そう呟きながら、HOT.Dはしきりに首を傾げていた。
今の今まで言葉すら交わしたことのなかった人物に、
似合わないなどと言われるとは思っていなかったのだろう。
自分でも妙な事を言ってしまったものだ、とパティは思う。
何しろそう思った理由は、自分にさえはっきりとはわからないのだ。
もしかすると理由なんて存在しないのかもしれない。
けれど、自分は確かにそう感じたのだ。
例えそこに根拠など無くても、パティにとってはそう感じたこと、
そう思ってしまったこと、それだけが真実だったのだ。
HOT.Dはまだ何事かブツブツと呟きながらうーんと唸り続けていて、
パティはというとそれにかけるべき言葉も見つからず、
そのまま二人、結果的には黙り込んでしまっていた。

Moonlight Anthem *** 4 

July 19 [Mon], 2004, 14:29
あのときは気付いていなかったこと。
"終わりからはじまるもの"もあること。

それは、静かに。
けれども、確かに。


::: Moonlight Anthem *** 4 :::


「……は?」
我ながらとても間抜けな返答だ、と言ってしまってからパティは思った。
言われた言葉があまりにも突拍子もなくて、怪訝な顔で男を見る。
「あそこにあった木の上にいつも居るなあと思ってたんだ、でかい猫が」
あったはずの場所を指差しながら、男が笑った。
どうやらこちらが気付いていたように、男も気付いていたらしい。
それも当然といえば当然のことなのだけれど。
様子を伺うように、警戒するようにその男を見据えていると、
男はそんなことなどお構いなしといった様子で言葉を続ける。
「猫は家につくって言うけど、その様子じゃ本当みたいだな」
確かに行く場所もなくて途方に暮れていたけれど、その言い草は無い。
そう思いながらも黙ったまま、むっとして男を睨みつける。
それに気付いているのか居ないのか、男は元・廃工場跡を覗き込みながら、
あーあー派手にやったもんだぜ、などと緊張感無く呟いていた。
この男は少し苦手かもしれない、とパティは思う。
なんだか全てをはぐらかされてしまいそうな、そんな感覚。
お世辞にも弁の立つほうではない自分はきっと、
まともに会話をしたらあっという間に言いくるめられてしまうのだろう。
そう思うと、何か無性に悔しくなってくる。
そんなパティの思惑を他所に、振り向きざまに男が言った。
「で、迷子の仔猫ちゃんはこんなところでずっと何してたんだ?」
まさか本気でここに住んでたわけじゃないだろ?と付け足して。
「それはこっちの台詞だ」
思いきり不機嫌そうな態度をあらわにして、パティが答え、続ける。
「こんな何もないとこに毎日来るなんてよっぽどの暇人ぐらいなもんだろ」
「ああ、お前とかな」
パティの台詞に即答するようにして言って、男が悪戯っぽく笑う。
確かに図星なのだけれど、だからこそそれが何か余計に癪に障って、
まるで威嚇するようにして指差しながら、パティが叫んだ。
「うっせほっとけバカ!お前に聞いてんだよ、お・ま・え・に!」

Moonlight Anthem *** 3 

July 08 [Thu], 2004, 8:57
終わらないものなんて、この世には無いのだと知っていた。
この限りある世界で、いつまでも変わらないものなど無いのだと。
けれど……それは、悲しいだけのことではないのだ。
きっと。


::: Moonlight Anthem *** 3 :::


そうしていつまでも続くような気さえしていた、変わりない日々。
それは永遠なのではないかとさえ思えていた、過ぎゆく時間。
けれどもその終わりはある日、唐突に訪れた。
これまでの静けさがまるで幻だったかのような、けたたましい騒音。
人っ子ひとり居なかったはずの場所に、交錯する人々。
それらを目の当たりにしながら、パティは確かに感じていた。
いつまでも変わらず存在する場所なんて、この世には存在し得ないのだと――。
物影から何をするでもなく息を潜めて、ただ変わっていくその様を眺めていた。
止めようなどという気は微塵も起きなかった。
けれど、その場を立ち去ることも出来なかった。
自分は見届けていなければいけない気がした。
この場所の行く末を。
変わりゆく様を。
そうすることしか、出来ないのだと思った。
そう思えるほど、この場所で過ごした時間はパティにとって長いものだったから。
ゆっくりと地面へ、吸い寄せられるようにしてくずおれる大木の姿。
響き渡ったその轟音は、まるであの大木のあげた断末魔の叫びのように思えた。

Moonlight Anthem *** 2 

June 30 [Wed], 2004, 3:10
はじまりはいつも突然で、それがはじまりだとすら気付けなくて。
どこがいちばん最初なのかと記憶の淵を憶えているだけ巡るけれど、
きっといつまで経っても、目的地へは辿り着けない。
ほんとうの答えなんて、自分以外の誰にもわからないのだ。
そう、それは出会ったはずのあなたでさえ。
そして、その答えさえ、本当はどうだっていいことなのだから。


::: Moonlight Anthem *** 2 :::