明日が8月6日ということもあって、今日のTV番組は戦争づくめでしたね。
広島の原爆についての番組に、開発者であり、投下者(?)であり、撮影者である博士がTVに出てましたね。
その方が言うには、あの原爆は正当な手段だった…と。
被爆者の方にとっては辛い言葉だったのかもしれません。
でも、私はその博士の言葉の矛盾さが気になって気になって仕方ありませんでした。
あれは『正しかった』という言葉とは裏腹に、時たま出てくる『ひどいこと』だったという言葉が耳に残ってます。
おそらく、その博士はいろんな思いを抱えていた、と私は考えます。
博士は、被爆者の方に謝ることをかたくなに拒否してました。
『真珠湾を忘れるな』という言葉をその理由として挙げたのですが…。
重いですよね、言葉の意味が。その一言が博士のした行為を正当化するためのキーワードなるものだったのでしょう。
確かに、原爆を落とした人は悪いのかもしれない。
そして、それを引き金にした真珠湾での攻撃もいけないことだったのかもしれない。
でも、何よりも前に、人の犯した罪を…その罪を罰する権利はお互いにあったのでしょうか?その罪を許す余裕はなかったのでしょうか…?
謝らないと言った博士の気持ちもよく解ります。謝ってしまったら、真珠湾で失った大切な仲間達への申し訳ない気持ちでいっぱいになることでしょう。
だからあえて謝罪はしなかった。そう思います。いや、そう思いたいです。
博士が原爆の資料館で地獄絵図を見た時、博士の目には微量ながらも涙が溜まってました。そこで、人として犯してしまった過ちに気づいたのかもしれません。
広い目であの時の、原爆投下の時のことを見る余裕ができたからこそ、日本に来たわけで…。
きっと、必ず心に届くものはあったのではないかと思います。
それが被爆者の心の悲鳴であったのかどうかは定かではないですが。。。
戦争は、何もかもを失い、苦しみと痛みと憎しみしか残しません。
大いなる力(権力、財力、破壊力...etc)は人を狂わせます。
だからこそ、自分をコントロールしなければいけないのだと思います。
少しでも自分を、物事を、世界を客観的に見ることが大切です。
もしも自分の手に余るような力を持った時に、その力に魅入られないような強い芯のある心を持っていたいものです。