我が旅路は 茨の道なり
ながき時 踏みしめ歩みくれば
開きし傷 我が心には感じず
流れし血 我が目には見えず
なれど足をとりて 洗い清める方あり
王なる方の 慈しみ癒すその御手に
探し求めていた まことの愛を知る
流れ落つる 暖かき涙を
我は止めるすべを持たず
幼子のように 御胸でやすらぐ
ひととき受けし 深いなぐさめ
そは 永遠へと続く力となりぬ
傷なき足にて いざ歩みゆかん
いつか たどり着くべき
茨の彼方 麗しき地までも
母の手を拒んだ幼き日
素直に受けることを知らなかった私
愚かで 切ない ささやかな抵抗
受けないことで 自分も母も傷つけていた
繰り返される不器用な関係
互いに暖かなものを求めていたのに・・・
いまだ受けることを知らずにいた私に
繰り返し語りかける暖かな声
飽くことなく 静かに 押し寄せる
波のように 繰り返し繰り返し・・・
はじめて知る 全き愛 というもの
その完全なるものに触れ
私の全てが 激しく 揺り動かされる
やさしき波に 砕かれて
ただ 受ける ということを
今 やっと知ることができた
私はすでに
全てのものを受けて
こんなにも満ちあふれていたのだ
ありがとう・・・・・
私は、全てのものを受けて、満ちあふれています
ピリピ4:18
もし、全世界を人口100人の村に縮小するとしたら・・・
もし 現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を人口100人の村に
縮小するとしたらどうなるでしょう。
その村には・・・・
57人のアジア人、
21人のヨーロッパ人、
14人の南北アメリカ人、
8人のアフリカ人がいます。
52人が女性で、
48人が男性です。
70人が有色人種で、
30人が白人です。
70人がキリスト教徒以外の人たちで
30人がキリスト教徒です。
89人が異性愛者で、
11人が同性愛者です。
6人が全世界の富の59パーセントを所有し、
その6人ともがアメリカ国籍です。
80人は標準以下の居住環境に住み、
70人は文字が読めません。
50人は栄養失調で苦しみ、
ひとりが瀕死の状態にあり、ひとりは今、生まれようとしています。
ひとり(そう、たったひとり)は大学の教育を受け、
そして ひとりだけがコンピューターを所有しています。
もしこのように縮小された全体図からわたしたちの世界を見るなら、
相手をあるがままに受け容れること、
自分と違う人を理解すること
そして そういう事実を知るための教育がいかに必要かは
火を見るより明らかです。
また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。
もしあなたが今朝、目覚めた時、
病気でなく健康だなと感じることが出来たなら・・・
あなたは今週生き残ることのできないであろう
100万人の人たちより恵まれています。
もし世界が・・・2に続く
もし世界が・・・1より続き
もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や、
獄門の苦悩、あるいは餓えの悲痛を一度も経験したことがないのなら・・・・・
世界の5億人の人たちより恵まれています。
もしあなたがしつこく苦しめられることや、
逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに
教会のミサに行くことが出来るなら・・・・
世界の30億の人たちより恵まれています。
もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、
頭の上には屋根があり、寝る場所があるなら・・・・
あなたはこの世界の75パーセントの人々より裕福です。
もし銀行に預金があり、お財布にもお金があり、
家のどこかに小銭の入ったいれ物があるなら・・・・・
あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8パーセントのうちの一人です。
もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・・・
それはとても稀なことです。
もしこのメッセージを読むことができるなら、
あなたはこの瞬間 2倍の祝福を受けるでしょう。
なぜならあなたのことを思ってこれを伝えている誰かがいて、
その上、あなたは全く文字の読めない
世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。
昔の人がこういいました。
わが身から出ずるものはいずれわが身に戻り繰る、と。
お金に執着することもなく 喜んで働きましょう。
かつて一度も傷ついたことのないかのごとく 人を愛しましょう。
誰も見ていないかのごとく のびやかに歌いましょう。
あたかもここが地上の天国であるかのように 生きていきましょう。
このメッセージを人に伝えて下さい、そしてその人の一日を照らしてください。
作者は不明 ・ 訳(改定) なかのひろみ
私は傲慢で、与えられたものの価値を、
自分で勝手に判断してしまいます。
この身に余るものを与えられていながら・・・。
作者は不明。
この日、この聖句とともに、いまいちど受け取ります。
「いつも喜んでいなさい。たえず祈りなさい。すべてのことに感謝しなさい。」
第一テサロニケ5:16〜18
うつしよに 在りがたき
暖かな雪
触れえるは
彼の人の夢の果てか
みあげれば ましろき 粉雪
御使いの如く ふり降りる
くすしきかな
暖かな雪
我が心に ほのかな想いを灯し
いざや 微笑 おくらん
うつしよを 清めゆく ましろき粉雪に
新たな道を歩む友へ
贈る歌 そして 送る歌
どんな人生にも、
暗い谷間を歩む時があります。
けして長くはない私の人生にも、
そのような時がありました。
不可抗力であったり、
自ら招いたものであったり。
それぞれの苦しみのなかで、
座り込みたい時もありました。
逃げ出したい思いに駆られるとき、
私はこの言葉を抱きしめます。
「そればかりでなく、患難さえも喜んでいます。
それは、患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、
練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は、失望に終わることがありません。」
ローマ 5:3〜5
混沌の中にいると、痛みはその混沌の一部に過ぎません。
ですが、自分の人生に目的があり、計画があるととらえた時、
その痛みには何らかの意味があるのではと、考えるようになりました。
練られた品性を得る為に。
そこから希望を生み出すために。
ならば、今この痛みを受け止めよう、と。
弱さにまかれて倒れるときも、
涙を数える夜もあります。
ですが、痛みに意味があるのなら、再び立ち上がる時がきます。
必ず・・・。
今日も、希望という言葉を大切に生きていきたい、と思っています。
あなたへの想いに この胸はつまり
あふれそうな言葉も くちびるに留まる
ありあまる想いを 伝えるすべを持たず
ただ投げかけるは 愛のまなざし
出会いが必然であるならば
なぜ悲しい別れがあるのだろう
数え切れぬ涙が
私の心を弱らせていく
手放すことが宿命ならば
与えてなど ほしくなかった
だけど・・・
たとえあの日に戻ろうと
同じことを繰り返すだろう
それは私の罪の故
苦しみをくぐらねば 手放せなかった
私の緋色の罪の故
ならば今
この身の汚れをそぎ落とそう
たとえ痛みを伴なおうとも
雪の白さを えるために
希望の光に ふれえるために
私には身につけたいものがあります。
ガラテアの9つの実
みたまの実
といわれるものです。
「御霊の実は、愛、喜び、平安、
寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」
ガラテア5:22〜23
指輪よりも、ピアスよりも、身につけたい、まだまだ遠い目標です。
私は なにものなのでしょう
永遠への想いをあたえられ・・・
永遠は与えられぬ身
想い焦がれ・・・
なれど 叶わず
どうぞ 心に留めてください
永遠の愛をもって 顧てください・・・・
I sincerely believe you.
