覚えられないでち。 

October 02 [Tue], 2007, 1:33
『エンでち。

体重は、口に頬張ったチーズの分も含めて、20gになりまちた

主食は変わらないんでちけど、おやつが毎日変わるでち。
今日はクッキーでちた。

飼い主、トイレでちぃして欲しそうなんでちけど、そうした方が良いんでちかね?』

名前はまだない。 

September 29 [Sat], 2007, 22:52
新しいハムスターを迎えた。
名前はまだない。

グラのことを、また書こうと思う。

ジャンガリアン
多分女の子
17g
ハム粒×2
チーズ×1
キャベツ


『また新しい場所に連れて来られたようでち。
ちょっと狭いお部屋でちゅけど、まあまあでちね』

変わり果てた姿に。 

September 26 [Tue], 2006, 22:03

グラにあげたおもちゃはこんな変わり果てた姿になりました
でもやっぱり、散歩の時間が短かったりした日に齧っているみたいで、抗議の表れのような気が…

24日にも掃除をしました。
で、今日、26日にはソフトあんかを出してあげました。

だってすっごい寒い!凍える。私にもあんか必要。

おもちゃ噛んだ。 

September 21 [Thu], 2006, 23:59
グラがおもちゃをいっぱい噛んでくれました。
母が買ってくれた甲斐があったというものです。

…ストレス溜まってる…?とかちょっと心配。
散歩は、今日は結構させたかと思う。

トイレのグラ。 

September 20 [Wed], 2006, 23:39

トイレ中の彼を盗撮。
というとちょっとヘンタイですね(笑)

お掃除をしました。
眠たいので、それだけ。
グラもとっても眠たそう。

せったんのこと。 

September 17 [Sun], 2006, 15:24

上の写真は、せったんの逝った日に、お願いをして写真を撮らせてもらったものの一枚。
もうだめだ…って、思って、そんなお願いをしてしまったの。
飼い主が諦めてたら、良い物も駄目になるのにね。

優しい瞳で写っています。

せったんは、典型的なロボロフスキーハムスター。
とても臆病ですばしっこい、まさにちびっこギャングだった。

ロボは「観賞用」なんて言われるけれど、私は手乗りにする位慣らしてやる!って思ってて、ごはんは手で上げて、その手で撫でたりもしていた。
ごはんを手から食べている時だけは、彼なりに頑張って逃げずにいるんだけど、体がビクゥってなるのが凄く凄くかわいかった。
嫌がってるんだけどね(笑)
年頃の娘がお父さんに触られるのを嫌がってるみたいで可愛くて、やめられなかったの。
大きなペレットは手で受け取って、ちょっと私が力を込めてると、頑張って奪い取って、コロンって後ろに倒れちゃう可愛い子だった。

家族に「よくあんなに動けるなぁ」「よく走るなぁ」っていつも言われてた。
その位、回し車が大好きで、とにかく走りまくっていた。
給水器からご飯入れの間を何度も行ったり来たりしていて、そこだけ凄くうんちが溜まってて「せったんゾーン」だった。

ちっこは走りながらしちゃう子だった。
トイレが好きで、いつもトイレにいた。

ムービーがひとつだけ取ってあるんだけれど、早回し!?って位、早いんだ、動きが。
このムービーはなくせないな、と思う。
生きているせったんが切り取られた、大切な大切な30秒。
ちなみに、私のポリシーとして、逝ってしまった子の写真は撮らないの。
なんだか、なにかが残ってしまう気がして。
普通そうかもしれないし、死んでしまったからこそ、写真に撮っておきたい人をどうこう言う訳じゃないけれど。
動画はアップ出来るのかな。試してみよう。

せったんは、怖がりで、年頃の女の子みたいなキツいかわいげのある子でした。
一緒に居てくれてありがとう。
私は、せったんがこの3ヶ月半一緒に居てくれて、とても助かりました。

チョタが逝った時のこと。 

September 17 [Sun], 2006, 15:18
チョタが逝ったときのことは、どこにも書いてありません。
だから、きっと時が経ったら、私は忘れてしまうと思う。
覚えている内に書いておこうと思う。

2006年4月。
3月に倒れて入院して、2階の自室から1階の床の間へ寝る場所を移していたときだった。
いつ頃だったのかな。リードメール(メールを読むと小銭が入って来たりするやつ)にかまけてた時だったかもしれない。

前日まで、元気だったと思った。
けれど、気付いたらぐったりとしていて。
せったんと同じように、私の手の中でゆっくりと逝った。
私のベッドの中で、二人で、最後のときを一緒に過ごしたんだよね。

チョタは苦しかったと思う。死の間際だったのだから。
それでも苦しそうなところは見せずにいて、私は苦しまなかった。
時折、とても苦しんで死んで行くハムスターを見送る飼い主さんの記述を見る事があるけれど、それは飼い主としてどれ程の苦しみなのだろうかと思うから。
最後の最後まで、チョタに救われた。
なんて思うのは、ただただ飼い主のエゴだけどね。

それに…レオはとっても苦しかったよね。
レオの苦しさも、忘れてないから。
そんな事考えてることだって、多分、おかしいんだと思う。
けど最近は、こういう思考回路。

ハム生活、楽しむよ。グラと一緒に。

グラ深夜の冒険。 

September 17 [Sun], 2006, 15:04
私の蓋閉めが甘かった為にグラが深夜、大脱走をしてました。
画像は、グラの戦利品。
前々から欲しそうに狙ってた、私の古い首飾りの類です。
お散歩をさせるときはいつも、グラがカリカリって噛む音でそれを取ろうとしていることを察して私が止めるんだけど、眠ってる間には流石に止められませんでした(笑)
飲み込んじゃいそうで怖いから、あんまり小さな固いものはあげたくないんだけど…脱走防止をもっと徹底しなくっちゃ。

でも、前はお散歩の時はあまりものをかじらない子だったのに、最近良くものを齧ります。
学生時代から愛用してたヘッドフォンのコードとか、プレステのコントローラーのスタートとセレクトボタン(←何故かこれだけゴムで出来ている!)
それから、携帯の充電口を保護してあるゴムの蓋。

うーん…ストレスが溜まってるのかなあ…。

記憶として。 

September 17 [Sun], 2006, 14:44
うちのハムスターのお迎えした日とお別れした日を書いておく。

チョタ 2004年8月5日〜2006年4月25日
レオ 2004年9月27日〜2006年2月13日
グラ 2005年4月15日
せったん 2006月6月3日〜2006月9月15日

チョタとのお別れの日は、実は少し曖昧。
ブログや日記を書く余裕もない時に、突然逝ってしまったから。

この日付はお墓に書いておこうかなと思う。
墓石があったら一番良いんだけれど。
それか、ハムちゃんの毛色にあった石。
小さなのならお守りに持ってるんだ。
パールホワイトのチョタなら白い石。
レオならグレーの石、って。

せったんは、薄い茶色の石かな。それに黒が混じってるのがあれば一番良い。

さよならせったん。 

September 17 [Sun], 2006, 14:30
2006年9月15日。

前日から独り立ちしたバイトの、2時間のサービス残業の後に帰って来て。
ご飯を食べた後に部屋に行ったら、せったんがトイレでぐったりしていた。

せったんはお家よりもトイレに居るのが好きな子で、いつもみたいに寝ているのかなと思ったけれど、夜の10時にあの元気なせったんが寝ていることなんて滅多になくて…。
良く見たら、いつもは丸まってる足がぐったり伸ばされていた。
その時はもう動く事も出来なかったみたいで、私がすぐに手を入れても、臆病な子なのに逃げる事も出来ずに私の手の中に抱かれた。

体はやけに冷たくて、せったんがとても危ない状態にあることが分かった。

とりあえず掌に包んで体を温めた。
本当に臆病な子だから、掌に乗せた事なんてほとんどなかった。
だから、その時改めて、せったんが凄く小さいってことを感じた。
ロボロフスキーハムスターに見合った大きさだけれど、こんなに小さいんだ、って。

何か食べさせようとして、ひま種を口に持って行っても鼻をひくひくさせてもくれない。
せったんの好きな「まんま」を水で柔らかくしても、食べられないようだった。
お水を口へ持って行っても、飲めなかった。

掌であっため続けながら、どうしてこんな事になったのかと考えていた。
その日の朝は凄く元気に動いていた。やけに元気に。しかも朝に。
朝にこんなに動いていること、あったっけ…って違和感を感じた。
前日も元気に動いてた。…はず。兄が、あやしていたから。
でも、せったんの行動パターンとかの記憶の曖昧さが、最近ハムのことを良く見れていない事を物語っているようで、凄く「私のせいだ」って気がした。

せったんが「チュ」って小さな声で時々啼いて、口を大きく開閉させた。
それを数回してから、とても大きく目を見開いた。
目が零れちゃうよって位に。

その時に、せったんは逝ってしまったんだと思う。

開いた目が戻っていって、動かなくなった。
私が抱いてからずっとほとんど動けない状態だったから、本当に死んでしまったのかすぐにはわからなかったけれど、だんだん、固くなっていった。
チョタの時にそうしたように、頭を撫でて目を閉じさせた。
全身をゆっくり何度も撫でた。

私のハムスターは皆とても良い子で、去る時も良い子で、私の手の中で逝ってくれる。
レオとチョタの時は最後の時をふたりだけで過ごしたくて、家族にはその子達が逝ってしまった後撫でてもらっていたけれど、せったんの時は、家族と一緒にお別れをした。
(逝ってしまった瞬間は、丁度みんな出掛けていたんだけど)

目を閉じたせったんを居間から部屋に連れて帰って、わらのお家にベッドを作って、ご飯と、少しのお花をお供えした。

その時までは、あまり実感が湧かないというか…気持ちは落ち着いていた。
せったんの分もと思って、グラのケースをきれいに掃除して、ベッドに入った。
暗い中、少し泣いた。


せったんは、6月3日に家にお迎えした。

とても褒められた理由じゃない、不純な理由で衝動的にお迎えした子だった。
せったんの本名は「せつな」という。
「とわ」と反対の名を付けたという事とその不純な理由を、自分が自分で忘れないように書いておく。

その時せったんがどの位の歳だったかは分からないけれど、多分半年も生きていないかもしれない。
2年位あるハムスターの寿命で、半年しか、生きさせてあげることが出来なかった。

6月は丁度、全財産が尽きた頃。
私が一番グダグダになっていた時で、仕事探しに奔走して、駄目になったり諦めたり、何も出来なくなっていきそうだった時。
気紛れにゲームやチャットで遊びはする癖に、ハムスターのケースの掃除の頻度は確実に落ちていた。
せったんの給水器をセットし忘れることもあった。
凄く暑い日に、灼熱地獄になる私の部屋にハムのケースを置きっぱなしにして出掛けちゃうことも。
そんな私の態度が、せったんの命を短くしてしまったのかもしれない。
私がお迎えしなければ、もっと良い人の所に貰われていたかもしれない。

せったんは、私の所に来て良かったと思ってくれるだろうか。
それは、せったん自身が語ることはないから、私にしか分からない。
けれど、私はわからないのだ。
せったんを、あまりにも良く見ていなかったから。

一番キツい時に、一緒に居てくれた子。
ありがとう。でも、ごめんなさい、としか言えない。

そう考えるのは、間違っているかもしれないけれど。


今日はもう夜遅いから、明日、せったんがどんな子だったか、写真を載せて書く事にする。