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■プロフィール■1954年北海道北見市生まれ。1978年東京芸術大学卒業。在学中、第24回文化放送音楽賞ピアノ部門において「音楽賞」を受賞。78年ポーランド政府文化芸術省給費生として国立ワルシャワ音楽院(現ショパン音楽院)に留学、カジミエシュ・ギェルジョード教授に師事し、80年同音楽院修了。同年、第10回ショパン国際ピアノコンクールに出場し、ディプロマを授与される。81年「帰国記念リサイタル」を皮切りに現在まで、ソロリサイタルをはじめ室内楽や声楽等の伴奏、内外のオーケストラとの協演など北海道から沖縄に至るまで全国各地で積極的な演奏活動を行っている。  99年から「あじがさわミュージック・フェスティヴァル」の副プロデューサーを、また「かながわ音楽コンクール」「ピティナ・ピアノ・コンペティション」「ヤング・アーティスト・ピアノ・コンクール」「旭川市新人演奏会」「茨城県新人演奏会」「オールスガナミピアノコンクール」などの審査員をつとめている。現在、昭和音楽大学音楽学部助教授。スガナミ音大受験コースおよびYAミュージックアカデミー講師。(社)全日本ピアノ指導者協会正会員。
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日ごろ思うこと / 2008年04月15日(火)
 日ごろ疑問に思っていることがある。
 テレビを見ていると様々な話題が提供されていることは言わずもがなである。そのなかでいつも疑問に思うのは、何かの事件があると容疑者や加害者等、事件に関係する人々の年齢が必ず表示されることである。また芸能ネタでも同様である。芸能人の話題などで彼らの写真が出ると、必ず名前と括弧の中に年齢が記されている。何故必ず年齢を表記する必要があるのだろうか。
 勿論時には面白いこともある。今までもっと若いと勝手に思っていた芸能人の年齢がわかって驚いたりすることもある。有名芸能人が亡くなったときも、こんなに若かったのかとか、逆にもうこんな歳だったのかとか、妙に納得することもある。もっともそれが本当の年齢であれば、だけれど...
 百歩譲って社会性の強い事件の場合は仕方ないとしても、芸能界ネタに年齢表示は必要ないと思うのだが。どうだろうか。
 どなたかその辺の事情に詳しい方は教えて欲しいものである。
 
   
Posted at 22:33/ この記事のURL
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旧友との会話 / 2008年04月14日(月)
 今日、45年ぶりに小学校の同級生と会話した。長いときを隔てたにも拘らずお互いをすぐに認識し、会話は進んだ。話し始めて30秒もしないうちに、こんな会話になった。
 「いやいや、元気かい?」
 「まあ何とかやってるんだわ」
 「そうかい」
 「大した偉くなったって聞いたけど」
 「いやいや、なんもだ」 
 「写真でさ、最近の様子見たんだわ。みんな随分変わったんでないかいってOと話してたんだ」
 「そうだべさ、変わったべさ」
 「だけどさ、Kはふさふさしてるんだよね」
 「いや、そうだ。Kはストレスないのさ」
 「そうなのかい?Oもあるんだわ。ふさふさしてるしょ」
 「そうだ。Oもあるのさ。で、どうなのさ」
 「いや、ないんだ」
 「いやいや、ないのかい」
 「ないのさ。遺伝なんだわ。うちの親父も当時もうなかったのさ」
 「ええ?!そうだったかい?」 
 という具合になんですぐに頭髪の話題になるんだべか???
 
   
Posted at 22:32/ この記事のURL
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賞味期限の続き / 2007年02月09日(金)
 先日日本を発つ前に賞味期限のことをかいたら、いきなり不二家の事件が持ち上がりました。まるで預言者になったような気分です。
 そこできょうは軽くその話題に触れておきます。というより疑問です。どなたかお分かりの方がいらっしゃったら教えてください。
 原材料にも賞味期限があります。ところがそれが加工されて製品になると、なぜ賞味期限が延びるのでしょうか。加工ということは熱を加えたり、他の原材料を加えたりすることですが、そうするとなぜ賞味期限が延びるのか。加工することによって腐食しにくくなるということでしょうか。
 説明できる方、大募集です!!!
 
   
Posted at 05:28/ この記事のURL
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レオナルドという人その2 / 2007年02月09日(金)
 「最後の晩餐」を詳細に観察していると、様々なことが見えてきます。例えば、そこに描かれている弟子たちの表情から、色々なことが読み取れます。
 まず、ユダの顔が黒く描かれています。この絵は絵に向かって左のほうから光がさしているように描かれています。ユダは絵に向かって、中心のキリストより左に描かれています。従って普通にはユダにも光が当たっていると考えられますが、光はユダの頭の後ろを通過してキリストや他の弟子に当たっています。これは何を意味するのでしょうか。ユダはキリストを売った人物です、つまり光の世界にそむいたということを、顔を黒く描くことで暗示していると考えられます。
 次に絵に向かって一番右にいる弟子のすぐ左隣の二人の弟子が、一番右の弟子に向かって何かを問いただしている様子が描かれています。これはどういうことでしょう。ここでレオナルドは自然の法則をこの絵を通して表現しています。つまり、「汝らの中に裏切り者がいる」と言った瞬間、それをよく聞き取れなかった二人の弟子が、右端の弟子に向かって「今キリストはなんと言われたのか?」と問いただしている場面であると考えられます。音の伝達ということを考慮した表現がなされています。音は遠くなればなるほど聞き取りにくい、という科学的事実を絵画的に表現しているといえるでしょう。自然科学者でもあるレオナルドの面目躍如といったところでしょうか。
 他のも色々あると思います。是非とも皆さんにも謎を探し出していただきたいものです。
 さて、この絵の描かれた正面の壁には別の画家によるキリスト磔刑図が描かれています。こちらはフレスコ画の手法が用いられています。この絵の一部にレオナルドは筆を入れる予定だったようですが、果たされませんでした。これらの2枚の絵を見比べると、歴然たる技量の違いがわかります。磔刑図はその正面の絵と比べるとまるで子供の絵のようです。こうまで違うものかと驚かされます。
 ところで絵に向かってキリストのすぐ左に描かれているヨハネはどう見ても女性のように見えます。これをマグダラのマリアと仮定して展開するのが「ダ・ヴィンチコード」ですが、もしそうでないならなぜレオナルドはヨハネを女性のように描いたのか。それはキリストに最も愛されたヨハネを表現するのに、男色の傾向のあったレオナルドはあえてヨハネを女性に擬して描いたのではないか、とも考えられます。それによってヨハネをキリストが最も愛したことを表現したのではないか。
 皆さん是非ミラノに行ったらサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会を訪ねてください。そしてレオナルドの偉業と対面してください。但し、夢見心地で修道院を出た後に、ジプシーに襲撃されないようにしてください。修道院の外には確実に現実が待っているのです。
 
   
Posted at 04:48/ この記事のURL
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レオナルドという人 / 2007年02月07日(水)
 先日ミラノで「最後の晩餐」を観ることができました。1992年に初めて訪れたときは修復の最中で、足場が組まれていたりしてこの壁画の全容をじっくりと見ることができませんでした。ただ、その当時は今と比べてのんびりしており、見学時間も特に決められてはいなかったように思います。今は15分と決められ、一度に入れる人数は25人と決められています。温度や湿度も厳重に管理され、そのため見学者たちは幾重もの関所をくぐるようにして、修道院の食堂にたどり着くようになっています。
 その壁画のある食堂はかなりの広さがあり、またその絵も床からかなり高いところに描かれています。レオナルドがこの絵を描いてまもなく劣化が始まり、幾度と泣く修復が繰り返されています。このたびの大修復によってかなり鮮明な姿が蘇ったようです。
 この絵に仕掛けられた謎についてはダ・ヴィンチコードに詳しいのでそちらに譲りますが、ガイドの説明を聞いていて感じたことは、レオナルドという人物の自然や事物に対する観察眼の鋭さと、それを具体化する見事な技術の調和ということです。その上に謎かけが施されているのですから、観る者の興味を引いて離しません。
 絵の全体の色調は淡く、これはテンペラという技法によるものでしょう。彼の油絵とは異なった色調を持っています。どちらかといえばパステル画に近いといえるかも知れません。書かれている内容の重さに比べて色調はあまりにも柔らかいのが、なんとなく不釣合いな気がします。
 例のキリストのすぐ左に描かれている人物、ヨハネは確かにダン・ブラウンの言うごとくどこから見ても女性に感じられます。これをマグダラのマリアと仮定して展開するのが件の小説ですが、キリストが最も愛した弟子ヨハネを描くのに、男色の傾向を持っていたレオナルドは、意図的にヨハネを女性に擬して描いたのではないか、とも考えられるそうです。
 モナリザといい、この壁画といい、レオナルドという人物は我々の知的な興味をついに満足させること無く、知的探訪という迷宮に引き摺り込む謎を残してくれたものだ、と思わずにはいられません。
 
   
Posted at 05:25/ この記事のURL
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石の匠 / 2007年02月03日(土)
 イタリアに来て4日が経ちました。昨日はヴェネツィアに出かけてきました。カーニヴァルの前ということで、その準備が行われているようでしたが、案外人の出は少ないのではないかと思われました。
いつもヨーロッパに来て思うことは、石造りの建築物の見事さについてです。このブログの初期の頃に、唐招提寺の大改修について書きました。その改修から見えてくるものは、我々の祖先たちの木を使うことに関する巧みさでした。それがこの地では石を使うことの巧みさが見えてきます。
 ヴェネツィアのサンマルコ大聖堂、ドゥカーレ宮殿、ミラノの大聖堂、そして今回の旅の最後に訪れるフィレンツェやバチカンの大聖堂、そのいずれもが石を知り尽くした職人たちの究極の技によって作られています。いったいその技術はどこからもたらされたのでしょうか。
 考えてみれば、エジプトのピラミッドを初め地中海沿岸からヨーロッパにかけて、様々な巨大石造建築物を見ることができます。一説によればソロモン神殿の建築に携わった石工の技術が連綿と受け継がれているのだとか。そんなところから、中世の石工の組合から発生したといわれるフリーメーソンのことも見えてきます。連想は連想を呼び、様々な秘密結社のことが思い浮かびます。それは実在しているのかどうかは半信半疑ですが、石造建築の技術は恐らく親方から弟子への秘伝であったであろうことに思いを馳せると、そのような結社の存在もあながち嘘ではないのかと思いたくもなります。
 とはいうものの、その技術は今も確実に受け継がれているのかどうかは、疑問です。わが国でも木造建築の技術は、恐らく次第に失われつつあるのだと思います。効率化と低価格を実現するために、安直な技法が編み出されているに違いありません。西洋でも同じではないでしょうか。いずれの文化もジレンマを抱えているに違いありません。
 方や唐招提寺には、明治の大改修の際に西洋建築の技法によって屋根裏部分の補強を施した形跡が残っているようです。ところがそのために、ある部材に極度の力が加わり、木材に亀裂が入ったりしているのが今回の改修で発見されたそうです。この新技術の導入は、当時としては画期的なことであったのでしょう。しかし一方では異なった文化の融合はなかなか難しいことを証明しているのかも知れません。
 次回は「最後の晩餐」についてです。
 
   
Posted at 18:36/ この記事のURL
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ご挨拶 / 2007年01月29日(月)
 皆さんお元気ですか。私は明日からイタリアに出掛けます。大学の学生達を連れて研修所での研修の引率です。何かと心配なことも多々ありますが、無事に終えることを祈っています。
 さて、仁美さん次呂久さんコメントありがとうございます。仁実さん、沖縄は同じ九州ではないと思いますが...ナイチャーのバカさ加減は恐らく筆舌に尽くしがたいものがあるのでしょうね。北海道はもともと内地で食い詰めたナイチャーが作った土地ですが、明治政府の政策に依拠していた分、そのようなバカなナイチャーは少なかったかも知れません。映画「北の零年」などを観るといかに北海道開拓が難事業だったかがわかります。私の3代前の祖先も四国で貰える土地がなく、やむなく北海道に移住しました。新天地を求めたのです。今、沖縄に移住するナイチャーにそのような覚悟はどこにもないでしょう。不退転の決意などという言葉自体知りもしないでしょうね。安易な現実逃避指向の若者が圧倒的に多いとシマンチュに写るのは当然でしょう。楽園は南の島にではなく、自分の足元にあるのだということに気付きたくないのかも知れません。
 さて、先日賞味期限のことについて書いたら、不二家の事件が起きました。虫の知らせでしょうか。続きはイタリアから。
 
   
Posted at 23:59/ この記事のURL
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オキナワなんでも事典 / 2006年12月22日(金)
 賞味期限の次は『オキナワなんでも事典』について。この本はかの作家で沖縄在住者の池澤夏樹氏が編集したもので、事典の体裁をとったエッセイ集といえるものです。新潮文庫から出ていて、定価は743円です。執筆者は102名にものぼり、その中には編者である池澤氏をはじめ、上野千鶴子、足立倫行、筑紫哲也、椎名誠、佐木隆三といった有名人まで文章を寄せています。
 本のタイトルのごとく、沖縄に関する事ならば何でも載っているように思います。がしかし、文章を読んだだけではわからないことは世の中に沢山あるわけで、この本を読んで沖縄がわかったと思われては困ります。ウチナンチュに失礼というものです。ヤマトンチュのバカが、と言われそうです。
 それにしてのここ数年の沖縄への移住者は増加傾向にあり、最近は沖縄本島よりも離島に移住する人が増えているようです。先日お手紙を下さった石垣在住のご夫妻も移住者でした。何が皆を沖縄に駆り立てるのか。この本を読むとその理由の一端がわかるかも知れません。
 今この文章をミヤギマモルさんの『琉球弧の風(うるまのかぜ)』というアルバムを聴きながら書いています。ミヤギさんとは旧知ですが、シャイな印象の方ですが歌は濃いですね。デビュー作の『やいま』は傑作だと思います。そういえばミヤギさんも石垣のご出身でした。
 この本の編者である池澤氏は北海道の出身ですが、『ハワイイ紀行』や『マシアス・ギリの失脚』など北海道人らしくないテーマで執筆活動を続けています。そしてついに移住。そういえば昨年沖縄で会った方も札幌から移住したと話しておられました。感慨深いものがありますね。皆さん是非『オキナワなんでも事典』ご一読のほどを。
 
   
Posted at 09:30/ この記事のURL
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賞味期限について / 2006年12月16日(土)
 お久しぶりです。今日は食品の賞味期限について一言。食品には大抵賞味期限というものが表示されています。公的な説明によると、賞味期限とはその食品を美味しくいただける期限であるとのことで、それが過ぎると食べられなくなるというものでもないようです。そちらのほうは消費期限というそうです。
 私が常日頃疑問に思っているのは、どうやって賞味期限を決めるのか、その方法についてです。私はこの道は素人ですから、様々な想像をめぐらせる事になります。その一つ。ある食品メーカーがある商品を開発したとします。その賞味期限を決めるのに、その製品をいくつかモニター用に用意します。そして、製造日をそれらの製品に記入しておきます。そして、一日後に一つ食べてみる。二日目にもう一つ食べてみる。一週間後にまた食べてみる。二週間後にも食べてみる。一ヵ月後にまた食べてみる。その都度出来立てとその味を比較してみる。というようなことを繰り返していくと、ああもうこれはだめだ、という瞬間がくるのかなあと。考えてみると馬鹿みたいな方法で、プロの食品メーカーがまさかこんな決め方をしてはいないでしょう。だったら、どなたかどうやって賞味期限を決めるのか教えていただけませんか。
 今、我が家には賞味期限が2007/2/17という焼き菓子がありますが、これはこの日まで食べずに置いておこうかな、なんて思ったりしています。さてどんな味がするのか、実験です。
 
   
Posted at 20:38/ この記事のURL
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我慢できない人々 / 2006年08月22日(火)
 最近乗り物の中でものを食う人々が多くなってきたように感じるのは、私だけでしょうか。先日東武東上線に乗っていたら、二十歳前後とおぼしき女性二人が、おにぎりを黙々としかもゆっくり食べていました。周りを気にするでもなく、悠然と食べていたと言っても良いでしょう。
 またある日、小田急線本厚木駅のホームに立って電車を待っていると、5メーターくらい離れたところに立っていた大学生とおぼしき青年が、いきなりホームにしゃがみこんだかと思うと、カップの冷やし中華を取り出し、その場で封を開け、麺にタレをかけて作り始めたではありませんか。出来上がると、ホームに立ったまま食べ始めました。そうこうするうちに電車が入ってきたのですが、食べながら電車に乗り、食べ続けておりました。やはり周りは気にもしていないようでした。よほどお腹が空いていたのでしょう。
 ある日飛行機に乗ったところ、まだ飛行機が滑走路にも出ないうちに弁当を広げて食べ始めた客がいたのには驚きました。最近、空弁などと称して駅弁ならぬ空港弁当が大売れに売れているようですが、迷惑な話です。問題は匂いと、このような不埒な客の存在です。食べるなら水平飛行に移ってからにすればいい。そこまでに1時間もかかるわけではないのですから。本来、離着陸時にはテーブルを使ってはいけないことになっています。
 それにしても我慢のできない人間がふえたものです。上記の事件はいずれも食事時の時間帯に起こったものですが、乗り物から降りるまで待っても餓死などせんでしょう。何でそのくらいの時間が待てないのでしょうね。
 世の中には決まった時間に食事を摂らないと気が済まない、律儀な人々がきっと多いのでしょう。それが彼らの生活習慣だし、それを私がとやかく言う筋合いでもありません。が、私だったら人に匂いをかがせて食欲中枢をいたずらに刺激してまで、食べようとはしませんね。ヤセ我慢といわれようとも食べません。そう言われて育ってきましたし、それが他者に対する礼儀だと教わりました。だってそうでしょう?え?なに?お前のはヤセ我慢ではなく、デブ我慢だって!?余計なお世話だ!!!
 
   
Posted at 22:16/ この記事のURL
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