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■プロフィール■1954年北海道北見市生まれ。1978年東京芸術大学卒業。在学中、第24回文化放送音楽賞ピアノ部門において「音楽賞」を受賞。78年ポーランド政府文化芸術省給費生として国立ワルシャワ音楽院(現ショパン音楽院)に留学、カジミエシュ・ギェルジョード教授に師事し、80年同音楽院修了。同年、第10回ショパン国際ピアノコンクールに出場し、ディプロマを授与される。81年「帰国記念リサイタル」を皮切りに現在まで、ソロリサイタルをはじめ室内楽や声楽等の伴奏、内外のオーケストラとの協演など北海道から沖縄に至るまで全国各地で積極的な演奏活動を行っている。  99年から「あじがさわミュージック・フェスティヴァル」の副プロデューサーを、また「かながわ音楽コンクール」「ピティナ・ピアノ・コンペティション」「ヤング・アーティスト・ピアノ・コンクール」「旭川市新人演奏会」「茨城県新人演奏会」「オールスガナミピアノコンクール」などの審査員をつとめている。現在、昭和音楽大学音楽学部助教授。スガナミ音大受験コースおよびYAミュージックアカデミー講師。(社)全日本ピアノ指導者協会正会員。
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コンクールに講評は必要か / 2008年09月19日(金)
 久しぶりの更新である。しばらく休んでいたのには大して意味はない。要するに怠慢なのである。
 さて、先日日本でおそらく最高の権威を持つであろうと思われるコンクールの、地方大会の審査に行ってきた。小中高の部である。最初の小学生部門を聴いて驚いた。皆上手に弾くのである。実に達者なものだ。もしかすると審査員より上手かもしれないとさえ思ってしまう。
 中学も高校も同様である。私も様々なコンクールの審査をしているが、参加している子供たちのレベルが全く違う。地方でこのレベルなのだから、東京は恐ろしいほどのレベルの高さあろう。普段得体のしれない無気力な、スケールも碌に弾けない音大生ばかり見ているせいか、別の世界の出来事のように感じられた。
 ところで今のご時世コンクールには講評用紙がつきものである。それを楽しみにコンクールを受ける子供もいるくらいである。しかし、書く側にしてみれば、聴きながら書くのは結構大変な作業である。しかも点数も付けている。聴きながら講評を書き、更に点数までつける。これは予想以上のストレスがかかる所業である。場合によってはストップウォッチを見ながら時間になるとベルを鳴らして演奏を止めたりもする。そこまでくると超人技である。
 今回のコンクールでは講評がなかった。これはラッキーなことである。しかし、ただ単に楽なだけではなく、聴くことに神経を集中できるのである。その結果、考え抜いた末の採点ができるということに気がついた。講評を書きながらではこうはいかない。書いていれば聴くことがおろそかになり、聴いていれば筆が止まる。時にはストップウォッチを見ることすら忘れてしまう。
 人間の認識能力や判断能力、記憶力はいい加減なものである。聴くこと、採点すること、講評すること、計測することを同時に出来る人は聖徳太子くらいなものである。そろそろ講評はやめてみてはどうか。
 コンクールから戻って、上記のような事柄について学生に聞いてみた。そうしたところ、講評のないコンクールは受けないという学生がいたのには驚いた。世の中変な方に動いているようだ。
 
   
Posted at 22:32/ この記事のURL
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北海道新幹線 / 2008年07月13日(日)
 先日札幌駅の地下を歩いていたら大きなポスターが目に入った。そこには新幹線と思しき車体と東京札幌間3時間56分という文字が目に入って驚いた。つまり北海道新幹線が開通したら、東京札幌間が3時間56分で結ばれるということなのである。本当だろうか。
 今でも飛行機を使えば羽田新千歳空港間は1時間10分ほどである。しかし、空港には出発時刻直前には行きにくいものである。チェックインは最近随分簡略化されてはいるが、それでも何となく心配である。しかも手荷物検査場を通過しなければならない。混雑時にはそれに結構時間がかかる。また空港は住宅地からは離れていることが多い。羽田に行くにも結構時間がかかる。また仮に新千歳空港に着いたとしても、そこからJRに乗って40分弱、バスなら1時間ほど乗らないと札幌市内には着けない。前後の時間を含めると東京都内から札幌に行くにも結構時間がかかるのである。
 その点列車は発車間際に乗っても大丈夫である。手荷物検査もない。札幌駅はまさに市内である。発車のベルが鳴れば、乗り遅れた乗客など無視して出発である。一方飛行機はチェックインした乗客が空港内で迷って搭乗が遅れてもご丁寧に待っている。そんな客は無視して飛べば良いのに!
 やはり北海道新幹線が開通すれば列車派が増えるであろう。飛行機もうかうかしていられないから、価格競争が起こり、更に安いチケットが出るかもしれない。しかし、東京から札幌まで新幹線が開通すれば乗車券と特急券をあわせると相当な価格になるだろう。案外高値安定になるかもしれない。
 ところがである、その開通は2020年とも言われている。その年に自分がいくつになっているか。考えてみれば65歳である。果たしてその年まで生きているかわかったものではない。人間はいつ死ぬかわからないのである。だから新幹線の開通など楽しみにしてはいられないのである。
 
   
Posted at 22:12/ この記事のURL
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北見 / 2008年05月21日(水)
 先日出張で北見に行ってきた。女満別空港も視界良好で無事に着陸。バスで北見市内に向かった。このバスは以前は美幌駅にも停まったのだが、最近は直接北見に向かう。美幌の人たちとっては不便だろうと思ったが、考えてみれば美幌から女満別空港までは来るまであっという間である。バスは必要ないのだろう。
 翌日仕事を終えた後、車を借りて北小学校まで行ってみた。北小は私の母校である。といっても卒業したわけではない。卒業したのは旭川の春光小学校である。要は2年生が終わったところで旭川に転居したのである。北小は当時あることで注目された学校であった。それは丸い屋根の体育館が画期的な建物であったからである。丸屋根構造は強度の高い構造だと言われ、当時は珍しいものだった。北海道のように雪の多い地方では雪の重さにも耐えられ、なおかつその形状によって雪が屋根から自然に落ちるという一石二鳥の優れものだった。僕らはそういう学校に通っているのが何となく誇らしかったものである。
 その北小はもうかなり前に建て替えられ、いまやテーマパークにあるお城のような建物に変わってしまった。夢のある建物だが、当時の面影が残っていないのはなんだか寂しいものである。
 
   
Posted at 21:51/ この記事のURL
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外人パイロット / 2008年05月05日(月)
 最近スカイマークによく乗る。私のよく行く札幌に飛んでいるからである。それに安い。しかし、それだけでスカイマークに乗るわけではない。もう一つの理由は、外人パイロットの操縦を味わえるからである。
 航空機は日本人が発明したものではない。そういう類のものは他にもある。例えば車である。車も日本人の発明ではない。この手の乗り物はどうしてもオリジナルの民族が強い。F1などその典型である。日本人にも素晴らしいドライバーはいるが、やはりどうしてもあの連中には敵わないところがある。飛行機もやはりそうである。日本人のパイロットと外人、特に欧米系のパイロットの操縦の大きな違いはその思いっきりの良さにある。 昔、ワルシャワからクラクフまで飛行機で移動したことがある。冬の、しかも吹雪いている夜のフライトだったが、60人ほどしか乗らない中型機にも拘わらず、パイロットは躊躇なく降りた。彼らの操縦は荒っぽいのだが、決して見込みのない荒っぽさではない。危険でもない。充分に安全性を見越した上でのラフさなのである。それに比べれば日本人パイロットはおおむね慎重である。スポットから滑走路までの移動もゆっくりしている。しかし外人パイロットはビュンビュン飛ばす。胸がすく思いである。
 先日札幌からスカイマークで帰ってきたが、定刻より20分も早く羽田に着いた。やはりパイロットは外人でブラックさんだった。実はこのブラックさんにはよく出会う。出会うといっても直接ではないが、かれの操縦する飛行機によく乗る。その他にフィリップさんにもよく会う。名前は覚えていないが、外人パイロットは他にもいるらしい。
 そういえばかつて青森にスカイマークが飛んでいたとき、私の乗った同社便が青森空港天候不良のため、羽田に戻ったことがあった。その時のパイロットは日本人だったことを今思い出した。もし外人パイロットだったら降りていたかも、なんて思ったりしてね。
 外人パイロット諸氏、日本の空を席捲してくれたまえ。
 
   
Posted at 22:31/ この記事のURL
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消えゆく街 / 2008年05月01日(木)
 仙台の東一連鎖街が立ち退きになったと聞き、先日仙台に出張したときに行ってみた。やはり立ち退きは完了しているらしく、元連鎖街だったところに白い鉄製のフェンスが張り巡らされており、中には入れない状態だった。一歩遅かった!立ち退きになる前にもう一度行ってみたかった。5月からは解体が始まるという。
 ここはもともと戦後の焼け跡にできたバラックで、4本の路地がある。その路地に60軒ほどの店が並んでいた。かなり変わった店が多く、一見はなかなか入りにくい雰囲気だが、実際はそうでもない。しかし、地元の達人が一緒だと心強い限りである。近年居酒屋番組などでも取り上げられ、個性的な店が並ぶようになった。東一連鎖街は充実してきた、と評論する人もいたくらいである。その矢先の全店立ち退きである。一体そこにはどのような力が働いているのであろうか。2009年暮れにはここにビルが建つというが、そんなものは見たくもないと考えている酒飲みも多いだろう。こういう街は通常の営業を続けながらも、文化遺産として残していくべきであろう。仙台という自治体にはそのような粋はないのであろうか。わけのわからない文化政策に金を使っている反面、この手のことにはどうやら無関心らしい。
 ところで、仙台には似たような連鎖街乃至は横丁が他にもある。文化横丁、いろは横丁などがそれである。それらも近いうちに消えゆくのであろうか。町中いたるところにこぎれいなビルばかりが立ち並んだとしても、それだけで街が成り立つわけでもあるまい。やはり大人が安心して酒の飲める場所がない街には文化はない。雑居ビルにテナントで入り、チェーン展開していて全国どこでも同じようなものを出している店になど行こうとも思わない大人は多いはずだ。料理人の顔の見えない居酒屋などなくてもいいと思うのは私だけではあるまい。
 
   
Posted at 21:37/ この記事のURL
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日本酒について / 2008年04月26日(土)
 日本酒はどうも体質に合わないらしい。地方に出張に行くと、その土地のものをご馳走になったり、合わせてその土地の酒を勧められたりする。日本酒の味や香は好きだから頂くが、どうしても次の日がいけない。頂いた酒がことのほか美味であったりすると、余計次の日の体調に響く。
 日本酒のことについては全く詳しくない。純米吟醸だの山廃仕込だのと言われても何のことだかわからない。もっとも昔のような特級、一級などという呼び方もよくわからない。日本人ならやはり日本酒だろうといわれても、駄目なものは駄目である。
 他の酒は大丈夫である。焼酎も大丈夫である。沖縄の泡盛など大好きである。ウォッカもワインもジンも好きだ。ビールなど大好きで、様々な国のものを飲んだ。イスラエルのビールも飲んだことがある。要するに日本酒以外の酒なら何でも飲めるのである。ブラジルかどこかのピンガも飲んだが、旨いと思った。マッコリも美味しい。それに日本酒以外の酒は次の日に余り影響がない。
 そのわけは?わかる人教えて欲しいものである。
 
   
Posted at 23:12/ この記事のURL
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体調不良 / 2008年04月23日(水)
 いきなり尾篭な話で申し訳ないが、ここ数日下痢が続いている。今日は少し良くなったように思うが、昨日は酷かった。日曜日に所要で札幌に行ったが、帰ってくるとこのようなことになってしまった。原因はよくわからない。
 実は3月初めにも同じことがあった。やはり札幌、旭川と出張して帰ろうと旭川空港にいると、調子が悪くなった。東京に戻ると下痢になった。その時は熱も出てかなり辛かったので、家で2、3日おとなしくしていたらやがて治った。今回は熱はないが、症状は似ている。
 いずれも北海道に行ったというところが共通項である。では下痢の原因は北海道か?まさか!?そんなことはあるまい。だとしたら5月にまた行くが、その時が楽しみである。2度あることは3度あるというから。
 思うに原因は異常気象にある。札幌は異様に暑かった。4月とはいえ北海道だから寒いだろうと思って、薄手のコートを持っていったが、その必要のないくらい暑かった。しかし、持って歩くと邪魔になるので面倒だから着て歩いた。その結果大量の汗をかいてしまった。昼間はそれでも良いのだが、夜は寒くなる。汗をかいたり、汗が引いたり急激な温度変化を経験し、体がついていかなくなった。その上、旅に出ると寝られない。所謂枕が変わると寝られないというやつである。これは若いときからの癖で、未だに直らない。だから寝不足になる。寝不足になれば体力は落ちる。風邪につけ入る隙を与えてしまう。
 今回の下痢はそれでも説明がつくが、3月のはわからない。3月はまだ寒かった。防寒は抜かりなかったはずである。汗なんてかかなかった。やっぱり原因不明である。
 
   
Posted at 22:27/ この記事のURL
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メロンパン / 2008年04月18日(金)
 昨日に引き続きパン屋がらみの話であるが、今日はパンそのものに関する話題。
 東名高速海老名サービスエリアで販売されているメロンパンがバカ売れしているらしい。一日8000個も売れる日があるという。そんなに旨いのだろうか。
 僕はメロンパンが好きだから色々な店のを食べてみたが、評判ほどのものじゃあないなあと思うこともしばしばである。メロンパンの歴史についてはよく知らないが、僕がもの心ついたときには既にあった。当時田舎の町に住んでいた僕にとって、メロンパンはご馳走だった。いつも決まった店で買っていた。店のおばさんが、紙の袋にメロンパンを入れ、袋の両端を両手でつまんでくるくるっと袋を回して封をしてくれた。あの動作が見事で今でも忘れられない。僕にとってはメロンパンと袋とおばさんの動作は一体となっている。
 東京で学生をやっていたころは、金に困ると菓子パンを買ってきて飢えを凌いだ。その時もメロンパンは主役である。メロンパンの中身がパサパサに乾いていたりするとがっかりした。浪人しているときに、近くに旨いパン屋があったが、そこのメロンパンはイマイチだった。ここ数年は量産品ではあるが、Hのメロンパンは旨いと思う。コンビニにだって健闘しているのもある
 東名のメロンパンがそんなに旨いなら行ってみなくてはと思うが、食べてみればきっとそれほどでもないと思うような気がする。有名店でラーメンを食べたときに味わう感覚に似ていなくもない。大抵そういう思いを味わうものである。
 僕にとっては、裕福ではなかった子供の頃に食べたメロンパンの記憶が、きっと大きすぎるのだろう。たしか、当時メロンパン一個が5円だったような気がするが...5円で買える幸福だったと思う。
 
   
Posted at 22:47/ この記事のURL
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不思議な行為 / 2008年04月17日(木)
 先日パン屋でパンを買った。レジで精算をして商品とおつりを貰った。どこの店でもこのような手続きを経て商品を購入する。しかしである。おつりを貰おうと手を出すと、店員が手の上におつりを乗せてくれようとするのだが、その時店員は何を思ったのか、左手を僕の手の下に添えるようにそっと出してきた。
 最近こういうことによく遭遇するが、読者諸氏はいかがであろうか。時には添えられた左手がこちらの手に触れたりもする。触れようという気はないだろうが、ふとした弾みに触れることがある。実に気持ちが悪い。
 そこで考えてみた。これはきっと、おつりを貰おうとして手から取り落とした客が「ちゃんと渡せよ!」なんて凄んだんだろう。いや、そこまでいかなくとも同じような出来事が、日常茶飯事に起こるのだろう。客にしてみれば何やってるんだ!と言いたいところであろうが、責任は一方的に店員側にあるとも思えない。客は往々にして横柄なものである。そして、日本の接客は必要以上に客に対して遜っている。
 以前イタリアでバスの運転手と客が大喧嘩しているのを目撃した。ある停留所から乗ってきた若い女性客は切符を持たずに乗ってきて、車内で運転手から買おうとした。ところがその客はついこないだも同じようにして乗ってきたらしい。しかも同じ運転手の時に。だから、運転手は切符を買って乗れよ、と客にクレームをつけた。そこで言い争いになったのである。こんな光景も日本では殆どお目にかからない。
 国際線の飛行機に乗っていても思うのだが、海外の航空会社のCAは日本の航空会社のCAに比べ、接客が格段に横柄である、ように見える。また、ヨーロッパの町で店に入って買い物をすると、店員はフレンドリーなこともあるが、遜ってはいない。客と対等な姿勢を貫いている。人間対人間という構図が見える。客対店という構図が見えない。
 日本の消費者も「買ってやっている」という勘違いをやめたらいいし、売る側も「買っていただいている」という必要以上に遜った姿勢をやめたほうがいい。そうしないといつまでたっても店員が客の手の下に左手を差し出して、おつりを落とすまいとする不愉快な行為は止まらないし、自己責任の気風は育たないと思うのだが...
 
   
Posted at 22:34/ この記事のURL
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桜前線北上中 / 2008年04月16日(水)
 関東地方では桜の季節が終わったが、今は東北あたりで満開のことだろう。桜にもさまざまな種類があるようだが、桜色というのは良い色だと思う。華やいでいるがどぎつくなく品がある。熱帯の原色の花も力があって良いが、桜のような上品さや優しさはないように思う。その桜に、黄緑色の花を咲かせる種類があると聞いて驚いた。
 「御衣黄」と書いて「ぎょいこう」と読む。ソメイヨシノにやや遅れて、関東地方では4月中旬から下旬にかけて咲くらしい。今が旬ではないか!貴族が好んだ萌黄色似た色の花をつけるためにそう呼んでいるらしい。今まで桜は桜色とばかり思っていたが、色々調べてみるとどうもそうではないらしい。
 職場が以前の場所にあったころは、敷地内に見事な桜があったので、目を楽しませてくれていたが、現在の場所に移転してからは桜を愛でるということがなくなった。柿生あたりまで行かないと、お花見はできない。僕自身は花見の習慣を持たないので、偶然目にとまった桜をしばし眺めるだけで充分である。
 御衣黄は京都の仁和寺で栽培されたのが始まりというが、今は沖縄を除く全国で見られるらしい。知れば知るほど見たくなる。そういえば最近、通勤途上の道の両側に黄緑色の花をつけた木があるが、それってもしかしたら御衣黄?だったらラッキーである。
 でもね、僕は花の名前に弱いんだよね。薔薇とカーネーションの区別も時々つかなかったりするし...
 
   
Posted at 21:46/ この記事のURL
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