はじめに 

2007年01月23日(火) 15時25分
このHPは 生まれつき 異所性蒙古斑を抱えて生まれてきた女の子
とママの私の治療記録です。



異所性蒙古斑

蒙古斑は、本来成長すれば薄くなって消えるもの というのが一般論です。
ただ、その蒙古斑が 肩や腕、顔など、お尻に近い部分から外れてあるものを
異所性蒙古斑と呼びます。
この蒙古斑は、将来的に消えるという説もあれば
取れないという説もあり、本当のところ、どちらが正しいのか医学的にもわからないものだそうです。

ということもあり、治療をするのも、そのまま放置するのも、その本人と家族が決めることなのです。
そんな同じ境遇で悩んでいる方のプラスになればなぁ と思います。

親の気持ち 

2007年01月23日(火) 15時29分
妊娠中、なにか、いけないことをしちゃったのかな?
自分を責めても仕方がないとわかっていながら
妊娠中もっと大切にしてあげればよかったという後悔の気持ちでいっぱいでした。

彼女が少し大きくなってからも、意識的に、あざが隠れるような暑苦しい洋服をきせたり…
あざを見る人見る人に
「どうしたの?けが?」と、何度も聞かれ
「うん。生まれつきのあざなんだぁ(~o~)」と笑顔でいいながら
心の中が曇っていたこと…
そして、そんな自分がとてもいやでした。

そんな気持ちもありましたが
まわりから「蒙古斑は大きくなれば取れるよ」という声もありましたし、
生まれてから1年ほどは、「きっと取れる!ただの蒙古斑だもんね!」
と不安ながらも信じ続けていました。

でも明らかに濃い背中から胸・・・首、腕にわたっての深青のあざ。
見るたびに 私の心は申し訳ない気持ちや このさきの不安でたまらなくなりました。

この子が年頃になったときに
思いっきり心から笑って、素敵な恋もしてほしい。
このことが少しでも原因でこころが暗くなって欲しくない・・

やっぱり、子供社会にでる前に
治療で薄くしてあげたい。と心から思いました。

本人が大きくなって、自分でどうしてもこのあざをとりたいと思ったときに
治療しても遅くはないんじゃないか?とも考えましたが
気になる年頃になる前に、記憶があまりないうちに、とってあげた方がいいんじゃないか?
今とってあげた方が、育ち盛りだし、直りも早いのでは?
と、何度も考え、思い悩みました。

一番のリスクは健康そのものの体に全身麻酔をしなければならないこと。
健康そのものなのに1週間ほど入院しなければならないこと。
一度の手術では、消えないので、入院とレーザーを何度も繰り返さなければならないこと。
そこまでして、もしかしたら取れるかもしれないあざの治療をしていいものなの???

悩みだすときりがないくらいでしたが
医大の先生の言葉を聞いて、家族で話し合い、私たちは手術の決心をしました。

生まれてから手術までのこと 

2007年01月23日(火) 15時36分
2004年 10月 元気にこの世に生まれてきました。

分娩室で助産婦さんが最初に取り上げて言った言葉
「わぁ きれいな赤ちゃんだよーーー」
その言葉を聞いて、まだ自分で確認する前の私は心底ほっとしていました。
その直後、「あら?肩に大きな蒙古斑があるわねーー」
と言われた私は、蒙古斑は、取れるものだし・・・とさほどショックは受けませんでした。

産湯につかり、綺麗になってきれいになった娘を見ると
・・・・やっぱり 首筋から左腕にかけてかなり目立つ、濃い青色のあざ。。。
本当に、取れるのかなーー?と心配にはなりましたが
少しばかり不安になる程度でした。

産婦人科に入院中、新生児の入浴の仕方を、新米ママ数名とすることになりました。
そのとき、かり出されたのは我が子でした。
入浴中 ママたちの目線がすべてそのあざの方へ行っているような気がして
何ともいえない感情になったことを今でもよく覚えています。
でも、大きくなれば皮膚も相当伸びるし、薄くなる、そして 大きくなる頃には消えるんだ!
と、自分に言い聞かせて、数ヶ月子供とすごしていました。



3ヶ月検診

生後三ヶ月、あざの濃さは変わることなく検診の日を迎えました。
そのとき、保健婦さんに相談したのですが、
蒙古斑は次第に取れていくものだしねー
こんな赤ちゃんのうちから 治療どうこうっていうのは かわいそうだし、様子見たら?
程度の回答でした。
たしかに首が座って間もないベビーになにかしら治療するのは無理だなぁと納得。
まだあざが取れることを不安になりながら信じる日々でした。

この時期予防接種のツ反とBCG接種が。
BCGの位置がちょうどあざにかかるということで、そのままあざの上から接種してよいものなのか…?
「あら、どうしましょ、この上から注射してもいいのかしら?」
保健婦さんも不安になったらしく、先生に聞きに行ったりとすごく時間がかかってしまいました。
その間、娘の上半身にまわりのママの視線を集めているような気がしました。
きっと、考えすぎなのかもしれませんが、そのような気持ちにさせてしまう自分がとても嫌でした。

本当に言葉に出来ない複雑な感情でした。


6ヶ月

今までネットなどで、あざのことについてものすごく調べた結果、
おそらく「異所性蒙古斑」らしい。
取れるのか、取れないのか、調べれば調べるほど不安になる私。
結局その結論はどこにも書いてなかったから。。。

外出するときはあざが見えないように心がけていました。
あざに紫外線はよくないというのもあったし、
なにより、あざを他人に見られるのがいやでした。
とうとう出産前に買ったかわいいキャミソールやノースリーブを着せることが出来ませんでした
そして、そうしている自分がなにより一番いやでした。

そろそろ大きな病院に見せて本格的な治療をしたほうがいいのかな・・・
それともあざは病気じゃないんだし、もし取れなくても、家族 娘本人も、このあざと向き合ってずっと生きていくべきか・・・
いや、もしかしたら小学生くらいになったら綺麗に薄くなっているかもしれない・・・
と思いながら治療を考え始めるようになったのはこのころです。

10ヶ月

とうとう、近くにある総合病院の皮膚科のドアをたたきました。
女の先生でした。
「あーー。蒙古斑ね。このくらいの子は結構いますよーー。」
次第に薄くなるかもしれないし、大きくなっても取れなくて本人が悩むようなら
そのときにとればいいんじゃない?という、一般のネットで言われているような一般論、、私が考えてたものと同じでした。
たしかに、1歳未満児のあざの治療は、娘くらいの広範囲のものだと
全身麻酔は免れないそうです。
レーザー治療も日進月歩で進化していて、この子が大きくなる頃には
もっと簡単で確実安全なものが開発されているかもしれない。
ということでした。

たしかに、そのときは納得しましたが、心底からスッキリしない回答に
結局私の心もスッキリせずにいました。

本当に、本人が、このあざがいやだと気になりだした時に治療をすればいいのかな・・・



1歳半

しばらくあざのことを悩むのをやめつつ子育てに専念する日々・・
きっと冬だったから露出も少なくて済むせいもあったからかもしれません。

1歳半になって、上の子の幼稚園のクラスメイトで
本格的なあざの治療をしているママと出会いました。
そのママから、あざに関してこのあたりではかなり有名な先生と病院を教えてもらい
診てもらうことにしました。

今までいったこともない大きな大学病院でした。

その先生は、今までアドバイスをくれた保健婦さん、皮膚科の先生とは
全然違う回答でした。

一言では言い切れませんが、このあざはおそらく取れません・・・
伊藤ぼはん、通称異所性蒙古斑ともいいますが
これは、はっきりとした病名のついた病気に類します。
ただ、治療をするしないは、両親が決断するものです。
もし、治療せずに薄くなることも考えられますが
ちゃんと治療すれば100%綺麗に取れる病気です。
私(医師)から見ましても、これだけの広範囲で、色も濃いですから
治療することを勧めます。

というような内容でした。

その先生は、レーザーに関しては相当のポリシーと自信がある様子でした。
あざの治療を保険対象にさせた第一人者だったそうです。

そこで、詳しい治療方法を私たちに納得行くまで説明してもらいました。

全身麻酔のリスクに関すること
一度の手術では完全には取れないので数回入院が必要なこと
保険対象になるので費用の面では心配がいらないこと
このまま大きくなってから取り除こうとすると、今の皮膚の4倍の面積になり、
治療も4倍大変になるということ。
などなど

入院日は8月1日
手術は8月3日
悩んだ結果私たちは娘のあざを小さなうちにとってあげようという結論を出しました。

いよいよ治療開始 

2007年01月23日(火) 15時42分
入院1週間前

入院前の精密検査のため、再び大学病院へ訪れました。

そのほか、レーザー手術、全身麻酔の説明を詳しく受け
午前中には帰宅。
血液検査は、本人も注射はもう痛いものと認識していることもあって
タオルケットのようなものに体を巻き付けられていました。

この日の検査
・血液検査
・尿検査


8月1日入院

午前十時半 入院の手続きを済ませ
病室へ案内されました。

小児病棟ではなく、皮膚科の一般病棟ということを
以前から聞かされていたのですが、
子供が小さいということも考慮され、大部屋と同じ扱いの個室を用意してもらえました。
普段は感染隔離病棟らしいのですが、部屋にトイレや洗面台なども完備されていて
すごくほっとしました。
ベッドは小児用の策付ベッド…
少々…いやかなり狭めでしたが、添い寝しないと安心して寝られない娘のために
エクストラベッドは借りませんでした。

この日は特にこれといって検査なども少なく
とにかく病院(病棟)に親子とも慣れるための日!
入院患者とはいえども、完全に健康体の娘。。
病室にじっとしている訳もく…
デイルームやエレベーターホールで裸足になって走り回っていました。
就寝もいつもより早く決められていたのですが、興奮していたせいもあり11時近くまで寝ませんでした。

【この日の検査内容】
・胸部レントゲン写真
・心電図
・治療部分の写真撮影
 (医大のためか、学生さんんらしき人が撮影にきました)


8月2日

今日は、検査などなにもない1日
とにかく、ここの場所に慣れて3日の手術のために、体調をばっちり整える日
元気に走り回り、よく遊んで、よく食べてくれたので
ママとしては安心…かな?


病室で暇を持てあます娘(笑)


夕方、主人が来て
夫婦で麻酔科の主治医の説明を受けました。
・麻酔の目的とその必要性について
  本人がまだ小さいため、眠っていて痛みもわからない、なにもわからないうちに
  手術をしてあげましょう…という内容
・麻酔に伴う危険性や合併症について
 麻酔により、食べたものがもしも、逆流した場合、のどに詰まらせ、窒息のおそれがあるというような内容
・麻酔後の処置など
 点滴や座薬について

こういった内容を聞き、同意書にサインをしました。



その後、皮膚科のレーザー手術の主治医からの説明も受けました。
この説明は、今まで、手術に踏み切るまでに何度かしてもらったような内容でした。
こちらの方にも同意書にサイン。

夕食後から絶食開始

さぁ いよいよ明日は 朝から手術!


8月3日 手術当日
朝より絶飲
8時45分頃、レーザー手術の部屋へ呼ばれ、だっこした状態で移動しました。
レーザーの機械は移動不可能なため、麻酔科の先生、麻酔の器具一式が皮膚科へ運ばれました。
レーザーの機械、すごく大がかりな麻酔の道具…
どれも、見たことのない器具で、大人の私でさえ、足ががくがく震えが止まりませんでした。

手術ベッドへ仰向けに寝かせて、全身麻酔の準備が始まりました。

私は泣きながら抵抗する娘を、やや遠くから離れたところで見守っていました。
あとはすべて医師と看護婦さんにお任せするしかないんだな…
と思っていたら

「麻酔が効いて眠るまで娘ちゃんのそばにいてあげてください」と医師に言われ
泣きじゃくる娘の手を握って顔だけ添い寝するような状態でいました。
麻酔のガスマスク状のものを口と鼻に覆いました。
それでも泣いている娘、必死に抵抗しているのか、すごく強い力で私の手を握っていました。
1分くらいそんな状態が続くと、麻酔が回ったのかすぅっと意識を失うように眠りました。
私も、そのころはもう涙がポロポロとまりませんでした。

手術室の外で終了予定時刻まで待ちました。

予定時間ぴったり(一時間後)に主治医の先生が手術室から出てきて
「無事レーザーは終わりました。あとは処置などをしたら部屋に戻れます」
という説明をいただきました。ホッとしているのもつかの間。
先生が説明をして手術室に戻ってほんの少しの時間の間に娘は麻酔から目が覚めたようで、廊下に鳴き声が響き渡りました。

「あーーー麻酔から目が覚めたんだ。よかったぁ」
と思うと同時に、ママ、パパのいない手術室で大勢の医師や看護婦さん、見たことのない器具にかこまれ、自分はやけどのような痛さでどんなにか不安だろう??
はやくそばに行ってあげたいと思いました。

レーザー部分をガーゼで覆い、水分補給等の点滴、痛み止めの座薬の処置をして、ようやくパパママのところへ戻ってきましたが…

麻酔が覚めると興奮状態になるらしく、今まで見たことのない位すざましい鳴き声で暴れていました。
私やパパの抱っこでも、暴れて泣き叫んでいて、手に負えないほどでした。
術後の痛みと興奮状態、左手には点滴をしていたので、手を自由に使えなくなっていることに対して泣いているようでした。
1時間くらい、すさまじく泣き叫んでようやく痛み止めが効いてきたのかその後2時間ほど眠りました。

レーザーを当てた部分は 青いあざと赤い腫れがまざったような 黒ずんだ紫のようになっていました。


術後、泣き叫び眠ったあと、落ち着いた様子(夕方)

術後の経過 

2007年01月23日(火) 16時06分
その日の夜から一日に二度
塗り薬と包帯の交換がはじまりました。
手術当日の夜、包帯をほどくと
大きいものは500円硬化2枚分くらいの水泡が
無数にありました。
顔をそむけたくなるほど痛々しかったです。

水泡が割れないように、アイスクリームの木べら(?)のようなもので
丁寧に、塗り薬を塗っていきます。
まさにデコレーションケーキのクリームのようでした。
それは退院まで毎日続きました。
2日後位になると、自然と水疱も割れ、水疱の数はかなり減っていましたが
皮は乾燥していなく、ぐちゅっとした状態でした。

退院は術後、突発性発疹までなってしまったため、予定より3日遅くなりました。
退院するころは、少しずつ、割れた水疱の皮も乾燥してかさぶた?のような状態になっていました。

見た目は、普通の火傷の時に出来るような水疱と同じですが
もっと皮のすごく薄い部分でで水疱になっているような感じで
火傷の時よりは、治りなどはすごく早く感じました。


術後5日前後の様子
(皮が乾燥して、ぱりぱりになってはがれて行くところ)


私の心配をよそに、退院して1週間も立たないうちに
いつものような体の動きをしていたので
見た目よりさほど痛みは ないようすです。
ただ、皮膚がつっている感じがするみたいです。


退院して数日後、近所の公園にて


退院してから、1週間目に検診、その後 3ヶ月目にもう一度検診し
次回の入院は翌年1月16日に決定しました。


退院後2ヶ月ほどで、レーザー手術の効果は驚異的だということがすぐ分かる程度まで薄くなりました。
私が考えている以上の好結果に肩をなでおろしました。


治療前


1回目レーザー手術後 5ヶ月経過


ただ、完全に消えるまでは、あと3〜4回の手術が必要かな?という感じです。

5ヶ月後、二度目の治療 

2007年01月23日(火) 16時16分
二度目手術前の状態
一度目のレーザーを当てた部分がひとめで分かるくらい
水玉状?にまだらになっています。
次の手術ではそのまだらが少し減るような感じになるという説明を受けました。


2007年1月 2度目の入院

前回の入院が1歳10ヶ月

一度目の娘は、入院中でも何が何だかわからず
ママと一緒にいながら、痛いこと!? を経験し、
白衣の人を見るだけで 号泣していました。

二度目の入院は2歳3ヶ月

体も心も成長しているようで
手術前日までは
看護婦さんなどにも照れてママに隠れながらも、バイバイや看護婦さんの抱っこにも
泣かずに応じてくれています。


1月16日

入院当日の検査
 心電図
 胸部レントゲン
治療部分の写真撮影


1月17日

前回同様 翌日は特に何もなし。病室、夜の病院の寝床に慣れる為の日。
夕方から主治医の先生の手術の説明と、麻酔科の先生から全身麻酔の説明。
いずれも同意書にサイン、印鑑

娘は一日よくはしゃぎ、遊んだので9時過ぎに就寝
私は、手術前日なのでなかなか寝つけませんでした。
夜9時より、絶食開始
飲み物は 水、お茶、ポカリのみ、翌朝6時までOK。


1月18日

手術当日朝8時45分ごろ 看護士さんが病室に向かえに来て
レーザーの手術室へ
今回は、娘も大きくなったからなのか?
看護婦さんが娘を抱いたまま 一人で手術室へ。
入り口で私たちと別れました。
ドアがしまり、大きな鳴き声が漏れていましたが、
1分もしないうちに、鳴き声は聞こえなくなり、全身麻酔が効いた様子がわかりました。
中の様子がわからないだけに、娘を引き渡した直後から
私はまた涙が止まりませんでした。

手術中は外のベンチで1時間ほど待つことに。

無事手術が終わり、麻酔からまださめていない間に
主治医の先生が手術の部屋から出てきて説明がありました。

一度目でまだらになった部分は
今回の2度目でかなりわからなくなだろう という話

レーザーのあたり方により、強く当たってしまった部分は
ケロイド(みみずばれっぽい状態)状になるかもしれない という話

2度目の手術の後、かなりあざは薄くなると考えられるので
次の手術まで、今まで以上に時間をあけてみてはどうか という話

などの説明がありました。

今回は麻酔から覚める前に、軟膏、包帯、痛み止めの座薬等の処置が終わっていたため
手術室から割とスムーズに病室へ戻ってこれましたが、
前回同様、麻酔から覚めると興奮状態で、泣き叫んでいました。

ただ、前回と大きく違ったのは、点滴の処置がなかったこと。
前回の点滴で娘は相当いやがり、点滴の時間も半日と、相当長かったのが苦痛だったことを
事前に先生に相談していたことを考慮してもらえたようです。

1時間ぐらい泣き続けると、痛み止めが効いてきたのか
泣き疲れて眠りましたが、眠りが浅い状態で 目が覚めては泣き、うとうと眠るような繰り返しをしていました。
その間、お水とプリンを少し口にしましたが、夕方までうとうと状態でした。

夕方からはやっと本調子になった様子で、笑顔と会話が見え始めました。
夕食はいつも通りの量のを摂って、レーザー部分はひりひりしてかばっている様子でしたが
元気を取り戻した感じでした。
レーザー部分は前回同様、赤黒い感じです。水疱が割れて露が出て包帯から少ししみ出ているような様子でした、
当日は保冷材でレーザー部分を冷やしました。


手術後の夕方には少し遊ぶこともできました


夜は、その部分をかばっている様子でしたが
ぐっすり寝ていた様子。

翌日からは包帯の交換と薬を塗る処置のみ。

2度目の術後の経過 

2007年01月24日(水) 12時34分
術後約一週間目の今日(1月24日)
経過を見せに再び大学病院へ行きました。

前回と大きく違い、レーザーの強度が弱めだったのか?
娘の皮膚の状態が1度目よりやわらかかったためか?(多分こちらが原因)
水ぶくれの乾燥や一皮むけていくのがすごく早くて
1週間目の今で、既にすっかり新しい皮膚が作られているような様子です。
(前回の2週間目くらいと同じ状態)


今日は珍しく病院もすいていて
主治医の先生と世間話なような会話をしました。

先生は
「○○ちゃん、も本当によくがんばったね。
先生も一緒に頑張ったんだよ!
○○ちゃんの頑張ってる姿みると、涙でてくるよ。
だって、まだこんなに小さいんだよ!」
と 看護婦さんに娘を抱いて見せていました。

涙腺が最近弱い私はまたそこで 泣いてしまいました。

先生は娘が15年後くらいに、ノースリーブで病院に遊びにきてくれるのを
心から楽しみにしていると 言ってくださいました。

ほんとうに、この病院のこちらの先生にお世話になることができて
良かったと 思いました。

治療が長期戦なだけに、医師との信頼関係もとても大切だなと感じました。

今回の経過は、先生もかなり成功したという感じで
「数ヶ月後が楽しみだね」と言っていました。
私も、二度目の手術を終えて
「楽しみ」と 思えるようになりました。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:chiryou
  • アイコン画像 性別:女性
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2004年10月生まれの女の子

首・肩・背中・腕にかけて大きな青黒いあざ(異所性蒙古斑)を抱えて生まれてきました。

同じ境遇で治療について
悩んだり、迷っている人たちに少しでも参考になればいな・・・

 
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