進んでいない 

2006年02月09日(木) 23時09分
ここのブログ書くの、けっこう久々だ。。。


あれから色々あって、その都度反省して心を入れ替えようと思って、、、




それなのに、気付いたら

今また同じ地点に逆戻りしてる、情けない自分。。。











しっかりしなきゃ。

大切なものをまもるために、自分がしっかりしなきゃ

だめなのに、、、。





こんなんじゃ、だめだよ。












素直になれない。

潰れる自分。




今日もまた、自分の体に悪いことをしている。







ごめんなさい。

DOWN 

2005年11月26日(土) 18時19分
知らない間にヤプログが変わってる。。。




かなり落ち込み気味。。

”気味”じゃないな。


っていうか、ここに来る時は大抵落ち込んでるんだけど。






はぁぁ


なーんてため息すら出ない。





何やってんだろ。








自分の人生に何もない。





あるものだけじゃ、だめみたい。






そりゃそうだ。









そうだけど・・・












戻って出来る自信ないし





新しいこと始める余裕も

まだ

ない。








誰だってそういう時期ある。





でも、



私の場合、


多すぎる。






なんの励ましにもならない。




励ますほど価値も無い存在。









最低。









どん底に戻りたくはない 

2005年10月27日(木) 22時09分
「内」の世界にこもっていると、壁で囲まれた中をぐるぐるぐるぐるしてるだけ。そして、それが当たり前の日々。
壁を越え、「外」に一歩踏み出せば、同じようにぐるぐる進んだり退いたりしてるけど、そこには壁なんて無いから世界は開けていく。

あの頃の日記に
英語の、すごくしっくりいく表現で、図も添えられていた。


その壁を超える時って、どんな時なんだろう。


あの時は、たとえ内に戻っても、
そんな自分を引っ張り出してくれる何かが、外にあった。


無理やりにでも笑顔を作ることで、救われる時もある。

でも、逆効果な時もある。



今はただ、外とのつながりを無くさないようにするだけなのか。

キロク。 

2005年10月22日(土) 22時37分
夢は逃げていかない。
自分が夢から逃げるんだ。

義家先生の言葉。


ほんと、そのとおりだなぁと思った。



今うまくいっていない人は、
考えが甘すぎるか、
絶望してるか、
そのどちらかだ。


その言葉にも、肯けた。


まったくその通りだ。



自分の頑張れる事で、頑張れ。





「なぜ?」ではなく、「だから、〜」
なぜ?なぜ?と疑問を投げかけているんじゃなくて、
だから、私は〜するんだ。
そういう風にならなきゃだめだ。



「自分抜き」の社会とは?

まったくその通り。
自分抜きの社会なんてありえない。
自分抜きで考えるのではなく、
自分を含めて考えること。

つまりは、自分が動いていくこと。





今、そして未来 

2005年10月02日(日) 18時41分
それから秋が来て、一年前の過食に移行した日のことを思い出し、
冬が来て、
あっというまに年は暮れた。

少しずつ家業を手伝いながら、
日々を過ごした。

自分から何かを探しに行くわけでもなく、
ただ家でやることをして、
過食からなかなか抜け出せない日々もあったと思う。
そんな意味の無い繰り返しだった。
何をするにも、情けなかった。

もう、私の人生も終わりだと思った。
一度はエリート社会に進むであろうと誰もが思っていた、私の人生。
こんな姿では、たとえ友だちであれ誰にも会えない、
ましてや留学仲間に連絡できるはずもなかった。


さっき、探し物をしていた時、
今年初めに送られてきた、留学準備の為1年通った専門学校の同窓誌を見つけ、
読み入った。
先生方からのメッセージの中に、
すごく力強く、こころに響くものがあった。

その先生は、残念ながら私の担任ではなかったし、授業もなかったが、
留学当初私に話をしてくれた際、すごく努力家で苦労してきたことを感じた。


"A rolling stone gathers no moss."

目まぐるしく変化する今日を生き残っていくには、学習し、自分に磨きをかけ続けることが必要不可欠な要素だ、と。
苔生やすことの無い"a rolling stone"であり続けてください。

というものだった。

回想 

2005年10月02日(日) 18時18分
私は一度留学を試みたものの、諸々の事情で断念した。
一度やると決めたことを、やり遂げることが出来なかった。
周囲にもすごく責められた。皆口を揃えて、再び戻るように私を促した。
それでも私は戻らなかった。
代わりに何かがあるわけでもなく、夢があるわけでもなく。

高校時代からの精神的弱さ、それによる心身の不調、そしてそこから生ずる問題、
一度は心地よく感じたはずの、異文化
人間関係のストレス

たぶん、そのような理由であろう。
私が留学生活をしんどく感じたのは。

1年目には、幸いにも、遠く離れた留学仲間に話を聞いてもらい、励まされ、
なんとか勉強は出来ていた。
過食で重い心と体を起こし、授業に行くことも出来た。
それが、年を越した頃から完全に崩れ始めた。


一度止めて日本に戻り、場所を変えて再び留学生活が始まった。
すごく、がんばった。精神的に。
でも、空回りだった。
この時期は、ほぼ拒食状態だった。
それにより人間関係は薄れていき、また私は孤立し、
その頃不幸にも過食に移行して、地獄の日々が始まった。

勉強に身が入らない。食べることを止められない。
鬱状態をどうしようもできない。
結局、渡米前の体型に戻り、勉強面でも家族をがっかりさせる結果になってしまった。

「今度やめたら、もう後はないよ」
そう言われて旅立った「2回目」だったから、自分でもすごく情けなかった。

今思えば、2回目旅立つ前にもう少し立ち止まって考えるべきだった。
祖父に言われた「どうしてアメリカじゃなきゃだめなの?日本でも勉強は出来るのに」という言葉に、涙を止められなかったことが、その理由だったのだ。

ただ、あの時もしそうしていたとしても、周囲は許さなかっただろう。
私は違和感を抱えたまま、何一つ解決されていない問題を抱えたまま、
独りで進むしかなかった。

さみしさにまけないで 

2005年08月21日(日) 22時44分
さみしくて
さみしくて

不意にさみしくなって
ずっとさみしくて

なんとか、なんとか、築き上げてきた
些細なものも
一瞬にして姿を消し
あとにはなにもない




ある方の言葉

「時間は、夢を裏切りません。」




世間の価値観ではなく、自分自身の価値観を

探す

諦めず。


諦めたら出口が閉じちゃう


夢のために

自分を信じること。






どうか、私、
諦めないで。

生きる道 

2005年08月18日(木) 20時59分
下で仕事してる時、経理Mさんと話した。
けっこうナガイ時間。。

この子がいてこそ、こうやって働く甲斐がある
ただいてくれるだけでいい

という言葉に涙出そうになった。

ただ、ただこんな風に想っていてくれる親を
私は今まで見たことなかった気がする。

確かに大学出てないし、裕福ってわけでもないけど、
仕事場ではいつも感じよく、皆に頼りにされて、自分の仕事をきっちりこなして、、
いつも子どものことを思っているMさんは
素敵だ。


私もただまっすぐに
生きたい。
自分のいいと思う道を。

こうさぎ"Woolly Jr."クンに「スカスカ・・・」って言われた 

2005年08月06日(土) 16時31分
そのとおり。
私の中身はすかすかです。。
あるのはお肉だけ。



いつからか、
気付いたら、精神状態が途轍もなく悪くなってる。
自分の口から出る言葉の酷さとか、
暴れてる自分とか、
我に返る瞬間までほとんど無意識で、
コントロールできない状態。

あぶないデス。。



頭の中は、ありとあらゆる事柄がぐるぐる駆け巡って
何がなんだかわからない。
何も考えずぼーっとすることが、出来てない。
落ち着くこと。
そんな単純なことが、全く出来てない。


おかしくなりそうだった。

ダメだ
と思い、
考え直した。


私はあんな生き方はしないでおこう。
奴と同じになる。
今私が考えていることは、
憐れな奴と同じだ。
私はそんな風には思わないでおこう。
思わない。
奴の考え方に洗脳されてたまるか。
同じになんてなるもんか。
自分の不幸を子どもにまで伝染させて
たまるものか。

・・・。 

2005年08月03日(水) 17時13分
すごく かなしくなった。