思い出す 

2011年08月13日(土) 0時27分
どうして寝ている時ばかり大きく揺れるんだろう

いつもなら、夜になると寒いぐらいのここ小名浜も、ここ数日寝苦しい夜が続いています。
昨日の夜も、夢の中で暑さにうなされてると、強い振動で目が覚めました。
3月11日以来、沖での地震、内陸での地震、毎月のように震度5以上の揺れを経験し、おかげで震源が沖なのか内陸なのか、揺れ方で判断できるようになってきました。

寝ている間の大きな地震はなぜかほとんど震源が沖。津波も心配。
暗い部屋で一人寝ている時に、あの日と同じ揺れを感じると、寝ぼけているせいか、「このままあの日と同じぐらい揺れが大きくなるんじゃないか」と、恐怖に陥ります。

ベッドから飛び起き、自分の部屋の扉を開け、隣にある両親の部屋にたどり着く前に、壁にヒビが入って家が壊れるんじゃないか・・・。
恥ずかしながら、大の大人が、半ベソかいてしまいます


今日、テレビで久々に、たくさんの津波の映像を見ました。
改めて見ると、やっぱり恐ろしいし悲しいし、あの頃と同じ気持ちになります。

私の部屋から海の方を見ると、真正面にアクアマリンふくしまが見えます。
家族と、「どのくらいの津波が来たら、うちまで水がくるかな?」なんて話はよくしていましたが、「ここまで来るなんて事になったら、相当だぞ」・・・というぐらいで、まさか近くまで津波が押し寄せる日が来るなんて、思ってもいませんでした。

学校の関係で仙台に住んでいる時、「岩手宮城内陸地震」という、最大震度5強の地震があった。
その時地元の報道番組などで言われていたのが、「三陸地震の前兆ではない」という事と、「三陸地震を誘発する可能性は無い」という事。
それと同時に、「大きな津波が起きるのは、大きな横揺れが長く続く時」という事が言われていた。
それを覚えていた私は、あの揺れを感じた時に、「震源が三陸なのに、ここもこんなに揺れているなんて、とんでもない事が
起きている!!」と直感した。

それなのにあの揺れの直後、テレビで津波警報を知っても、気が動転していて、海の方から走って逃げてくる人の姿を見るまで、非難をしようとしなかった。
今自分がここに居られるのは、たまたま小名浜港が貿易港で、堤防が何重にもなっているおかげかもしれない。
もし昔のままの砂浜だったら、今頃うちなんて、跡形もなくなっていただろうと、父が言っていた。


まさかこんな日が来るとは思っていなかったけど、普段から、日常の会話の中で、避難の場所はなんとなく決めてあった。
おかげで避難場所に迷う事はなかったし、他の家族とも無事に合流できた。

ただ今回の震災で学んだのは、それぞれの備えが大事だって事。
あの時家から持ち出したのは、貴重品の入ったバッグと、ひざかけ2枚。
ある程度海から離れたところのコンビニで、多少の食料を買ってあったからよかったものの、それがなかったら、かなり厳しかったと思う。
もしもの時、支援物資が届くまでの間は、自分達でしのぐだけの備えが必要だと思った。
それからペットの事も。
犬は小さいから抱いて行けたけど、それでも抱いたまま30分間歩くのは大変だったし、鳥は、切羽詰った状況でカゴを運ぶのを断念して、一晩置き去りに。無事だったけど、余震の中、かわいそうな思いをさせてしまった。
何かが起きてからじゃないと気付かないんだよね。
今では、犬用のペットキャリーと、小さな鳥かご。非常用の持ち出し品の中には、人間用のカロリーメイトの他に、動物用のごはんも入れてある。トイレシートやリードもね。


もうこんな事がないといいけど、みなさんちゃんと備えましょうね!!

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