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■<夢想流こそ我が命>第15話  「路上の話芸を寄席芸から類推する」 / 2015年03月30日(月)


僕がチンドン界に入った時は、とっくに口上芸は、すたれていたわけです。
かろうじて、京都の「でぼ清」さん、そのひと回り下の世代で、東京の菊の家さんあたりが、その片鱗を留めていました。しかし、そんな方々も、すでに故人となってしまいました。そのかわりに何か参考になるものがないだろうか?
僕は、古いレコードで、落語、万歳、浪曲、お坊さんの説教などを探っていきました。寄席だとか、ラジオやテレビの放送の世界ではあまりスポットを浴びなかった芸人さんの話芸に、何か土の匂いのようなものを感じて、それが大道芸の味わいの部分のような気がしてならなかったのです。
感覚的にですが、これは舞台では古色蒼然と映るかもしれないけど、大道でやったら今でもビンビンに通用すると思えるのです。例えば、講談でいうなら、邑井貞吉、二代目神田松鯉、三代目神田伯山。浪曲は、春日清鶴、岡本玉治、初代春野百合子、京山幸枝、等々。万歳や太神楽のレコードなども、口上研究の宝庫ですね。もっと広げると、能や狂言、浄瑠璃なども、見方を変えれば、土の匂いは相当残ってると思えてなりません。

根本に、声自体のこともあります。マイクの無い大道で人を引き寄せるには、力のある声量と人間が発しているとは思えない不思議な声質が不可欠。昭和初期と思われる、東京のチンドン屋「鈴勘連中」の残したレコードがありますが、その「鈴勘」さん、まさにガマ蛙の化け物みたいなダミ声です。
僕は、子供の頃、福岡の下町の商店街でどっぷりと暮らしてました。学校帰りの楽しみのひとつに、商店街に軒を連ねる八百屋さん、魚屋さんたちの売り声を聞いて廻るということがありました。皆、浪曲師のようなダミ声でしたね。中学の頃、ふと思い立って、それらを録音して廻ったこともあります。これまた、奇妙な中学生だったわけですが。何であのような発声をしなければならないのか、ずっと不思議でしょうがなかったわけですが、今ごろになって、ようやく、その回答の糸口が見つかってきたようなわけです。
また、「ダミ声」とは違いますが、能、狂言、浄瑠璃の声も、まさに大道や川原でこそ真価が発揮するのではないかと思っています。

しかし、こんなことを抽象的に言ってても理解する人は少ないでしょう。
まあ、そのうち、うちの事務所でたまに開いてた「マニアックサロン」を復活して、その場で持論の解説をやってみますか?古い寄席芸のレコードを聴きながら、どの部分が大道芸の素地や味わいを残してるのか、具体的に指摘しながら、参加者の方々と意見の交換をする機会をつくれば面白いでしょうね。僕が指摘する、それらの口舌芸の表現技術は、今後さらに退化していく部分ではないかと思います。そりゃ、活躍の舞台が、路上から舞台へ、あるいは放送演芸へと移った時、不必要な無駄な表現となってしまいますからね。

しかし、その捨てられそうな部分こそが、我がチンドン屋世界の将来において、いや、僕自身にとって、最も習得しなければならない核心だと思っています。
これは別にレトロ趣味なんかで言ってるんじゃないんです。こういう部分こそが、まさに地球規模での共感を勝ち得るかどうかの重要ポイントなんだと、まあ、僕は思ってるんですがね。
ちょっと大げさな話になってしまいましたが。

 
Posted at 14:37 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第14話  「口上とは?」 / 2015年03月29日(日)


チンドン屋に、口上ってのがあります。
演奏しながら街を歩き、四辻などで演奏を止めて、おもむろに「東西〜東西〜」って声を発したもんです、昔は。
歌舞伎での幕間の口上に、その「東西〜東西〜」があって、「隅から隅まで、ずいーっとお願い」なんてやってることを路上でやったわけです。「東西」とは、満場のお客様方へ申し上げますというような前置きですね。
大相撲では、呼び出しさんが「東〜なんとか山」、「西〜なんとか川」なんていって力士の名前を呼称しますよね。これは「東」と「西」が合わさってひとつの宇宙が成り立ってるという世界観。そして、呼び出しの後は、行司の登場です。「これよりの一番、片や、なんとか山〜」と厳かに言い立てます。これも、口上のひとつの典型でしょう。
昭和初期のニュース映像に、「東西屋」さんが、神戸の新開地の映画館の宣伝をしてる風景を写したものを見ましたが、まさに、相撲の行司さんが口上を言ってるような感じでした。

現在、プロ、アマ含めて色んなチンドン屋がいますが、「口上」と称してやってることは、ほとんど、ただのセールストークです。これは、これで重要なんですが、本来、親方が大向こうを張ってやることじゃなかったかと思います。
僕が、この世界に入門したのは、30年以上も前になりましたが、当時、街廻りをしていると、家から出てきたお年寄りの方からよく言われたものです。「口上を聞かせてえな」と。で、お店の宣伝文句などを言ったら、「なんや、口上はせえへんのかいな」と家の中に引っ込んでしまわれたりしました。

その頃から、いったい「口上」とはなんだろうと、ずっと疑問に思っていたんです。先輩方は、たいてい、旅役者から流れてチンドン屋になった人が多かったんですが、聞くと、昔は、大きな笠をかぶった親方がいて、「東西〜東西」から始まって春夏秋冬の風物を折り込んだ「口上」を、延々とやってた人が色々いたなあと。自分らは、そんな昔ながらのスタイルやじゃなくて、若手?やったから、寸劇やチャンバラをやって人気を掻っさらったんやと自慢話に移っていくのが常でした。それはそれでいいとして、昔の「口上」で観客を納得させていた世界ってどんなだったろうと、興味はさらに募っていくのでした。

あるとき、京都の「でぼ清」さんていう、当時80歳代だったチンドン屋さんのお手伝いをして(僕はまだ20歳代でした)、ああこれが「口上」か!と目が開かれました。「でぼ清」さんは、皺だらけの翁、太鼓も貧弱でしたが、声の張りだけは素晴らしく響き、また、その語る内容の面白いこと!辻辻で大爆笑をとっていました。
僕も、一日中、その口上芸に聞きほれ、演奏を止めるたび、さあ次はどんな話題をしゃべるのだろうとワクワクしたものです。歩く漫談家でしたね。歌もありました。

後年、昔のレコードで砂川捨丸さんの万歳を聞き、そっくりだと思いました。ひょっとすると、「でぼ清」さんも、捨丸さんのファンのひとりだったかもしれませんね。ただ、「でぼ清」さんは、作られたネタというより、新聞の時事ネタを思いつくままのようにやってましたから、かなり現代風?だったかもしれません。

まあ、それ以来、僕の「口上」探求の遅々とした歩みが始まったわけです。

 
Posted at 11:54 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第13話  「客席が騒がしいのは良いことだ!?」 / 2015年03月07日(土)


例えば、シンフォニーホールでのコンサートなんかでは、客席はシーンと静まりかえって、咳ひとつでもしようもんなら、周りから睨まれ、顰蹙をかってしまいます。それは、そういう約束事の上でのことですから当然です。

反対に、ホテルでよく行われているような様々な会社関係のパーティや、結婚披露宴なんかだったらどうでしょう。挨拶やスピーチやらが終わって、これからは御飲食と歓談ですと司会者が促しても、誰もしゃべらず、シーンと静まりかえったままだったら、ちょっと変ですよね。もしも、そんな葬式やお通夜のような宴会になってしまったら、これはえらい失敗やったなと主催者側は頭を抱えることでしょう。

たとえ、多くの参加者同士が初対面が多くても、名刺交換やら雑談が円滑に進むようにと、そのための促進剤に呼ばれてるのが、宴席での余興なんです。
ステージをなんとなく見ながら、知らない同士に会話のきっかけが生まれる。すでに大いに会話が盛り上がっているテーブルだったとしても、ステージの音やなんかが邪魔にならない、そんなのが余興の真髄です。

そもそもパーティというものが苦手な人には、会話よりも、せめて、余興を楽しんでほしいという心遣いにもなります。また、単なる義理とか上司の代理で参加してて、そこそこに退散しようと思ってる人も多かったりします。そんな人の足をひきとめたりする役目もありますね。最近、ショットバーなどで、壁に大型のテレビ画面がある店が増えましたが、余興の役目はそれと似てるかもしれません。

そんなテレビの画面が、「今から私を注目しなさい」などと言いますかね?店主が、「今からテレビをつけますので、ご歓談をお控えください」とは言わないでしょう?でも、司会者や余興の芸人の方が同じようなことを言って、しかも結局、静かにならず、客筋が悪いとか、最低の現場やとか、陰で様々に愚痴をこぼしてるのもよく見られる光景です。
しかし、パーティ会場というのは、お客さん同士が、わいわいと賑やかになってるのが成功のはずなんです。

さて、僕らも、ホテルの宴会どころか、はるか山間僻地(失礼!)の田舎の集会所などで二時間以上、芝居を含めたショーを依頼されることが時々あるんです。それなど、桟敷席は、まさに大宴会場です。普段は離れている親戚縁者が、これを機会に一堂に会し、あちらにもこちらにも、一升瓶やら弁当の重箱、座布団も持参したグループで大にぎわい。ちょうど、春の桜の花見の宴といったほうがよいかもしれません。普通の出演者なら、まいったなあと思うかもしれませんんね。でも、なぜか、僕は、もともと、こういう賑わいが苦にならないどころか、楽しくなるんです(個人的な幼児体験も影響してると思います)。

そういえば、漫才の「夢路いとし・喜味こいし」の回顧談に、同じような状況のことが書いてありました。演芸の一座で旅廻りをしたときのことです。本来なら、各出演者、20分づつは舞台を務めなければならなかったんですが、いくらなんでも客席が宴会状態で、誰も舞台を見向きもしてくれない。こんなんじゃやってられないというので、どの漫才、雑芸もすぐに楽屋に引っ込んでくる。あの芸達者な「いとし・こいし」さんでも、3分ほどで引っ込まざるをえなかったそうです。

最後に残ったのが座長、御大の「砂川捨丸・春代」さんです。
皆がやり残した時間を合わせると、捨丸さんのところで1時間半は持たさないといけない。はたして、どうなるのかと、一同、舞台の袖から、固唾をのんで見てたそうです。すると、御大は、客席が騒ごうが喚こうが、何も臆することなく、淡々と「捨てネタ」を次から次に1時間以上。そうしてるうち、いつしか客席は静まりかえり、最後の10分で「とりネタ」、これを見事にはめて、客席、割れんばかりの拍手となったそうです。あの「いとし・こいし」さんが、捨丸さんのことを大先生という所以でしょうね。捨丸さんは、映像では最晩年のものしか残ってないのが残念。でも、音源としては、戦前にSPレコードに多く録音が残されており、CD化もされて、かろうじて往事を偲ぶことができます。とにかく、そのネタの豊富なこと!僕にとっては、無限の彼方の夜空の星です。

こんなことを言ってる僕って、やはり、大分、変わってますかねえ。


※ 音源資料※

【不如歸-上-(砂川捨丸・中村春代)】
https://www.youtube.com/watch?v=6Xkny7jA5u4

【不如歸-下-(砂川捨丸・中村春代)】
https://www.youtube.com/watch?v=cLY1XidCISY

【干支万才-上-(砂川捨丸・中村春代)】
https://www.youtube.com/watch?v=qD1QOEcvY20

【干支万才-下-(砂川捨丸・中村春代)】
https://www.youtube.com/watch?v=fjJ-h53ElnU

【即席問答  砂川捨丸 中村春代 (上)】
https://www.youtube.com/watch?v=s-gEpEfPHCg

【即席問答  砂川捨丸 中村春代 (下)】
https://www.youtube.com/watch?v=zYqLPm8Ev44

【なにやかや節 砂川捨丸 中村春代】
https://www.youtube.com/watch?v=yXhZZEsKUr8

 
Posted at 02:23 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第12話  「客席がシーンとしていても…」 / 2015年03月05日(木)


路上が本来のチンドン屋とはいえ、
舞台で30分なり45分なり、一定の時間を務めてくれという仕事も稀ではありまん。

司会者の紹介の後、割れんばかりの拍手とともに緞帳があがる。そして、満場の客席がシーンとして皆がこちらをじっと注視することになるわけですが、この舞台と言う現場で普通のことが、僕にはちょっと違和感があったものです。何で、皆こっちをみてるんやろ?と。そりゃ、普段、ちょっとやそっとでは振り向いてくれない通行人相手の仕事に慣れきってるものですから。

でも、そのうち納得しました。たまたま椅子が舞台に向かってる、他にすることがない、私語をするのも禁じられている、席を立つわけにもいかないだけなんだと。学校公演なんか、とくにそうですね。先生から静かにしなさいと注意されどおしです。また、敬老会では、町長の挨拶、議員さんの祝辞、高齢者の表彰式など小一時間の式典があり、その続きに僕らです。僕らが終わったら弁当や記念品が配られて解散なんです。いずれにしても、僕らを見たくて集まったという状況じゃないんです。内心、この全校鑑賞会や式典、早く終わらないかなあと思うのが普通でしょう。

だから、舞台でチンタラとお茶を濁すようなことをやっていても、野次も飛ばず、けっこう受けたりしても勘違いしたらいけません。なぜならば、終わって満場の拍手となっても、「良かった、良かった」の拍手ではなく「終わって良かった、やれやれ」の拍手なんですから。ですから、たとえ、客席が静かで皆がこちらを見てるようでも、お客さんの心はそこにあらず、路上でやってるのと同じ心構えでやらなければなりません。

ひとりひとりのお客さんの心境やいかに?
僕は、開演前、ロビーをうろうろしたり、トイレに長く居座ったりして、来場者同士の世間話なんかに耳をかたむけることを必須にしています。そうして、来場者のなんとなくの心境や時間感覚を体に入れて、選曲や舞台での話題を考えることにしています。僕らの芸など所詮、大したものではないですから、せめて、お客さんが聞きたいものを聞いていただき、お客さんが今思ってることを舞台で代弁してあげる、それが、ささやかながらの務めだと思っているんです。そりゃ、お客さんもじっと座ってて大変ですよ、それが子供であれお年寄りであれ、心から感謝し、お役に立たなければ。

 
Posted at 22:07 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第11話  「舞台もまた路上なり」 / 2015年02月27日(金)


人気のバンドやアイドルのコンサートは、ドーム球場のような巨大なキャパの会場でも、なかなかチケットがとれないそうですね。ああいうのは、ファン倶楽部の全国集会みたいなもので、2時間立ちっぱなしでも熱狂の渦。舞台に立つスターたちの一挙一頭足を一秒でも見逃してなるものかと、余所見や私語をする客なんかいるわけありません。二時間なら二時間、ずっと舞台を注視してるもんです。

また、無料のイベントで、屋外の運動場なんかでやってる区民祭りのステージ、あるいは、ショッピングセンターの吹き抜けホールにあるステージで、ステージの周辺が、たとえ、屋台やらフードコートで賑わってザワザワしている状況だったとしても、ある程度名前の知れた元アイドルが来るとなると、それを今か今かと目当てにしたお客さんで客席は埋まります。アニメのキャラクターショーなんかでも、子連れのファミリー層で同じようにあふれかえります。

ところが、同じ舞台に立つ仕事をしてるといっても、我々なんかの場合、そんなファンの集いなんかじゃありませんから、全く別ジャンルなんです。客席が埋まっていたとしても、焼きそばなんかを手にして、単に、他に座るところがなかったからそこにいるんだという人々がほとんどなんです。
それなのに、まるで自分を目当てに集まった客だと勘違いして、満場のお客さんに対して上述の「スター」さんのような「上から目線」の舞台進行をする輩が多いのは情けないことですね。俺は今、舞台にたってるんだぞ!それに注目しないやつは、馬鹿か間抜けか阿呆だと思ってるが如きトークが繰り広げられるんです。
よくあるのが、まず、拍手の強要なんかね。「スター」さんたちが舞台でやってることを、自分も舞台に立ったんだから同じようにやっていい権利と義務があるかのように。お客さんにしたら、いい迷惑ですよね。拍手なんかしようものなら、焼きそばが下に落ちてしまいかねません。第一、あんたを見るためにここに座ってるんじゃないよと声を大にして言いたいところでしょう。

これには、義務教育でたたきこまれた習慣というものがあるような気がします。確かにそこが学校だったら、先生が教壇に立ってたり、生徒が発表してる際は、ちゃんと注目するのが義務であり、私語をしたり、「早弁」やうつむいてイタズラ描きをしてたりなどもってのほかという規律が存在するわけです。しかし、そこは、もう学校の授業なんかじゃないんです。何をしようがお客さんの自由のはずなんです。目の前の満場のお客さんを全部、自分の生徒みたいに思ってしまってるなんて、まさに愚の骨頂なんですがね。

とはいえ、会場の中には、舞台を好意的に熱心に見てくれてる人がちらほらといたりするもんです。また、遠くのバザーのテントの売り子さんで、じっと舞台を楽しんでくれてる人もいます。どうでしょう?これは、パチンコ屋の店頭呼び込み風景と同じじゃありませんか?目の前の多数のお客さんが、ぞろぞろと通り過ぎる通行人か、座ってるかの違いだけなんです。圧倒的多数は、舞台を見てないよう見てるし、聞いてないようで聞いています。そういう方々を居心地よくさせつつ、ごく少数の好意的なお客さんの満足に応えることをやっていくという、また高級な余興のジャンルなんですなあ。

とはいえ、場合によっては、少しづつ注視してくれるお客さんを増やしていって、最終的には満場の声援をもって舞台を終えるという具合にもっていけたら、主催者も喜ぶし、他の出演者にもなめられずに済みます。僕は、こういう基本認識に立った上で、日々悪戦苦闘してるわけですが、まあなかなか、毎回大成功とはいきませんね。でも、これがまた勉強だし、やってて楽しいところなんです。

 
Posted at 12:51 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第10話  「無関心の人こそ大切に」 / 2015年02月18日(水)


チンドン屋と他の舞台芸との違いはどこにあるのでしょう?どちらも、何らかの観客を相手に何かを演じてることでは同じではありますが、天と地ほどの違いがあるんです。それは、芸の上手下手などではなく、お客さんとの関係性から見ると、全く別のジャンルであることがわかります。

例えば、チンドン屋が店頭で呼び込みなんかをやってるとします。近くに立ち止まって見てる人が、まあ数人ぐらい、あとは、横目でチラッと見て、通り過ぎる人がほとんどというのが、よくある光景です。そんな様子を、舞台やテレビの芸人さんが見たら、なんとも哀れな、注目度の低い路上タレントだと思ってしまうでしょうね。目の前にいる人全員から注目を受けてるということを第一の前提にするのが舞台タレントですから、こんな、見る人もいれば一瞥もしない人もいるなんていう現場は、まさに論外でしょうね。大道パフォーマンスの芸人さんですら、俺だったら、あっと言う間に注目を集めて大勢の人垣をつくり、拍手喝采だぜって思うかもしれません。

でも、目的は、当日か近日に、その店に客を入れることなんです。芸人への拍手喝采ではなく、主役は店なんです。だいたい、通行人全員に、その店に入ってもらおうなんて、キャパからいっても店主は考えていません。そこでチンドン屋に託されてるのは、一種の、客層の選別なんですね。例えば、パチンコ屋さんの宣伝してるとするとします。目の前を通ってる100人のうち、1人ぐらいではないですか?あとの99人は、そもそも、パチンコなんか全く興味がないか、やらない主義の人たちなんです。で、その圧倒的多数の人たちに聞き流してもらえる演奏や口上、しかも、少しは好感をもって受け止めてもらえるような方向性で努力しないといけないんです。でも、そんな無関心の人たちの友人やら家族にはパチンコマニアがいるかもしれません。そして、100人のうちの1人、元から好きな人は、わずかな情報にも、おや?っと反応しますから、おのずと店に興味をもってくれます。

これは、エレベーターの中で、各階の案内をする係のお姉さんとも共通することです。もしも、いちいち乗客のひとりひとりに押し付けがましいエレベーターガールがいたとしたら?狭い密室で、鬱陶しいでしょう?だから、至近の乗客にも軽く聞き流せる方法でしゃべってますよね。観光バスのバスガイドさんも、明るく楽しい雰囲気ながら、しかも、バスの中に寝てる人の邪魔にもならないように工夫して、マイクでしゃべってるはずです。また、高級ホテルのロビー、ラウンジなどでBGMのピアノやハープの演奏家の方々。彼ら彼女らは、リサイタルを開くような一流の音楽家からは、ともすれば、下に見られがちなんです。でもね、喫茶で会話してるテーブルの邪魔にならず、しかも、ひとりで来て待ち合わせで退屈してるお客さんの気をまぎらわせ、あるいは、音楽好きの客の耳にも聞き応えある演奏するってのは、まさに「高級」な音楽現場なんです。チンドン屋というのは、実は、そういうのとも似たジャンルなんだと思います。だから、高級ホテルのロビーラウンジでのBGM演奏とパチンコ店新装開店時の行列前チンドン演奏とは、静寂と喧騒の相違はあれ、同じ役割の仕事だといえるんです。

また、一見、見てないように聞いてないように思える人でも、案外、よく見、聞いてるもんです。テレビやラジオをつけながら仕事したりご飯を食べたりしてる時を思い起こしてください。興味がある言葉や映像が出てきたらパッとそちらに注目しますよね、それは、ぼんやり聞いたり見たりしてるわけでもない証拠なんです。だから、気をぬけません。大変なんですわ。しかしながら、皆から注目を浴びてないから緩慢な現場だと錯覚し、適当にやればいいんだと勘違いしたり、何をどうやってよいか途方にくれるチンドン屋も増えました。多くは、学校演劇やバンド経験者などですね。ステージに立っただけで観客全員から注目を浴び、喝采をうけた経験が忘れられない人々です。扮装したり演奏したり、一見、同じことのように見えながら、全く違うジャンルだと気がつかなければならないんですがね、とっくに。

で、次回は、たとえステージの仕事であっても、プロの舞台というのは、案外、チンドン屋の現場と変わらないことが多いという話、さあ、どういうことでしょう?

 
Posted at 18:44 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第9話  「お客さんはどこに?」 / 2015年02月13日(金)


見られていることに耐えかねてやる無駄な行為というのは、まあ色々あります。
やたら「いらっしゃい!」とかワアワアとセールストークを連発する、大きな音で太鼓をガムシャラに叩く、叩きながらくるくると回転する、子供に話しかけに行く(大概、逃げられますが)、たまたま通りがかった人の特徴なんかを大声であげつらったり等々。皆、無意識のうちに観客を散らそうと必死になってるんです。チラシを配る係になっていても、人がいないときに間がもてないからとタンバリンを持ってたりね。「口上」の担当をしてても、大した内容がないのですぐ話が終わってしまい、それで間が持てなくなって、チラシ配りの人間に、こっちの人に配れとか、あっちの人に渡しに行けとか矢継ぎ早に指示を出したり。

仕事から帰ってきてから、チラシ配りだった人の嘆くこと嘆くこと。もうすでに配った人の所へ行けとか、要らないと言われたばかりの人に行けとか、見当違いの指示ばかりで、「状況を知らんくせに何も言うな!」というわけです。そりゃ、知らんはずです、ただ、間が持てないからワアワア言うてるだけですから。
そんな連中が、今度は、ほとんど人がいないような状況でやらなければならなくなった場合、ジロジロ見られないから今度は生き生きとやれるかといったら、そうじゃない。誰もいないからやりにくいなどと言い出すわけです。これが演劇だったり音楽のコンサートだったらどうでしょう。客のいないリハーサルであろうが、客が多かろうが少なかろうが、それなりの手ごたえで全然やれるのではないでしょうか。中には、観客のいないほうが意識が集中するからやりやすいなどと言う人がいたりします。それはそれで、ちょっと変ですがね。

しかし、チンドン屋の街頭パフォーマンスも、本来、同じことだと思うんです。たとえ居酒屋のオープンのお知らせでも、あくまで「天」に向かってやるというつもりで。通行人や観客は、僕らが「天」に向かって演じているものをたまたま通りがかって、お相伴にあずかって見物させてもらってるという、そう思ってやってみると、随分、やりやすくなるはずです。その「天」が何であるか、人それぞれあってもよいでしょうが、とにかく、このべったりとした現在、現実とは次元の異なるものでしょう。「口上」というものは、やはり「天」に向かってのもの。周りのお客さんに話しかけられたり、説明したりは、また別の接客係みたいなメンバーがやればいいんです。まあ、大変な役目です。

この話かけてくる人(多くはおばちゃんや高齢者の方)というのは、まず人の話を聞かない、自分の話ばかりする人がほとんどです。でも、聞いてあげるのが役目です。時によったら、人生一代記を朗々と語るおじいちゃんも現れます。でも、初めて聞く分には、なるほどと面白いものです(何百回と聞かされた家族には苦行でしょうが)。で、さんざん聞いてあげて、その後に、「そもそも、あんたたち、何の宣伝してるんや?」という流れになります。この段階の後まで待たなければ、人の話など聞かないと肝に銘じておかなければなりません。

あ、そうそう、「天」に向かっての「口上」とはどういうことでしょう?理路整然と、お店や商品の説明をすることでしょうか?お酒を飲まない人に「ビール一本無料」だとか、頭の禿げた爺さんにおしゃれな美容室の最新技術を説明して、何の興味がもてるのでしょう?江戸時代中期から明治初期の引き札(現在のチラシ)の口上書きは見事な文芸になっておりまして、その美辞麗句には感嘆するほかはありません。春夏秋冬、花鳥風月を謳いあげながら、やがて、お店の来歴や商品のことを諧謔精神たっぷりに説明し、平身低頭、「よろしくお願い申し上げ…」と結びます。これは、かつて東西屋が街頭でやっていた「口上」を模したものだと思います。はたして、そんな美文調、路上の観客が理解したのでしょう?

しかし、皆さん、考えてみてください。お寺の坊さんが法事であげるお経の文句、意味がわかりますか?わからないということが、なんか有り難い気持ちにさせてくれませんか?神社の神主の祝詞もそうです。呪文みたいなほうが、なんとなく「あの世」とのコミュニケーションみたいな気分にさせてくれますよね。
そして、その言葉の音楽性も重要です。流行の「ラップ」も、日本語であっても、よくよく聞かなければ何を歌ってるのかわからない、そんなのがカッコええ!わけではありませんか。

まあ、というわけで、僕の今後の最大の課題は「口上」なんです。
60歳を前にして、なんとまあ、馬鹿馬鹿しいほどのスタートラインなのでしょう。


 
Posted at 17:34 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第8話  「人に見られるって?」 / 2015年02月10日(火)


普段の生活で、他人からジロジロみられるなんてことは、まずありませんよね。
もし、そんなことがあった場合は、顔にご飯粒がついてるとか、服にクリーニング屋のタグがついたままになってるとか。何も理由がなさそうな時だったら、「お前、何でこっちをジロジロみとんねん!」などとくってかかったりもしたくなるわけです。

それが、ちんどん屋の場合、仮装をしてたり音を鳴らしたりして、わざわざ注目をあびるようなことをやってるわけですから、ジロジロ見られても当然で、さらにもっと「見られる」ように工夫したりもしなければいけないし、「見られて」いることに感謝せなあかんぐらんのはずなんです。ところが、まあ、プロ、アマチュアに限らず、「見られる」ことに耐えられる人はほとんどいなくなってますね。

化粧や扮装がどんどん過激にしていったりする心理を分析すれば、単に他人の視線を跳ね返すためだとしか思えない場合がほとんんどなのではないでしょうか。こっちを見てる人がいたら、すかさず「こんにちは」とか言って話しかける。向こうは、何だろう?とただボーっと見てるだけなのに。

そしてまた、いきなり宣伝内容を事細かに説明し始める。そんなことするから、「ああ、はいはい」とか生返事されて、窓や戸口をぴしゃりと閉められたり、立ち去られたり。市民パレードなんかに参加した場合など、声援を送る沿道の観客に近づいていって、延々と握手をしてまわったり。こんなことマラソンランナーならしませんよね。これらは、せっかく「見て」いただいてるのに、それに終止符を打つ行為を無意識のうちにやってしまってるのです。

他人から視線を浴びることを森林浴か日光浴みたいに楽しめる人は、大体、もともとの性格が向いてるようで、かなり少数ですね。そうでない人は、よほど意識改革していかないと一生、無理だと思います。かく言う僕も、このことに気づくのに20年はかかってますから偉そうなことは言えませんがね。

昔、踊りの先生から言われたことがあります。演じるということは、一種の軽い幽体離脱だと。後頭部の斜め上方に自我を浮かせる。そして自分の体を文楽人形のように操ってるつもりになってみなさいと。見てる人というのは、あなたを見てるんじゃない、あなたを通して「あの世」を見てるんやからと。また、視線を跳ね返してはいけない、無数の視線はあなたの体を通り抜けていく感覚を身につけなさいと。

わけのわからない不思議なことを言う先生やなあと思っていました。
20年ほど経ってからです、なんとなく実感としてわかってきたのは。


 
Posted at 14:23 / ◆ 本日の社長日記 / この記事のURL / コメント(0)
■<夢想流こそ我が命>第7話  「歩行法」 / 2015年02月06日(金)


僕は現在、事務所の二階、洋装衣装の倉庫の片隅で寝泊りしてます。
社長でありながら、まるで宿直の泊まり番みたいな暮らしなんですが、これがまた、もの思いにふけったり空想の世界に遊ぶには、うってつけの住処なんです。

ただ、トイレが地下にあるので、夜中に目が覚めて階段を二箇所、上り下りしなければなりません。最初は、なんとまあ不都合なと思っていましたが、これはこれで、階段を楽に上り下りするにはいかにすべきか?ということを考える機会になりました。深夜ですから、とにかく静かに昇降しなければなりません。

色々試しているうち、これは正しい歩行と同じ問題なんだと気が付きました。降りる時は、ぎりぎりまで後ろの足に重心をのせ、前の足に重心が移った瞬間、体は下の段に移動し、前だった足が後ろの足となって体重を支えてます。言葉で言うとまだるこしいですが、これはたいていの人が普通にやってることです。

もともと、階段を降りるのは上るよりは楽なわけです。それで、上る時、楽にするにはどうするか?そうだ!階段を下りるときの重心移動と同じようにやれば良いのでは?とにかく、常に後ろの足に体重を乗せた状態を保ちながら上がって行く、それには、前の足を高く上げ(体重は下の段の後ろ足にかかっている)、足を上の段に静かにつけたら、すかさず重心移動。すると、その足は瞬時に後ろ足となって体重を支えてる状態になります。要するに、上る時も降りる時も。常に後ろ足に体重が乗っての状態を保つわけです。

上る時に疲れるのは、まるで、縄はしごをたぐっていくように、前の足に体重を乗せながら体を引っ張り挙げるからなんでした。筋肉でよっこいしょと力を入れるから辛いわけです。要点は、重心移動の不思議です。筋肉ではなく、瞬発力のはずみです。これは、たぶん、初めて二本足歩行をする幼児も同じ要領で歩いてるはずです。しかしまあ、やはり、言葉で表現するのはややこしいですね。

とにかく、この歩行法を応用すれば、重いものを担いで平面を歩く時にも役に立ちます。それから、後ろ歩きの要領も同じです。真っ暗闇での安全な歩行法も同じ。そう、ちんどん屋の歩き方など正に!そうなんです。

だいたい、踵のある靴での歩き方は、踵から着地した前足を手繰り寄せる、いわゆる歩伏前進みたいになってることが多いですね。トカゲの前進みたいに。これが間違いの始まりなんです。スケートも後ろ足で蹴るでしょう。氷上をカーリングの錘が滑っていきますよね、あの感じで体を滑らす、重心を移動させていくのが楽な歩行の秘訣です。

今回、ちょっとわかり難い話になってしまいましたがすいません。
とりあえず、夜中に階段を二つも上り下りする辛さもまた楽しからずやといったところでしょうか。

 
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■<夢想流こそ我が命>第6話  「他者への想像力」 / 2015年02月05日(木)


前回書いたのが12月の初め、今が2月初めですから、かれこれ2ケ月も書くのをサボってたことになります。とはいえ、ぼーっとしてたわけではないんです。

年末公演やら正月関連の仕事の台本、稽古、そして、怒涛のような年始の獅子舞連中の人の出入り。
とりわけ、三が日の賄い、連日30人の飲食の世話も僕の担当ですから、たいへんなわけです。。
今年は娘が手伝ってくれたから大分と助かりましたが、幼児の孫から目が離せない状態ですから、もう、きりきり舞いでしたね。これが相撲部屋だったら、おかみさんやらチャンコ番の弟子がやるんでしょうから、次回からは、賄いの人間を雇わないと、こりゃ無理だわの結論に達しました。

でも、はたしてうまくいくか、難しいもんですよ。そりゃ、以前にもこれを誰かに任せたことはあるんです。でも、事前の食材の買出しからして全くなっていない。すぐに、あれが足りない、これが足りないと、初日からあらためて買い足しに行かねばならない始末。というのも、30人分というイメージが出来ないんですね。普段の自分ひとりや小家族の量の買い物になってしまう。そして、どうせ他人が食べるんやから適当でという発想になってしまってる。

自慢じゃないですが、僕の場合は、買出しに行っても、30人ひとりひとりのイメージが浮かんでくるんです。これは、あいつが好物だ、あれは、あいつが喜ぶだろうとかね。子供のためにはこれも買っておこうとか。こういう部分、案外、娘も同じ発想をしてくれてて、食材の買い物に同行させても、楽しみながらやれました。せっかく正月を返上して頑張ってくれてる人間に対して、もてなそうと思うのが普通だと思うんですがね。
これが理解できない者と一緒に行くと、これはいらない、あれもいらない、もったいないと言うばかりで、結局、三日分の買出しのはずが、初日で食材が払底してしまうことになるんです。

こういうことは、そもそもの仕事や芸に対する取り組みにも現れてくるもんじゃないかと思いますね。
お客さんのひとりひとりのことを思って、喜ばそうという気持ち、あらゆるサービス業にも共通することだと思います。これが自分の家族とか親しい友人を集めてのパーティだったら、大概の人は出来てるはずなんです。

問題は、親しくない人まで範囲が拡がると、愛情や想像力が及ばなくなるということ。そういう人は、芸能やサービス業はやめといたほうが良いのではと思います。別に、皆が皆、やる必要はないですからね。

とはいうものの、こういうことにあまりのめりこんでいると、家族や友達のことがほったらかしになってしまいます。僕が過去に二回も離婚した大きな理由のひとつでしょうね。難儀な稼業としか言いようがありません。


 
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■<夢想流こそ我が命>第5話  「背中の効力」 / 2014年12月09日(火)
誰だったか、俳優さんが「背中を向けての演技が難しい」というようなことを言っていた記憶があります。それは、いったいどういう意味なんでしょう?

ちょっと関係ありそうな話。満員電車の中などで、いくらぎゅうぎゅう詰めに混んでいても顔と顔が向かい合うのはいやなもので、できるだけ避けようと思いますよね。知らない同士ですからね。でも、自分の肩と相手の背中、あるいは、背中と背中同士なら、接していてもそんなに不快感はないでしょう。状況が状況ですからこのくらいはお互い我慢しましょうとね。それだけ、正面の目線というのは強い力をもっているわけです。

だから、よほど自覚していないと、僕らのような「人を寄せる」稼業の場合、正面向いて頑張れば頑張るほど、人が散っていくことになってしまうんです。
若い女性なんかでも、「今日はナンパされに行ってみよう」という場合、魅力的に着飾るのは当然として、正面きってワアワアとアピールする馬鹿はいません。かえって人は引いてしまいますよね。繁華街やBAR、パーティなんかで声をかけられる時は、必ず後ろから、あるいは横から「ちょっといいですか?」と来ますからね。背中や肩で視線を吸引するんだという感覚、自然に身につけてますね。そこに意識を集中させてると、さらに人を近寄せる所作も色々覚えていくでしょう。

先にあげた俳優さんの言葉の意味もこういうことではないでしょうか?
お芝居の演技というものは、お客さんと一定の距離を置があるから成立している、なのに背中を向けてると、お芝居しようにも、お客さんの意識がぐっと近寄り過ぎてしまってなかなかやりにくいと。反対に、僕らみたいな稼業は、さあナンパされに行くぞ!の積極的な女性以上に、もっともっと背中の効力を楽しんで活用しなければなりません。とはいえ、こんなことをわかってるチンドン屋さんなど、プロにもアマチュアにもほとんどいないでしょうがねえ。

 
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■<夢想流こそ我が命>第4話  「落語家とチンドン屋」 / 2014年12月05日(金)
来年の五月、桂蝶六さんが「花団治」を襲名することが決まり、そのお披露目準備等の事務局を我が「東西屋」でやってくれないかとご本人からお声がかりをいただきました。最初はびっくりして、僕らなんかで大丈夫ですかと念を押した上、喜んでお引き受けしました。

その昔、六代目松鶴襲名の折に尽力したのは花月亭九里丸さん。明治の東西屋の大立者、丹波屋九里丸さんのご子息でした。また、僕が青空宣伝社を辞めて独立した後、非常に世話になったのが秀明工芸社(元・日光宣伝社)、そこのご開祖様は大正多美之助さんといって、元は噺家だった人です。

そんなこんなの想いも巡り、ここはひとつ、一丁踏ん張ってやろうか!と決意を新たにしてる次第なんです。といっても、大したことはやれませんが、まあ、それなりに歴史に足跡を残せるよう頑張ります。

 
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■<夢想流こそ我が命>第3話  「《夢・想・流》って何?」 / 2014年12月04日(木)


遅ればせながら、タイトルの意味。
人は誰しも、大なり小なりの夢を抱いて生きてると思います。

僕自身もそれなりの夢はあります。しかし、僕の場合、そんな「夢」よりも大事なこと、それは睡眠中の「夢」なんです。僕が早寝早起きなのも、それが最大の理由。「現実」とは別のもうひとつの世界での生活、それが「夢」。疲れたから「寝る」のではなく、「別の世界」へ行ってきます!それが僕の「夢」という意味なんです。

そして、「想」。遠い過去や未来に想いを寄せること、身近な人、あるいは遠く離れた人に「想い」を寄せることなんですね。結局、そんな「夢」や「想い」を大切にすることが、僕の流儀なのかもしれないなあと、最近気がついたようなわけで。で、そんな「夢」や「想い」も、現実とともに「流」されて行くん運命なんです。「行く川の流れは絶えずして、しかも、元の流れにあらず…」。

中学生の頃、古文で習いましたよね。鴨長明だったか、吉田兼行だったか忘れましたが。それはとにかく、「夢」や「想い」は写真では残せません。だから、書くのは辛ドイながら、そのつど書き残しておかねば!まあ、だいたい、そういうつもりで書かせていただいているわけなんです。

 
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■<夢想流こそ我が命>第2話  「一所懸命って、やっぱり凄い!」 / 2014年11月28日(金)


前回のラーメン屋さんの話。

僕らの街廻りのことなどよりも、何より感動的だったのは、お店の大将の一心不乱の働きぶり。再オープン記念ということで、ラーメン百円!の大サービス。昼の部150杯、夜の部150杯、それを二日間ですから計600杯を百円で!材料代のことより、その手間を考えると、普通、やってられないですよ。本格スープに手打ち麺、調理するのはは大将ひとりなんですからね。

お客さんの行列は長かったですが、珍しいちんどん屋への感想よりも、とにかく、あの大将は偉い!の感嘆の声。まさに修験道の「行」ではありませんか?一所懸命になると神がおりてくる!?そんな気がしてなりませんでした。お客さんの心にも、一生忘れられないほどの感動を生んでいたと思います。ラーメンといえど、一杯入魂です。僕らみたいな稼業の人間こそ、もっともっと、一所懸命にやらなければ!ほんと頭が下がるばかりでした。

 
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■<夢想流こそ我が命>第1話  「他人の三日は我が三十年?」 / 2014年11月27日(木)


昨日の街廻り、大正区役所前のラーメン屋さん。

20年ほど前に、開店で呼ばれた店。それが火災の後の再オープンということだった。でも、この地域は、僕がチンドン屋になりたての頃、コインランドリーのチェーン店で廻った思い出もあった。お風呂屋さんの開店でも行ったなあ。正月の挨拶回り(と称しての祝儀集め)で、泉尾の商店街、市場なんかを周ったことも懐かしい。僕が青空宣伝社時代のことです。街はずいぶんと閑散となってしまってる気がしましたが、それでも、人懐こい暖かい住民の感触は30年前と全く変わらなかった。子供たちとやりとりしてると、まるでタイムスリップしたかのような錯覚も覚えた。

娘も同行してたのですが、娘は娘で、高校時代(?)の元彼がこのあたりの住民だったようで、自転車を二人乗りで大運橋を渡ってミナミの盛り場を往復したことや、二人でよく行った焼き鳥屋の思い出などを語っていました。こういうことも街回りの醍醐味のひとつ。ほんとに味わい深かったです、父娘ともども。

それから、当時から現在まで、ラッパの基本奏法でずっと試行錯誤の長い年月だったんですが、昨日、やっと、僕なりの一定の結論に達した感がありました。ついに地に足がついたというか。すると、あの当時はうまく音が出なかった曲がスイスイと。唇の問題じゃなしに、体全体のリラックス法、歩行法ともつながってたんですね。こんなことは、普通の人なら、管楽器を習って3日目ぐらいに習得することではあるんです。それを、何を間違ったか、岸を離れて漂泊すること30余年、僕って、ほんとに不器用の極み、長生きするしかありませんね。とはいえ、現在こそすべてなり。やっとつかんだ手ごたえを秘かに楽しんでおります。

 
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