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帰国しました / 2005年08月08日(月)
先日、留学を終え日本に帰ってきました

着陸寸前の飛行機アナウンスで、中国バージョンが「本日は当機をご利用していただきありがとうございました。今後もご利用くださいませ。」だったのに対し、

日本は「本日は当機をご利用していただき、私たちのサービスにご協力とご理解をいただき、ありがとうございました」という丁寧さ。

やーサービス受けてんのは、こっちだから感謝するのもこっち。それに、協力したっけ???

知らない人に道聞いたら皆丁寧だし

電車で荷物落としても、次の日に届出があったらしく、わざわざ電車会社が電話してくれて、保管してくれたし。

とはいいつつ、若者、とくに男のだらしなさは天下一品。お前ら、軟骨動物かといいたい。

そんなこんなで、いろいろ日本と中国の違いに戸惑っていますが、
やはり日本の生活は楽ですね。
中国では、慣れたとはいえ、どこかで気を張り続けていた気がします。


そうそう、このブログですが
あと30ぐらい書きたい記事があるので、当分は続けて行きたいと思います。

とりあえず今は、久しぶりの日本を堪能していますので
また少しブランクが空くと思います

まぁ気長に待ってくださいな。。


 
   
Posted at 00:02/ この記事のURL
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ただいま!! / 2005年07月26日(火)

先日、三週間ほどの旅行から帰ってまいりました
ほんとは二週間の予定だったんですけどね
やっぱ旅行に出ると楽しくて、いつの間にか三週間。

南京から敦煌の旅でした。

今は帰国の準備やら旅行中に溜まった大量のメールの返信でバタバタしています。

落ち着いたら更新していきます!!!

ではでは



 
   
Posted at 02:53/ この記事のURL
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また、旅立ちます / 2005年07月02日(土)

よく友達からメールが来ます
ブログが更新されないけど死んだのかと

そういうメールってどうなんでしょうか?
二週間ほどメールが帰ってこないと
「メールが返ってこないけど、ホントに死んだの?」
というメールでも送るのかな
それで、また二週間ほど経って、きっと後悔するんでしょう。


死んでません。
もちろん

ただ、サボってるだけです

いや、忙しいってわけではないんですけど
いつのまにか一ヶ月が経ち
時が過ぎるのは早いですね〜

それでも、ブログのことを思い出す自分はホント真面目だなぁとつくづく感心
今日で、やっとゴールデンウィークの旅行も書き終えたし
まずまずですね。
いつの話なのかってのは置いといて。

ということで、すっきりしたので
明日から旅行してきます

なんか旅行ばっかりしている気がすると思うんですけど
それはブログのせいで、ちゃんと日常生活も送ってるんですよ

授業にも出て、無駄に試験に出て、無駄にレポートを出してみたり、中国の方と交流という名目で遊びまくってetc

だれに向かって言い訳しているんだろう?

今回の旅行は南京(nanjing)から始まります
それから
それから?

???

まぁ、いつもの事ながら予定は立ててないわけです
とりあえず、西に行こうかなぁと思っています。
とりあえず。

では。
また。

二週間ほどで帰ってきます




 
   
Posted at 05:45/ この記事のURL
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北京へ帰る / 2005年07月02日(土)
次の日も早朝に出発し自転車に不安があるためスロースタート。結局後ろのタイヤがパンクしているってことで直してもらったり、昨日と同様、チェーンははずれるは切れるは、で大変。
でも、慣れてきたのか順調だったかな。

天津から北京は、工業も発展して近郊農業も発展して、人も結構住んでいるだろうな、と思ったけども、天津の郊外から北京の郊外までの約50KMほどは、ほんとたいした工業地域もなく、農業も小規模って感じ。ちょっと、ひょうしぬけした。でも、牛を見つけてちょっと驚き。



乳牛の村って言うのもあったし。





北京から30KMあたりから市街区に入るんだけども、今北京は交通が一大問題になっているため、郊外から市街区に入る車を規制している。北京ナンバーじゃないと、なんでも「進京証(jinjingzheng)」という証明書がいるとか、トラクターとかは入れないとか、いろいろ規制があるらしく、そのような看板を多く見かけた。


ほんとちょっとした農村がひろがっていたのが、その30KMをさかいに、急に住宅地が拡がり始め、あらためて北京のでかさに驚き。

ただ、足の疲れはピークで予定では北京の中心部に5時過ぎに付く予定が、スピードが出せず、8時頃。

 
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Posted at 05:00 / 五月サイクリング / この記事のURL
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自転車が壊れる。 / 2005年07月02日(土)



足の筋肉痛がとてもひどかったのと、雨が降って、気温が25度から9度まで急にさがったので、丸一日天津でゆっくりしました。

そして、天津の中心部でチャリを漕いでいるときにとうとう自転車のチェーンが切れてしまいました。



・・・・
ってか切れるってなに??
チェーンが切れるんですよ。
日本の自転車じゃ考えられません。ほんとびっくりしました。
でも中国だとそこまで珍しいことではなく、路上の修理やさんに行くと、よくあることだよ、見たいなのりで、切れた部分だけを取り替えてもらい、たった3分で修理完成。

{
 
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Posted at 04:45 / 五月サイクリング / この記事のURL
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天津 / 2005年07月02日(土)
天津の静海という一つの県を朝に出発し、天津の中心部に向かいました。

途中で、レンガを運ぶトラックに30台ほど出会いました。たぶん家を建てるのに使うのですが、ゴールデンウィークというのにお疲れ様です。
レンガの家と言っても、農村とか都市の郊外の家がレンガというだけで、都市ではあまり見かけません。

天津という町も北京や上海といっしょ、直轄市です。日本人のイメージだとまず天津甘栗でしょうか。
中国の中だと3、4位に位置する大きな都市です。特に最近は工業の発展がすごく、広州で読んだ新聞によると、成長率は中国でずば抜けているとか。
でも、北京と比べるとそこまで密度が濃くありませんが、ただマンションは新しいのか、北京よりも現代的で、交通もそこまでひどくなく、住みやすい感じがしました。北京と比べると自転車が多いかな。



天津といえばxiaochiと呼ばれる軽食、点心類が有名。小籠包(xiaolongbao)、甘栗、煎餅(jianbing)など、ほんと豊富です。それに北京からそんなに遠くないにも関わらず、物価は安めで、衣服やおみやげ物も安いため、北京から高速列車に乗って、たった2時間、値段も30元(400円)ほどで、日帰りで来る北京の観光客が多いらしいです。たとえば、タクシーとか初乗りが半額です。

あと、天津の北の郊外で集合マンション街というのか、ゲートタウンというのかよくわかりませんが、まずゲートがあって警備員がいて証明書がないと中に入れず、中に入るといくつか大きなマンションが並んでいる、そのような街をいくつか見つけました。北京でも小規模なのはあるものの、ちょっとびっくりです。治安が悪いとは思えないんですけどね。

 
   
Posted at 04:25 / 五月サイクリング / この記事のURL
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基本農田保護区 / 2005年06月14日(火)
ちょっと脇道にそれて、農業について

中国の農家の一戸あたりの平均の耕作面積はよくわからないけれど
一般の日本人のイメージだと面積は小さく、機械化進んでなくて、技術も遅れている、というイメージではないでしょうか。日本で公開されている中国の映画から覗える農村のイメージからもそんな感じ。
オレが四川に行ったときも、また山東の一つの農村を訪問したときも、農地は小さく機械化も進んでませんでした。

しかし、北京の南部、河北省の農業の姿はそれまでのイメージとは全く違い、大きな農地が広がっていました。





ところどころで「基本農田保護区」という看板を目にするのですが、それによると、田畑の広さは100haから300haのとても大きい田畑。それも責任者は個人の名前が書いてあり、地主制度の反省で直接耕作者の農地利用を保護してきた今までの中国の農村のイメージとは、まったく別の姿だと思います。機械化は進んでいるどうかまでは覗えませんでしたが、どれも立派な農地でした。

しかし、オレの周りの中国人にこの話をすると、中国人でさえあまり知らないらしく、中国人でさえ、農村というと、家族単位で小さな田畑を耕し、技術は遅れていて、貧しいというイメージから離れられないみたいです。

ただ、今回サイクリングで回ったところは北京の近郊、日本で言う近郊農業に位置するところなので、中国の一般の状況とは言えないでしょうが、中国農業の将来の姿を垣間見た気がします。

 
   
Posted at 23:00 / 五月サイクリング / この記事のURL
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天津へ / 2005年06月14日(火)
天津に出発して一時間後・・・・・
ある看板が。



190KM!?

100KMぐらいだと思っていたため、ショック強し。すでに150KMは走ってるため疲れが結構たまってて、特に右膝が痛む。
でも楽観主義なのでまぁなんとかなるかな、と。
とりあえず地図を広げてスケジュールの練り直し。

とりあえず無理しないように20KMほど走って、高陽という県城(xianchang)で二泊目。県城というのは、説明がややこしいのですが、日本の県とは全く違います。
簡単に言うと。
日本の県に中国で相当するのは省。省の下に市と県にわかれます。
発展しているところが市。農村とか発展してないところが県。

ただ、市には三種類あって、北京市・上海市・重慶市のような直轄市は省と同レベル。だから北京市は河北省ではないんですね。
あと、市の中に県がある市と、まったくない市があって・・・・。オレもよくわかってないんです。中国人も人によって説明が違いますしね。
まぁ、県というのは基本的に農村をイメージしてもらえばいいと思います。
で、県城というのはその県の中心地。
オレが出会った県城というのは、チャリで十分もあったら通り過ぎるほど小さな町で、店も10数個しかないような所。それでも、北京に近い県城だから発展していると思うのですが。
ただ、この高陽という県城は、県城に似つかわしくないほど発展してます。
大きなスーパーはあるし、ちゃんとしたホテルもいくつもあって、ちゃんとしたレストランはあるし、町工場も多い。特に紡績関係が目立ちました。たいしたことない市よりもよっぽど発展してます。なんででしょうかね〜


高陽でゆっくり一泊して、また次の朝六時前に出発。

朝から爆走で、その日は最高記録の130KM強。

 
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Posted at 22:53 / 五月サイクリング / この記事のURL
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保定に到着 / 2005年05月20日(金)

次の日も朝六時前にはホテルを出発。
昨日の足の疲れがあんまり取れないまま出発することに。
気温は昼は28度という、もはや初夏。

それもチャリのチェーンが外れるというアクシデントに遭い、泣きっ面に蜂。ちょうど田畑が広がる場所で外れたため、人に助けを求めるわけにも行かず、自分で治すはめに。でも、変速とかのない簡単な構造のママチャリだったので、15分ぐらいほどで、復活。

途中で、北京から河北省の石家庄(shijiazhuang)までサイクリングしている37歳のおじ様と出会ったのですが、なかなかダンディ。それに彼の自転車はとってもかっこよく、「チャリンコ」なんて呼ぶにはもったいないぐらい。
このおじ様、保定の途中までご一緒したのですが、別れた後も時々メールしてくれていろいろアドバイスをしてくれ、なかなか親切な人でした。彼は、日頃から一時間ほど自転車を漕いで通勤しているとか。
このようなサイクリングが趣味な人は年々増えているらしく、オレも旅行中に5、6人見かけましたね。

あと、途中ででっかいトマトのビニール栽培の巨大な農園に遭遇。その名も『西紅子之郷(sihongzi zhi xiang トマトの里)』看板によると、2500畝、150haの農園。一応目で確認できる限りでも、50haはありました。
こちらは夏が早いというか、曇りの日が少ないからか、もうトマトのシーズン。朝っぱらから収穫して大忙しの様子でした。






 
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Posted at 17:46 / 五月サイクリング / この記事のURL
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桃園の契り / 2005年05月20日(金)

桃園の契り。
三国志のファンに限らずとも知っている有名な話。
三国志の英雄の一人、劉備が関羽と張飛と義兄弟の契りを交わす話ですよね。

偶然、北京から保定の間の国道沿いにその遺跡があったので寄ってまいりました。
いや、ほんと偶然なんですけどね。
こういうことがあるから、無計画な旅がやめられず、さらに放浪したくなるんですよね。



まぁ、ぶっちゃけたいしたことはありませんでしたが。でも、その場に立てたことに、ひとしきり感動。


その遺跡があるその名も『桃園村(taoyuan cun)』

遺跡がある以外は、普通のちょっと発展したごくありふれた農村。
そんな場所で変な掲示板にめぐりあいました。



掲示板の内容は
この村の、子供を生んだ人とか離婚した人とか名前を公表しているわけです。そして、離婚数が少ないこと、一人っ子政策を守っているということを掲げているわけですが、やっぱこういうものを見ると、中国だなぁ〜と思いますね。
 
   
Posted at 17:40 / 五月サイクリング / この記事のURL
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