2009年3月27日

August 27 [Thu], 2009, 2:27
 
 僕と社長は、食堂兼会議室で真向い合って座っていた。
 ちょうど五年前、僕はこの社長に拾われた。
 新聞配達屋勤務という、掃き溜めをのたくるような経歴しか持ち合わせていなかった僕が、IT業界の末席に身を置くことができたのは、ひとえにこの社長のお陰だ。
 その社長が、今日、僕を捨てようとしている。
 僕は、社長を見据えながら、身構えていた。昨日の夜考え抜いた、今日の戦いの計画を実行に移すために。
 社長は、束の間僕をじっと見据えた後、話を切り出した。
「S(上司の名だ)から聞いたと思うが――」それが第一声だった。「会社の経営が、非常に危機的状況に陥っている。会社としてはいろいろな取り組みをしていて――会社で保有しているヨットを売却したり、その他にも新人も研修後は自宅待機にしたりして、なんとか出費を抑えようとしているが――」昨日聞いたのと同じ内容の説明が続く。「それで、申し訳ないんだが、会社にとって将来性の少ない人間に辞めてもらう、という方針をとることに決めたんだが…。――Sからは既に話が通っているということを聞いて安心しているんだが、菅沼としては、これについて納得して貰えていると思っていいんだな?」

「いえ、納得していません」僕は決然と言い放った。

 社長の顔色が急変した。
 眉間に皺を寄せ、一気に厳しい表情に変わっていった。
「――っ、それっ、ていうのは――ちょっと待て、どういうことだ? Sはお前が納得したって言ってたぞ。Sはちゃんと説明したのか?」
 (こいつ――!)と僕は思った。
 SはSはって、自分の経営上の失態に関する尻拭いをSさんにさせて、自分はその失態の苦渋を呑む気はないのか。それで本当にリーダーと言えるのか?
 僕の心はますます頑なになっていった。
「はい、Sさんからは昨日の夜説明していただきまして、その時は納得したのですが、後から考えると色々と納得のできないことが出てきまして…」
「いや、納得できないってお前――お前な? 納得できないことなんて何もないだろう? お前のキャリアでやれる仕事が、今ないんだよ。お前じゃ後輩の育成も任せられないし、お前を会社に置いておいても会社にとって何のメリットもないんだ。だいたい、お前、一体何が納得できないっていうんだ?」
「それでは、今回の私へのリストラ通告に関して、もう少し説明をいただきたいのですが、よろしいですか?」
「ああ」
 社長は憮然として、短く返事をした。
「まず、私の解雇を行うのは人員整理、つまりリストラ、ということになると思うのですが、リストラには正当な理由が必要なんです。なのでお聞きしたいのですが、今回のリストラについて、果たしてどの程度経営上の必要性があるのか、具体的な数字で見せていただくことはできますか?」
「数字って…収支予測見せろってこと? それはできない」
「そうですか。わかりました。では、別の質問ですが、今回のリストラを行わないで済むような会社的な取り組みは完全に行われましたか?」
「どういう意味だ? それはさっき説明したろう?」
「いえ、今回の整理解雇対象者はたかだか四〜五名程度とのことじゃないですか。数十名規模というわけじゃない。それなら、あえてリストラを選択する必要性なんかないんじゃないですか?」
「それは…――いや、お前、ところでさ、さっきから何でメモ取ってるわけ? お前、何がしたい?」
 …会話になっていない。おそらく、社長は整理解雇の四要件と呼ばれているものを知らずにリストラを断行しようとしている。
 どのように話を持っていくべきか、しばらく決めあぐねたが、意を決して僕は説明を始めた。
「あのですね、社長。法律的に見て、社長は私を解雇することができないんですよ。今回のリストラについてSさんや社長からお話いただいたのは、定性的なお話ばかりで、会社が具体的な数字としてどのような危機的状況にあるかもわかりませんし、今回のリストラで一体どれほどの経営上の効果が上がるのかもわかりません。この状況で私が法的に争えば――」
 ここまで述べたとき、社長は突然怒鳴り出した。
「じゃあ、お前に仕事取って来れるのか!? お前のキャリアで! さっきからぐだぐだ言ってるけどさ! お前に仕事取って来れるのかっていうんだよ!」
「…いえ、難しいでしょうね」
「会社としてはそんな人間を置いておくわけにはいかないんだよ!」
「いえ、ですけどね? 今回のお話はあまりに突然ですし、このままの状態では…」
「あのなあ! じゃあ、お前、何がしたい!? お前としては何がしたいんだ!?」
 あ、これは駄目だ。僕はそう思った。
 こんな風に頭に血が上っている人間相手に何を言ったところで無駄だし、こんな人間がトップである会社に未来はない。これが潮時か。
 僕がそんな事を考えながら黙り込んでいると、社長は大きくため息をついてから呟くように言った。
「お前の入社面接の時さ、お前の熱意を見て、俺はお前を採用したんだ。
 お前なら頑張ってくれると思ってな。
 菅沼も言ってたよな、一生懸命頑張りますって。
 俺はそれを信じてたし、期待もかけていた。
 それが、こんな風にもめる事になるなんて、なんだか寂しいよ」
 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中に、入社面接から今までの、この会社での思い出がフラッシュバックしてきた。

 社長は僕が入社した頃はまだ部長で、人事も兼任していた。僕がこの会社に入社面接に行った時、面接官は社長だった。
 その当時、僕がどんな受け答えをしたかは既に失念している。
 ただ、当時同じく面接官をしていた先輩は、その時のことをこんな風に語っていた(ちなみに、この先輩は僕がとても尊敬している人で、頭の回転が尋常じゃない速さだし、面倒見もいいので周囲からの評価も高い人だった)。
「ああ、あの時。菅沼君は社長のお墨付きだったね。社長が全面プッシュしてたから、面接官の俺らとしてはそれに従うだけって感じだったよ」

 僕が最初に配属されたのは、生鮮食品関連を扱うPOSシステムの開発部署だった。初めて触る技術に翻弄されていたある日のこと、社長が突然僕たちの開発部署にやってきて宣言した。
「菅沼にギャランティが発生しました! おめでとう!」
 配属したての新人に利益がつくことなんて、めったにあり得ない。今にして思えば、これはきっと社長が客先に全面的にプッシュしてくれたお陰なのだろう。

 僕はその後、社内の人々と折り合いがつかず、部署を転々とした。
 そして、2005年のある日、都市銀行の運用保守の現場に配属された。
 この現場での業務は、今までの人生で一番厳しいものだった。
 毎日のように発生する障害への対応、ユーザーからのクレーム、最初からスケジュールの遅延している開発案件へのアサインなどが重なり、僕は精神的に追い込まれていた。
 ある日、ついに限界に達した僕は、会社を退職したい旨をその時の上司に願い出た。
 すると、次の日、社長がわざわざ現場に出向いて僕と面談をすることになった。
「辞めてどうするつもりだ?」
 社長にそう聞かれ、僕は答えようもなく、呻くように言った。
「考えてません。新聞配達に戻るかも知れません」
「お前、それじゃ駄目だろう!
 同じIT業界に転職するならまだしも、それじゃあ何にも進歩がないじゃないか。
 お前、そんな風に辞めたら、絶対そのままズルズル下に落ちるぞ!
 もう少し頑張ってみろ! 周りをどんどん巻き込んでいいんだから」
 社長の熱意に押され、僕は結局会社を辞めることができなかった。
 その後、社長の言う通り周りを巻き込んで職場環境を改善していった結果、僕はその現場の顧客等から高い信頼を勝ち取ることができた。
 その時の上司は、後の飲み会の席でこんなことを言っていた。
「お前、社長からあんな風に引き止めるのは滅多にないことなんだぞ?
 大抵の奴は、辞めるって言ってもそれっきりで、引き止められたりしないんだ」

 ある日、同期で飲み会をしていた時、僕は同期からこんな話を聞いた。
「社長ってもともと新聞配達をやりながら学校通ってたみたいだよ。そこから苦労してT社の仕事を取ってきたりして、若くして今の地位まで昇ってきたんだって。だから菅沼君には自分を重ねて見てるんじゃないかな」

 僕の頬に涙が伝った。そして、僕は白旗を揚げた。
「――わかりました、辞めます」


 これが、僕のリストラに関する顛末だ。
 この一連のリストラ騒動は、今にして思えば、結局のところ、僕の努力不足から招いた事態であり、ごねまわったのは、「死にたくない」という動物的本能からの脊髄反射的な行動だったと思う。会社の経営上の判断としては合理的なものだったとも思う。
 今にして悔やまれるのは、僕の行動が義に照らし合わせてまったく理想的ではなかったことだ。
 忘恩の徒になるつもりはなかった。その時その時は一生懸命に動いてきたつもりだったが、結局どのような場合でも、経済活動で必要になるのは『ビジョン』であり、これを持っていなかった僕は成長もできず、危機に際しても理想的な行動を起こせずに、その時になって右往左往することになってしまったのだ。そのことを今は反省し、より明確なビジョンを常にブラッシュアップしていくことを肝に銘じている。
 また、捨てること、捨てられること、恩と裏切り。これらのキーワードは、今後も僕の人生について回ることになるだろうと思っている。もちろん、この物語にもこれらのキーワードが暗い影を落とすことを、あらかじめ宣言しておくことにする。
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