blog 

April 16 [Wed], 2008, 19:28
昔のブログを読み返すと非常に恥ずかしい。つい1年前くらいなのに、大学4年も経つと精神的に変わるんだなァとしみじみおもったり。

しょこたんもAmazonに移ったし、わたしも変えるかな・・・ぁ

YUKI 

December 19 [Wed], 2007, 1:19

my love ft TJ 

April 20 [Fri], 2007, 23:06
Justin かっこよすぎ!!

♪i can see us holding hands walking on the beach, out toes in the sand....

sitting grass laying side by side...

there 's just one thing i need from you say i do ♪


he is sooo sexy!!!!

ジャスティンみたいな彼氏欲しいw

スカーレットぎざうらやまし(^ω^)

しかしキャメロンせつなす・・・・

Happy TUE! 

April 17 [Tue], 2007, 20:38
今日はチューズデイー(^ω^)(^ω^)

ハッピーチューズデイー(^ω^)(^ω^)

@限カラD限マデ、授業びっしりなのにHAPPYなワケは〜!

ひろと一緒に登校だから〜★w

8時5分の電車に乗ろうねって約束したから、6時半に起きて支度。

でひろに会えて、でもなぜか緊張してあんまり話せなかった(´;ω;`)

電車満員で話しにくいし・・・(・ω・;)(;・ω・)

でも毎週一緒にいこうってなったから、火曜日は頑張れそう(^ω^)

にゃーあたし若いな!!!!w

*:;。・★*:;。・*:;。・★*:;。・*:;。・★*:;。・*:;。・★*

授業も全部寝ないでちゃんとうけた(^ω^)レアーw

あ、でも4限途中でうえだクンのライブ見に抜けたケド('〇';)

うえだクン超いい(^ω^)真剣な人ってかっこいいねヽ(*'0'*)ツ

なんか充実した日をすごせた(^ω^)

木曜日ー 

April 12 [Thu], 2007, 15:46
今日は1限カラ5限まで(・ω・;)ダルス

でも4・5限の比較社会、みんな一緒に授業なの(^ω^)♪ギザウレシス★

木曜日は1Xデイになるといぃなぁ(^ω^)(^ω^)

ぐだぐだぁ〜 

April 11 [Wed], 2007, 15:28
今日は一回10時に起きたのに、二度寝('ε’;)で結局2時に起きたヾ(゚Α゚;)ノ!


けんちゃんが教職の申し込みで、追浜来るッてゅってたカラ、そっこ支度して、図書館へ★★★


本を返してちょうどケンチャンも終わったカラマックぇ(^ω^)!

三角チョコパイにコーラ食べた・・ギザ太るー(((゚Д゚;)))


結構ぐだぐだ話して〜〜〜〜・・軽くへこんだゎ↓↓(・ω・;)


マンネリってどうしてなるんだろ(;ω;)なぞだ!!あんなにハイパーカワユスかずえなのに・・


マンネリギザこわす(((゚Д゚;)))


かずえにもけんちゃんにも、幸せになって欲しいカラ、勇気をだして別れを切り出してほしぃ!


別れはせつない、悲しス(;ω;)


なぜかあたしが泣いてしまった。。

ちゃい文化 

February 01 [Thu], 2007, 20:47
 中国喫茶文化史を読んで

この本を読んで印象深かったことは、まず食べるお茶のこと。そして中国のお茶の歴史についてだ。
食べるお茶は、現代ではほとんどみることはないが、今でも中国の雲南南部からタイの北部・ミャンマーに渡って嗜好品として食べられている。茶葉を蒸してから密閉して漬け込んだものを噛んで、ガムのように、のこった繊維は吐き出すミエン、ラペ・ソウや、長めに蒸してまるごと食べてしまうニイエン。打油茶という茶葉を使ったスープのようなもの、ライ茶というものもあり、ショウガ、コメ、新鮮な茶の葉、適量の塩、いためたゴマか大豆を乳鉢に入れて、乳棒でねばねばするまですりつぶす。そうしてできたものをさじに半分くらいとって、少量のお湯でとき、熱湯をそそぐ。体によく、食欲増進効果もある。このライ茶は宋の時代から、約千年もつづいている。日本にも碁石茶という食べるお茶と飲むお茶の中間的な存在のものがある。碁石茶とは大釜の上に桶の蒸し籠を置き、茶葉を蒸す。それを漬け、乾燥させる。漁師が塩水でだして飲む。このように食べるお茶は地域に残っていて、調理方法はさまざまである。食べるお茶と飲むお茶はそれぞれ別に歴史をふみ、今ではほとんど食べるお茶は衰退して、飲むお茶が好まれている。しかし飲むお茶が食べるお茶から派生したというわけではない。
起源は明らかにされていないが中国のお茶の歴史は漢の時代ごろ始まったとみられており、二千余年の歴史をふんできている。三国時代では喫茶は貴族にのまれ、客のもてなしにお茶が使われはじめたり、銘茶が出現しはじめたりした。南北朝時代、南朝では喫茶は貴族の間で広く普及した。しかし北朝は政治的な混乱で一時衰退してしまった。唐の開元・天宝の時期には一般庶民にも浸透し、喫茶が風俗となる。そのころから税茶が始められ、課税額や対象は時期によって変化はあるが、長く続き、政府の財政を支えた。お茶は庶民の必需品となり、そこに政府は目をつけたのである。宋の時代も唐とあまり変化はなく、さらにお茶の販売を商人に許可するかわりに、武器を運ばせる方法をとった。また茶筅が出現したり、闘茶という、点てられたお茶の味比べが遊戯となったり、白茶が尊ばれたりするなど、お茶が楽しまれていた。元の時代には、ほぼ現在の蒸し緑茶と同じ製法であった。明の時代では煎り茶が一般てきであった。
そのように、中国の歴史とともにお茶の種類・形・製法がいろいろと異なり、時代を追って現在の形に近づいていくのがおもしろかった。現在のようになるまでに、お茶を愛したたくさんの人々が試行錯誤していて、千年も前の人々がわたしたちと同じようにお茶を楽しんでいたのだと思うと、感慨深かった。中国の長い歴史をお茶の側からみると、やっぱり奥が深い。日本は中国の影響を受けて今があるのだと実感した。お茶は中国から伝わってきたものが、日本の文化といっていいほどに根付いているし、中国に比べ歴史はとても短い。遣唐使などが、中国からたくさんの知識をもらい、日本はそのまねをして大きく発展した。

タイ文化 

February 01 [Thu], 2007, 20:44
タイは人口の95%が仏教徒であり、修道僧の自力による解脱の達成に重点が置かれた「上座仏教」です。タイの国王は仏教の護教者として支配権を正統化していて、同時に王は、シヴァ神およびヴィシュヌ神の化身であるというバラモン的王権観が取り入れられ、それが王権正統化のもう一つの根拠になっています。そして、仏教とバラモン的要素によって表層を覆われたタイ人の信仰体系の基層には、より伝統的な信仰体系であるアニミズムの要素があります。仏教、バラモン教、アニミズムが組み合わさって、仏教徒タイ人の宗教は構成されています。またタイには、仏教の他に、考え方が相対するヒンズー教も取り入れられています。仏教は人間の絶対平等を説き、ヒンズー教は人間の差別を認めています。タイの国王は、即位するとき、最初に「バラモン」の神官による儀式を行い、その後に仏教の僧侶による儀式に移ります。しかし、人間の絶対平等思想がある、仏教の僧侶も得度式(僧侶になる儀式)の中で「バラモン」の神官による儀式が含まれており、僧侶になる為の儀式に、これを取り入れるのは理解に苦しむ所です。王室の紋様はヒンズー教の神「ガルーダ」で、王宮に国王が滞在中はガルーダの王国旗が掲げられますが、王家の紋様「ガルーダ」は、仏教とは一切関係はありません。なぜなら釈尊は一切の差別を認めておられず、人の絶対平等を説いておられる為で、ガルーダはヒンズー教の神「差別を認める」シンボルだからです。
インドから中国日本と伝えられた「大乗仏教」は、本来民衆の中から湧き上がった仏教です。しかし日本に伝わった仏教は、権力者や一部の限られた人達への宗教と変化してしまい、僧侶には特権意識さえ持つものさえおり、現代の日本の仏教において、釈尊の本来の仏教の姿を見るのは、難しくなってしまいました。しかし、大乗仏教者が自分達にたいして、東南アジアの仏教を「小乗仏教」と蔑視したタイ仏教において、釈尊の教えを忠実に聴き、心の眼「まなこ」を開こうと修行するタイの僧侶は、タイ社会では人々の「先生」であり、「良き相談相手」であり、孤児や恵まれない人々に積極的に手をさしのべ、心からの支えになるなど、日本の仏教が失ってしまった、「御仏」とともに歩む行者・行者としての、本来の「姿・仏弟子としての姿」があります。
上座部仏教は大乗仏教以上に戒律を重んじています。仏教においてセックスは人間の根源的な欲望であると捉えられており、特に上座部仏教では、必ずしもそうした欲望は肯定されてはいません。上座部仏教の国であるタイ人は、修行を積んだ一部の人間しか救われない、と理解しています。しかし、バンコクでは日本以上に風俗が栄え、都市部では宗教が形骸化しています。
タイ人は、「数少ない救われる人間になる為」に、お参りを始め、タンブンで「徳を積もう」としてきましたが、外殻化してしまった今日、タイ人が考えている徳のレベルは決して高くありません。つまり、いい加減なことをしてしまった場合に、徳を元に戻すためにタンブンを行うのも教えに沿っていると考えています。上座部仏教の信者であるタイ人の仏教に対する真摯な姿勢は、日本人の比ではありません。しかし、人間の日常的な行為をきっちりと規定出来るだけの力を仏教が有しているかどうかを、大乗仏教の国である日本と比較してみると、両国とも、宗教の影響力はさほどありません。
タイ人はタンブンによって徳を回復しようと努める、つまり、仏教に帰依する心が大きい。帰依する心が少ない代わりに前もって道徳によって律しているのが日本人。自らのあるべき姿を自覚しているタイ人だからこそ、それを守れなかった場合に「自分の力の及ばない絶対的な存在」に対して、無心に手を合わせる。形骸化した儀式的なものがあるにせよ、普段宗教とは無縁な生活を送っている日本人からすれば新鮮な驚きであり、美しい光景である。少なくとも、自らの悔いるべき点を自覚し、救われる為に更に得を積もうとする姿は、悪事を働く前に道徳によって律してきたはずの日本人がそれすら忘れてしまいつつある現在、見習うべきところが多い。
 大乗仏教と上座部仏教。両国の宗教解釈に差異はあるものの、宗教に根ざした道徳は、似通っているところが多い。親子、家族、男女、社会の様々な人間関係におけるルールやマナーに対する考え方は、大変近いものであり、日本が既に失ってしまった道徳がタイでは生きている。
もっと知りタイ    弘文堂  
タイのこころ     勁草書房   河部利夫
タイ読本       JICC出版局

赤ちゃんポスト 

February 01 [Thu], 2007, 20:43
1.赤ちゃんポストとは。
事情があって親が育てられない新生児を受け入れる「赤ちゃんポスト」を、熊本市の慈恵病院(蓮田晶一院長)が年内にも設置する計画を進めている。ドイツですでに導入されているが、実現すれば国内初となる。 同病院は「あくまでも緊急措置で、捨ててもらうのが目的ではない。新生児の産み捨てや、不幸な中絶を少しでも減らしたい」と説明している。 計画によると、病院の窓を外部から開けられるようにした箱型の「ポスト」を設置。 内部は保育器と同じ状態に保たれ、新生児が入れられるとナースステーションで警報が 鳴る仕組み。新生児の引き取り先として、岡山県医師会に全国から登録している約160組の里親に、行政を通じて紹介する特別養子縁組制度の適用などを検討しているという。 同病院の蓮田太二理事長(産婦人科)が2004年にドイツを視察、「赤ちゃんを育てられない と悩む人が、匿名で預けるところがあれば」と、準備を進めてきた。ドイツにならい、ポスト内には考え直した親が子どもを引き取りに来た際の手続きを書いた紙なども入れるという。

2.
結論から言うと、現状で赤ちゃんポストを日本でも普及することは反対です。子供は親が育てるべきだからです。匿名で子供を捨てるなんて安易すぎる考え方。育てられない子供は生むべきではないし、避妊教育をもっとしっかりするべき。よって、わたしは赤ちゃんポストはモラルに反していると思います。

環境と社会 

February 01 [Thu], 2007, 20:41
「20年後の世界と私」

20年後の生活が今よりも豊かなものであってほしい。
それは今までのような、テクノロジーの進歩や工業化などの便利さを得るものではなく、その便利さを捨てることによって本来人間としてのあるべき姿を取り戻す、心の満ちたりた世界であってほしい。
食料不足・環境問題・貧富の差・戦争、どれも先進国の人々が、自分たちがいい暮らしをするためその代償として自らにふりかかってきている大きな問題である。今の破壊的な世界は何も生み出さない。なにもかも溢れかえっているような、今の生活を続けて生きていくことはもう不可能なのだ。
するべきことは昔の日本のように、継続可能な社会に戻ることなのだ。わたしたちは生きていく知恵をもう十分にもっていた。それなのに機械やテクノロジーに踊らされていたのだ。
20年後にはもう結婚して子供もいるだろう。その子供に本当の豊かな生活をさせてあげられるような未来をつくること、それがわたしたちの役割だと思う。
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