次男出産記録6 出産編(完結) 

April 18 [Thu], 2013, 0:50
ずいぶん間が開いてしまいました。
この間に、うーたが水ぼうそうになり、始業式から登園停止。。
3日ほど休んで復活しました。
あと、ごんたは中耳炎が治りましたー!

春休み中はだめね、耳鼻科の待ち時間も、兄うーたがいるので落ち着いてケータイなんかいじってられなかったっす。
水ぼうそうの兄を連れて耳鼻科には行けないので、うーた、お留守番に挑戦。
うふふ、お留守番の話はまた今度。





さて、やっと完結編です。
出産エピソードってやつね。


最初から読みたい人は 【こちら】 から。

次男出産記録1
次男出産記録2
次男出産記録3
次男出産記録4
次男出産記録5





出産予定日を2日過ぎた日。

この頃は、でかいお腹を支えきれなくて、腰痛がひどく、トコちゃんベルトなしで歩くのは無理。

でも、天気も良いし、日曜日でとうさんもいるし、少し遠い交通公園に行きました。

うーたは自転車に乗り、とうさんがついて歩いて園内をぐるぐる。
かあさんは別行動でゆっくりと公園内をお散歩。そのうち、調子に乗ってバドミントンしたりして。たいへんよく歩きました。

疲れたせいか眠くて眠くて仕方ない。
少しお昼寝して、あとはいつも通り、夕ご飯食べて風呂入って寝ました。




その日の明け方、午前3時頃。
トイレに起きたんだけど(妊婦はトイレが近いのです)、お腹がすいて、朝作ったチョコパンとホット豆乳&牛乳でコッソリ夜食。



いいの。ここは素通りして。



食べながらも、やたら腰が痛くて、カイロを貼ってコタツへ。

午前3時半。
腰の痛みは3〜5分おき。お腹は張ってないけど、腰痛は横にもなれない痛さ。
最近お腹が重くて腰痛がひどいからなぁ、と30分程コタツでぬくぬく。
ところが、今度はお腹の方も張ってきた。
あいふぉんのアプリで、陣痛の感覚を測るのがあって、測ってみると8分おき。

この週数だと、お腹が張ることはよくあるので、あんまり気にはしてませんでした。



午前4時。
腰痛が強くなってきた。
不安になって、とうさんを起こす。

この時点ではまだ陣痛だとは気付いてません。
腰痛がひどいなぁくらいに思っていました。

とりあえず、病院に電話をしてみる。
「陣痛じゃないかもしれないんだけど、腰が痛いんです」と。
電話にでた助産師さんが、「もし陣痛始まったら早そうだから、念のため来て」とのことで、支度して病院に向かうことに。

おにぎりにぎって、バナナももって。

うーたのためじゃなくて、自分のためにね。
うーたの出産のときに陣痛が長引いて、でも陣痛の間は吐いて食べれず、産後すぐ分娩台の上でものすごくお腹が空いて困った経験があったので、いつでも食べられるように!と食糧を持参。

そんな支度をしているうちに、どんどん腰もお腹も痛くなってきて、どうやら陣痛らしい!


午前4時半。
寝ているうーたをとうさんが抱え、車で急いで病院へ。
まだ外は暗い。
この時点で、すでに陣痛が1〜3分間隔。
うめいてうずくまる痛さでした。

あー、これは陣痛だ。と、ここで確信。(気づくの遅っ。)

車でうーたは目を覚まし、大興奮。
「おかあさんじんつうなの?!がんばって!」とか言ってたかな。大声で。何度も。


午前5時。
病院到着。
陣痛は1〜2分間隔。内診したら、もう赤ちゃんかなり降りてきてる。
即、分娩台へ。

ここ、妊婦が苦しむところね。
陣痛で痛くて歩けないってのに、分娩台まで自力で歩いて登らないといけない。
陣痛は波があるから、痛みMAXが過ぎて波が収まった時、あたし、走ったよ。

とうさんも立ち会いました。
陣痛の間も手を握ってくれて。手、痛かったそうだけど、そんなんかまってられない。

何回か陣痛の波を超えると、もう、いきんでいいよーと。
何度かいきんだら、すぐ出てきた。
首にへその緒一回巻いて。
そのへその緒、とうさんが切りましたー。




陣痛来てから、2時間半のスピード出産でした。
病院着いて1時間経ってない。。
間に合ってよかった・・・。

陣痛は痛かったけど、産んだ〜!と実感できるお産でした。
うーたの時は、何がなんだかわからないうちに鶏がらみたいなのが出てきたけれど、ごんたは3000越えの立派な赤ん坊。
こんなにも違うんだ。。。と、まず見た目で驚き。うーたは2200ほどだったからねぇ。


そう、ごんたが生まれたこの日、ちょうど午前5時ころが大潮の時刻。
ごんたが生まれたのを筆頭に、次々と他の妊婦さんも出産してました。
不思議だけど、潮の満ち引きってお産に関係あるんだね。



病院もよかったし、スタッフもみんなやさしいし安心できた、いいお産だったなぁと思います。





そうそう、兄、うーたは。
分娩中は、旦那さんのお母さんに預けて、待っててもらったけど、興奮MAX。だったらしい。

出産後、別室に戻り、弟と初のご対面!
神妙な顔して不思議そうに弟を見てました。
てか、それよりもなにより、興奮しすぎて、しゃべるしゃべる

取り上げてくれた師長さんに向かって、
「陣痛ってのはね、あかちゃんが生まれるってことなんだよ!陣痛はね、すごーく痛いけど、云々・・・」

あんた、助産師さんに講釈垂れてどうするの。
この日はずっとこの調子ではしゃぎまくり騒ぎまくり、ご迷惑をおかけしました。

興奮ップリを字面で伝えられないのがもどかしい。
幼稚園で「ハカセ」と呼ばれるだけあって、変なことを良く知っててしかもその説明が長い。
ご迷惑おかけしました。あたたかい病院でよかった。。




と、こんな感じで出産しました。
要約すると、『切迫早産の疑いで入院したけど、結局予定日過ぎて、2時間半の陣痛でするっと産まれた。』
ってことです。

次男出産記録5 

April 02 [Tue], 2013, 0:43

出産記録もそろそろ完結編としたいところ。
記憶をたどりつつ書いてるので、読みづらい文章でごめんなさいっ。
あくまで「記録」です。

最初から読みたい人は 【こちら】 から。

次男出産記録1
次男出産記録2
次男出産記録3
次男出産記録4



かあさんが入院したのは、12月半ばでした。

退院したのは、1月末。

結局、1か月半もの間、入院生活を送りました。
クリスマスもお正月も病院でした。
さみしかったよ。。。


結局、もろもろ考えた結果、出産前に里帰りするのはやめて、37週(いつ産まれてもよい時期)になるまで、ゆっくり入院することにしました。
出産も、転院はやめて、入院している病院で産むことに決めました。


入院中は、毎日のようにうーたと電話で話しました。
でも、数日経つにつれて、慣れたのか面倒くさくなったのか、
「テレビ見てるんだから電話かけてこないでよぉ」

とか、

「早く切って!」


とか言うようになり、母はとてもしょげました。

お見舞いも、週に1〜2回来てたのですが、照れて寄り付かず抱っこもさせてくれず、帰る時も泣くでもなくあっさり、「じゃ。」くらいで帰ってしまう。



母、せつない。



あんなに心配したのに。
子供って案外順応性高いのね。
しょげん。




でもある日、お見舞いに来た時に、周りが気を遣ってうーたと二人きりにしてくれたら。

おひざに抱っこして、寄っ掛かってうっとり。

あ、頑張ってたんだ。見え張ってたんだ。

母「さみしかった?」
子「さみしかった。」

そっか、甘えるのも我慢してたんだ。
照れ屋だから、みんなの前では、ぎゅーって抱っこしたくてもできないんだ。

みんなが戻って来たら、さーっと膝から降りて、

「抱っこしたの内緒だよ」
って。
そんな頑張らなくていいのに。
胸が痛い。


が。

入院が長引くにつれ、お見舞いに行くのも次第に面倒になったのか、すぐ近くの実家に来てるのに病院までは来ないときもありました。
この薄情者。




入院中、私の容体は特に良くもならず悪くもならず。
ナンプレとDSと読書で一日を過ごし、楽しみはおかあさんの差し入れ。
ありがたいことに、実家が近く、旦那さんのおかあさんが働いているので、何かと世話をやいてもらいました。
入院食は、妊婦の体のためのメニューでおいしいんだけど、物足りない。
ハイカロリーなパンや、お鍋や、大晦日の年越しそばの差し入れは大変ありがたかったです。えへ。食い過ぎ。


37週に入って正産期になると、今まで24時間点滴でお腹の張りを抑え、できるだけ寝て、歩き回ったらいかん!という生活だったのが、一転。
点滴をやめ飲み薬に変え、歩け歩け。
いつ産まれてもかまわないから、階段使え。

…一ヶ月半ほぼ寝て過ごすと、足腰の筋力がかーなーり弱ります。階段登れません。
きつい。

でもようやく一安心。お腹の子も順調に育ってるし、退院できる。
退院したあとは、自宅で昼間はうーたと2人で過ごし、もしとうさんがいない時に陣痛が始まったら、自力でタクシー呼んでうーたを連れて病院に行く段取り。

…それ、できるのか?
という不安はおいといて、とにかく自宅にいったん帰れるのはうれしい!




さて、ここからようやく出産編です。

自宅に戻ったものの、いつ陣痛が来るか、陣痛が始まったら早いだろうから、スピード勝負。毎日ヒヤヒヤもの。
※切迫早産の疑いで入院した場合、陣痛から出産までが早いらしい。
遠出はせず、買い物もごくごく近所で短時間で済ませ、いつでも出動できるように暮らしていました。



がー。


予定日を過ぎても産まれない。



こういうことはよくあるそうで、切迫部屋(注:似たような状態の妊婦さんが同じ大部屋に住んでいたので、こう呼ばれてました。)の妊婦さん達、けっこう予定日過ぎて産むことが多いそうです。




長くなったので、続きは次へ。

次男出産記録4 

March 29 [Fri], 2013, 22:16
次男出産記録、…続いてます。

今までの要約。
次男妊娠中、妊娠8ヶ月で入院することになってしまったかあさん。
4歳(年少)のうーたは、実家に預けることになりました。



うーたは4歳とはいえ、理解力はある方だとおもいます。
普段からニュースでもなんでも、知りたいと思うと、なぜだ、どうしてだ、どういうことだと頑固にしつこく聞くので、大人の言葉で説明するようにしていました。
子供だましが効かない子供です。

なので、かあさんが入院することになった、ということは、その日に旦那さんのおかあさんからきちんと説明しました。
うーたは、泣きもせず、静かに聞いていたそうです。

そう、入院中、うーたは、母の前では泣かなかったのです。




母入院中のうーたは、月曜日から金曜日までは私の実家、金曜夜にとうさんが迎えに行き土日は自宅でとうさんと過ごし、日曜夜にまた私の実家に送られる、というジプシー生活をしていました。
土日とうさんが急に仕事になり、とうさんの方の実家に預けたりもしました。

それはそれはうーたも両実家もとうさんも忙しく落ち着かない日々だったことと思います。感謝してます。

旅行用バッグに着替えと身の回りのものを詰めて、もう一つのおっきいバッグにはねんねのおともだちを大量に詰めて。。。

入院したその日は、帰りの車でハッピーセットを食べながら寝てしまったそうです。
でもその次の日から、「ねんねのおともだちがいないと寝られない」と言い、白いふわふわのワンワンとか、ライオンさんとか、10匹以上はいたかな、ぬいぐるみたちと一緒じゃないと嫌だと、移動の度に持ち歩いていたようです。ぷぷ。



さて、かあさんはというと。
24時間点滴。
トイレと食事以外は起き上がってはいけない。

ただひたすら横になって、お腹の収縮が起きないようにする治療です。
検査の結果、マイコプラズマは治っていたけれど、咳はお腹に良くないので、咳を止める薬をあれこれ。
お風呂は4日間入れませんでした。許可がおりても2〜3日に一回、シャワーを30分以内。シャワー中もなるたけイスに座って、やばいと思ったら押す緊急ボタンもあったりしてね。

トイレも食事も寝たままもちろんお風呂はダメという方もいたので、私はまだ良い方です。
しかし、4日ぶりのシャワーは気持ち良かったよ。




入院はいつまで続くのか。

ただ寝てればよいだけ、というのも最初はけっこう辛くてね。
先の見通しはたたないし、家の中もやりっぱなしで来てしまったし、家の中のどこに何があるかも記憶があやふや。

妊娠8ヶ月だったので、一応軽〜く入院準備はしていたものの、着替えやらなにやらとうさんに持って来てもらい、とうさんの実家からもいろいろ借りて。

月々の振込みや口座の管理もとうさんに教えてやってもらい。
家のことあれやこれや、幼稚園の荷物はお友達に預かってもらったり、うーたの心配と、自分が動けないのがもどかしい!


お腹の張りは、点滴の薬で抑えているものの、ちょっと起きてるとすぐパーンと張ってしまう。
その点滴の薬の量もかなり多い。
これをだんだん減らしていかないと転院もできない。


というのは、里帰り出産をするつもりでいたのです。
入院した病院は健診で通っている病院だったので、出産は私の実家方面の病院を予定しており、妊娠9ヶ月頃には里帰りするはずだったのです。

入院した病院から里帰り先の病院までは、車で約一時間。
たいした距離でもないけれど、点滴をしている状態で移動はできない。
点滴をはずそうものなら、即、陣痛がはじまりそうな状態なので、今は動かせない、と。


そんな折り、里帰りに備えて実家のリフォームが始まっちゃったりして、しかも工期が遅れたりして、例え退院できたとしても帰るに帰れない。


どうなるの、自分。

次男出産記録3 

March 28 [Thu], 2013, 2:42
出産記録、長々と続いております。
最初から読みたい人は、うーん、リンク貼るのが面倒。。二つ前の記事から読んでね。



早速、続き。


なんの準備もないまま、妊娠8ヶ月で突然入院することになってしまったかあさん。

いわゆる、切迫早産の疑いです。
動いてはダメ、というやつです。


荷物を取りに帰るなんてことは許されず、即、病室へ車椅子で搬送。
マイコプラズマ菌を持ってる可能性があるから、個室に。

あれよあれよという間に、着替えさせられ、点滴をつけられ、血を取られ、お腹に機械もつけられ、血栓予防の圧迫靴下をはかされ。

その間も、お腹の張りはおさまらず、収縮を続けてる。

まだ出できたら早いよ。



かあさんがそんなことになってる間、うーたは。

とりあえず、近所にある実家で面倒を見てもらっていました。
旦那さんのおかあさんの機転で、入院とわかってからは、私には会わせないようにしてくれていたのです。離れなくなっちゃうからね。余計な辛い思いをさせないようにと。
仕事を抜けたとうさんと、私の両親にも病院に来てもらい、両実家で話し合いの結果、うーたは、私の実家で預かってもらうことになりました。

私の実家は、病院から車で約一時間。遠くはないけど、決して近くはない距離。両親も忙しく、お見舞いにもなかなか来れないでしょう。幼稚園もお休みすることになります。


もうね、自分のお腹も心配だけど、それよりなによりうーたが心配!

ただでさえ手のやける子なのに、かあさんと離れたらどうなっちゃうんだろう。
かあさんとしか寝たことない。しかもべったりくっついて寝ている。
ご飯だってトイレだってまだまだ一人じゃ無理。

なんとかなるだろう、とは思うモノの、両親の苦労と苦悩が目に浮かぶ…。




入院がいつまでになるかはわからないけれど、ひとまずこの先どうするか決めた頃にはすっかり夜になってしまいました。
突然のことで、うーたも混乱したのでしょう、だいぶダダこねて手こずらせたようです。

が、最終的には、マックで釣ったようです。

うーた「え?夜にハッピーセット食べていいの?」



…世の中にハッピーセットがあって良かった。




今日はここまで。
ごんたの中耳炎が落ち着いたので、耳鼻科は週1〜2回通いになりました。
耳鼻科の待ち時間は減るけど、出産記録は続けますよー。
自分の記憶の記録です。


次男出産記録2 

March 19 [Tue], 2013, 9:39
さて、続きです。

最初から読みたい人は、前のページに戻って見てね。


8ヶ月、31週。
お腹も大きくなり、胎児の成長は順調でした。母体はマイコプラズマの咳がお腹に響くので、横になることが多くなっていました。
とはいえ、あほうーたがいるので、抱っこはするわ、這いつくばって掃除はするわ、怒鳴るわ、普通の生活してました。




その日、朝からお腹が張ってるような気がしたけれど、うーたが幼稚園に行ってる間に、週末のクリスマスパーティーのプレゼントを用意しないと!と、アリオへ車ででかけました。
(妊婦だけど、普通に運転してました)

ところが、お店に着いて歩こうとしても、下腹が張って歩けない。ベンチで休んでまた歩いて、でも痛くて進めない。

うーん、これはマズイかも。。

痛いながらもなんとか家まで戻り、横になりました。
最近、どうもお腹が下がったような気がして、おへそもひっくり返ってました。
時期的にはまだ早い。
お腹は張って痛い。


諸々考えながら、とりあえず病院に行ってみることにしました。
この時点では、張り止めの薬をもらって安静にしろ、くらいで済むだろうくらいに思っていました。

通っている産院はちょっと遠くて、車で20分程かけて通っていました。
とても自分では運転できそうにない痛みだったので、タクシーを呼び、幼稚園に寄ってもらいうーたを引き取りそのまま連れて産院へ。

うーた(4歳、年少)は、いつもと違う状況にハイテンション。タクシーに乗るのも久しぶりなので、ご機嫌。
アンパンマンのカスタネットを叩きながら幼稚園で習ったお歌を何曲も歌いながらの乗車。
その日の朝、カスタネットを買ってあげる約束をしていて、母はアリオでお腹が痛いながらもカスタネットだけは買っていたのです。


産院では、旦那さんのお母さんが働いているので、うーたを預かってもらい、診察。

NST(お腹に機械をつけて、張り具合をみる機器)でも、お腹の張りが強めに定期的にきている。
この張りが大きく強くなってくると、陣痛につながります。

状況は、あまりよろしくない。

今産まれるには早すぎる。



そして、内診したら。

先生、「あ、これはダメだわ。入院です。」


「え?…ええ?!」

子宮口の長さが3センチ。 通常なら10センチあるところなので、かなり短い。
つまり赤ちゃんが降りてきているということで、このままだと産まれてしまう。

立つな、動くな、即、車椅子が用意され、お母さんも呼ばれ、これからどうするか相談。

こんな日に限って旦那さんは自前の携帯を忘れていて、しかもお偉いさんとの接待。
やむなく会社の携帯に電話し、仕事を抜けてくることに。

入院するとなると最大に困るのが、
うーたをどうするか。




はい、今日はここまでー。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:chihoemon
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 血液型:A型
  • アイコン画像 現住所:東京都
  • アイコン画像 職業:専業主婦
  • アイコン画像 趣味:
    ・音楽-ピアノ。地味に活動中。
    ・ガーデニング-ベランダで葉っぱを栽培。(現在休耕中)
    ・ハンドメイド-魔法のミシンで手作りグッズ作ってます。まとめカテゴリ内”myworksまとめ”にリンク一覧あります。
読者になる
2007年8月に長男うーた♂誕生。
2012年2月に次男ごんた♂誕生。
男児ってどうしてこんなにしょうもないんだろう。授業参観の後、こっそり教室をのぞいたら、一人アホ踊りしていた長男。目の前にあるものはすべて口に突っ込む次男。二匹の世話にあけくれる母。そんな日常。
Yapme!一覧
読者になる
メールフォーム

TITLE


MESSAGE

http://yaplog.jp/chihoemon/index1_0.rdf