ひみつのデート 

June 14 [Wed], 2017, 11:02
年に何度か夢に遊びにくる
大好きだったひと

結婚して子どももいて
今更どうこうなろうなんて思わない

連絡を取ろうと思えば取れるけれど
それもしない

誕生日ですらもう
友達としてもメールはしない

でも夢の中で会うと
自然に微笑み合うふたりがいる

どっちが夢なんだろう
昔はそんな時もあったけれど

最近の私は夢の中でも
そこの区別はついていて

だから安心して少し会話をして
ではまたいつか と目を覚ます

今の生活に大きな不満はない
でもきっと少しだけ心に隙間が出来たときに
遊びにくる素敵なひと

元気にしていてね
と ほんの時々思い出す

セカンドステージ第5ラウンド 

April 01 [Sat], 2017, 22:22
また4月がやってくる
色んなことが大なり小なり色を塗り替えてスタートする

仕事を離れて4年になる
子どもが2人になって毎日忙しく
必死にやるのに何かしら宿題を
次の日に残してしまうような
反省山積みの日々

でも新ステージと呼んでいた「母」として生きる道は
新米の肩書きを外してあげようかなという気分になった
呼び名を少し変更してセカンドステージ、と

わからないことだらけでスタートして
毎日毎日目先のことだけでも四苦八苦泣いていた頃とは違い
少しだけ遠くを見通せるようになった

子どもをここまで大きな事故怪我なく育てて来たことや
1日も休まずに1番近くで子どもと向き合ってきたことに
ある種のプライドも持っている

外で働くことが偉くて
内で誰にも褒められず働くことは偉くない
そういう雰囲気が相変わらず社会の一部から出ている気がして悲しい

偉い、偉くないで見たくはないし
そんなもので測れないことは知っているけれど

支えているものは小さくても本当に尊い命たち
背負って毎日生きている私たちが骨を折っていないわけがない
座って1杯のコーヒーを誰にも邪魔されずに飲み干せる時間すら
あればラッキーな世界なのだから

子どもを持っているから偉いのではない
育てるから偉いのでもない
地続きの毎日を淡々と過ごしていくことの難しさに向き合っていることが
皆偉いなと私は思う
子どもがいようがいまいが

同じ状態に保つことは
変化をし続けることよりも
その何倍も難しいと知っている

友達でも夫婦でも親子でも


そんなことを思いながらスタートした第5ラウンド
長男が小さな門をちょっぴり越えて
幼稚園に通い始める
次男の出産時以外は一緒にいるのが当たり前の生活を3年9か月送ることができた
私の望んだこと
理解をしてくれた家族がいるからこそ今がある

これまでへの感謝と
小さな挑戦の年です

背筋を伸ばしていきましょう




子ども服 

March 21 [Tue], 2017, 0:17
2017年が明けて随分と経ってしまいました
相当マイペースに続けておりますが
今年もよろしくお願い致します

さてさて2017年も私の生活は子育て一色になることでしょう
そんな私にとって大きな楽しみの1つは洋服です

元々洋服屋さんでアルバイトをするくらい洋服好きな私ですが
最近は自分の洋服よりも子ども服に力が入り
子ども達の方が良いものを着ていて
私自身は全身プチプライス ということもよくあります

子ども服ってどうしてこうも可愛いのでしょうね
洗い替え含めたってそんなに枚数は要らないはずなのに
ついつい買い足してしまいます
小さいから当たり前だけれど大人のものより安価で
小さいからサイズ感も可愛く見えるし
何より可愛い我が子がそれを着ている姿を想像するだけでワクワクします

私の場合 毎晩次の日の子ども達の服を枕元に準備するのが日課ですが
天気やら気温やらお出かけ先やらを考えてコーディネートするのがとても楽しい
自分のは翌朝になって大急ぎで出しやすいものから着て出かけるだけなのに不思議です

サイズがコロコロ変わる年頃だから長く着られても3年ほど
短いものはワンシーズンです
それなのに着せてみたくて買ってしまうママは多く
私も間違いなくその1人です

子ども達が可愛く着こなしていると
大人も気分が上がるのです

更に次男が生まれてからは色違いとかお揃いにもつい手が伸びて危険な限りですが
それで毎日楽しく子育てができるのなら
良いのではないかなぁと思います

値段は自分なりに上限は決めて
なるべく長く着回せるものを
なるべくお買い得な時に買います
(買わないのが1番特だということも知っていながら。笑)

長男の時は次が女の子でも良いように無難な色柄を選んでみたりしていましたが
今は迷わず男の子用が買えるのもいいです
元々ブルーやグリーン系が好きなので
コーディネートもはかどります

赤ちゃん服もいいけれど
セパレートになると今以上にお揃いを楽しめそうで
冬を惜しみつつそろそろ春夏はセパレートも取り入れてみたいと
地道にちょっとずつ揃え始めています(笑)

お出かけといってもなかなか遠出はできないし
そのうち親が選んだ服は着てくれなくなるでしょうから
期間限定の着せ替えを楽しみながら頑張ります!

内容が平和すぎると笑われそうですが…
色々悩みやストレスもあるにはあります(笑)

でも1番の願いはやはり
今年も家族が健康に過ごせますように!



母から母へ 

December 31 [Sat], 2016, 22:11
母は母になって仕事を辞めた
母に専念した人だ
私も同じ道を歩んでいるから
母から教わることが多い

全力でやり抜いた仕事なら
手放す日が来ても悔しくないと
それを誇りにどこでもやっていけると

辞めることを決めたのは私だった

就職した頃はずっと続けようと思っていて
早々マイホームを建てることにも乗り気で
食事にも旅行にも身なりにもお金をそれなりにかけた

このままの生活が当たり前だと思っていたので
辞める時には違和感が大きく残った

それでも震災が起きて私の世界は反転する
あの時はまだ守るものは少なかったけれど
守るべき命が増えたらどうするのだろうと
教師だった私はそんな時
いちばんに子どもたちの所へは行けない
優先すべきは生徒たち
もちろんとても大切な存在だけれど
自分の一部である我が子を後回しにしなくてはならないと思い知った

そして私は自分の教師生活にリミットを設けた
そのあと何年かしてその決断の日が来て
私は教壇を降りた

選んだ道は母と同じ
後悔せずに気持ちよく去った
でもしばらく経って私にはどうしても
拭い去れない未練が残った
今出来ることはやり切ったと思っていたし
また戻るつもりで
少し長い休みをとるつもりで
出て来ただけのつもりだったのに
教師でない自分が胸を張れずにいて
道を違えたのではと思う日々もあって
実際何が正解だったのかはわからない

でも子どもが言うのだ
「ママのこと大好きだよ」
「ママ大丈夫?少し休んだら」
「ママお帰り!待ってたよ」
宝物のような言葉が私だけに向けられるのだ
そのたびにこの瞬間を保存して
それがフォルダーいっぱいになって
いつか誰かにバトンタッチする日は必ず訪れるのなら
もう少しここにいて良いんじゃないかな
そうさせてもらえるなら

仕事はそのあとまた張り切ってやれば良い
教師に戻るのはそのまた先になったって良い
夢はちゃんと叶えたんだから
失くしたわけではなくてずっとこの胸にあるから

ただ、今は子どもたちが自分の夢になりつつあるのだから


ある時母がぽつんと言った
「親の恩を忘れて…なんてよく聞くけれど、それは逆だよね。どちらかといえば子どもは親の都合で生まれてくるわけだし、育てさせてもらって、たくさん幸せをもらって、一緒に夢を追いかけさせ
てもらうんだから、親の方が子どもに感謝する側なのにね。」

目から鱗だった
今の私にぴったりしっくりくる言葉だった


大学時代に大好きだった心理学の話で似た話を何度も聞いたけれど、自分に結び付けられていなかった

「順のくぶし」の話

親にしてもらったことを親に返すのではなくて
子どもにしてやるのだと


子どものためを思ってやったことが裏目に出て
悔しまぎれについ思ってしまう
「誰のおかげでここまで来られたと思って…」

それは親のエゴなのだ


「産んでくれなんて頼んでない」と
いつか子どもたちが成長して
何かの拍子に言われたら
もちろんものすごく落胆して
子どもに文句のひとつも言うかもしれない
そんなこと親に向かって言うものではないと
どうしても腹を立ててしまいそうだ

でも本当は苦労して産み育てた、なんてこちらの都合だ
私のお腹の中に来て
我が家で産まれて育っていく
そんな奇跡をくれただけで本当は

本当に本当は、
最高の幸せで、最高の感謝なのだ


2016年
家族が増えた頃にようやく各々が結びつき
自分にかけてきた呪いみたいな諸々を
なんとなく解くことができた気がする


母の心が健やかなら
子どもたちにもそれが伝わり届くだろうと
信じてまっすぐ来年も進みたいと思います


2017年も素敵な年でありますように!





階段ひとつひとつ 

December 01 [Thu], 2016, 0:39
ご無沙汰しています。
ご報告遅れました、8月に家族が増え、4人家族になりました!3年ぶりの赤ん坊に癒されながら、新しい家族の形を落ち着けるのに日々奮闘しています。

そんな「子育て世代」真っ只中。生活スタイルも考え方も優先順位も、以前とまるで違う、別ものになったような感覚さえあります。

でも実は真ん中に通っている軸は変わらないよなぁと思う瞬間があるのです。
付き合いの長い友人と話す時や、自分だけの時間あるいは夫婦だけの時間を過ごす時、自分にご褒美を選ぶ時などなど…
やはりそこには「自分」というこれまで守ってきた存在があるわけです。

こどもの頃から今に至るまで、数々の段階を経て、その時その時で、大切なものが少し変わったり、交友関係に変化があったり、お金や言葉の遣い方だって変わることがあります。
シールひとつで気分をウキウキさせていた時代があったと思えば、好きなアイドルの切り抜きを宝物にしていた時代があったり、好きな人からもらった手紙を肌身離さず持っていた時代があったと思えば、高いバッグや靴や洋服に心を奪われた時代だってあります。

手元のネイルひとつでなんとか気分を上げていたこともありました。今思えば「そんなこと」でも、あの頃の自分には欠かせないことだったのです。
今は子ども達のほんの些細な言動や仕草で疲れが吹っ飛ぶ、なんてことがほとんどです。かつての自分は、そんな話を耳にしても、半信半疑でいました。そうは言っても、子育てって大変だろうし、敷居が高い感じがしていました。

わからないものです。そうやって、その時その時の階段をひとつひとつ上って、いつの間にか色んなものを塗り替えて、また立ち戻ったり、頓挫したり、突然手放したり、するのかもしれない。
どれも自分の人生で、必要なところを通っているのだろうと、思うようになりました。

隣の芝生を見て羨んだり、対岸を眺めて憧れを抱いたり、それも時に楽しいのですが、目の前の自分を楽しんでやろうという心構えで今は生きています。

書きたいことは沢山あるのですが、また時間のある時に。
読み続けてくれる人がいる限り、私も書き続けます。


あの映画 

August 07 [Sun], 2016, 0:05
3年ぶりの鑑賞
捉え方も感じ方も何もかもきっと違う
こんなに純粋には戻れないし
ただ憧れていた少女のような私ももういない
でもやっぱりこの作品が好きだ

幼いからすれ違って
従順だから傷ついて
ただそばに居ることが
最小限なのに最大限の
原動力だった

忘れたくない脆さと温かさ

また何年かしたら紐を解いてみよう


仲が良い 

July 11 [Mon], 2016, 0:20
仲の良い親子ですね

昔 電車の中で並んで座っておしゃべりをしていた私と母に
そう声をかけた人がいた

私も母も無自覚で普段どおりの気取らない会話をしていたので
なにをもって仲が良いと判断されたのかわからなかった

でも何となくふたりともそれを覚えていて
いまも時々話題になる

きっとそれが親子の当たり前ではなかったのだ

大人になるとわかる
親子だから仲が良くなるわけでは必ずしもないし
分かり合えない相手が親だったり子だったりもする
血のつながりだけで 同じ家で生活を共にしただけで 仲良くなるわけではきっとないのだ


君たち仲が良いね

最近私と息子が夫に言われた
本人たちはやはり無自覚だったが
時折顔をあわせる夫にとってはそれが どこか新鮮で
いつも一緒にいるふたりでなければ出せない雰囲気だったのだろう

言われたその時よりも 後から振り返ってつい笑みを浮かべてしまう

だって毎日ケンカばかりだ
特に言葉が通じるようになってからは
端から見たらこんなことでこんな小さい子どもに腹を立てて声を上げて
ばかみたい
大人げない
こんなに自分は口が悪かっただろうか
こんなに心が狭かっただろうか
生まれたての赤ちゃんを抱いた時
こんな親に自分がなるとは思わなかっただろう
もっと優しくていつも笑っているママが良い
いつも仲良く遊んであげたい
失敗もいたずらも上手に赦してあげたい

でもいつもいつも そんな願いとは真逆だ
子どもの前でうまく笑えない日もある
理解できない子ども相手に本音をぶつけて後悔する日もある
ほんの少し手を止めれば 立ち止まればきっともっと素敵な笑顔が見られるのに
それができない日ばかり

母親になってから色々なことを諦めて
色々なことを学んで 乗り越えて
たくさん笑って たくさん泣いて
そうやって生きてきたことに
少しばかりの自負はあっても
今の私にはこれしかないという観点から見ると
物足りないというか 頼りないというか
何だかうまくやれていないような気がして
ふーっと深いため息をつく

それでも日々は過ぎ
それでも母親に向かってくる子どもの姿があり
でもやっぱりそれは当たり前なんかではなく
日々のつながりや積み重ねの中で繰り返される奇跡の羅列で
いつまでも続くようで いつの間にか形が変わってゆくものだ

今苦しくて投げ出したいものが
実は愛おしくて手放せないものになったり
今大切にできていないものが
本当はものすごくかけがえのないものになったり
どんな場所で生きていてもそうだろうけれど
子どもとの時間は 特にそんなものに思える

だからこそ
私には何よりの褒め言葉に思えた

いちばん近くで私と息子を見ている人に
仲が良いと言われたこと
きっと至らないことだらけで やるせないことばかりで
いつかは○○ちゃん家の子になりたいとか言われてしまうのではないかと思うくらい
うまくいかない日があったりする

こんなママでごめんね
もっと温かくあなたを包みたかった
もっと優しい言葉をあなたにかけたかった
こんな風にしか愛を伝えられなくてごめんね
そうやってひとり落ち込む日さえ何度となくあった

でも今のところ
本当に今のところだけれど
それでも仲が良い親子だと見てくれる人がいる
内情をたくさん知っていても
前向きに見守ってくれる人が

ポンコツのお母さんでも
今日も ママ と駆け寄って
頭を撫でてくれる子どもがいる

与えるばかりだと思っていた愛が
跳ね返ってくることに戸惑いながらも
失敗ばかりの日々に狼狽えながらも

あなたのそばにいられることを幸せに思います
Happy Birthday



新ステージ第4ラウンド 

April 19 [Tue], 2016, 18:33
そろそろ新ステージの『新』はいらないかもしれませんが
遅ればせながら、新年度もよろしくお願いいたします!

教師を退いて3年が経ちました。それでも未だに訪ねてきてくれる卒業生や知らせをくれる教え子がいます。
6年勤めた職場にも大切な仲間がたくさんいます。
とてもとても幸福でありがたいことです。

一方で、子育てを通じて得た仲間もいつのまにかたくさん増えました。最近では子ども同士で一緒に遊んだりお喋りをしたりする場面が多く見られるようになり、成長を嬉しく感じます。
まだまだ甘えん坊の子どもも、だんだんと泣かずに意思を言葉で伝えたり、大人の教えを理解したり、自分なりの決まりごとで動くことができたり…拙い中にも進歩が垣間見えます。

2歳、3歳は子育ての第一関門と言われますが、我が子は赤ちゃん期に大変な部分のポイントを稼いでいたため、今の方が子育てを家族で楽しめているように思います。(嵐の前の静けさなのかもしれませんが。笑)

そして夏には新しい家族を迎える予定でいます。
家族の広がりを楽しみに、また0からのスタートを切れるように頑張ります!!

身重ながら身軽なうちに(伝わりますか。笑)、皆さんに会いたいと思っています。
お誘いが行きましたら、快く受けていただければ幸いです。

それではまた近いうちに!




limit & promise 

March 06 [Sun], 2016, 12:04
時に考える
自分の持てる力で 一体どのくらいのことができるのか

どのくらいの人生を支えられるか
どのくらいの話に耳を貸せるか
どのくらいの手を握りしめられるか

私という小さな存在が少し動いたところで
果たしてどのくらい世の中のことが動くだろう
そこにいたのが私でなくても
社会は変わらず営みを続けている

私が何もしなかったとしても
きっと誰かがその分かそれ以上の働きをする

その程度なのだろうに
自分の使命だなんて思って
骨を折る真似をしようなんて
本当は滑稽なのかもしれない

自分の限界を考える
他者との約束を思い出す

それを秤や物差しや色々な道具で試して比べて
私の行動に指令を出す


きっと何も変わらないと
投げ出すことができれば
今とは違う場所にいる
今とは違う私がいる

もしかしたらもっと人気者だったかもしれないし
もっと人生成功していたかもしれない
もっと色々な景色を見て多様な価値観を持てていたかもしれない

その逆に
今持っているものの半分も持っていなかったかもしれない
呼び止めてくれる人がいなかったかもしれない
携帯を置き去りに何日も出かけても困らなかったかもしれない


そう思うと一気に浮かばなくなる
私以外の今の私
これ以外の人生を選んだ私
後悔がないなんて嘘だし
未練も憧れもしっかりとある

けれど自分の定めてきた限界と
守り育ててきた約束に
首を傾げることもない


大丈夫 心に刻んで忘れない約束を
胸を張って果たしに行こう

きっとそこに微笑んでくれる人がいる
受け入れて手を取ってくれる人がいる

大切な約束
あといくつあるだろう

そうこうしているうちに
新しい約束が増えていく

それってすごく幸せなことで
それが減っていく人生はまだ
考えないでおこう

生きるために必要な
限界 と 約束

どうか私の大切なかの人にも
それを絶やさずにいてほしい

発展 

January 27 [Wed], 2016, 0:33
築いてきたものが
振り出しに戻り
完成したように見えたものが
発展途上に戻る

そこに働く力が自分ひとりのものでなく
多くの手で作り出されたものと知りながら
まるで自分だけ取り残されたかのように絶望する

そもそも成り立たせていたのが
自負や経歴や地位であったとして
少しの努力と投資と犠牲があれば
上向きにすることが容易で
恐らくそういう強固なものに
安心感を抱いていた

自ら手放さなければきっと
この立ち位置を変えずに済むから
それなりに求められて
それなりに応えていられるから

それがすべて真っ新になり
ゼロの地点に立たされたとき
それまですがっていたものも
身につけたとひとりよがっていたものも
いかにささやかであったかと気づく

ひとどころに停まれたなら
きっとこの地を固められるのに


発展途上ですごく曖昧な場所にいると
そんなことすら望んでしまう

でもこの場所がもしも
完成に近づくのなら
絶望は希望に変わる
手放したいくつかのピースを
取り戻す勇気も持てる

切符なのか鍵なのかわからないが
そのカードのようなものを
手に入れたような気がする
ようやくここで


そして居場所がどこにあろうと
私が私で居られること
呼び名が変わろうが
生き方までは変わらない
魂まではどこにも行かないのだから

支えてくれる
見守ってくれる
差し伸べてくれる
多くの愛に 感謝



2016年
遅ればせながら
今年もよろしくお願いします
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