めぐりあわせ。 

October 01 [Mon], 2007, 1:28
小学校時代にイギリスにいた。そのときにいつもサッカーして遊んでた兄弟に連絡が付いた。

13年ぶり。いつの間にかそんなに時間がすぎたもんかなぁと思う。その頃はただ純粋にボールだけを追いかけていた。勝っては喜び、負けてはケンカし・・・よく泣いてた記憶もある。なっとくいかないとぶーたれてみたり。

そんな頃を思うとおっさんになってしもたなと感慨深くなってしまう。毎日がエキサイティングな日々だった。今もある意味エキサイティングだが、ちょっと意味が違う。

時間がこんなにもちがく感じるのは何でなんだろうかと思うことが良くある。あの頃はもっと寝ていたはずなのに、一日がもっと長かった気もする。今はあっという間だ。あっ。って言う感じだ。本当に。

鏡の中の自分を見る。昔の自分が見たらどう思うだろうな。ふけたなぁ。と思うのか、立派になったと思うのか。そんなことを色々考えていると、時間とか、自分とか、今生きていることとか、色々不思議な感じになってくる。

一体全体何なんだろうか?と漠然とした質問が自身から沸き起こる。
ついに狂ったか。オレ。


たぶん狂ってはいるのだが、そんなこんなで、最近ガツーンとヒットしたことが一つある。具体的に頭もそのときぶつけたが・・・。

自分が謙虚に自身のことを認めきれていなかったんだなぁということ。大人になると自然と自分の体裁とか気にして、プライドとかにとらわれて、いつの間にか探究心のままに動くことを忘れていた。好奇心のままに動く、貪欲な私が今、ない。そういう自分であることを知りながら、気付いていなかった。

「そうじ力」をちょこちょこ実践しておるが、すごい核心部分をついている本だと思う。
実践しながら私の中に気付いていなかった汚れがへばりついているのを見つけた。ごしごし、ごしごし、とる作業を続けちょる。長続きすれー。


んー以上。殴り書きしてしまった。


冒険心を失うな、若きオレ。若人よ。



rookies 

September 11 [Tue], 2007, 23:24
今日は気分一新、漫画をマジで読みいってみました。
「rookies」いう野球漫画。漫画の中でも、この作品は本当に感動する。
オイラの中ではスラムダンクに匹敵する。

人間の生くささもあり、でも時たま見られる男の信念、アツく揺るがない決意に、心をゆすぶられる。中でも先生の確信めいた一言に二子多摩メンバーが奮い立つ、その最終局面はたまらない。

実際スポーツはめっちゃ好きだが、ありえないようなミラクルプレーってのは実際ある。皆の心が本当に一つになったときに信じられないことが起こるもんだ。

自分に力がない、また打てないんじゃないか。御子柴は思う。
そう思い込んだら本当に打てなくなる。気負い、プレッシャーもある。そういう色んな追い詰められた場面に「でも、あきらめたくないんだ」という強い信念、情熱が結果につながる。

選手たちは怪我を負いながら、ときに自分ですべて抱え込もうとする。ときに自信をなくしあきらめそうになる。でも、何度も立ち上がる。先生のその一言に押されながら。チームメートの必死な想いに感化されながら。

打てるものも、何も結果を出せないもの、全員がチームにとってはでも必要。いなくてはならない存在だ。奇跡の勝利をもたらすのは個人個人の技術や才能ではなく、先生の求心力に引き寄せられ、甲子園と言う【夢】に向かってまっしぐらに向かっていこうとするその心が一つになろうとするその一点が生まれるかどうかなのだ。

漫画ではあるけれど、心を奮い立てさせられた。若いエネルギーを純粋に思いっきり出していける、出し続けていけるそのすばらしさが若い時代にはある。−社会に出ても同じように生きていきたい。みんながそうしたいと思うことを実現していく、そのために社会は複雑すぎるのか。スポーツは単純で分かりやすくていい。だから好きだ。
でもそういう人生を生きていきたい。今という一瞬に命がけになっていける生きかたをして、死ぬって時にはもう何も悔いはない、そういう人生を歩んでいきたい。自分のことを省みずに飛び込んで、とびこみ続けていく、そういう勇気ある姿でいたい。


そうはいっても簡単じゃあない。人生そう簡単にいくもんじゃない。
でもチャレンジするのは自由だ。わたくしは、心機一転、引っ越します。拠点を新しく構えて新しい気持ちを持って再出発をしていきたい。

若い気持ちを忘れずに・・・明日もがんばろう。

9月。 

September 01 [Sat], 2007, 1:39
社会人デビューしてから、まったく書き込んでなかったが、久々に書いてみる。


社会人6ヶ月目を迎えて、少し落ち着いてきた部分もないでもないが、やっぱり大変さは変わらぬ。
時間の使い方が本当に大事なんだなっていうのを実感する。仕事上でもそうだが、優先順位を自分の中で即座に判断して行動していかないと、やりたいことは全然はかどらない。


文章力のアップの為にも、一度初めたブログは責任もって続けていこう。

もうちょっと何事もがんばらんといかんよな気がしてきた。考えがあまっちょろかったわい。


勉強しよっ。

四月− 

April 18 [Wed], 2007, 15:25
四月なのに寒い今日この頃、いよいよ社会人デビューしてついぞ具体的な業務を初めてなして参りました。

まだ何も分からない立場で難しいことばかりでありますが、今は「忍耐」・・・それが必要なときです。基礎を本当にしっかりと固めないと何一つできやしない。社会の厳しさを目の当たりにしております。

学生から、社会人になることは本当に色んな壁を乗り越えなければ本当の意味ではたどり着かない世界だなぁと感じます。ちょっとした気の緩みとか、学生時代ならある程度ミスしてもなんとかなるやといて乗りきれる、その許しの世界があった。社会人は、本当に許しがない。そういう意識でどこまで挑戦し続けていかないと生き生きと仕事はできない。

人間関係も、これからの人生を相当長くにわたってともにすることになる人たちとともに、本気の関係を築いていかなければいけない。

そんな中で、社会に出て正直に思うのは人間の心てのは本当に弱いもんだなということ。一人で生きていくってことは絶対できない存在なんだなぁと、当たり前なんだけれども感じる。何のために生きるのか?一生を何のために捧げるのか?今は新入社員として目の前のことに追われるしかないような立場であるけれども、しっかりと先を見つめて一瞬一瞬を大切に生きないといけないなと思う。

長崎市長が銃弾で倒れた事件をニュースの報道で見ながら、米国では韓国人23歳が銃の乱射事件・・・。同じ人間でありながら、片方は市民のために、家族のために、あるいは将来のために、あるいはお客様のために、必死にがんばっている・・・でも同じ人間がふとしたことでこれからどのように花開くか期待と願いをかけられた有望な命の輝きに永遠の終わりを迎えさせてしまう・・・。
私の存在価値がわからなくなって、どう生きていくべきか、迷いわからなくなったら、誰しもそうなりうる。

「人を本当に大切にしなければいけない。」いつも自身で心に留めていることではあるが、今回もう一度真剣に考えさせられた。銃乱射事件で韓国人の隣に座っていた女学生が「私が少しでも話しかけていたら変わったかもしれないのに・・・・」と後悔の言葉を残していた。人と人との関係性の中で、ちょっとしたふれあいの中ににじみ出る心、そこに生きることの本当の意味がつまっているような気がする。ひとを先導するものは、その細やかな気遣いがにじみ出るもの-そんな心を花咲かせることのできる業務を心がけていきたいす。

ひとつひとつ、こつこつですな。



上海・・・ 

March 14 [Wed], 2007, 22:15
なぜか、急に上海に行くことに・・・。

急激な決まりように、実感なし。けど出発はあさって。いざ、チャイナ。

初上陸ダニ。


ところで、今日能率手帳つーやつを買いましたさ。今まで自作のでがんばってたけど、思い描いてたのと一致するのがようやく見つかって・・・!!でも、ルーズリーフチックなやつで、ファイリングする必要があるんけど、用紙はよかったが、肝心のファイルがなくて、、、。「なぬぅ〜?!」って感じじゃった。

「あれよ。」って突っ込みたかったけど、・・・てか実際本当に突っ込みいれてたけど。−店員さんに☆−


でも、そんなんでも教えられることはあった。すごいもんつまってても、要領はあっても、入れる器が足りていないといかんなと悟らされました。見た目ばっかよくしても、中身がなきゃいけないし、かといって、中身は良くても、それを生かすことのできる魅力をひとに伝えられないと意味ないし。よいものがあっても伝わらなかったり、間違った風に使われたら悲しいもんね。

今まではどちらかと言うと、器が古さびてても、料理がうまけりゃ問題ねーと思ってた。
でも、料理がうまくて、器もよかったらなおいいよね。もっともっといいもんを伝えたいという心から色んなアイディアが生まれてくる。そういう結果としての立派な器。そういうのは自分にとってすごい足りていないところだな、と率直に思えた今日一日でした。ちゃんちゃん☆おしまい。


上海の話しをしようと思っていたはずが、まぁいいや。またで。
でわでわ。

kizuna 

March 05 [Mon], 2007, 1:18
3月に入り、いよいよ新しい年度がじわじわと近づいて参りました。

社会に出る前の残りわずかな期間を過ごしています。
社会に出るともう二度と戻ってこない時間、それが今の学生生活。ここでどれだけのものを築いてきただろうか。たくさんのことを経験したけれども、今思うのは結局一番大事なのはやっぱり仲間。かけがえのないやつら。そいつらとの友情、絶対崩れることのない絆こそが今まで築いたもの、そしてこれからの私をずっと支え続けてくれるものだろうと思う。今それを実感してる。

思えば長い間学生としてやってきて、でもここから歩む人生は、もっと長いんだなって思うと不思議で、ちょっと正直怖くもあるけれど、その分わくわくもある。
自分の未来を切り開いていける、そういう挑戦をしていけるのが、怖くて、でも楽しい。責任を持たなければいけない、だからその分今までより簡単じゃなくなる。

つい先日、いつもと変わらない感じで、あるお店に入って食事しながら勉強をしていた。深々とお客さんにお辞儀する店長。そういうのをずっと目で追ってた。いつもは気付かないお店の人の心細やかな接客にちょっと感動した・・・。
「社会人」ってのが少し見えた気がする。

小さいところからかもしれないけれど、一歩一歩がんばっていきたいなと思えた。ありがとう。店長さん。

ハナミズキ 

February 20 [Tue], 2007, 23:47
しばらくぶりです。

ハナミズキという曲に最近本当に深い世界を見出しました。
もともと9.11のときに一青窈が死に行く父親が娘を想って書いた詩であるというのはよく知っていたのですが、改めてその内容をかみ締めて歌ってみると、その深さがよりいっそうはいってきました。

歌、音楽でしか伝わらない世界。言葉だけじゃなくて、文字面だけじゃなくて、もっと深いもの。
それが伝わる音楽というのはすごい。うまいとか下手とかいうことじゃなくて、どれだけの想いがそこにこもっているのか。

人間にとってものすごく大切なはずなものなのに、軽んじられているものが多くある。
学校で習うことができない。人と人とでぶつかってみて初めてわかる世界。行動してみて初めてわかる世界。大人になると、どんどん忘れてしまう、大切な心。音楽はいつも原点へと自分を取り戻してくれる。何のための音楽か?−自分の満足の為にすることもできる。でも、ほんとに伝わるのは誰かのため、もっと言えば広い世界の為に・・・そういう音楽が人の心にしみるんだ。
もっともっと精進しないといけないな、と、思いました。

・・・9.11を思い出して、一瞬一瞬をもっと大切に生きないといけないなと、感慨深くなりました。

貴重な、貴重な、最後の学生生活です。

「夢の力」 

December 17 [Sun], 2006, 0:23
「夢の力」というのはすごいものだなと、つくづく感じさせられる。
ワタミの社長で、郁文館の理事長を務める渡邉美樹氏が訴える「夢に日付を」という言葉に象徴される夢を描く力を一人ひとりに具体的に抱かせ挑戦させる教育に対する姿勢に大きな感動を覚えた。

最近は本も多く出版し、話題の人ではあるが、それだけの努力を具体的にしている人なのだというのを強く感じる。イチローは本当に将来の夢を明確に持ちそこに向かって毎日のように絶え間ない努力の積み重ねを為してきた。だから、夢の実現に根拠がある。みな納得するし、その細かな積み重ねがあるから、その姿勢に感動するのだ。

実績はもちろんすごいのだ。でも本質はその実績にたどり着く事を可能にした、変わらない信念。その信念を貫き通せるのは誰にも負けない強い意志が出発のときからあったからだ。

「夢の力」だ
その将来に抱く大きな期待、希望、夢があるから人間は生きていきたいと思う。その力以上に大きい力はない。だから成功している人の話の中には必ずと言っていいほど親に対する感謝のという話が出てくる。
親に愛され生かされてきた実感から、親の苦労を無にしたくない、早く成長して親孝行したいといって努力し、もっと多くの人に幸せになってほしいとその中で願うようになり、それが具体的な私の夢になったときに、人間として最高の力を発揮することができるようになるのだ。

今本当に真剣にやっていきたい、命がけで目標として達成していきたい「夢」をもっている若者はどれだけいるだろうか。教育改革が国会で論じられ新法案が成立していく中で、私達はもっと貪欲に夢を追いかけ、夢に燃える、そういう人生をもう一度取り戻していくことが必要なのではないか。そのときがまさに今、きているのではないだろうか。渡邉社長の的確な言葉のひとつひとつに深く考えさせられる内容を抱いた。

大学とは・・・ 

November 25 [Sat], 2006, 1:27
今日は某W大学に行ってきた。

他校の雰囲気というのはやはり違う。正直同じ大学なのかなと思うほどに。
掲示板には安倍政権に批判的な内容の情報が多く掲示されていた。戦争に向かわすような政治の取り組み方、姿勢に反対だと。それはごもっともの意見だ。けれど本当に真剣に政権の動きを見ていたらそう捉えることだけが見方ではないなと思う。
安倍さんはしっかり意見を明確にしている。戦後の日本の社会に築かれた戦争に対しての深い反省の姿勢が日本人の中に出来ていることにある意味感動的なぐらいに驚きを覚える。それだけ真剣に反省しているのだ。すごいことだ。でも、本質を見失ってもいけないなと思う。日本人のあるべき姿、人間として見失ってはいけない何か。
「美しい国へ」の中で安倍さんは立場をとても明確に説明している。決して軍国主義の道にいこうということは微塵も考えていない。戦争を再び繰り返そうなどということは、日本の首相になって、思うようなことではない。

何故、ではこれだけ保守主義的な姿勢、国家を愛する姿勢を示し、強調するのか。そこをはっきりともとめていかないといけない。国を愛することが、ナショナリズムが、軍国主義か?そうではない。
国家のアイデンティティを明確にもとうということを言っているに過ぎない。当たり前のことだ。他の国は皆自分の国に誇りを抱いて生きている。
しかし、日本人はどうだろう?こないだ某大学の学園祭での講演会で一人の社長が語っていた。次の世代を担う若者へのメッセージを語る中で、ひとつ印象的な部分があった。もし日本が北朝鮮からミサイル攻撃受けたら、戦争を押しかけられたらどうするかと言う質問に対しての若者の意見である。「海外に逃げる」とか、興味関心のない答えを多くの若者が返してきたと言う。
今までアメリカの核の傘下で守られてきた。戦後の安保体制を今まで日本政府が必死に守ってきたのにはかなりな評価がなされるべきだ。日本人はアメリカの為に命の犠牲を払ってまで尽くすことはないのに、アメリカ軍はもし日本が攻められたら命を犠牲にして援軍を出してくれるというのだ。皆は当たり前のことのように思うかもしれないけれど、それはとてつもなく重要なことだ。国家の安全を確保するために、国が苦労して立てた体制だ。アメリカの若い兵士たちは日本のために命を犠牲にしてまで飛んできてくれると言う確約をしてくれているのだ。
しかし、実際どうだろうか。そのように国家間で決められた内容があったとして、軍事攻撃の際、その守られる対象となっている当の日本に住む若者たちが、日本が攻められたら国外へ逃亡すると言うのである。そのことを、命を犠牲にしてまで闘ってくれるというアメリカの若い軍人たちに、そのご家族に、伝えたら、どんな心境の変化をもたらすだろうか?
人間として信じられなくなると思う。これは国家間がどうとか、軍事攻撃に対して日本が法律的に抱える問題がどうとかいう以前の問題で、人として情けないと思う。申し訳ないと思う。そのような若者の発言を生んでしまっていることが申し訳ないと思う。

自分の家に強盗が入ったら、家族を置いて逃げてしまう、そいう私達なのか・・・?
だとしたら悲しい・・・。命をかけて家族を守ろうとする、そういう人間性、それがない、というのか?
私達は国家の発展、外的な豊かさの裏で、もっとも大切にするべき「心の豊かさ」を失ってしまった。

だから、本当に平和を愛し、そのような世界を作っていこうとするのであるならば、まず本当に自分の国を愛することの出来るひとを育てないといけないと思う。だから、今の教育法改正にはひたすらに賛成だ。
そのことが軍事国家に導いていくというが、そんなことは決してない。逆に国家を愛せないものが他国を愛せるはずなどないのだから。これだけ幸せで平和な国を守りたい私達が居るとしたら、それは他の国々にとっても同じこと。だからそれを踏みにじろうとか言うことは絶対考えられない。皆基本的に争いたくなどないのだ。北朝鮮だってそうだ。ただ、本当の意味で自国を愛していないだけだ。本当にいい国を造り、その歴史・伝統・文化を守りたいと思えば、北朝鮮も違った政策を取っていくはずだ。今は権力を握る金正日のエゴが先行して、どうしようもない状態になってはいるが。

批判することはかまわない。今の国会の議論の焦点もそうだが。法案を強行で決めたことにどうこういう以上に、与党の問題点を指摘する以上に、この国をどうして行きたいのかについてもっと真剣に議論していく姿勢を持つことのほうが重要だ。今ある意見の中で、教育法はこうしたほうがもっといい、あるいはこの部分をもっとこうしたほうがいい、そういう議論を深めるべきであって、党同士で戦い批判しあうことなど国民にとっては何の意味もないことだ。国家を本当の意味で愛していない。それは今の国会において一番の問題だ。だから、その教育を急がないといけない。
批判をただするだけじゃなく、本当に良い国をつくり、良い世界を築き上げるために、じゃあどうしようか?そういう議論の焦点を失わないことが今もっとも重要なことだ。

だから大学はそういう議論の場であってほしい。発展的な議論の場
批判するだけで終わりじゃなく、じゃあ何故いけない、それじゃあもっとよくするためにはどうしたらいい?これからの次代を担う大学生の真剣なまなざしを、正しい方向に導いていかないと・・・

・・・大学の責任は大きい。

旅・・・。 

November 18 [Sat], 2006, 15:11
安倍首相と中田ヒデが対談。その記事を見ながら、ヒデのHPをもう一度見返してみたくなった。

中田ヒデがその人生をかけて闘ってきたサッカーの道。同じサッカーをしているけれども、その意識する世界は本当にはるかな高みにあったのかもしれない。サッカーが好きだ。ただそこからすべてが始まった。サッカーをやっているやつらは皆同じだろう。ただ純粋に、楽しくって、悔しくって、でも勝ちたくって・・・。必死にもがくこともあるけれども、それでもあきらめられない喜びがある。
それはただ自分自身が楽しいんじゃなくって。共に喜び合える仲間がいることを実感できる。その人間としての最高の喜びの一時を、無我夢中にボールを追っかけながら掴み取る戦いなんだ。
一緒に涙できるくらい真剣に走って、笑って、怒鳴って、・・・そういう中でしか生まれない「絆」こそがサッカーをやってて残る最高の財産だと思う。

ヒデも同じ。闘っている舞台は違ったけれども。俺たちはそこらへんの若いの集めてやってるだけかもしれない。かけているものもそこまでじゃない・・・
中田が引退して今改めて思う。ヒデは日本を背負ってやってた。世界相手に。
すごい重圧の中で・・・。
中田ヒデでも苦しい時期、本当はやりたくなかったときのほうが自分らが思っているより多かったんじゃないかと思う。けれどもサッカーが好きで、そしてそれを通して、皆に何かを残したいから、ひたすらにそれでもやってた。
その姿が「かっこいい」。本当の「かっこよさ」。中田ヒデが今見つめる世界がうらやましい。すごく広く心を開いて世の中をおっきく見れている。そんな感じがなんとなくする。世界中を回りながら。俺もいつかはそんな風になりたい。そう思わせてくれている。ただサッカーで終わりじゃない。支えてくれた、あまりに多くのひとたちに今度はもっと何かを返そうと、もっと何かを伝えようとまた動いているヒデがいる。

サッカーを通して世界に出たヒデだけれど、自分たちも出れる道はいくらでもあると思う。
どの分野か、それは皆が見つけ出さないといけないけれども。自分もそういうもっと先の夢を膨らませながら、人生をまっしぐらに走って生きたい。いっぱいのことに挑戦して、ぶつかって、また挑戦して・・・。今はまだ小さいことしか出来ないけれど、いずれ大きくなってやる。
そしてその姿を多くの人たちに見せて、その人たちにももっと大きな夢を見させてやりたい。人間ってのはやろうと真剣に向かっていけば、なんだってできるんだって。

大学卒業を間近に迎える中だけれども、一時一時が本当に楽しい。
夢に向かって一段一段階段を上っている感じで。

1、2年の頃に何のあてもなく日本中を電車で行きまくってた頃の楽しい感じとはまたちょっと違って。
・・・今度は明確な目標があるんだ。だからやりがいが違う。まだ公言できないけれど。真剣にやりたいことができた。だから今するべきことが明確。だから忙しい。でも、それが喜び・・・!!



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