24時現在、浜松町の会社にいます。
家族とも連絡がとれ、ちょうど義父が遊びに来てくれていたので心強く、今は会社のメンバー2人と一緒に待機中です。
ありがたいことに、部屋は暖かいし、食べ物もあるし、この状況は本当に恵まれていると思います。
さっき、この辺りを見て歩いてみたけれど、コンビニの食料品は、ごっそりなくなっていて、本当にびっくりしました。
地震が起きた、14時50分の時には、永田町近くのエクセシオールカフェにいて、あんなに強く長い揺れには、やはり恐怖でした。
その後、携帯を使っても連絡が取れず、電車も復旧せず、もともと会ったアポイントも担当者とあったけど、「やっぱり今日は中止しましょう」ということになり、その後、赤坂見附まで行き、遅めのランチをコージーコーナーでとっていました。
そして、17時頃、タクシーがたまたま乗れたので、浜松町向かいました。
日本全国の様々な傷跡をテレビで見ていますが、命は紙一重だと感じます。
今日も改めて、南北アメリカ大陸縦断の旅のことを思い出しました。
10年前の9月11日、同時多発テロの時、僕はメキシコシティの日本人宿「ペンションアミーゴ」にいました。
その時、ニューヨークで学生をしていた親友が心配で、メールをしたのですが、なかなか連絡がつかず・・・
しかし、その後、無事のメールが来ましたが、彼の知人はWTCの中で働き始めたばかりなのに連絡がとれないというようなことを聞きました。
ちなみに、親友は数日前に、そこで飲んでいたとのこと。
たまたま亡くなる命、たまたま助かる命。
テロは人力ですが、自然災害というものの中で、それも圧倒的な力の前で、自分たちは本当に無力だなと感じます。
普段使えていた携帯が使えない、電車が使えない、食料が手に入らない・・・たったこんなことですらパニックしているのだから、今現在でも時より揺れる中で、震源地の近くにいる人の恐怖は相当なものになるはず。
今まで築いてきたものが、一瞬にして崩されて、亡くなってしまう。
それは、儚さという言葉で表現するには、かなり乱暴な感じで、もっと絶望というものが伴う意味合いのものだと思います。
多くの人が亡くなっているニュース、街ごと流されていく映像を見ながら、まずは家族の顔を見なければと思っています。