漫画的にはこうvvvv

October 21 [Sun], 2012, 18:30

すぐ飽きるわりにまたやりたくなる漫画カメラvvvv
三月とけっこー遊んで爆笑したり
こっそり遊んだアジカン編を披露


1.カッコ良いっと思うケンさんvvvv
このときの表情が好き




2.ちょっと萌え〜vvvvなヤマちゃん先生
座りでうわっカッコいいじゃんって思った〜




3.めっさかっけーっ!!キヨシさんvvvv
炸裂ドラムの臨場感を出してみまんたすちゃっ





4.こりわコワスッ!なゴッチvvvv
ぐりんぐりんぐりんぐりん・・・コワイヨウ。。。



・・・他意はありません。。。
おしまい。

横須賀

October 21 [Sun], 2012, 18:20


久々にアジカンLIVEの感想をいうことにした〜
横須賀の公演に行きまんたお!
横須賀は当たったから良かったけど〜
相変わらずなかなかチケットがとれなくて
困ったもんですにょう

肝心のLIVEはすげい良かった〜
もんのすごく楽しみにしてたホールツアーだしね!
女子的にはおちっこの心配ないのが心が軽いvvvv
ちなみに頻尿ってワケではないです。ぷぷっvvvv
まあむしろワンマンだから
待ち時間どっちにしろないけどもにゃ

ランドマークで今好きな曲、
AとZ、大洋航路、1980、マシンガンと形容詞、
バイシクルレース、アネモネの咲く春にとか
待ちに待った新譜だしライブもやっぱ良かった!
「それでは、また明日」は
ライティングがカッコ良くて
ぴかぴかぴかーーーっ!!ってなてて
キヨシさんのかっけードラムがすげい映えてた!
音もガツンとキてドキドキした〜
新曲もかなーり良かったにゃ〜
ノーネームはイントロでドキッとした
そんな感じ。。。

そんでゴッチがまた歌上手くなってた!
いつも上手いなあと思って聴いてるけど〜
年々声に色がついて魅力が増すというか、
さすがだなあ〜と思うにょ!
ゴッチの声が好きだわ〜っ
他のバンド聴いてもなにげに物足りないのは
あの声の魅力も大きいと思う

ランドマークツアーでたぶん根本に流れてくる
メッセージみたいなものがびんびん伝わってきた
とっても良いLIVEだった。。。
アンコで転がる岩のイントロ流れた段階で
もう泣いてたわょ。。。

そんでもって今回のライブについて
欲を言うとライトもっと明るくして欲すぃー
アジカンて極端に暗すぎると思うにょい!
目を凝らして見てたけども
表情まったくわかんない場面ばっかだた〜
節電なんかお??
でもせめてメンバーにスポットくらいは
当てたほうが良いと思うにょ
ホールでやる場合は特に広いしさー
他のバンドと比べてもかなーり照度が暗いおね〜
ナノムゲンもほかのバンドは明るいのに
なぜかアジカンだけ暗かったし。
なんでやねん??

照明綺麗なのはそれはいいんだけど
全体を見ると後ろに下がってるはずの
サポートメンバーに常に
主にライトが当たってて明るいんだわね
でも同じ後ろのキヨシさんには
真後ろからライトが当たったりで逆光だし〜
前方に並んでるゴッチ、ケンさん、ヤマちゃんの3人は
ふと見ると暗がりなままでちゃんと見えないまま
演奏してる状態が長すぎだお!
照明だけで見たらまるでサポートメンバーが
メインみたくやってるライブ状態にしか見えん・・・。
たぶんこれはスタッフの誰もが
『ビジュアルは関係ないバンド』という、
思い込みの意識がそうさせているのだと思われう。。。

いえいえ、ファンはファンだから〜
せっかくのライブのときは
メンバーがちゃんと見たいんですようゥ〜
基本みんなカッコ良いんだしぃ〜
せっかくのライブでメンバー観に行ってゆのに
そこんとこなんでわかってくれないんですかねぇぇ
照明のイメージ性?ってのを重視して
メンバー無視っていうのもちょっと問題でちゅよう
誰か気づいてくれたらいいのに・・・。
まるで押し入れの中のスマホのライトで
ずっと本読んでるみたいだったなってな印象で
表情とか手元とかなんも見えなかたでぃす
こりわはっきりと苦情でぃす。。。

あ、それとサポート入ったおかげで
ケンさんヤマちゃんのコーラスが
やってくれないとこが多くなって
そこがとっても残念でちたお
やっぱメンバーのコーラスで聴きたいよね
三月は『ケンさんのコーラスがほぼなかった・・・orz』
ってけっこ―ショック受けてたょ
「嘘とワンダーランド」が好きな人だもんねぇ。。。
それにゴッチの本来ソロのとこまで
女子のコーラスかぶせないで欲すぃーお!
アジカンはふだんCDでも入ってないからさー
ほとんどに女子声かぶって定番曲もだから
なんだか音的にアジカンらしくないというか〜
基本男の子っぽいハードな感じが好きなんだけどな。。。
ボーカルがデュエットみたくがっつり入ってて
イメージが変わっちゃってソフトになってしまい
いつも聴いてる好きな感じと違うものになってて
どうしても違和感があったょ〜
どの曲もAll right part2 の感じでずっと聴いてるみたいな?
そういうのは気にしないんかなあ?
まあ推しメンだからしょうがないんかにゃ〜?

アジカンて崩壊の頃に初めて
ライブハウスで見たんだけどさ、そのときは
『なんて演奏がほにゃららなんだ!』って(←自粛)
正直ちょっと驚いたんだおね〜
でもそういうのさっぴいて
余りある魅力があるバンドだと思った。
「君という花」の時の
渋谷タワレコのインストも行ったっけ。
で、そのあとも数回ライブ行ったけど
が〜って売れちゃってからは
チケットぜんぜんとれなくなって
ほとんど諦めてた時期が数年ありまんた。。。
(今もほとんど取れないけどねっ)
あるときに久々に行けたら
やっぱぜんっぜんかっけーな!って思って。

ここ数年はLIVEでもホントCDみたく音が鳴ってて
進化を感じるというか感無量というか〜
(注:コレすっごく褒めてますお。。。)
とにかくそんなアジカンが大好きなんだなあ。。。
褒めてるよーに聞こえないvvvv
ごみんなさいvvvv
それも愛ゆえvvvv

LIVEの次の日に久々にドライブがてら
夜の川崎マリエンに寄ってみたお!
三月ともナイターテニスとかやったよね〜
考えてみたらよく来てたこのあたりさえ
震災後はなんとなく来てなかった
今頃になってなんとなく
心が平常に戻ってきたのかなあって思った。。。

震災後に中止になって行けなかった
アジカンの横須賀公演が
やっと見れたんだなっていう夜。。。

・・・秋?

October 16 [Tue], 2012, 22:32




昨日いつものカフェに行ったら
すっかりハロウィン仕様になってた〜
だからプリンもパンプキンにゃにゃにゃんソコは嬉しいらしい。

毎年ここでもゆってますが
秋と冬がキライなのでスルーしたいのに
こうして否応なしに秋に屈することになるにょ

・・・っていうと三月っちは
「いや、もう冬だってvvvv」と呆れます
だってやなんだもんっ

「命をいただくということ」

October 10 [Wed], 2012, 2:26

またまたですみませんがゴッチの日記の言葉で
ずっと言いたかったことを思い出したというか
言いたいことがあったもので書きます。
さ、最近なんか長くてすみません

これは桜麗がある会社の生化学研究所に
助手で勤務してた頃から思っていることです。
(東証一部上場企業のきちんとした企業ですお)
もうそろそろ時効で語ってもいいかな〜と思って。

そこの研究所はいわゆるバイオハザードの世界で
ウイルスや菌を扱っていて
新薬の開発・研究をしてたのですね。
だからチームが東大、京大卒ばっかで
博士号を持ってるような人たちに囲まれて
白衣着用でお仕事だったのだお!
ちょうど山中教授がノーベル賞を受賞されて
世間が大騒ぎになってますが
ああいった研究者のお仕事を手伝ってたのですね。

当然ながらみんなすごく知性に溢れて
理性的で紳士的で大人というか、
おかげで対人関係がとにかくラクで
その点はストレスがたまらない、
天国のような職場でした。

桜麗の仕事は簡単にいうとですが
細胞を育てる培地を作って
シャーレで細胞を培養して
菌を植えつけたりとか、
電子顕微鏡で菌の数をカウントしたりとか
鶏の気管の切片に薬品を何種類も使って染色したりとか
マウスや鶏に注射したりとかしてた。
だから実は血管注射が得意だったりします。
プロですねvvvv
希望者には今度打ってあげます。・・・冗談です。
でも下手な看護士さんより細い血管に打つの上手いと思う。
お見せできないのがとっても残念です。
他にもとにかく仕事はいろいろありますが〜
エイズ検査とかしてる研究所の
ニュース映像とか見たことあるでしょ?
DNAを抽出するため遠心分離器にかけたりとか、
ピペットでちゅくちゅくしたりとか、
とにかくああいう仕事をしてたのですね。
で、そういう動物を使う事情の中で
手先が器用なだけに仕事の責任が
やたらと重くなってきてしまって
命についてものすっごく考えて
悶々と悩んでいた時期がありました。
で、結局辞めてしまったんですね。
仕事自体はやりがいがあってとても楽しかったし
続けたいとも思ってたけど無理だった。
自分がやらなくてはいけないという必要もないのに
命の重さに耐えられないと感じるくらいなら
そんなこと我慢するのやめようと思って。
仕事の内容的には今でもちょっと
復帰したいなあなんて思うけどね。
研究所のことは守秘義務があって
あまり深く言えませんから
ちょっとわかりにくいかもしれませんが
それでまあとにかくその頃にですね、
さんざん悩みぬいて出した答えでもあるから
先に研究所の話をしました。
この経験を踏まえた上で感じている
食の話をしたかったから。
ってか前置きがすでに長くてすまん


中学くらいの頃、ママの本棚にあった古い小説を
手当たり次第に読んでいたことがあったのね。
その中に確か大藪春彦さんの小説がけっこうあって、
ハードボイルドっての?
趣味的にママのじゃなくて貰ったのかもしれない。
タイトルとか全部忘れちゃってるんだけど
とにかく主人公がひとりで鹿を狩って解体して
鹿肉を食らうシーンてのがたまにあった。
それこそ狩りたての肉をナイフで割いた、
生レバーのみずみずしい美味しさだの、
残った分は干して乾燥肉にするだの、
彼は海外で実際に経験があるらしく
かなり細かく描写されてたのが
『実に美味しそうだなあ〜〜食してみたいなあ〜〜』
・・・と物凄く憧れてしまった。
なんか血が騒ぐというか、
自分のルーツは実は狩猟民族だったのかもしれないと
けっこーマジで思った。
いまだにあれは覚えててやってみたいと思ってます。
ワイルドだろぉ〜〜〜??
(↑こーゆーネタもの書くと
流行りが過ぎたあとで読むとハズイがあえて挑戦ちう。)

(※注:ここくらいから血とかスプラッタ系苦手な人は
読まないほうがいいかもよ〜うふっvvvv)

いつか三月と台湾に行って食べた鳥の料理があってね、
日本のブロイラー鳥と違って
それがめっちゃくちゃ美味かった!
ぷりっぷりで臭くないんだお!
三月が特にそういう肉の臭さが苦手で
いつもちょっとでも臭いと食べられないっていうんだけど
ある山の中の温泉に行ったときに
隣接してた広い食堂みたいなとこで
鳥鍋みたいなものしかなくって
とりあえずそれを食したら
信じられない美味しさだったのだ!
かなり敏感な三月が「おいしー♪」ってたくさん食せた。
汚い感じのお店なんだけど
味はとにかく日本の地鶏とか
ちょっと高級な鶏料理よりもぜんぜん美味かった!
なんでこんなに美味いんだろうね??
なんてみんなで話しながら楽しくいただいてて、
途中、別々にトイレに行ったのです。
で、そこの店先の広い裏庭の向こうの
20メートルくらい先のとこにトイレがあったので
たまたま通りかかった時のことです。

台湾だから天気が良くて暑くて
庭には茶色い鶏がたくさん放し飼いになってた。
土や草を啄んでは元気に走り回ってる。
虫とか食べてるんだろうな〜なんて思った。
すると店の裏の平和な光景の軒先で
なにやら作業してたおじさんが突然立ち上がった。
そしてそこの庭で元気に遊んでた鶏を
ひょいっと捕まえたと思ったら、
きゅっ!と首を〆て(本当にきゅっ!と。)
やたら大きな包丁で(中華包丁?)
トーン!と首をはねていた。
あまりに突然なこととその素早さに
さすがにギョッとしたけど
でもその光景はいやなものではなくて
むしろあんなに元気に庭を走り回っていた鶏は
食べたらあんなに美味しいんだなと感心した。
そこの鶏がめっちゃ美味しいのは
自然に生きてたものの獲れたてだからだったんだね。
三月たちにはさすがにすぐには事実を伝えらず、
食事が終わってお店を出てからだったけど。


それから香港に行った時には
その時の彼氏とどういうわけか
裏辻にたまたま迷いこんでしまった。
ちょうど何かの博物館みたいな
頑丈そうな造りの大きな建物があって
そこにうっかり入り込んで
見てしまったことがあるんだけど
(扉も開けっ放しで誰でも自由に入れるようになってた!)
なんと精肉工場の屠殺場だった!
あの光景の凄まじさとか匂いとか
あれはとにかく凄かったです。
解放されてた巨大な鉄の扉をなにげに入ると
博物館みたくめっちゃ天井が高くて
始めはやっぱ博物館??って思った。
その中のすぐの場所の広い部屋の真ん中へんに
長い棒が取り付けてあってですね、
そこから真っ赤な血まみれの
でーっかい豚が15,6頭もぶら下がってて
(食肉用の豚さんってかなりデカイです)
見た光景がよく理解できなくて
なんだこれは??ってなった。
だってさっきまで普通に商店街を歩いてて
曲がってから数十メートルほどしか行ってないんだよ?
で、向こう側の窓のある壁に向かって
職人さんが数人並んでて。
その豚を解体してあらゆる部位に分けて
切り刻んでいるんだね。
時々作業について何か叫びながらも
ただ黙々とその作業をしてた。
長いテーブルの上には血みどろの内臓が
内臓の種類ごとにより分けられておいてあって、
ふと床を見ると真っ赤というよりは真っ黒に
どろどろの血だまりが一面広がっていて
豚からはぽたぽた血が滴り落ちてた。
職人さんたちは手もエプロンもズボンも長靴も
血で真っ赤&真っ黒だった。
「いつ洗ったんだよっ??」という突っ込みは
むしろ到底言えないレベルだった。
現在のお肉屋さん経験等のない日本人が見たら
かなりの壮絶な光景だったので
ここで尋常な人、ゴッチみたいな繊細な人は
「うぎゃ〜〜〜っ!」とかゆって
逃げ出すのかもしれませんが
桜麗はまったくそんなこともなく、
(ショックは受けたけど落ち着いてた)
少しの間眺めてた。
だってそれはありのままの光景だから。

でも三月はいっしょにいた台湾の鶏のときも
鶏を〆てた光景なんて全く知らなかったし、
香港も台湾も数回行ったけど
桜麗が話す他にも見たいろいろな光景については
そんなもの自分は見たこともないといつも驚くのだ。

どういうわけか桜麗は昔から
普通の人は見たこともないような
いろいろなものや事柄の
『真実の姿』というものをつい見てしまうという
荒業?を持っているらしいです。
視力がいいのとけっこう冷静で観察するので
人よりは見えてしまっているだけかもしれません。

ゴッチの日記には食肉の解体とか
見たらまったく食欲がわかないとか
繊細なことが書いてあった。
桜麗もさすがに目の前の大きい豚が解体されてるのを見て
「チョー美味そう!早く喰いてー!」とは思わなかったけど
そのあとも特に食欲は落ちなかったでぃす。
鶏も同様です。
そこんとこ変かなあ??

でもそういった貴重な実体験で感じたのは
逆にありがたさというか
感謝する気持ちが強くなった。
原始的な喜び、とでもいうのかな。
食べ物を与えてくださってありがとう。
素直にそんな気持ちになったんだ。

命をいただくということは
原始的な本能であり
パワーに溢れたものとして肯定できることであって
決して否定するものではなかった。
いつかニュースであったけど、
脳死した鶏を大量生産するというのは
やっぱり違うと感じてしまうよね。
殺される鶏から現実を隠蔽したら
映画のマトリックスそのものになってしまってた。

むしろ食肉とは原始的な営みの中にあるはずのもので、
人間の生活に密着したものであり、
そういった「生」に対する意識や想像力を持つことが
今は欠けてしまっているのかもしれません。

近年は鰻が絶滅寸前だというし、
これからは後先考えずに捕獲して食べ尽くすのは
いけないと思います。
でも現代において食肉を生産加工しているような
日本や諸外国で動物を殺して食べることに
罪の意識みたいなものを抱くのは何か違うと思ってます。

あのね、研究所で実験に使われた動物は
研究のために無菌室で産ませて
孵化させたり育てたりします。
その命に意味はないでしょうか?
人間が人間のために動物を犠牲にするという行為。
そのジレンマで押し潰されそうになって
あのときは辞めてしまったし
今でもその問いは繰り返します。
それが自分の贖罪です。

中国で観光用のラクダがこきつかわれて
バタバタと死んでしまったというニュースを昨日も見ました。
あのラクダ遣いは生活がかかっているんだと主張するでしょう。
でもラクダの命をぞんざいに扱うような
そんな権利もないとも思ってしまうし
どれもこれも世の中はジレンマだらけです。
動物や虫の生物に対して
できるだけ殺生はするものじゃないと思うのは
人間はそうやって殺生ばかりして成り立っているからです。
そうしないと生きられないんだね、少なくとも現在までは。

そして食肉用の殺されてしまう動物に関しては
人間が食べるために育てて
ほとんどがそのために存在するのです。
だからせめてきちんと食してあげるのが
そういう命を前にして
最後に人間がしてあげられることなのだと思う。

だからおいしくいただこうと思うし、
美味しく作りたいと心がけている。
不味い料理は腹がたつ。
お店で激まずい料理が出てくると
せっかくの食材をこんなことにしちゃってと思う。
味覚の問題というよりは
きっと食物に対する愛も感謝もなにも感じない人が
つくったんだろうなと悲しくなる。

そして殺すことや食肉にするための仕事を
誰かに押し付けている、というような感覚は
その職業の人に失礼だとも思う。
ただ食べるためにそれをやる。
ただ人間が生きるためにそれをやる。
特に食肉に関しては実はとても原始的なものだと思うよ。
それだけでいいんだよ。
鶏を〆たおじさんや豚の屠殺場の職人さんたちは
確かに生きるためにそれをやっていたと思えた。
生命の営みの中の行為だった。


ゴッチが日記でいってたけど食肉の
「食える食えないの差ってなんだろう」って、
それをわけるのは
「自分の気持ちの中でその肉を食えるか食えないか」
ってだけのことではないでしょうか。
だから自分の飼い豚は食えない。
でもとなりの飼い豚は食える。
手前勝手さやエゴのようなものかもしれなくても
線引きは結局自分の中にしかないもの、
食文化においてのみはそれでいいんじゃないかな。

消費するから生産されてしまうんだと
だから消費するなという意見も聞きますがそれは違う。
ましてや食糧不足が懸念されてるのに
まったくなくすことなんてできないじゃん。
たとえばもともと牛肉を食べなかった日本人が
今までのように牛肉を食べなくなっても
文化として牛肉を食べてきた国の人間には無理。

じゃあ少なければいいの?
命に多い少ないはないでしょう?
ひとつでも命の価値は同じなんだもん。
むしろ食肉の数が減って価格が高騰するほうが
野生の動物を獲ろうとする動きが出たりの
重大な弊害があると思う。

命というなら植物だって生きていて、
だから自分で作ったシソやトマトは
なんだか愛おしくて
大事に摘み取って新鮮なものをいただくのが
精一杯の愛情だと思います。
そしてそれはとても優しく美味しい。

でも日本ではお弁当作っても無駄にする分は大量。
だからといってコンビニやスーパーから
お弁当なくしたら困る。
生産者側は余剰分をコントロールするのが
困難なのが現実で悲しく思う。


だから自分の前に食料として出されるもの、
あるいは存在するものは
とにかく無駄にせずきちんと食べる。
食物連鎖の頂点にいる人類の、
これが今は自分にできる、
人としてできる精一杯の礼儀だと思っています。


命をいただくということは
命を大事に思うことなんじゃないかな。


補足

October 07 [Sun], 2012, 3:22

前にも書いたけど。
三月とふたりで関西方面に行くのが
月に約一度の予定としてあるのですね。
東日本が酷い状況だったときに西日本に高速道路で行ったら
本当に行き帰りで東京がヤバイって思った。
関東に近づいても道も暗いまんまでね。
首都高速とか走ってもキラキラしてた高層ビルの灯りが真っ暗で
屋上の赤いライトの点滅だけがかろうじてビルを存在させてた。
東京が節電で真っ暗でまるで死の街のようになってた。

心底ゾッとしたんだ。。。
もしかして立ち直れないんじゃないか、
このまま日本が倒れてしまうんじゃないかって。

そして最近では夏の前に東名高速で西日本に向かうと
名古屋くらいまでは電力がだいぶ復活して
全て停止してたハンドドライヤーも今やすっかりついてるんだけど
関電の地域になってくると節電状態。
真逆になってしまったんだよ。
今度は西日本がヤバイって本気で思った。

リーマンショック後の酷い不景気に引き続きの大震災、
これ以上の社会不安を呼び起こす方法をとるべきじゃないと思う。
たとえそれが理不尽なものだとしても
経済に的確にテコ入れしないとやってけないじゃん。

ここでいいたいのは
よく経済は関係ないとかいう意見を
脱原発派の人が言っているのを聞きますが
それも間違ってると思うな。
脱原発派の人の中には経済が、と言い出す人を
批判的に思っている意見をよく聞くけど
実際大きな目で見れば経済をどうでもいいとは
やっぱり言えないところまできてると思います。
そういうのといっしょにされてひとくくりにされるのもイヤ。

経済的復興なしに真の日本の復興はあり得ないよ。
復興ってそういうことじゃないの?
経済どうだってよいなんて言ってたら
復興できるものもできなくなるじゃん。
理想論だけではやっていけない。
表裏一体。

理想を掲げるのは忘れてはならないことだし
桜麗だって理想をちゃんと持っているさ。
ただひたすら現実を見つめるのも
未来に向かう方法のひとつだと思っている。

デモは嫌い

October 07 [Sun], 2012, 3:10

ゴッチの日記を見ました。
脱原発デモについてです。
迷惑をかけるといけないので
リンクは自粛ね。
ここは自分の日記だしここを見てる人は寛大な人だと思うので
わかりにくいのもあえて許してねん。。。

今回思っていることを少し言ってみようかなと思います。
全部語ろうとすると正直たいへんキツイ内容になるので
いろいろな人を傷つけてしまうかもしれない。
それは本意ではないです。
原発についてはそういった理由から
自分であまり語らなくなってしまった。
だからって関心が薄らいだっていうのでもなくて
実のところ言いたいことが山ほどある。
これも一応下書きをしてみたけど
本音を書き殴るとあまりに過激な感じになってしまうので
新しく初めからやり直す羽目になった、みたいな。
なので自粛した上で細かい説明なしで綴ります。

始めに桜麗は「脱原発」が基本的な考えです。
震災後1年くらいは大きい余震が頻発していたし
原発を再稼働とか信じらんないとかいう話で
今すぐ廃炉にするのが賢明な方法だろうと思ってた。
その辺はゴッチが官邸前の抗議デモに向かう理由として
日記にあげていたことにほぼ同意見になります。

でもあれから1年以上経過してきて、
今までの状況を見るにあたり考え方も変わってきた。
電力が足りないというのが
再稼働が必要だという主張のための脅しだよねって知っていても
大震災の後だしそういわれればみんなどうしても不安になる。
社会不安が様々な弊害を及ぼすことは必至なこと。
そういうことを踏まえるとちょっと無理があるかなと感じている。

ただ廃炉にもできないような(つまりその技術すら確率できていないような)
危険な原発というものを考えもなしに更に増設とかいうのは言語道断だし
大地震の可能性の高い場所の古い原発は(浜岡とかね)
動かすべきではないと思う。
でもでき得る限り早い時期の
(30年とか長いスパンじゃなくって5、10年以内を目指すような)
「原発を頼らない電力供給」が望ましいとは思っている。

ただしもともとはゴッチと同意見ではあるから
「ちゃんと手順を踏め」という抗議の声を
官邸に向かい体現しに行くという純粋な思いも
もちろん理解できるし基本的に善意の人だよねと感じている。

でも桜麗はデモには参加したくない。
始まった当初からその考えは変わりません。

脱原発デモ(官邸前)が始まった頃からそういう抗議活動については
世間の原発に対する意識がずいぶん高まっているんだなと感じたし
今までの興味のなさからすればそれは凄い躍進的なことだと思いました。
だからデモに参加する、したいという気持ちを否定もしないし
もちろん個人の自由だと思っている。
でもデモに参加する人々を見守る気持ちはあるけれど自分では行きたくなかった。
デモは嫌いだから。

脱原発というひとことにも
いろいろな考え方がある中で
「脱原発デモ参加者」という枠組みに
ひとくくりに入れられるのがまず理不尽に思う。
「いますぐ止めろー!!再稼働反対!!」
とも今は強くは思っていないので。
その時点ですでに本意ではないです。
参加する権利がないとも思える。
だから混ざる気にはなれなかったし今もなれないです。

いや、厳密にいえば再稼働も反対だし今すぐ止めたいとも思うし
増設なんて信じられない。
でも政治の成り行きを見ても思うようにはなりそうもないから
何か違う方法で道筋を作れないもんかと思う。

肉体的な行動で示すのは確かに大事なことだとも思うけど
デモ参加という形でなくても良いと思っている。
デモがまったく意味ないことだなんて思っていないし
アピール的にはずいぶん有意義なことだとも感じている。
でもやっぱり他にももっと建設的なやり方があるんじゃないかな。

デモ行為が嫌いな理由としては
まずなにより徒党を組んで抗議行動をすること自体に
暴力的な匂いを感じてしまうんだよね。
貴重な時間を割いて官邸前に集うという
動力の根源は『怒り』なわけだし。
拳を振り上げて「なんなんだよ!ちくしょー!」という抗議行動には
どうしてもうっすらと暴力的な気配を感じるからです。
参加者はそんなつもりないってのもわかってるけど
不可抗力というものがあるよね。
実際ニュースで官邸前デモで
警察と小競り合いがあったとの報道もあったし。

特に思うのは「群集心理」というものを
デモ参加者が甘く見ている人が多い気がします。
桜麗ははっきりいって怖いです。
節電ファッショのときに
「節電しないものは非国民」といった狂信的妄想が蔓延した結果、
極端な節電行動になりいじめやともすれば暴力につながっていく。
福島の放射能デマも然り。
ましてやデモなどの集会においての群集心理というのは
思いもよらぬ方向に流れていくことがある。
1万人を超えるもっと大きな規模のデモなどでは
些細なきっかけで小競り合いが起これば
周りを巻き込んだ暴動になる可能性だって十分にあり得る。
人間というのは徒党を組んでシュプレヒコールをあげたりすると
それが興奮を呼んで異常な心理状態を引き起こすときがある。
些細な揉め事が事件になることだってあり得る。
そういったことを念頭に入れずに参加するべきでないと思う。
万が一何かあっても良いという覚悟が必要なのでは?

端的に危ない。
節電ファッショのときにも感じた違和感がむちゃくちゃある。
なんか違うと思う。

ゴッチの日記やツイートを見ていつも思うのは
だからできれば参加して欲しくない。
普通に危険だと思う。
小競り合いが元になって怪我人どころか逮捕者が出たりとかすれば
有名人なだけに話題になってたいへんなことになると思う。
ゴッチの周囲の人たちにも同様に心配です。

デモを一般化したいという気持ちはわかるけど
でもゴッチは一般人じゃないじゃん?
だから几帳面に鬼忙しい身をもって
毎週のようにデモに参加するまではしなくても良いと思ってます。
体を壊さないかと心配でもあります。
デモなんてそれこそいろんな考え方の人の坩堝だし、
その中には不本意な不穏分子も混ざってるだろうし。
変なハナシ、人は有名人を見るだけでも興奮するでしょ?
そこになにかちょっとしたきっかけで小競り合いが起きたりすれば
有名人や芸能人はやっぱり特別に標的にされるもん。
すごく心配だなあって毎回思います。

ましてや世間に訴えかけるというなら
違う形に歪められてしまうのはいただけない。
だから自分は参加したくない。
ましてやゴッチのように本意ではないなと
やっていく中で迷いを感じることがあるなら
もうやめてもよいのではないかと思う。
ゴッチの声は大きいしそんなミュージシャンが参加し
意志表明したという事実だけでも充分なんじゃないかなあ。
ファンとしてはアジカンのツアーもあるし
不安なキモチで見守るだけしかできないというのも
辛いものなんですよ。。。

女子目線で見てると経済も脱原発もより現実的なんだと思う。
まあ実際女子と男子の違いもあるかなと思います。
女子は肉体的に暴力行為には弱いので警戒する必要がある。
なのに子供連れで気軽に参加なんて呼びかけてた人いたし
実際子供連れもいたけどけっこう信じられないなあ。
たぶんそういったことに巻き込まれてしまう危険性を
まったく考えてないからできるんだろうと推定するのだけど。
それも平和ボケなのでは??
そんなふうに思います。

以上。

夏の思い出3

September 26 [Wed], 2012, 3:31
花火大会に毎年行きますが〜
去年は震災で自粛してたのもあるし
海の写真も花火の写真もいぱーい撮ったけど
なんにもUPしなかったっけ。。。

このでっかい花火好き
ドーンと上がって〜




ぱらぱらぱら・・・となvvvv
これの連発とかどっかんどっかん上がると
気分もアガるおね

今年の浴衣は薔薇と銀の蝶々柄になた〜
そんで銀糸が蜘蛛の糸みたいで
スパイダーマンを連想したもんで〜
ポーズをとって遊んでみたりvvvv
ちゅわっっ(注:手のひらから糸を出している音のつもり)


夏の思い出2

September 26 [Wed], 2012, 3:22



こっちはいつも行く某関西の海です
この日はちょっと濁ってたので
ふたりで浮き輪でぷかぷかしてまんたvvvv
潮が満ちてくると階段のところにダダダダダダッ!!って
波がぶつかるのでそこに座って波まみれになるとゆー
けっこーなワイルドな遊びに夢中になったり
たいへん楽しかた〜〜
そいえば水着の写真てUPしたことなかったので
海に入る前にお部屋で三月が撮ったヤツをUP!してみたお
ピンクか白の水着ばっかvvvv

さっき有吉さんの「芸能人パワー注入」って番組で
「リアルおっぱいバレー」やってたケド〜
おぱーいは女子でも好きですにょ
ふわふわおぱーいにぱふぱふもひもひしたいvvvv
三月は爆乳なのでもぎゅっ!と掴みたくなりまんなぁ←ヘンタイおやじココにもっ

ネックレスがね〜わかりにくいけど
イルカがハートの中の真珠ボールで遊んでるとゆー
カワユスなのだお〜







相変わらず同じお宿にお泊りしてるのだけど
ご飯が毎回食べきれないくらいあってちょー美味い!
全部写してしてないけどすごい量で〜
デカスなお盆が3枚くらい出てくるのだお
この岩牡蠣なんてとろっとろでこっくりしてて
とにかく絶品でした
連泊したので2日間!
ビールがすすむわよっ

下は最近開拓したレストランのランチで
ちょっとずついろいろ種類があるので
女子には嬉しいですにゃ〜
これもさりげないけどサラダもどれも
すんごい丁寧に味付けしてあって
本当においちーの




夏の思い出

September 26 [Wed], 2012, 2:50
っていうか今年は秋になるのが早い気がする・・・
とにかく1年のうち半年が夏、4か月が春、
秋と冬は1か月ずつで充分というのが希望の桜麗なのであーる
三月にそういうと〜「ぜってーやだ!」ってゆわりるお!
あいつは夏にへばってるタイプだからなあ

そのわりには海にもつきあってくれて
砂っすなになっても塩っしおになっても
1日中浜に出て炎天下地獄に身をおいても
あんまり気にしないでいっしょにいてくれる
かわゆいヤツなのだね

っていうか年中海行きたい桜麗とつきあうの
ふつーは無理っしょ?
海があるとどこでも泳いじゃうし。
真冬以外はふつーに水着持参してゆし。

たぶん他の人だと砂やだ〜とか塩やだ〜とか
暑い〜とか日に焼ける〜とか
いちいちうるさかったりして
あんまり海でいっしょに遊んでもらえないんだから
感謝しなさいって毎回三月に強要さりるんだけど
実際それもそうだろうと納得はできるので
いつも三月にはたいへん感謝してまするるる〜〜〜

画像は7月にお泊りした某ローカルな海水浴場だお〜
Tweetでも画像あげてたけども
こっちはデジカメで撮った別の写真です
高校時代から毎年三月とひと夏に何度か行きますにゃ〜
1日中またーりするのにはとっても良い場所ですvvvv
夏以外はBBQとかしに行ったりしてた
お気に入りの浜なのだ〜
この日は海の透明度がめっちゃ良くて
近年稀にみる綺麗な水質でご機嫌でさっ
あ、桜麗ダイバーなので水質が悪いと水中が見えないから
(海の中が見えないとつまんにゃい)
けっこう綺麗な海じゃないと基本泳ぎません







あ、ヘンタイおやじで思い出したケド〜
この2日間の初日にふたりで泳いでたら
変なおじさんが車できて〜
ちょい離れた場所からこっち見てるなーと思ってたら
やがて海に入ってきてなーんか様子がおかしいのだお!
まさかと思ったらステテコのようなものを脱いで
膝上くらいの波間でいきなりまっ裸になった!
「え?!・・・えええっっ???」って
思わず二度見しちったょ・・・
まっぱ!おさーんまっぱ!
人気(ひとけ)のない浜だから
周りはけっこう遠くにちらほらいる人だけで
おさーんとは10メートルくらいの距離。
しきりに下半身をこちらに向けて
手でいぢりいぢりしておる・・・。orz
とびかかってきたりしたらめっちゃ怖いから
「いい?ぜったいあっち見たらダメだよっ?!」
などと三月に注意を促しながら
うちらは浜にあがったんだけど
そしたらおさーんは途中でそのステテコをいそいそとはいて
(濡れているし波がくるのでたいへん手間取っていた)
砂浜にあがってきて近くで休んでいるふうを装うのだ〜
まぢでかんべんしてくり〜〜〜

で、ふたりで海に入るとそういったことを繰り返すケド
30分くらいたってもどうやら自分の下半身のを
見てもらいたいだけみたいで接近してはこないので〜
その出来事をTweetしてたら
警察に通報されてると思ったらしく
すぐに車で逃げていったのであーる。
ちなみにおさーんの○○○は白かたでぃすorz

三月が「桜麗のおケツのせいだ」って責めるけども
三月の爆乳がハミ乳してたせいだと思うにょい!
前にもゆったけども桜麗はどういうワケか
いわゆる露出狂?みたいなおさーんに
昔からよく見せられますお!
ヘンタイ遭遇率めっちゃくちゃ高いです
もう20人はくだらないと思います。
露出の場合は電車で前に立ったおさーんが
コートや新聞紙で周りから隠しながらも取り出して
自分でいぢいぢするってのがパターンで
逃げて移動しても追ってきたりするので
本当にかんべんしてくれよって思います
そんなのが過去8人はいました☆
ちょっとなかなか遭遇しないよねえ??
触ってくる痴漢もいるけど〜
露出男と覗き男が遭遇率タカスvvvv
何かこうおかしな本能を刺激するのでしょうかいね??
なんでそんなに桜麗に見せたくなるのか
まったく理解できましぇん。。。
電車は周囲に人がいるからリスク高いし
わざわざ出して自分でいぢいぢするくらいなら
触ってくる痴漢のほうがまだ神経は理解できるかなあ
いや理解する必要もないけどなvvvv











せっかく写真を撮ったのでUP!
ここ初めて泊まったけど綺麗でお料理もおいちかた〜
ディナーは上で下は朝ご飯ですにょい!
毎日こういう料理出てきたらシアワセだおね





2日目も晴れて遊んでご機嫌でちたvvvv
毎年ランチに行く喫茶店のママさんは
今年も元気にしていてくれてほっとしたりとか
そんなナポリタンとか海遊び道具とかvvvv






8月に想う

August 29 [Wed], 2012, 1:40



暑い日が続いています。
いちばん好きな季節です。
あんな震災があってどうなることか、
未来がとても不安だったけれど、
太陽は毎日輝き昇って
青空に入道雲と蝉しぐれの
いつもの平和で暑い、
大好きな日本の夏を過ごしています。
それがとても幸せです。。。

8月15日「終戦祈念日」
ちょっと過ぎてしまいましたが
毎年、広島原爆投下の8月6日からは特に
戦争と平和について考え、想います。

「終戦記念日」と敢えて書かなかったのは
8月15日について
『先の大戦において亡くなられた方々を
追悼し平和を祈念するため、
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を設ける。』
というものであり、(厚生労働省より)
決して記念日などではないという
怒りの声もあることを知ったからです。
「終戦祈念日」というのが本来の意味なのですね。
悲惨な負け戦が終わって
アメリカに無条件降伏することになった日を
記念日というなんて、
戦争を知らない桜麗でさえ、
なにか違和感を感じるし
本当にそうだなと思ったので
これからは気をつけようと思いました。

そして最近になって大河ドラマの
「平清盛」の影響もあってか、
また広島に行きたいなと思ってます。

実は私は広島には絶対一生行かないと心に決めていました。
理由は原爆ドームや周辺の河川を見たくなかったから。
テレビで画像を見るたびに
あそこでどんなことが起こったか、
とても怖くて悲しくて
見ることが耐えられないのではないかと思ってた。

でも数年前にあるきっかけがあって
三月と行ってみようと思いたったのです。
そう、今思うとあれは本当に『呼ばれた』のかもしれない。
オカルト的な意味合いではなくて
「目を背けないで向き合って欲しい」という
あらゆる人々の想い、というものに。
あの時も実際そんなふうに感じたのです。

実際の原爆ドームはまるでオブジェのようで、
ある種神々しく、その姿のままで待っていてくれました。
この日本の67年前の戦争なんてまったく想像もつかず、
今ある平和にどっぷり浸かった私たちには
なんだか夢のような、不思議な空間でした。
でも空を見上げて、この上空600メートルで
原子爆弾が炸裂したことを想像したら
とてもとても怖くなった。
とんでもないことをするなと強い憤りを覚えました。
そして20万人以上の犠牲者が出たことを思ったら
涙が溢れてしまった。
やはり風化させてはいけないことだと強く思った。

あのときはそれでもまだ東日本大震災の後の
原発事故は起こっていなかった。
何も知らずにいた。
無力なままで。
未来が見えたなら、と思う。
後悔を何度も繰り返しては
あの時の想いにどっぷり浸かる。

先日「黒い雨」というNHKの特集番組を見て、
どうして放射線影響研究所は
被ばくに関しての調査内容やデータを
情報公開してくれないのかと、
とても納得がいかなかった。
それがあれば原発事故の被ばくについても
かなり実質上の被害が推測できるし
より良い対応ができるのにと
歯痒い思いでいっぱいになった。
隠ぺいと保身と権力。
それらが戦争をしていた遠い過去と変わらずに
今も日本を支配している。

戦争を生き抜いた人々が
最近になって真実を伝えておきたいと
思い出したくない辛い戦争時代を
語りだしているそうです。
うちの祖父もあまり戦時中については
語ろうとせずに他界しました。
戦争体験者がかなりの高齢になってきた現在、
やはり伝えていくべきことは
きちんと後世に残していかないといけない。

魂ごと。

それができるのは今生きている若い世代。
同じ過ちを繰り返さないように。


終戦祈念日、ツイートでタイムラインにのってくる
ある女子高校生のつぶやきが
『戦争や争いのない世界になったらいいな。
みんなもっと仲良くしようよ』と流れて行った。
なんだかほっとした。

正直、震災で原発事故が起こって
『ああ、間に合わなかった』と思ってた。
自分に何ができるとかじゃなくて
純粋に危惧してたから。
震災の前もある程度はここでも語っていたけど
あのころはまだあまりはっきりと
原発の怖さを知らない人が多かったし
ましてや核兵器について言える空気がなかった。
でも今はあれほどもめていた新たな原発建設が止まったり、
脱原発デモが毎週あったりと
人々の意識が高まったという点についてだけは
結果的には悪いことばかりではないようにも感じられる。


良くも悪くも世界は変わっていく。
でもまだ終わってなんかいない。
終わらせるわけにもいかない。
あらためて心に誓いと、そして祈りを。

2012年8月に


プロフィール
  • プロフィール画像
  • ニックネーム:晄瑠 桜麗(ひかる さくら)
  • 誕生日:11月18日
  • 血液型:A型
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