やっほ☆ 

February 20 [Wed], 2008, 1:55
みなさ〜ん☆


明日からお仕事がはじまりま〜す☆


いっぱい寝て



がんばりましょ〜☆



…mimiわ。。。おやすみ〜☆

フルトヴェングラーの名盤 〓 ベートーベン交響曲第5番(37年) 

February 15 [Fri], 2008, 7:16
最近は仕事の関係でブログを更新する時間を捻出するのが厳しくなってきましたが、ゆっくりとマイペースで更新を続けていこういと思っています。久々の更新ではやはりこの人、私にクラッシク音楽に対する目を開眼させてくれた名指揮者、フルトヴェングラーの演奏を採りあげてみましょう。

フルトヴェングラーの名盤には事欠きませんが、中でもベートーベンの演奏はやはり他を圧倒するものがありますね。いうまでもなくベートーベンのソナタ形式の交響曲の演奏は彼の指揮芸術の大きな中核を占めており、クラッシックの演奏史上に聳え立つ名演奏が目白押しです。これまでも何度か記事に採りあげましたが、私がフルトヴェングラーのベートーベンの演奏の素晴らしさを初めて知ったのは、彼のベートーベンの第九(42年、ベルリン)の演奏でした。

さて、今日はベートーベンの交響曲の中でも特に有名な第5番ハ短調を採りあげてみましょう。
フルトヴェングラーの交響曲第5番の演奏で、現在カタログに載っているものは10種類を越えています。
今回はその中でも1937年にベルリンで録音されたスタジオ録音を採りあげてみることにします。
この演奏は壮年期のフルトヴェングラーがスタジオで成し遂げた彼の戦前の名盤とされていたものです。
参考までに現在カタログに掲載されているものを紹介してみます。

1、ベルリン・フィル 26年録音、グラモフォン
2、ベルリン・フィル 37年録音、EMI
3、ベルリン・フィル 39年録音、仏ターラ
4、ベルリン・フィル 43年録音、メロディア
5、ベルリン・フィル 47年5月25日録音、セブンシーズ
6、ベルリン・フィル 47年5月27日録音、グラモフォン
7、ウィーン・フィル 50年録音、セブンシーズ
8、ウィーン・フィル 50年録音、デンマーク・ダナコード
9、ローマ・イタリア放送so 52年録音、セブンシーズ
10、ウィーン・フィル 54年録音、EMI
11、ベルリン・フィル 54年録音、セブンシーズ
12、ベルリン・フィル 54年録音、仏ターラ

手元にある資料からですので、これがフルトヴェングラーの第5の録音の総てであるとは限りません。(宇野功芳「フルトヴェングラーの全名演名盤」より)このリストの演奏の中でも47年の5月25日と27日に録音された戦後の復帰演奏会、それから43年の戦時中のベルリンでの演奏、そして54年のウィーンフィルとのスタジオ録音等が有名なものでしょうね。

43年のベルリンでの演奏ーこれは厳しい造形の中にも一抹の悲しみをたたえた冒頭の主題、怒涛のように押し寄せてくるスケルツォ、終楽章のコーダの加速!(しかしこここでは真実の魂の幸福な達成感は聞こえてきません)等に代表されるフルトヴェングラーによる稀代の演奏です。この演奏は単純にスコアを音楽として表現しただけに止まらず、総ての音が彼からのドイツ国民に対する強いメッセージとなっている点も忘れてはいけないところです。

フルトヴェングラーの最も有名な5番の演奏は彼が戦後ドイツで行った復帰演奏会のものでしょうね。
この演奏会はかつて映画館であったティタニア・パラストで1947年の5月25、26、27、29日の4日間行われました。この内で録音されたものは25日と27日の演奏です。どういうわけかレコード化されたのは27日の方が先でしたが、当時のドイツ国民の熱狂ぶりは凄まじく、人々はこぞってティタニア・パラストに押しかけていったそうです。当時の批評も「フルトヴェングラー、ベルリンに現る!待ちに待った音楽上の大事件がとうとうとうとうティタニア・パラスト館で行われた。我々は、ワーグーの言葉を借りて『昔の時代は蘇った!』と叫びたい」といったように熱狂的なものでした。演奏は両日共に記念すべき名演奏ですが、25日の演奏(ターラー盤)は録音状態ががあま良いものではなく、個人的には27日の演奏の方を好んでいます。録音(DG)もこちらの方が明快で、演奏も一層細部にわたってフルトヴェングラーのドラマチックな解釈を伝えています。

多くの方にとってはフルトヴェングラーの第5といえば、彼が1954年に録音したウィーン・フィルとのスタジオ録音に親しんできたのではないでしょうか。この演奏は最晩年のフルトヴェングラーの見事な円熟を伝える演奏で、終始遅めのテンポでじっくりとベートーベンのこの作品と4つに組んだような名演奏でした。ゆったりとしたテンポで奏される冒頭の主題とそのフェルマータの音の溜め具合!まさに歌舞伎の名優が大見得を切ったような見事な演奏でした。この演奏はスタジオ録音なので音質も良く、擬似ステレオ盤も発売されていました。擬似ステレオでは音の広がりが驚くほど豊かになっていました。(私はこのブライト・クランク盤「擬似ステレオ盤」を愛聴しています)これは巨匠の残した最後の渾身の名演ということができるでしょうか。

さて、1937年に彼がベルリン・フィルを指揮したスタジオ録音ですが、37年といえばフルトヴェングラーは47歳。
世界では不気味な第二次世界大戦の足音が高く響きつつあった時代です。40代も終わりにさしかかったフルトヴェングラーの解釈は若々しく、ストイックでさえあります。ここでは後年の歌舞伎俳優の大見得を切ったような表現は感じられず、スタイリッシュで極めてフレッシュ、整然としたフルトヴェングラーの解釈が大きな魅力になっています。この演奏は戦前を代表する名盤とされていましたが、当に名演!!今回改めて聴いて感動してしまいました。基本的な解釈に変わりはありませんが、後年のフルトヴェングラーの演奏表現とはまた異なった、ある意味で私にとっては非常に新鮮な第5の演奏でした。スタジオ録音嫌いのフルトヴェングラーが37年にスタジオでこれほどの名演を成し遂げていたとは!?ベルリン・フィルの技量も見事!その響きの妙は惚れ惚れするものがあります。
このような演奏を聴くとあの第二次世界大戦がなければ、彼の演奏の円熟の方向もまた大きく変貌していたのではないかと思ってしまいます。この時点ですでに彼の芸術は感性の域に達していました。録音も当時のものとしては聴きやすいものです。フルトヴェングラーのその後の第5の解釈の原点であるといって良い演奏です。

さて今日はフルトヴェングラーの第5を採りあげてみましたが、私はこの他にも52年のローマ・イタリア放送soや54年のパリでのベルリン・フィルとの演奏等も好んで聴いています。
みなさんはどの演奏を好まれますか。

イマドキの子がわからん 

February 07 [Thu], 2008, 3:34
愚痴です。今日の私はブラック(無糖)です。

これはお昼休みのこと、同期の子達と一緒にご飯を食べます。
しかし・・・5人で食べてても、4人はケータイをいじってる、そして会話もない。

おまけに、人が食べてるのにさっさかいなくなってしまう。
まぁ、これは私一人が違う部署だからってのもあるでしょうけど。。
私はそんなに仲いい人いないし。。
基本的に群れで行動するんですよね。それが私には謎なんです。
そりゃぁまぁ、一人はさびしいですよ。
だからって、何で金魚の糞みたいについていかなくちゃいけないのかがわからない。
トイレに行くだけなのに群れで行動。
休憩時間も群れで行動。
私にはよぉわかりません。
1時間もケータイいじってて、普通はやることなくなるはずなんだけど。
もう見るとこ見つくした〜って思って20分とか。。

親に相談したら、「お前は精神年齢が若くないから無理だよ」って言われました。
あたってるだけになんともいえない。。
お昼の時間くらいみんなでワーワーしたいとは思わないのかなぁ??
最近の子って違うのかな?
うーん・・・よく理解できません。

チャンチャン♪ふぅ〜、すっきりした。
バイオリン弾いてこよ〜っとw
最後まで読んでくださった方、申し訳ありませんでした(爆)

一般浴 

January 20 [Sun], 2008, 19:19
私の記憶違いでなければ、今日で家内に介助されながら御風呂に入るのは確か4回目である。(間違えていたら許せ)だんだんと足の運びも手順もスムーズになっているように想う。後は浴槽から出る時の立ち上がりの際の左足だ。いつかはじぶんで、手摺さえあれば・・・

早いですねぇ 

January 12 [Sat], 2008, 16:57
四国地域がそろそろのようです。高〓から個人二回連続優勝してたんですが、出場できません。お金ありません。呼ばれもしません。脚もありません。

9/30 マラソン大会報告 

December 25 [Tue], 2007, 0:23
先日家族みんなで参加したマラソン大会の風景です。

ちびっこと一緒に走った僕は余裕だろうと、休日のパパさんルックで参加。

すごく気合の入った人もいてびっくり!

市民マラソンの割りに大分本格的!

なんでも、年始の時代劇”白虎隊”の影響と戊辰戦争から140周年に当る今年は九州からの参加者もいるらしく大賑わい☆

ちびっ子と一緒にスタートラインにたって、適当に集合場所に集まったらなんと一番前!!

二人で緊張していたけど、一斉にスタートしたとき、このちびっ子が押されて転んで踏まれてしまうんじゃないかと心配の方が大きかったです。

スタート後、ちびっ子は一生懸命ダッシュしてましたが、僕は我が子が押されないよう、後ろからガードするようにみんながバラけるまで走りました。

だんだんにばらけた後、ちびっ子に”頑張れ!”と何度も励ましの声をかけながら、手を繋いであげたり、二人でゴール目指してました。

決して運動が得意ではないちびっ子ですが一生懸命頑張っている姿に、僕は一緒に走れる嬉しさが後押しし、涙ぐんでしまいました〜(あー恥ずかしかった!)


子供は本当に分からない行動をします。

すっごく苦しくなって、超スローペースになったり、他の選手に抜かれた瞬間猛ダッシュしたり…

その横で声をかけながら走る父ちゃんは予想以上に体力消耗〜

最後は二人でラストスパートでゴール☆


疲れたね〜

でも、楽しく、幸せを感じたマラソン大会でした☆


1位になった人はパパさんが本気モードで、それについて行こうと子供も大奮闘、最後は子供がへろへろになっていました…

親子揃ってご苦労様でした☆

爽やかでーす♪ 

December 14 [Fri], 2007, 3:15
おはにょーw

金曜日〜 

みなさま、元気ーーw? アハハ



最近の娘・・・

自分で洋服を いっちょまえに?

コーディネートとかしちゃってさー・・


はぁとが

『ちょw 準備まだーーーw?』って部屋に入ろうとするとー


『ちょw もぉー!! 入ってこんでーーw』


・・・・って言うわけー(爆)


ハイハイ・・・(ーωー) ワカッタヨ・・・


まあ、なんでも自分でやるから、

はぁと的には らっくちーんちーん ( ´艸`) なんだけどさ〜!


小2のくせに 大人の振りしてまつ(爆)


(成長しとるなーーーおぬし!)はぁと心の声・・・

出雲旅行 

December 07 [Fri], 2007, 22:01
ついでに出雲そば。

V6の三宅健クンにイカレちゃいました。 

December 02 [Sun], 2007, 8:43
爽やかな湘南の風を感じます。
サーファー(スノボー?)姿にイチコロでした。
真の真って言うのはこう言う男前の事を言うのでは?

第14夜「ここが旧市街」 

November 27 [Tue], 2007, 7:28
タクシーが、ひょいと大通りからそれ、住宅街ともどこともつかぬ雰囲気の漂う地帯へ進入する。
車2台がすれ違えそうもない道を、すいすいと進んでいく。
今度は明かりがところどころに見える。見える位置には、地元のベトナム人らしき連中がさきほども見かけた風呂場のイスのようなものに腰掛け、雑談に耽っていたり、ビールを飲んでいたり様々だ。


もしかしてここは…。


思ったより先に、タクシーがキッと軽快な音を立てて停車した。
ドライバーの彼が素早く降り、僕のドアを開けてくれる。



そう、着いたのだ。ハノイ旧市街に。



時間は1時はゆうに回っている。あたりは静寂に包まれ、時折、どこからともなく笑い声が聞こえてくる、そんな心地良い空間だった。

ホテルも間違いなく、予約していたところだ。レセプション前に布団を敷き、寝ていたスタッフが電気をつけ、玄関を開けに来る。


「Welcome!VietNam!」


眠気を堪え、目が虚ろになりながらも、そう言って陽気に僕を歓迎してくれた。ただ、それだけの事なのに、僕にはとても嬉しく感じられた。

ドライバーの彼に、肩をチョイと叩かれる。ピックアップの代金をまだ渡していなかった。
僕の頭の中で勝手に悪者にしてしまったという罪悪感があり、本来10USDのところ気持ち程度だが、15USDを手渡す。
だが、彼はそれを受け取らず、「多いよ」とばかりに笑いながら5USDを僕に返却し、「ばいばい」と言い残して、クラクションと供に夜の旧市街へと消えていった。


「彼は、早く帰らないと奥さんに怒られてしまうからね」


いつのまに居たのか、さきほどのスタッフが外まで出てきて、横でハハハと笑っていた。
流暢な英語でドライバーの彼の近況を、聞いてもいないのに始める。どうやら、昨年冬に結婚し、子供がそろそろ産まれてくるので、夜遅くまで働いているのだという。
なんだか、とてもいたたまれない気分になった事は言うまでもない。少しでも彼を悪役にして疑ってしまった自分を恥じた。


「もう遅いし、今日のところはゆっくり寝るがいいさ」


と、名前確認をしただけで、キーを渡される。
僕の部屋は、窓なしの304号室だった。
扉を開けると、エアコンが効いていた。冷蔵庫もTVもある。今から思うと、バックパッカーが泊まるところにしては上出来だ。むしろ、そんな部屋に宿泊するバックパッカーは認めない、という声も聞こえそうだが…なにせ、全てが初めての経験だったのでしょうがない。

ベトナムの家屋、エコノミーホテルなどは基本的に同じ構造でできており、ベッドが必ず備えられている。布団文化ではなく、当然、靴も脱がない。このあたり、フランス領であったことを匂わせる。
民家の場合、さらに付属する、先祖の霊を奉ったど派手な仏壇。クリスマスのようなイルミネーションで飾られており、故人もさぞや賑やかに思うことだろう。
ホテルにも屋上などにある場合が多いので、機会があれば是非訪れてみてほしい。


早速TVをつけてみた。中国やアメリカのドラマが、不思議な色合いで表示され、ベトナム語での吹き替えがされている。それも、しばらく眺めていて気づいたが、一人で男も女も老人も子供も吹き替えしていることに、思わず苦笑してしまう。

何故か枕が二つある、やや広めのベッドにばったりと倒れこむ。


ただ、飛行機に乗っていただけなのに、とても疲れた。そういえば出国時に発熱していたのだった…症状が改善されたとは思えないが、この時は、興奮と不安が入り混じっていたので、それが熱なのか浮かれているだけなのか、判断がつかなかった。


この後、シャワーを浴びて着替えて…と考えてるうちに、知らぬ間に眠りへと落ちていた。
その日見た夢では、相変わらず僕はネクタイをしめて、陰鬱な気分で会社に向かっていた。





#画像について
たまには本文と少しだけリンクしてみます。(文化的な部分で)ベトナム民家での食卓風景。基本的に、画像にあるような大皿のうえに、おかずを乗っけて、皆でつつく。外せないのは、中央に見えるヌクマムか。
ご厄介になったのは、ハノイでひょんなことから友達になった、大学に通いながらお土産屋でバイトをしている女の子の故郷、ハーナム省で。この時は乗り合いバスどころか、彼女を後ろにのっけて僕がバイクを運転していった。その時初めて知ったのだが、公道でノーヘルが許されているベトナムだが、高速道路ではヘルメットをしなければならないこと。
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:cherdi1524
読者になる
2008年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29
最新コメント
アイコン画像☆ネル☆
» やっほ☆ (2008年10月22日)
アイコン画像タイラノ清盛
» やっほ☆ (2008年10月18日)
アイコン画像ヨシオ
» やっほ☆ (2008年10月15日)
アイコン画像†*もぇちゃ*†
» やっほ☆ (2008年10月10日)
アイコン画像めーたん
» やっほ☆ (2008年10月08日)
アイコン画像チャーリー
» やっほ☆ (2008年10月03日)
アイコン画像きりひと
» やっほ☆ (2008年10月01日)
アイコン画像ikumi
» やっほ☆ (2008年09月20日)
アイコン画像えびふりゃー
» やっほ☆ (2008年09月19日)
アイコン画像MASA
» やっほ☆ (2008年09月17日)
Yapme!一覧
読者になる