思ったこと。

July 25 [Thu], 2013, 10:03


別に見下したつもりも自分が優位に立ったつもりもさらさらなく、
「同じ場で学んでいる者として」許せないなと感じただけなのだけれども、根拠を示せと言われたついでに、
自分を見つめ直してみようかなと思った。

私は話すのが本当に下手だから、文章に書き起こしていこうと思う。


最初は確かに、今の自分から見て「こうありたくない」と思う人間より何倍もくだらない人間だったと思う。

でもそんな中でも、自分が無かったわけではない。

亡くした友人のことだったり、劣等感の塊みたいな高校時代だったり、
そういう感情が自分の中で核としてあって、奇跡的に埼大に受かってから、
大学では必ずあの時のショックやこのもやもやした気持ちを何かしらの形にして、
教育に携わる自分のアイデンティティとしていこうと決めていた。

でもなんかやっぱり、周りはみんな進学校出身者で、要領よく何でもこなせていて、
海外に渡れちゃうような意志や自信もあって、一方自分は物理的にも精神的にも、
弱さ、情けなさゆえに断ち切れないまま高校時代の闇をそのまま引きずって埼玉にまで持ってきてしまっていて。
そんな中でも大学で学びたいと思ってたことへの思いは捨てきれずに、
変わりたい、どこか違う地平に立ちたいとあがきながらたくさんの「非行」に関するボランティアや研修に出てた。
今ある出会いの全ては、ここから始まったものだった気がする。
「BBSの会員」や「○○ゼミの学生」としてではなくあくまで「前原千穂」として
社会と出会うことにこだわっていた理由が最近よく分かる。


甘やかされてぬるま湯で育ったがゆえに脆すぎた自分が壊したものもたくさんあったし、
向き合うことから逃げ続けたツケもたくさん溜まってた。本当にくだらない大学1年生を過ごした。

転機はといえば、1年の3月末に行われた「非行を考える全国研修」だったか。
ちょうどこのとき、自分は何もかも失くしていて、自分の弱さに、それが招いたものの大きさに
直面している時だったんだと思う。

過酷な状況を生き抜いていた子どもたち、それを支える人々、わが子の非行に苦しむ親、
全てが一堂に会する集会で、非行とはなにか、それを支援するとは何か、本気で向き合わされた自分がいた。
それぞれの「非行」観、それぞれの支援への思いが飛び交う議論の場で、初めて本気で
「自分のこと」として問題を考えた。

それまではまだ少し問題と自分を切り離して考えていた節があったけれども、
問題を語りながら同時に自分という存在を問い直しはじめていた自分がいた。
言葉にならなくなって、気づいたら泣いていた。


そんな想いを抱きつつF研に入ゼミ。


先生や継嗣や先輩方やゼミの皆が容赦なく私を問うてくれた。
生まれて初めて言われるような厳しい言葉もたくさんあった。弱い自分ととことん向き合って
苦しすぎて過呼吸になったりする夜もあった。問われて、反抗しようとして見つめ直すけどできなくて
内省して、また問われて、また見つめて。
そういうものの繰り返しの中で、自分がどんどん変容していくのに気づいていた。


そういう文脈があって、今の私がいる。まだまだ完全に変わったとは言えないし、そんなこと言った覚えもないし、
誰もそんな風に思っていないことは当然了解している。でも、変容したいと望み、問いかけられたことを本気で考え、
自分を変えようとすることはしてきたと思う。これからもしていきたいと思う。
謙虚であることが一番、学ぶことができる道だと思う。
そういう意味では、問われることでもともと自分の中で燻っていたものを解放してもらったに過ぎない。


これは自惚れかもしれないけど、皆がたくさんわたしを厳しく問うてくれたのは、
共に学ぶ存在として認めてくれたからだと思っています。だからそれに応答していこうと思えたわけで。
だからこそ私たちも問うている。人に問いながら当然自分も、自分の過去もちゃんと見つめているんです。

これからもきっと問われ続ける。問い、問われるという、お互いに学ぶことが出来る関係性。
そのことを「上から」とか「見下してる」とか「保護されてる」とか「偉そう」とか「根拠は」とか言えちゃうのは、
なんか違うなと思う訳です。相互作用の中で学び合っていくためには、やっていかなければいけないことなのではないのでしょうか。

自分が人より偉くなったと思ってるから言ってるんじゃないよ。
私たちが問われながら少しずつ変容してきたその過程なんです。それをまず「知ろうとして」ください。




うわべの「仲良し感」をものすごく大切にして、気を使って気を使って生きてきた私でしたが、
大切であればあるほど問わなければいけないということに、最近やっと気づきました。

それは、先生の思想を「内面化」したからではなく、みんな自ら気づいてきたことだと思います。



私は、徹底的な劣等感が大学生活のスタートだったけれど、
それは割と今考えてみればよかったことなのかもしれないな。

自分を(よく言えば)「謙虚」に見ていくことができたから。

唯一残ってた自信もプライドも全部概念砕きされたとき初めて自分というものも、したいことも見えたよ。
決意したことがあるから、もっともっと自分を問うていかなければね。


謙虚さって大切よね。これからも精進します。
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