僥倖 

May 29 [Tue], 2018, 10:31

今日も一日、チャンリンシャン。
気が付けば皐月も末。
四月からの新しい景色は濃厚であります。

今日の言葉、『僥倖』。

意味は、「思いがけない幸い」「偶然に得る幸運」。
また、「幸運を願い待つこと」。

ショコラティエ・三枝俊介に感銘。
ほんとうに人は風格で現れる。
素晴らしい、氣を感じます。

今できる最大限が、僥倖を生み出す」(ショコラティエ・三枝俊介)

探し求めて、自らを信じた時に、同格の人と巡り合う。
そして、そこから相乗効果が生まれ、格別なものが生まれる。


ヤースーは、三枝氏の情熱と行動力から、そう感じました。
久しぶりに、鳥肌が立つほどの嬉しい気持ち。
四月からの新しい景色の中で、居心地の良さに惰性に流される甘えが芽生えていた。
僥倖を信じて流れをつくらないと、この道を開いた意味がなくなる。

すべてをやってこそ、道は開ける」(ショコラティエ・三枝俊介)



やろうと思うことは、やっていこう。
行動しないで、あーでもない、こーでもないは無しにしよう。
良いと思うことは、肌で感じよう。

行動について考えると、動くことが行動ではなく、静かなることも行動。
まだまだ、登山はあと1000mある。
粛々と一歩一歩。
この一年で、回復期という景色を感じつつ、見えてくる要素を整理しようか。
たぶん、それがこの5年=5000mの登山の意味となるでしょう。
登りながら、ここに来て、意味が見えてきました。
この山登りがよかったと思うように、そして、次につながる山であるように。

そう思う今日この頃。
良い氣を取り入れて、悪い氣を寄せ付けず、前進しましょう。

上善如水 

April 08 [Sun], 2018, 16:00

今日も一日、チャンリンシャン。
朝の寒さが明け、温かい。卯月。
休日の日曜日。
こんなにもゆっくりと休日を過ごすことができるのはどれくらいぶりだろう。
小野リサのボサノバが気持ちいい。

今日の言葉、『上善如水』。

少し余裕をもって、「哲学の言葉」を感じていきたいなぁ。
まだまだ、1000mの登山の途中。
しかし、今までの登り方では、山頂へは到達しないでしょう。
まさに、この言葉がとても重要になると感じます。

「上善水のごとし」
最高の善は水のようなものである。
万物に利益をあたえながらも、他と争わず器に従って形を変え、自らは低い位置に身を置くという水の性質を、最高の善のたとえとしたことば。
(コトバンクより)

いわゆる柔軟な心と穏やかな振舞い。
そういう格に成長しないと1年後の景色は十色。
良い色をみるためには、これを意識していこうか。

今だから、上善如水。
5年前は、悪い流れを変えるために、必死でしたね。
川の流れを変えるには、相当な忍耐が必要。
人生には、そういう時が必ずあると思います。
悪い流れは自ら生み出したものであるなら、その流れを変える。
悪い流れのままであれば、流れとともにますます流れを変えることが困難になってくる。
ヤースーは5年かかったけれど、ほんとうに大変でした。

今は、陽の光が異なる。
写真を写す時の色が異なる。
どこか、明るく、穏やかです。
そういう4000mの景色です。

しかし、これからが大切だから。上善如水。
温かく、穏やかに、丁寧に。
そういう、チャンリンシャンが真に必要な時期に差し掛かっているのかもしれません。

妄想で浮かんでいる次の目標や、人生の終着駅に、辿り着くように。
整えて、ゆっくりと前進しましょう。

flamenco blue 

April 01 [Sun], 2018, 12:29

今日も一日、チャンリンシャン。
卯月に入りました。
この月から、新たなはじまりの門を開くことができました。

今日の言葉、『flamenco blue』。

この5〜6年の歳月を表現しました。
これからも絵心はないけれど、心にある表現ができればいいですね。

マイルス・デイヴィスの「kind of blue」の「flamenco sketch」を聴きながら。
曲の深さが自分の心と重なります。
水の流れを連想して、flamingoの色が浮かびます。

人生は浮き沈み。
流れの中で、輝きが見え隠れする。
そして、深い闇に沈むものもあり、そして、新たに浮かぶ色もある。
諸行無常。
海のように深い蒼で、静けさが永遠。

私の人生も一瞬の光。
そうある限り、心が沈みそうになることも多々あり。
しかし、その対極もあり。
私だけの力ではどうにでもないことを、見えない力で支えられた。
それは、家族、友人、職場の利用者のおじぃ、おばぁ、亡くなった親しい人たち、この登山がはじまった時に亡くなった犬のサクラ。
それ以外の、沢山のみえない力が、今月からはじまる新たな門を開いた。

今年のテーマは、『開』。
すべてのものに感謝して、最後の登山の1000mへと臨もう。
この一年が大切になってくる。
山頂がすべてではない。
通過点であり、その後が見えてくるように、しっかりと一歩一歩、この1000mを楽しもう。

舟は南に向かっている。
南の匂いと、春の香りが気持ちよく感じる。
そういう地を感じている。

妄想を現実に。旅。
行ってみたい場所がある。
イタリアのある島。
南の地についたら、西欧へ舵を切りたい。

馳せる妄想。
だけれど、今月からはじまる新たな景色を楽しもう。
一歩でも、半歩でも前進できたらいいでしょう。

flamenco blue。
一生、この絵をみながら振り返りつつ前進するでしょうね。
少しずつ追い風を感じた。
そんな時ほど引き締めていきましょう。

春のチャンリンシャンでした。

終戦 

February 28 [Wed], 2018, 4:59

今日も一日、チャンリンシャン。
気がつけば如月も末日。
ヤースーの登山も4000mに差し掛かってきました。
この4000m越えが難所。

去った25日に国試を終え、基準を大きくクリアしたので、その時点で戦いは終わりました。

今日の言葉、『終戦』。

まだ、正式な発表は来月の末日。
内定的に合格ですが、マークシートなので、その日が来るまではわからない。

ほんとうに苦しい戦いでした。
今の、この平穏な空気感は不思議です。

ただ、この4年を振り返って、クリアしたことを嬉しいとかはないですね。
クリアしなかった人たちの傍らで、喜びを甲高く現わしている人たち。
この過酷な日々の中で、滑落していった人たちが多くいる中で、喜べるかな。
以前にも書いたと思うけれど、元気を与えていくことが基本である作業のリハビリ。
どう公平に観ようとしても、ここの教える側の人たちの横柄さは際立ちます。

良かったと思うことは、通所リハビリで働いていた人と利用者の温度だけ。
作業というリハビリを勉強して、とても多くを学んだのは、通所リハビリでした。

戦いって、何も気持ちいいものは、残らないかもな。
とても虚しい気持ちでいっぱいです。

三月末の合否に関わらず、四月から動き出そう。
場所は決まっているけれど、万が一、何かがあったとしても、悔いなし。
新しい道を歩みます。

次に行きましょう。
汚いものも沢山観てきた四年間。
だから、その対局もみえてきます。
登山は、あと1000mかな。
四月からが、もっと大切な一年になるでしょう。

チャンリンシャンしながら、しっかりといきましょう。

 

January 01 [Mon], 2018, 21:58

今年もよろしくチャンリンシャン。
インフルエンザでの年明けでしたが、午後から回復傾向。
救急への迅速な決断とタミフルの効果は抜群ですね。我慢は良くない。
そんな新年幕開け。
スーパームーンも夜空に浮かんでいます。

2016年-2017年の二年は『超越』。
「超えて、越える」という意味を込めて進んできた二年でした。
超越は、「普通の程度をこえ、すぐれていること。とびぬけてすぐれていること。俗事にこだわらないこと。」などの意味があり、普通より、一歩前へって感覚でしたね。
簡単ではない日々でした。
ただ、その中でも人との出会いというか、支えがありがたいと思った日々でもあり、この二年の経験がこれから大きく残るでしょう。

そして、2018年のテーマは『』。
2018年-2019年は『開明』の二年。
開けるには二月の壁を越えないといけないけれど、しっかりと開きたいという気持ちです。
んー、自信というのは、わからないけれど、とにかく、勝ちに行く気持ちで臨むこと。

開明は「知識がひらけ、物事が進歩すること。文明開化。聡明で進歩的なこと」などの意味があるらしい。
その一歩の一年にしたいと思っている。
そして、肯定的な生き方をしていこう。
すべてを受け入れて、肯定的に生きる。
その方が楽しい。

気持ちいい人、気持ちいい場所、気持ちいい時間。
見当識に当てはまるものは、すべて気持ちよく。

やりたいことが盛り沢山あって、そのために必要な一歩。
一つひとつがすべて大切になる。



そんな開く一年をつくっていこう。
チャンリンシャンしながら。

昇華 

November 14 [Tue], 2017, 2:16

今日も一日、チャンリンシャン。
霜月も寒暖の差が激しい。沖縄。

登山も新たな局面。
精神と身障の捉え方、感じ方の局面から、来年に向けての準備に入っています。
頂上までは残りわずか。
と言っても、5000m級の山の3600mあたりかな。
臨床での1年がこの山の最大の難所です。

難所続きだから、局面、局面をクリアしていかないといけない。
そんな長期的な登山。

今日の言葉、『昇華』。

南の山の9週間で出会った素晴らしい人がいました。
その人の助言が何とも適切。
「理想と現実のギャップを如何に昇華するか。現実を受け止めて、理想に近づけ、行動すること。プラス思考かつ素直に現実を受け止める姿勢」
脊柱に電気が走ります。
ほんとに素晴らしい人です。
今も繋がっている感が、嬉しくもあり、必然な声が聞こえます。

登山で出会った人たちの恩というか、すべてを思い出します。

年齢的なところで消極的になることも自ら勝手に生み出した固定観念であり、意味のないこと。
何のためにこの登山をしているのかを考えて、進まなければ3600mまで来た意味がない。

だから、覚悟を決めて、逃げていたものを選択しようと思います。
まぁ、その道が開けるかどうかは運しだいだけれど。
そこの登山道を選択して歩いてみようと思います。

いつも不思議な出来事が多いけれど、その気持ちの揺れや一進一退はとても大切な時間かもしれません。

そんな感じで、今日も一日、気持ちよくいきましょう。

目的論 

September 17 [Sun], 2017, 21:38

今日も一日、チャンリンシャン。
気が付くと九月、長月。
季節も秋の匂い。

後半の道のりは、険しさより、吸収することの大きさを知る。
あと二週間で、どれだけ吸収できるか。
もの凄く、奥深い世界です。
しかし、そこにある技術は必ず習得できるもの。
できないものは、人から滲み出る「格」のみ。

技術、経験、知識は大切ですが、そこから得られる「格」は年月では得られない。
どんなに熟練でも、格が低い人はそれなり。
格が高い人は、滲み出るものがある。

今日の言葉、『目的論』。

アドラーは「目的が自分の人生をつくっている」と話す。
景色を変えられるのは自分だ。
それはわかっている。
ただ、少しだけ、落ち込んでしまう日々もある。

もっと焦点化して、的を絞っていく必要があるかな。
今のままでは、他と同じ動きだ。
そして、品格が高い人と関わろう。
厳しいだろうが、そうしよう。
人と触れ合う大切な仕事であれば尚更。

登山は、登頂までの途中。
先は見えているが、まだわからない。
そういう世界です。

ただ、少しだけ、落ち込んでしまう日々もある。
登山は、一進一退。

馬鹿と、難儀と、前進と 

August 06 [Sun], 2017, 11:20

今日も一日チャンリンシャン。
葉月も早くも六日。
足早に時間は過ぎていくもの。

こうやって人生も足早に。
気がついたら、死の床についているのかもしれません。
この一文について、positiveと捉えるか、negativeと捉えるかは人それぞれ。
私はpositiveに捉えています。

某回復期。
いろいろな疾患を持った人たちが多いです。
様々な病状についてはここで取り上げることはしませんが。
いつか人は倒れるもの。
リハビリして再び歩き出す人もいますが、その際にも人生観は変わっていると思います。

生きているって有限で一回限り。
やはりそこで何をしたかによると感じます。
世の中に何かしたことがすべてではないと思います。
身近の人たちに何かをしたかも含め、人生を満足して生きたと思うかどうか。

少し大局的に。
世界を含む情勢も含めて、利己的になり過ぎている。西も東も。
人や動物たち、植物、環境、地球などへの恩恵が消え去り、利己的なために一国のリーダーが自滅へと導いていると感じざるを得ない。まるで第一次世界大戦前の様相。
こんな小さな地球なのに、まだやるのかという情けないものです。

そういう大局を感じながら、人々が病を抱え倒れていく。
そして、病院というところで回復のために一生懸命に生きようとする。
生きるということは、なんでしょうね。

広島の原爆のように、ボタン一つで多くのシアワセが奪われる。
対岸のリーダーは東アジアの戦争を表明しているけれど、そんな簡単に「戦争」という言葉を発するのかと思うと子どもの喧嘩のよう。品格なし。

私は限られた人生であるならば、人として前進したい。
馬鹿なので、前進したい。
だからと言って、誰かを蹴落として優位に立とうとは思わない。
馬鹿なので、納得がいく景色を見るために、難儀な道も行こうかと思う。

今日の言葉、『馬鹿と、難儀と、前進と』。

来年は、その難儀な道を選択しよう。
そういう道が開いてほしい。
来年の今頃は前進するために難儀をさせてほしい。
格が高い人と、格を求められる環境で、難儀をしよう。

そういう葉月の今日この頃。
広島の原爆の日。
今、私ができることは、人として前進することかな。

今日もチャンリンシャンしていきましょう。

旅というもの 

July 12 [Wed], 2017, 21:22

今日も一日、チャンリンシャン。
文月も中旬に入りましたね。
月日は濃厚に過ぎていくのか、無常に過ぎてくのか。

今日の言葉、『旅というもの』。

旅というもの。
何が待ち受けているかは分からない。
何も保障もないし、いつ終わるかはわからない。
そして、いつかはじまりがあることもある。
人と出会い、人と別れ、その意味を感じる。
それが旅というもの。

それを選択したのだろう。
何も保障のない明日を選んだのだろう。
だから面白いという人もいる。
だから楽しいという人もいる。

でも、旅は簡単ではない。
孤独なものです。
何もなければ、ただの瘋癲。
「瘋癲」を調べれば、精神疾患。

ポジィティブであれば世界は広がり。
ネガティブであれば明日はない。
旅をする覚悟は普通ではないね。

旅は縁。
旅は時の流れ。
気を引き締めて、自ら浄化するべし。
滑落は油断から生まれる。
とにかく、一歩一歩、進むことから。

そんな文月の戸惑い、というか、迷いというか、旅の苦しさ。
心を鍛えてなんぼ。
粛々と、チャンリンシャンして。


摂生 

June 19 [Mon], 2017, 14:36

今日も一日、チャンリンシャン。
猛烈な梅雨。沖縄。
重たい天気に心も重たい。
そんな今日この頃。

今日の言葉、『摂生』。

この言葉が最近は浮かびます。
「摂生すること」を体が求めているのかもしれません。
幸い、頂いた玄米もありがたく。
カラダの無理はよくない。
摂生と浄化が必要であります。

今日は用心して休日にしました。
インターバルな感覚。
そして、ビタミン補給を堪らず。

現在、私は登山の山場。
前半戦の終盤。
なかなか重たく、険しい道のりです。

精神世界の分野は海のようですね。
藍色の波と白波が荒々しくみえます。
そこで人は等しいと知る。
誰でも通じるから。
精神世界の荒波にのまれ苦しんでいる人たちも多々。
私はそういう世界を見ています。
誰でもできない貴重な経験。

また、来月の下旬からは後半戦が始まる。
どんな世界が待ち構えているのか。
楽しみというより、不安と期待かな。
間違いないって思えるものに会いたいですね。

5000m級の頂上までは、まだまだ遥か。
4000mまでの道のりは、とても重要なポイント。
前半戦、後半戦、最後の難関と目白押し。
すべてをクリアしないと4000mに辿り着けない。
滑落した人も多々あると聞く。



余計なことを考えずに、一歩一歩だな。
チャンリンシャンして、前進しよう。
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