腹帯って何でするの? 

July 14 [Sat], 2007, 14:32
腹帯って何でするの?




やっぱり、おなかを冷やさないように、とか、母親としての自覚を持つために、とか、していると楽だから、とか色々と言われます。

他の国では、腹帯をしてなくても普通に産んでいるのにと思って、しない主義の人もいますが、現在妊娠4ヶ月の私自身も、起き掛けとかに、子宮のある下腹の辺りを触ってみると、他の部分は暖かいのに、その部分だけヒンヤリ冷たくなっていたりします。やっぱり、お腹が冷えやすくなってるんだなと実感します。

1度目の妊娠時、お腹が大きくなり始めたのが夏だったと言うこともあって、腹帯が暑苦しくて、全然してなかったこともありましたが、臨月に近くなってくると、お腹が引力に引かれるように、重くなってくるので、していた方が楽だったという経験があります。

でも、したくない!って人もいるはず。してないと、周りの方に「どうしてしないの!!」と言われたり、何でか、怒られたりすることもあります。(汗)

特に年配のお母様方は、腹帯にこれでもかというほどこだわる方がたくさんいらっしゃって、会うたびに「腹帯はしているのか」と確認されることもあります。

友達が妊婦だった時、夏に汗をかいても「腹帯をしなければ」と蒸れてもかゆくてもし続け、あせもやかゆみがひどくなったという人もいました。

ライフスタイルに合って、していた方が楽だ!とか、冷えない、とか言うのであれば、つければいいと思いますし、無理につけることはないんじゃないかな〜と、私は個人的には思います。
でも、噂なので本当かどうか分かりませんが、特に冬は、お腹を守ろうとする本能で、不必要な脂肪がつくとかいう話もあります。大事なところに毛が生えるのと同じで、そういうこともあってもおかしくないですよね。お腹に無駄にお肉のつく私のような妊婦には、必須アイテムかもしれません!

江戸時代には、縄のようにきつくしめていた! 

July 14 [Sat], 2007, 14:31
江戸時代には、縄のようにきつくしめていた!




腹帯を巻くという風習を広めたのは、助産婦さんだと言われており、難産だったり、新生児や母親が産後に命を落としてしまったりすると、「帯のしめ方がゆるくて、胎児が太りすぎた」とか、「帯がゆるいと、胎児の場所がズレる」とか思われていたようで、何重にも厳重に、縄を巻くように、きつくきつく巻いていたらしいのです。
今でこそ考えると、おなかが大きくなり始めは、普通のパンツでもきつく、苦しく感じたりするのに、縄のように巻かれていたら、窮屈で辛そうですね。

江戸時代に活躍した後藤良山や賀川玄悦などは、きつくしめる腹帯が、母親にも胎児にも有害だ!と説き、腹帯はゆるく巻くようになったそうです。

平安時代には一般的に 

July 14 [Sat], 2007, 14:29

平安時代には一般的に



それまで、貴族社会で宗教的儀式としてされていた腹帯ですが、平安時代には一般的になってきたようです。
子供が多く生まれてしまうのを防ぎ、子供を減らしていた頃ですので、「この子は育てるぞ!」といった社会に披露する意味もあったそうで、夫のふんどしを腹帯に使ってみたりしていたそうです。生まれてくる子供は、夫の分身、という意味もあったそうですよ。
元々、3mくらいある「ゆはだ帯」というのを使っていたらしいのですが、江戸時代以降には、2m程のさらしが使われるようになり、岩のような丈夫な子を産む、という意味から、「岩田帯」とか、「斎肌(いわた)帯」とかいう風に言われるようになったそうです。

神宮(神功)皇后がルーツ? 

July 14 [Sat], 2007, 14:27
神宮(神功)皇后がルーツ?




神話の類に入る、殆ど伝説なのですが、腹帯について調べてみると、神宮(神功)皇后という人の名前がよく出てきます。このお后について、少し調べてみました。

1800年くらい前に、神宮(神功)皇后(息長帯日売命(オキナガタラヒメノミコト))という、14代天皇のお后がいまして、「古事記」には、三韓(今の朝鮮辺り)を討伐に行った時のこと、お腹に15代天皇の応神天皇を身ごもっていたので、石を帯の中に巻きつけたということが書かれています。
戦争に行っていたのにも関わらず、帰ってきて安産をしたため、安産の神様になったようです。
(ちなみに、応神天皇を取り上げた女官が、この帯をもらって、婚儀の時に頭に巻きつけたそうで、それが「角隠し」のルーツだと言われているそうです)
そして、神宮皇后の安産のイメージが、そのまま腹帯=安産のイメージに変わっていったのではないかと言われています。
息長帯日売命という名前が、長帯という辺り、腹帯をイメージさせるのですが、関係ないのでしょうか?