卒業します。

January 23 [Mon], 2012, 20:52
段ボールハウスから出ます。



正直もう20代も後半ですよ。少しはレベル上げて行かないとね。


【レベルの低い住居の一例】

・冬場起きたら5℃になっている

・夏場常に湿度80%を超えている

・斜め上の中国人家族の罵声

・屋外にあるのに室内から電源をとる洗濯機

・温度設定が熟練の指使いでないと牛乳やビールが凍結する冷蔵庫

・見たこともないような湯沸かし器



あくまで一例ですが、こんな環境がすべて整った上で3年住んでいる人も広い南行徳を探せばいるかもしれませんね。




転居先を検討し、不動産屋と見回り、テレンスにいにいに保証人にして決定した転居先とは…







南行徳!




ええ、同じ駅です。




しかし今度はグレードが違います。



鉄筋コンクリ!



万全のセキュリティ!



駅徒歩2分!



当たらない日差し!あれ?




ロータリーから見えます。しかし隣のマンションが隣接していて日差しはちょっとしか当たらない。



しかしこの3年間はコケのような生活をしてきたんだ。気にするもんか!



だいぶ狭くはなりますが、これから部屋を作っていきます。心置きなく。



引っ越しは3月です。それに向けて頑張って整理していきますよ。



これで体を壊すのが少なくなるといい。



休日の午前中に隣の家のガキが壁にボールを当てる音で起きることもなくなる。



新聞の勧誘とかつまらないことがそもそも上がってこれないのでなくなる。



とりあえず余裕が出来たら松尾あたりから呼んでみよう。



2012年は「動」の1年にするんだから。



てなわけで、ボナノッテ。



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■末っ子の肖像■
泣きたいときもあるさ、人間だもの
Name:O
今、首都圏で一番注目されている千葉県浦安市に生まれ育つも、そんなに注目されない少年時代を過ごす。
2001年、千葉県立薬園台高校に入学。2年生以降は後輩をいびり続けながらも濃密な青春時代を送る。あの頃を思うとかのガガーリンが「お前は青かった」と言わざるを得ない3年間。
2004年、持ちえるモノを出し切り某R大学へ。パイレーツという野球サークルっぽい所に入り単位も取り捲る。2年生で100単位は努力の賜物、しかしその裏で失くしてきたものははかりしれない。
2005年、何を思い立ったかアメリカへ1ヶ月ほど飛ぶ。見た感じわからない変化をして帰ってくる。
そして2006年。W杯にWBC、はぐれ刑事純情派再放送など波乱の1年にOはワンステップ成長。2007年、「就活」「卒論」というモンスターに戦いを挑み、「マジ泣き」「開き直り」「世捨て人化」という大逆転技をもって見事勝利した。
2008年、甥っ子が生まれ新たな称号「叔父」を手に入れたOは社会人1年目というなんとも胃薬や疲労回復剤が必要そうな環境においてなんとか奮闘。東京都台東区という何とも下町情緒溢れる職場で当分は働くこととなった。
2009年と言えば、なぜか故郷浦安市と通り1本隔てた南行徳という立地で生活開始。その粗暴なつくりの社宅は通称「ダンボールハウス」と揶揄される。ただし2Kという広さが功を奏し、意外と快適になってる残念な事実が発覚した。しかし、この年は上司が変わってなお且つそりが合わず胃痙攣で救急車搬送。
2010年、この年の漢字を「緩」と表すほど余裕は出てきた。あんまり仕事を追い込んで考えなくなったこともあり、よく言えば気楽になったのだ。しかしお酒の量は増えるばかり。野球ではピッチャーにも少し慣れて偶然が重なり台東区3部夏季大会MVP獲得。胃の中の蛙とはこのことじゃ。
2011年、よもやの大震災。世の中も、人も変わった。自分自身をどうするかって毎日考えている。これからを。人生を。でも比較的飲んでる。
このブログは基本は日常ネタを中心に高校、大学の内輪ネタも時たまあります。わからない人は勇気と優しさと哀れみを持って僕に聞くか、わかったふりをしつつ学んで行ってください。とりあえず「松村勇樹」というのを知っているあなたはパワプロにおけるパワーBくらいの実力です。
あと基本は孤独な人間なのでちょこっと冷蔵庫を開けて何かねーかなーっていう気分でいいのでコメントしてあげてください。
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「末っ子」の歴史
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