77:入院証明書。 

2007年02月21日(水) 23時24分
先日発見された簡易保険の関係で入院証明書を作成・提出する事に。
とはいえ用紙を貰い主治医の先生に記入して頂くので、
自分で記入する事は何もなく白紙の用紙を先生に渡した。
数日後記入頂いた証明書が手元に届いた。
素人の私が書くより的確な言葉と用語が使われていて当時を良く思い出せる。
発病から初診までの経過、初診時の所見、
病状経過の部分をそのまんま書き込んでみます。

「16年末頃から不定の頭痛。
 17年4月、急に頭痛が悪くなり10日(日)に○○病院受診。
 13日にMRIを撮影して小脳出血が疑われ、紹介で当科受診
 小脳腫瘍の疑いで即入院。
 精査を計画していたが14日に急性水頭症となり緊急で脳室ドレナージ術。
 21日にVPシャントを入れて本格的な治療は日延べし、
 4月30日ひとまず退院。
 5月16日、2回目の入院。
 腫瘍塞栓術を行い5月21日退院。
 5月27日、3回目の入院。
 30日に2回目の塞栓術。
 以上で小脳血管芽腫と思われる腫瘍の血行を大幅に減らし、
 6月7日に後頭下開頭・腫瘍全摘出術を行った。
 術後経過は良好であり、6月20日独歩退院。
 以後、外来通院中。」

…このブログのあらすじみたいです(笑)。
つづく。

76:14回目の通院。 

2007年02月02日(金) 18時55分
今回も朝6時半に出発、7時半前には病院に到着。
8時受付開始だがまたもや病院全体で10番目位になった。
以前なら3・40番目になっていたのだが…。
どうやらお年寄りへの医療費負担が発生した事が
この空き具合の原因らしい。
以前は無料だったので沢山のお年寄りが気軽に訪れていたという。
お年寄りが気楽に来れなくなった事は問題だとは思うが、
正直通う必要性のある患者さんにとっては助かる現実だ。
等と考えつつ脳神経外科の受付トップを今回もゲット。
14回中13回トップでした(笑)。

そして診察開始、先生はふらつきの具合が改善してきたかを尋ねられたが
残念ながらふらつき自体は何ら変わる事がないと答える。
しかし色々雑談のように普段の様子を話すうち、
やはり慣れは進んでいるので気長に行きましょうとのお言葉。
電子カルテが導入されており、診察しながらも会話を打ち込んで行くのだが
コンピュータの画面が患者にも良く見え
お願いすると過去の入力も見せて貰える。
昔の暗号だらけみたいな紙カルテ時代とは大違いだ。
なんというか安心感が全然違うな〜。
今回も無事に診察終了、次の通院を予約し帰途へついた。

…しかしこの状態がずっと続くんだろうか。
やはり再発の危険があるから継続しての通院なんだろうな。
どうもマイナス思考になってしまう癖がなかなか抜けないや。
つづく。

75:13回目の通院。 

2006年12月10日(日) 19時40分
今回も朝6時半に部屋を出発、1時間弱で病院到着。
しかしいつもと様子が違う。
いつも40人位先に到着された方々の後ろに並ぶのだが、
今日は先頭から4番目…。
一気に患者さんが減った印象なのだ。
不思議に思いつつ8時になり、あっという間に受付終了。
受け取った脳神経外科に診察ファイルを提出し9時の診察開始を待つ。
すると8時半過ぎに主治医の先生登場、
診察室に招き入れてくれるではないか。
どうやら体調が思わしくないらしく、
外来を早く終わらせ身体を休めたいらしい。
いつもの問診開始、最近は大分慣れて自転車にも乗りまくっている事。
意識せずとも注意深く動くのが習慣となり、かなり楽になって来た事を話す。
ここ1ヵ月、転倒してないもんな〜。
順調ですねとの言葉を頂き今日の問診は終了。
次の通院の予約を取り本来の診察開始時間よりかなり早く病院を後に出来た。

以前は外来通院の後、
入院病棟に顔を出し看護士さん達に必ず挨拶をしていたのだが…。
ここんとこ新しい顔触れになって来ていて非常に声を掛け辛い。
朝食後の忙しい時間だから尚更だ。
その為前回の通院時から病棟への顔出しを遠慮する事にした。

まだ苦しんで戦っている患者さんも居るのだし…ね。

つづく。                                 かな?

74:そしてお通夜。 

2006年10月28日(土) 23時02分
始まる1時間前に到着、受付に立つ事を申し出ていたので
おっちゃんの写真をちらちら見つつ葬儀会社の方の説明を受け
そのまま所定の場所へ立つ。
そして参列者の受付開始。
読経も始まりご焼香も進んでいく。
その間、私は当然ひたすら来られた人達に挨拶と用紙へのご記入、
返礼品の引換券のお渡しをひたすら続ける。
祭壇はついたてにより何も見えなかったが、
おっちゃんの末娘が度々涙を拭うのだけが見えていた。
参列の方がほぼ来られなくなった時間まで立ち続け、
葬儀会社の方から「もう結構ですよ」との言葉を頂き
他の受付の方と焼香をする事に。
念珠を手におっちゃんの正面に立つ。
元気な頃のふくよかな笑顔の写真だ。
型通りのご焼香をさせて頂き、もう一度おっちゃんの写真に目を移す。
思わず大きなため息を付いてしまった…。
お清めのお客さんも殆どお帰りになり最後にその場所へ入った。
何人かのおっちゃんの友人達が私達を待ってくれていて
ビールやお酒を勧めてくれる。
何の遠慮もせずごきゅごきゅ呑む私。
しかしすぐに時間の制限も来てしまい、
おっちゃんの友人達と一緒にお清めの場から出る事にした。
外に出る前、祭壇の前を通るのだが誰もいない。
酔っ払ったおっちゃんの友人達と共に私も棺の所まで登り
おっちゃんの顔を覗き込む。
バリッとスーツを着た見慣れたおっちゃんの姿。
黄疸を隠す為の厚めに塗られたお化粧で肌は真っ白…。
「ごめん、やっぱダメだわ」と涙が溢れて来るのを止められなかった。
でも娘さんから聞いていた通り、安らかな、笑っているかのお顔。
苦しんで亡くなってしまうであろう事を
医者が言っていた事を聞いていた私は正直ホッとした。
涙を拭きつつ会場を後にし、
最寄り駅の傍の焼き鳥屋さんでおやじ達と呑み始めた。
懐かしい思い出話…。
1時間程呑んで帰途へ付く。

何だか疲れちゃった……。

つづく。

73:その日が来た。 

2006年10月26日(木) 22時42分
10月23日(月曜)、仕事場で午後の休憩中携帯が鳴った。
発信者はおっちゃんの娘(友人)。
嫌な予感…。
電話に出ると友人が敬語で話し始める。
「今朝、父が逝ってしまいました。
 お通夜が25日、告別式が26日になります。
 よろしくお願いします。」
こちらも冷静を装い丁寧に返事、職場仲間への連絡を約束し仕事に戻った。
金曜に涙を見せてくれたおっちゃん。
動かない身体で必死にオッケイサインをくれたおっちゃん。
考えないようにしても仕事をしながら溜息が出てしまう。
職場の仲間には予め事情を説明してあったので25日だけ休みを頂いた。
仕事を終え部屋に戻ると各所に電話連絡を開始。
何故か事務的に日程関係だけをを伝え、電話を切ってしまう。
感情を込みにして話すと泣いちゃいそうで…。
夜遅く、朝から動きっ放しだった友人から再び電話。
ようやくゆっくりその時の様子を話す事が出来た。
早朝5時半、病院から容態急変の連絡。
急いで向かうも間に合わず、5時45分頃に亡くなってしまったという。
…いくら早朝の空いた道でも15分じゃ無理だよ。
その日のうちに友人宅(長女なので喪主になる)へおっちゃんは帰った。

「部屋に帰りてぇ…」

おっちゃんの願いは叶わなかった…。

つづく。

72:最近の自分。 

2006年10月18日(水) 0時02分
仕事に復帰し早1年ちょい。
半年毎の配置転換にもがき苦しみつつも何とか今の部署にも慣れて来た。
身体の調子は良くもなく悪くもなく、変わらないって感じ。
後頭部には摘出手術時のでかい傷が輝いている。
その周囲の広範囲にわたる無感覚部分への違和感は、
平常時はかなり薄れてきたものの、
乗車時にヘッドレストに頭が当った時など気持ち悪い感覚は変わらない。
フラツキについてはでかいバイクを借りて乗り回しても殆ど問題なし、
しかし部屋で気を抜いてると大転倒…。
気を付けている状態じゃないとダメなんだなぁと実感。
と言う訳で今後はバイクを自粛、可愛い自転車を買って
そちらでリハビリを続けようと思います。
入院前の体脂肪率と比べ、現在の体脂肪率は10%増加、
しかし体重は戻ってる…。
という事は筋肉が落ち脂肪が増え重さだけは釣り合ってると言う事。
筋肉が落ちた身体では代謝が出来ず更に太ってしまう…。
今はすぐバテてしまって長距離なんて無理だけれど、
基礎代謝を上げるべく少しずつ距離を伸ばしご近所探検を趣味に
気長にやって行こうと思います。
当然自転車でもかなり不安定なので自重を忘れずに!

つづく。

71:不安な日々。 

2006年10月11日(水) 22時59分
自分が命の危険に晒されていた時より不安なのは何故だろう。
おっちゃんの様子を友人から電話で聞く度に辛い気持ちになってしまう。
話しながら泣いてしまった事もあった。
聞いた話ではいまや排尿排便もままならずオムツをし始めたとのこと。
意識ははっきりしているものの自らはもう動けない。
食事も最後に逢った時は辛がりながらも経口で自力で摂っていたのに
点滴による栄養補給で命を繋ぎ始めた。
…ほんの数日でこんなにも病状は進んでしまった。
正直、有事の際の事柄を友人と話す事が多くなり気が滅入る。
しかしそういった話をきちんとしておかねば余計なトラブルが起きてしまう。
職場が同じだったと言う事もあり職場の組合役員への連絡、
頼りになるおっちゃんの若かりし頃からの友人である方への連絡。
おっちゃんの友人はかなりショックを受けておられ、
今日お見舞いに行った筈だ。
正直出来る事はココまで、私に出来る限りの事はした。
後は友人達家族に任せ、静かにその時を待つだけだ…。
「また来るねっ!」とおっちゃんに私は告げたのだが、
今の状況では家族との時間を少しでも多く過ごさせてあげる事が
何よりだと思っている。
…本心ではまた逢いたいけど。

つづく。

70:おっちゃんの容態。 

2006年09月30日(土) 19時47分
実は私の通院日と同じ日、
友人(おっちゃんの娘)が主治医さんに呼び出されていた。
おっちゃんに会わぬよう、病棟ではなく外来の部屋での約束。
前日の夜その友人と長電話していてその話は聞いていた。
癌患者の家族を呼び出しての話を求める先生。
予感はしていたのだが…。
お見舞いを終え自分の用事の為に車で1時間位の所へ着いた頃、
友人にメールして話の内容を探ってみた。
返信には…。

「話しは30分程で終わったけど、いつ何が起こってもおかしくない、
もっても10月半ば位だって(>_<)」

私自身ほんの少し前におっちゃんに会い、
黄疸が出て手足は象さんのようにむくみフラツキに苦しむ姿を見て来たので
ある程度覚悟は出来ているつもりだった。
でもあんなに会話に飢えた状態で一生懸命話すのを見て来たばかりなのだ。
今日は9月29日だぞ?
1ヵ月も無いじゃないのさ…。

就職したての頃、しょっちゅう呑みに連れて行ってくれた先輩。
脳腫瘍で入院し苦しむ私を何回も見舞ってくれた先輩(親も来ないのに)。
夜になり風呂を浴びている際中、不覚にも涙を流してしまった。

つづく。

69:12回目の通院。 

2006年09月29日(金) 22時24分
いつもより早く、朝6時半部屋出発。
受付順位病院全体で13位…みんな早過ぎ(苦笑)。
当然脳神経外科ではトップを取り最初の診断を勝ち取る。
問診開始、試しにバイクを借りかなりの距離を乗った事を報告。
しかし同時に気を抜いた時部屋でコケた話もした。
気を入れていれば結構普通に何でもこなす事は出来るのだが、
ふとした拍子に油断?が訪れおかしな事をやらかしてしまう。
退院して15ヶ月、かなり慣れては来たのだが…。
飲酒運転の危険性が叫ばれる昨今、私のような者が運転してもいいものか
少し考えてしまった。
しかし先生は慣れが進んだ状況という事で気を付けて乗れよとのお言葉。
油断せず頑張ります…。
でもバイクは控える事にしますが。。

自分の診察が終わりそのままおっちゃんの病室へお見舞いに。
やはり入院の予定が延び私の通院日と重なったのだ。
部屋に入りおっちゃんのベッドを覗くと白衣の人が一緒に居る。
回診中かと思い廊下でしばし待つ。
先生らしき人が去り久し振りの会話を始めた。
病院に1人で居るとどうしても人との触れ合いが欠乏する事は経験済み、
声を出し難くなったおっちゃんは時々疲れた様子は見せるものの、
世間話や病院での事を色々話し続ける。
私も極普通な会話内容ではあるが充分会話を楽しんでしまった。
気が付くと2時間余り経過、おっちゃんの体の負担になる事を恐れ
昼御飯のチャイムと共に「そろそろ帰るね、また来るね!」
と告げ病室を後にした。

つづく。

68:おっちゃんの肝臓癌。 

2006年09月02日(土) 23時50分
来週、友人からのメールによると3週間の予定でまた入院するそうだ。
今回の入院では手術する事はなく、
経口や点滴によって抗癌剤治療を行うらしい。
癌細胞の勢いが強くもう他に治療法がないというのが現実だという。
入院期間も予定はあるものの体調によって変更されるという事。
退院してる期間、楽しみにしていた花火大会での親族集結時にも
調子が悪くぐったりしていたと聞いた。
本人にも治療方針は告知されており、
その上で私には本人から今の状態を知らせて来ていない。
自分の人生に終末が訪れつつある事を認識しての毎日…。
いま、おっちゃんはどんな思いで生活しているのだろう。
冷たいのかもしれないが、私から何か行動を起こすつもりはない。
何かお願いをされれば全力でそれにあたるのだが、
敢えてそれをしないおっちゃんの意思を尊重したいと思っている。
私の次回の通院が9月29日、入院が1週間延びていれば重なる計算だ。
今は何も考えず、友人(おっちゃんの娘)に当然全てを任せるしかない。
次に会えた時、おっちゃんはどんな様子なんだろう。
私はどう思うのだろう。
本人が病状や入院を知らせてこない為、
会う事自体を考えてしまいそうなのですが…。
その時にまた考える事にします。

最後に自分の経過だが、
フラツキにも大分慣れ普通の動きがほぼ出来るようになった。
しかしだからこそ油断が大きくなっているのも確か。
昨日部屋で派手に転倒、腕を付いたところに携帯の充電スタンドが。
その部分が青痣になり痛くて仕方がない(涙)。
これから先ずっと自重しての行動をしなければならないんだよな。
なんとか頑張りたいと思います…。

つづく。脳腫瘍 術後経過 後遺症 小脳失調 摘出 開頭 水頭症 シャント ドレン 頭痛 めまい 難聴 闘病 入院 手術 医療費 還付
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
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