実は私のページは ”親愛なる日記よ、この世には僕の大好きなことがある!” という言葉から始まるナンニ・モレッティ監督の映画 「親愛なる日記 CARO DIARIO」から名前を取りました。

プロフィール
  • ニックネーム:carodiario
読者になる
Yapme!一覧
読者になる
まとめというか書き残しの追加や感想等 / 2012年05月10日(木)
 日ごとのレポートは一応完成しましたが、まとめというか書き残しや感想等をつらつらと書いていこうと思います。したがってまとめでではありませんね。全然まとまらないと思います。

 まずは前置きから。

 今回の還島はそもそもは会社からまとまった休みをもらえるトシになったからどこかに旅行しようということから始まりました。うちの会社は社員が45歳になったときに第二の人生を考えろと言います。要するにこれからは全員を会社に残すわけにはいかないので、関係会社に転籍するとか、別の会社に出るとか、または一念発起して自分で起業するとか、とにかく自分の今後の道を考えなさいというのです。その一環として、面接があったり進路表みたいなのを書かされたり、そして今後のことをゆっくり考えるようにと長い休みをもらえるのです。それが満45歳になった翌年の10月から一年間の間に有効な休暇といくばくかの旅行券がもらえるという制度なのです。つまり46歳から47歳の間にたいていみんな行くことになります。

 使い方として会社の意図するのは、例えば起業するのであればその準備、例えば海外で何か事業をするための下見や、または実際に何かを体験してくるというような実際的なモノであったり、またはホントに休暇中に何かプランを練るために温泉にでも篭って考えるというようなものかも知れません。しかし、たいていはサラリーマン生活の中で約3週間ものまとまった休みが取れるような機会は二度とないので、期間を有効に使ってただ単なる旅行をするというのが定番となっています。具体的に言うと、2週間以上かけてヨーロッパをぐるっと回ってくるというようなプランが一般的でしょうか。

 なので私のように台湾に行くと言うと、「なんで? 台湾なんていつでも行けるやん。」というのが一般的な感想となるようで、実際会社でよく言われました。

 なぜ台湾かというのは私もよくわかりません。自分の中で知らないうちに台湾に決まっていました。自転車で走るのに距離的にちょうどイイというのもあるし、言葉が通じるというのもあるし、治安も対日感情も良いというのもありますが、いまいちパンチにかけるというのは正直ありました。というのは、例えば中国大陸を走るのであればたしかに危険や厳しさというのがありますがそれだけに後で使えるエピソードは山盛りできるというのもあります。また中国だと中国人に紛れられるのでお客さんとしてではなくフツーの中国人として旅ができるという楽しさもあります。しかしその反面しんどいのも事実。

 ということでいろいろ考えた後、いつ頃からか台湾に行くというのが決まっていて、公言しながらその準備をするということになりました。まあ、台湾にしたことはいまから考えると大正解でした。パンチにかけるというか、冒険色が弱いみたいなエラそうなことを思っていましたが、私もトシを取りました。台湾でも充分たいへんでした。体力は完全に落ちていて、数年前にお遍路を回り終えたころよりも確実に体力も気力もなくなっていたのです。事前にはその自覚はまったくありませんでしたが。この上毎日身の危険と戦い、宿の確保に汲々とし、また絶えず相手に騙されないように気を張っているというようなことはできなかったでしょう。台湾人の優しさに包まれて旅ができてホントに良かったです。

 次に全体の行程の反省をしようと思います。今回はまともに走れたのは初日の台北→台中間くらいのものでした。実際もう少し楽に走れるかと思っていました。計画では朝6時に出発すれば16時までに200km走れて、7時発でも17時には200kmと思っていましたところがそんなことができたのは初日だけでした。最悪は2日目と3日目で暑さと補給の失敗でヘロヘロになってしまいました。いえ、実は正直いまでも何が原因かよくわかっていません。

 4日目からはなんとか暑さにも慣れ補給のペースも要領よくなってくるのですが、今度は逆に疲労が貯まってくるのです。若いときのように一晩寝たら回復するなんてことはありません。慣れに疲れが追いついて追い越していくという状況で段々つらくなっていきました。

 それから失敗だったのは、サドルバックとフロントバッグでした。フロントバッグは途中からサドルバックとくっつけました。つまり後ろに2つつけています。前につけるアダプターが壊れました。これは仕方ないのですが、サドルバッグの失敗とは、サドルバッグはサドルに固定しているベルトが次第に緩んでくるということに気が付きませんでした。緩んでくるとどうなるかというと腿の後ろに当たって揺れるのです。これがとても不快なため自然に前乗りになります。前乗りというのはサドルの前方の部分にお尻を乗せるということです。すると普段サドルに触れない部分が触れるのでそこが傷つきます。具体的に言うとタ○の裏側の部分から肛門にかけての部分が擦れて痛むのです。これがタマラナクつらくてワセリンのようなものを購入して塗るのですが、気休めにもなりませんでした。そして、この痛みをかばおうとするので変な乗り方になり、今度は右膝を痛めるわ、左のアキレス腱も痛くなるわでどうしようもなくなってきました。途中でサドルバッグの紐を固定する方法を見つけて根本の問題が解決しますが、そうでなかったらリタイヤしていたことと思います。

 最初はフロントバッグとサドルバッグを標準装備。(*キーパンはオプションです。)


 2日目からはフロントバッグをサドルバックにくっつけています。




 あと、えらいもので、何日も続けて走っていると手もダメになってきます。ハンドルを握る掌が痛くてどう持ち方を変えてもツラくなってきます。そのウチに握力が全然なくなってきて夜に食事をするときにも箸が持てなくなりました。握れないのでモノをつまめなくなります。箸の使えない西洋人のようにガッと掴んで掌を上にしてすくうという方法で食べていました。元々はハンドルにTTバーを付ける事も考えていたのですが、フロントバッグのためともう一つは軽量化のため、それと恰好のために止めたのでした。

 自転車はさすがガソリンアレイで作った自転車だけあり、私のCandyの信頼性は抜群でした。事前の整備が万全ではなかったので多少の心配はあったのですが、基隆近くでのパンクと、南澳手前での泥詰まりによるブレーキの調子が悪くなったこと以外はまったくノートラブルでした。パンクは金属の繊維のようなモノを踏んでしまったことによるものでこれは避けようがなかったと言え、もちろんリム打ちパンクではありません。台中駅の近く街灯のない真っ暗な道で段差に突っ込んだり、クリンチゃーのタイヤだったら完全にパンクしていたような状況は4〜5回はありました。もちろんホイールも振れはもちろん何の不具合も出ませんでした。こんな素晴らしいクロモリのロードレーサーをオーダーしてみたいと思われる方はこちらへどうぞ。ガソリンアレイ

 一周ではなくても自転車による台湾旅行はお薦めです。私もまた、今度は一周するほどのヒマはないでしょうが次は花東縦谷か太魯閣渓谷か日月潭等を鉄道での輪行を組み合わせて行こうと思っています。台湾は自転車がとても走りやすいです。東側の一部海沿いを除いて。道路は自転車が550cc未満の単車と同じ場所をはしることになっているため日本より走り易いです。ただもったいないのは、あまりその素晴らしいインフラが活用されていないことです。台湾も自転車ブームと聞いていたのですが、もう少し翳りが出てきているようで台北近辺だけだったような気がします、自転車乗りがいっぱい走っていたのは。考えてみたら台湾は暑いのです。東南アジアの国でジョギングしているヒトがほとんどいないように、カンボジアのマラソン選手の層が薄いように、北回帰線より南側の熱帯といわれるところでは単純に走るというスポーツは流行らないのでしょう。じっとしていても耐えられないくらい暑いのに走るバカはいないでしょう。ただ、台湾でもったいないのは南方の海も泳いでいるヒトや波乗りをしているヒトもそんなにいないこと。聞くところによると台湾では泳げるヒトがあまりいないらしい。学校でも教えないとのこと。やはり教育というのは偉大なのです。

 台湾はコンビニがフツーにたくさんあってこれは自転車で走る人間にはありがたい。しかし、東側の海岸線などでかなりの距離に亘ってないところもあります。これはご注意を。そういうときに自動販売機でもあればそれでずいぶん助かるのですが、基本的に自動販売機はありません。自動販売機って日本以外の国ではほとんどないような機がします。アメリカには多いのかな。しかし、日本の自販機と言うのはありがたいですよ、自転車乗りにとっては。もちろんこんな山奥に…って感動することもあるし、水分補給のためだけならコンビニでの時間ロスを削減することもできるからです。ということで、台湾一周の間はどれだけセブンイレブンに通いつめたことか。だいたい私のええ加減な目測ですが、台湾のコンビニの7割がセブンイレブンで、2割がファミリーマート、残りの1割がOKとハイライフでした。従ってセブンイレブンを利用する可能性が高くなるのですが、更にはちょうどスヌーピーグッズのプレゼントをしていて50元ごとにくれるシールを集めたためセブンイレブンに行くことがほぼ100%となってしまいました。



 今回気に入ってよく飲んでいたのがこのカフェオレ。って、これはティーオーレだと気が付いたのはずいぶんしてからです。書いてある文字を読んで気が付いたのですが、それでも飲むとカフェオレにしか思えませんでした。

 だらだらと書いていますが、あとはやはり便利だったのがスマホです。スマホはSIMフリーのがあれば空港に何日間かネット繋ぎ放題のSIMカードが売っていますのでそれを購入して使えます。スカイプで国際電話もタダだし、GPSロガーとナビも使えば大変便利です。それにエバーノートもあれば写真やデータを保存できるのです。

 まあ、とりあえずこんなところでしょうか。
 データだけまとめておきますと、
22日台北火車站出発 台中鳳城飯店泊 1200NTD
走行距離207.11km

23日台中鳳城飯店出発 嘉義兆品飯店泊 2000NTD
走行距離140km

24日嘉義兆品飯店出発 高雄寒軒飯店泊 2600NTD
走行距離130km

25日高雄寒軒飯店出発 旭海左岸民宿露営泊 1000NTD
走行距離計166.27km 獲得高度1877m

26日旭海左岸民宿露営出発 成功真王子大旅社泊 700NTD
走行距離計176.77km 獲得高度2854m

27日成功真王子大旅社出発 大南澳汽車民宿泊 700NTD
走行距離計202.05km 獲得高度3570m

28日大南澳汽車民宿出発 台北青年国際旅館(YMCAホテル)泊 2000NTD
走行距離計202.4km 獲得高度3008m

7日間の総走行距離1,224.6km





 
 
   
Posted at 11:44 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(2)
還島での言葉の問題 / 2012年05月09日(水)
 私が初めて中国語を習ったのは1984年に大学の第二外国語で、その後1986年からは中国語経済学というのを履修しました。そして就職した後1990年くらいから自主的に勉強をまた再開し、1993年には会社から上海に語学留学させてもらい、1995年から上海に事務所を作るために出張ベースで上海と日本を行き来し、1996年から2000年まで駐在しました。帰国後は2001年からエンジニアリング会社の海外営業部でアジアを担当しました。台湾の仕事も多かったので多少は中国語を使う機会もありました。

 しかし、2008年に現在の職場に異動してからは完全にドメスティックの仕事で、中国語を使う機会はなくなりました。従って最近は中国語を使っていないため、今回の還島でも少しは苦労するかなと心配していました。エンジニアリング会社時代は3〜4日間の出張ならちょうど帰国日くらいに慣れてくるというような状態だったので、今回も最初の2〜3日はしんどいかと思っていました。しかし、まあ旅行くらいの日常会話程度なら特に不便はありませんでした。また、台湾語しか話せない人がもっといるかと思っていましたが、だいたいみんなマンダリンが話せました。ただ、一度台中駅近くの果物屋さんに道を訊いた時、この果物屋のおばさんが台湾語しか話せなかったのですが、念ずれば花開く…じゃない、なんていうのかこういう切羽詰ったときにはなんとかなるものですね、なぜか理解できてしまったのです。「地下の何かのところを左に曲がる。」ということが聴き取れて無事に台中駅に行けました。

 しかし、台湾では外国人ということがたいていばれてしまいます。中国だと中国語の下手な中国人も多いので私の中国語でもどこか地方の人間だろうと思われて外国人とばれないのですが、台湾ではすぐに外国人、しかも日本人だと見抜かれます。

 台湾で一番たくさん話をしたのは台北に帰ってから毎日通ったマッサージの福建人でした。やはり大陸の非ネイティブの人(福建人は福建語ネイティブです。)が話すマンダリンが一番聞き取りやすいです。なんかなつかしくて嬉しくて話するのが楽しかった。

 台湾の女の人についての彼女の感想が「嗲dia3」ということだったのですが、「そうそう、その通り!!ボクもまったく同じ意見!!」と完全同意しました。しかし、「嗲dia3」というのは上海語だと思っていました。「发嗲」で「撒娇 」の意味になります。マンダリンにも同じ音で同じ意味の単語があったんですね。嗲dia3は日本語で言うと「甘えたなタイプ」という感じです。甘えたというのは関西弁でしょうか。中国の女の子は特に上海人はキツいタイプの女性が多いですが、それに比べて台湾の女の子は甘えたな感じ、まさにでぃあ〜(嗲)という感じです。

 彼女が言うには福建語と台湾語はかなりちがうそう。彼女自身も台湾語はあまりわからない(不大懂)とのことでした。台湾語は閩南話に福建語は閩北話に近いとのことです。閩北話というのは始めて聞きました。
 
   
Posted at 17:24 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(0)
還島 7日目 南澳→台北 / 2012年04月28日(土)  / 2012年05月07日(月)
28日大南澳汽車民宿出発 台北青年国際旅館(YMCAホテル)泊 2000NTD
1)128.99km 獲得高度1554m
2)50.4km 獲得高度817
3)23.01km 獲得高度637m
走行距離計202.4km 獲得高度3008m
7日間の総走行距離1,224.6km

 南澳からもいきなり上り。景色はイイのだけど。




 もういやというほどの峠を越えて鍋貼で朝食。 この鍋貼はおいしくてちょびちょびと買い足してたくさん食べてしまいました。ちなみに鍋貼(guo1tie1)とは焼き餃子のこと。王将で餃子を注文すると「イーガ コーテル」と店員が注文を通しますが、この「コーテル」という部分がこの「鍋貼」のことらしい。私の上海留学時代のルームメイトがこの発音がイヤで王将のバイトを辞めたと言っていました。東京外大中国語学科の矜持だって。

 その後はずっと海沿いの道で平坦が続きけっこう走りやすい。しかし海は汚いが海水浴客多し。不思議なのは南の方はとても海が綺麗なのにほとんど海水浴客がいませんでした。泳ぐならあちらの方が断然イイのになぜなんでしょうか。

 宜蘭以降また檳榔西施が現れ始めました。一緒に記念写真をお願いしました。






 サイクリストが多くてよくすれ違いました。けっこうみんな挨拶してくれます。
 ようつべにアップ


 基隆の町。
ようつべにアップ

 しかしなぜ基隆だけ英語表記は「Keelung」なんでしょうか。台湾語読み?。Sさんによると基隆はもともと鳥かごを伏せたような地形で鶏籠(jilong)と呼ばれたが、後に基隆という字に変えられたとのこと。クアラ・ルンプールは中国語表記で基隆玻なのでなんか似ていますよね。で、その基隆近くでパンクしました。何か踏んだみたいです。ここまで1,000km以上ノートラブルだったことに感謝します。なんてポジティブシンキンでしょう。中古のスペアタイヤと交換しました。一度ホイールに貼り付けてまだ使えるものを外しておいたものです。これだとタイヤにリムセメント(接着剤)が残っていて、これとホイール側のリムセメントの残りとでなんとかくっつくのです。もちろん積極的に下り坂を攻めるような激しい運転は厳禁ですけど。


 基隆まで来たら台北までもあと少しです。なんとか本日中に台北までもどることにしました。


 字は違うけど「汐止」ってなんか新橋の方に着きそうな気分。

 19時くらいに台北市内には入ったけど倒れそうに空腹なので食事をすることにしました。ごはんの上にいろんなおかずを載せてもらって(店員さんも「もうやめたら」と言うくらい載せて)90元。写真も撮り忘れるくらい必死に食べました。おいしかった。

 食事のあとはずんずん台北の中心へ。忠孝東路に入ってからは黒輪伯仔をずっと口ずさんでいました。そしてゴールが近づくに連れてもちろん「向前走」に変わりました。8時45分くらいに台北駅到着。本日の走行距離もなんとか200km超えました。

 台北のホテルは30日の分しか取っていないので、どこか泊まるところをみつけなければなりません。ゆっくりとバスタブにも浸かりたいので安宿はやめて近くのYMCAに行きました。初めは高い部屋しかないと言われましたが、どういうワケか2000元の部屋も空いていることが判明してめでたくそこに入れてもらいました。自転車を部屋に入れることは頑なに抵抗されましたが、なんとか押し切ってCandyともども投宿。










 

1)128.99km 獲得高度1554m
2)50.4km 獲得高度817
3)23.01km 獲得高度637m
走行距離計202.4km 獲得高度3008m
7日間の総走行距離1,224.6km
 
   
Posted at 19:55 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(0)
還島 6日目 成功→南澳 / 2012年04月27日(金) / 2012年05月06日(日)
27日成功真王子大旅社出発 大南澳汽車民宿泊 700NTD
1)105.18km 獲得高度1504m
2)83.87km 獲得高度1712m
3)13km 獲得高度354m
走行距離計202.05km 獲得高度3570m

 8時過ぎに出発。今日も遅かった。ホントは7時までに出たいのに。長濱まで調子よくほぼ30km/hで巡航しました。これが続けられればイイ感じで走れるのですが。








 東側にはコンビニが少ない。本日初コンビニ。
 このおじさんにコンビニで声をかけられる。4月の初めにちょうど関西に桜を観に行って帰ってきたところだそう。しかもこれから花蓮に旅行だそう。写真を撮ろうというのでお互いのカメラで。奥さんも一緒に入ろう、誰かに撮ってもらおう、って言おうとして良く考えたら奥さんにしては若すぎる、と思ってやめました。このおっさんなかなかやるわい。名刺見たらナンバー2でした。どんな会社か知らんけど。で、私が手に持っているのはこのヒトにもらった台湾ヒノキ。ちょっと意味不明の贈り物。すごく香りますが、このくらいの大きさでそんなに価値のあるものなのでしょうか。ちいさな仏像でも彫ろうかしらん。


 こういう仏教の設備もちらほらとあるのですが、東側はなぜか耶蘇の教会が多かった。信者が多いのでしょうか。お墓も耶蘇式のが多かったです。







 北回帰線の地点。中国人観光客がたくさん。



 コンビニ便當

 ビーフン

 コンビニごとに何か食べてFB及びmixi連携で報告していたら、「台湾のコンビニ弁当はカラダに悪い。」と教育的指導を受けました。この日は天気は暑くなくてベストと思いきや、突然の土砂降りにパンツまでびしょ濡れ。中国語で言うと落湯雞です。直訳すると「スープに落ちた鶏」。日本語だと濡れネズミ。英語だと犬と猫が濡れます。





 雨の中突如現れた仏教寺院。大仏が見えます。






 
 FBでコンビニ弁当禁止令が出たので、コンビニの隣の店で辛いチキンを食べました。先に来ていたヒトが一つ出来上がっていたのを私に譲ってくれました。ホントに台湾人は優しい。


 ずっと気になっていた池上飯包を食します。池上というと日本では池上線しか思い浮かばないのですが。何か短い路線でしたよね。演歌もあったような気がします。池上弁当というのはそんなに有名なのかあちこちでその名前を目にしました。Sさんに訊くと「米どころだからじゃない?」と言っていました。弁当はオーソドックスなのではなく排骨付きのです。排骨が大きすぎて隠れていますが、下にフツーのおかずがあります。




 池上弁当のあとが実は大変で、ずっと断崖絶壁とトンネルが続く道を走ってきました。めちゃこわかった。しばらくはトンネルいらね。という気分です。だんだん暗くなってくるし、道は単車と車道が分かれていなくてすれすれをトラックがかすめて行きます。しかも上りが多い、という最悪の道です。










 トンネルもけっこう怖い。この標識は「邊溝上面禁行自行車」と書いてあり、紛らわしくて自転車通行禁止のように思えるのですが、端の溝の上を走るなということです。中国語がわからないと間違えてしまうかも知れません。




 この後、陽が落ちてから雨の中暗くて険しい道を下って行く途中ブレーキが故障して、非常退避場所で修理をしているときに世界最大の自転車会社ジャイアントに勤務する方に助けらます。ブレーキは雨天のため泥をはねてブレーキに詰まり、戻りが悪くなったためブレーキのレバーからワイヤーが外れてしまったのです。簡単に直るのですが、なんせ真っ暗のため作業がはかどりません。フランクという名前のこの人が車で通りかかり一度通り過ぎたものの気になってUターンして戻ってきてくれたのです。手伝ってくださってブレーキは直りました。そして、危険だから車に乗せて近くの町まで連れて行ってあげると言ってくれたのですが、そこまでしてもらうのは申し訳ないのと、車が汚れてしまうと思い固辞しました。フランクは意外とあっさり引き下がります。ところが車で後ろからゆっくりと走って後ろの車を堰き止め、ライトで照らしてくれるのです。おそらく私が自分で走りたいという理由から拒否したと思ったのでしょう。あくまで私のアシストをしてくれるつもりのようです。少し後悔しました。載せてもらった方が親切な彼の時間を無駄にすることもなかったのです。でも、なんて良いヒトでしょう。

 結局次の町、南澳まで30分くらい付き合ってくれて、「この町にはホテルもあるから、ゆっくり休んで明日またがんばって走ってください。」と言って去って行きました。


 こんな暗闇でニカッと笑えるフランク。ステキです。私の笑顔は引きつっています。

 ところがこの町はけっこう何にもない町で、2つだけある民宿。どちらも閉まっていました。町の入り口にあった方は中のあかりが見えましたが、町の中心まできてからもう1つのほうに行くとそこはしまっていて中にヒトの気配もしません。シャッターを叩いて大声で呼んでも誰も出てこないし、出てくる気配もありません。もう一度さっきの町の入り口の民宿まで戻るのもたいへんだし、あっちに行ってもダメだったら目も当てられません。向かいの交番に行くと宿直の警官がいたので彼に民宿に電話してもらい、そこの主人に迎えに来てもらうよう頼みました。ワガママ。実は表通りの店は事務所だけで、本当の宿はそこから奥に100メートルほど入ったところにあるモーテルでした。

 いくらかと訊くと、少し間があって700元と。これも足下を見た価格かと思われましたが、交渉できませんでした、もちろん。走行距離はこの日もなんとか200km超えました。




 夜が明けてからの写真です。








 これが向かいの交番。





1)105.18km 獲得高度1504m
2)83.87km 獲得高度1712m
3)13km 獲得高度354m
走行距離計202.05km 獲得高度3570m
 
   
Posted at 22:18 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(2)
還島 5日目 旭海→成功 / 2012年04月26日(木) / 2012年05月06日(日)
26日旭海左岸民宿露営出発 成功真王子大旅社泊 700NTD
1)34.41km 獲得高度949m
2)67.47km 獲得高度984m
3)74.89km 獲得高度916m
走行距離計176.77km 獲得高度2854m

 一夜明けて雨は止んでいました。朝食はあるのかなあと心配していたら、果たしてちゃんとありました。これがとてもおいしかったです。おばさんは愛想ないけど仕事はちゃんとします。








 台湾の犬は仰向けに寝ます。というのはウソでこんな寝方している犬は初めてみました。うちの夜以外にこんなだらけた寝姿の犬がいるんですね。



 派出所。

 派出所の前にこんな風にジャイアントが自由に使えと自転車用の潤滑油を置いています。




 壽峠を示す標示。しかし、峠は国字で、中国語にはこの文字はないと、六角先生か横山先生に教わった記憶があるのですが、台湾には「峠」という文字があるのですね。日本から伝わったのでしょうね。

 26号線が地図では点線になっているのでさっきの派出所で訊いたら、「没有路(道はない)」と言われて仕方なく壽峠に行きます。壽峠はきつかった。もちろん暗峠と比べると平地みたいなものですが、いまの体力で峠は大変ですまた雨が降ってきて暑くはないどころか山の上は寒くなってきました。

 峠の鐡馬站はサイテーでした。トイレがあるくらいでジュースでも売っているかと思ったらなく、オヤジが二人だべっていました。しかも旭海から上ってきたら少し下ってから壽峠に着くという意外な展開。峠から下りは寒すぎて凍えながらセブンイレブンにたどり着きました。この日初コンビニ。

 その後こんな悪い道も。しかし、驚いたのは工事のおじさんが私を見て「對不起(すみません。)。」と謝ったこと。この辺は中国人と大いに違うところですね。



 ふもとのセブンイレブンでクルマの後席のウインドが開いて小学生か中学生くらいの男の子が目を輝かせて話しかけてきました。「英語しゃべれる?」 と中国語で訊くので「あんまり得意じゃないけど、話せないこともないよ。」と中国語で答えるとその子は「よしっ!」と喜んで話そうとするけど、その子の姉と思しき女の子に「中国語で話してるやん。」と言われてガクっとしている間に、お母さんと思しき女性が結局少年の訊きたかった事を全て質問してしまいました。それでも少年は「加油〜!」とずっと手を振っていました。

 写真は「金門王」という名前の檳榔屋。金門王ファンとしては撮らずにいられませんでした。



 東河というところの包子屋さん。車で次々と買いにヒトがやってきてました。私ももちろん買って食べました。おいしかった。

 この後、白いラブラドールレトリバーくらいの大きな犬に追いかけられました。しかし台湾の犬はじっと見ているとけっこうな確率で吠えながら追いかけてきますね。瞬間的には自転車の方が速いということを知っているので慌てずに逃げましたが、知らなかったらパニくっていまうかも。

 この日は暑くはなかったのですが、終日雨に打たれたのと、やはり疲れがたまってきているのもあって成功という町で泊まることにしました。この町も何もない町です。真王子大旅社700元。 フロントのおばさんはとても自然体。おばさんといっても私より若いと思います。このヒトは宿泊のときにパスポートも見せているので日本人だと知っていますが別にいろいろ訊いたりもしないしより親切になったりもしなくて、淡々と対応。昨日の左岸のおばさんもそうでしたがこういうタイプの台湾人もいます。普通はみんな日本人にワリと好意的というか必要以上に親切にしてくれるのですが、こういう風に自然な感じで接してくれるヒトも実に気持ちイイのです。私が中国を旅するのが好きな理由は実はそこにあります。中国では中国人に紛れることができるからです。って、背中にあんなことを書いている人間が偉そうにいえることではありませんね。そう、都合の良いときは外国人ということを利用しながら、また一方で現地に溶け込みたいなんて贅沢なことを思うのです。

 食事の後、フロントでまたマッサージ屋の場所を訊いたらこの町にもないとのことでした。信じられん。



 

1)34.41km 獲得高度949m
2)67.47km 獲得高度984m
3)74.89km 獲得高度916m
走行距離計176.77km 獲得高度2854m
 
   
Posted at 22:08 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(0)
還島 4日目 高雄→旭海 / 2012年04月25日(水) / 2012年05月06日(日)
25日 高雄 寒軒飯店出発 旭海 左岸民宿露営泊 1000NTD
1)60.98km 獲得高度489m
2)57.57km 獲得高度623m
3)43.46km 獲得高度692m
4)4.26km 獲得高度73m
走行距離計166.27km 獲得高度1877m

 4日目です。やっと体調が戻ってきました。この日は初めて走っていて楽しいと感じた日でした。

 はじめは工場地帯をずっと走ります。暑さにやられた直近の2日間の遅れをなんとか取り戻すべくこの日は細心の注意を払って自分自身をケアしました。セブンイレブンの氷を日本手ぬぐいに包んで首の後ろでくくって暑さ対策。おかげでかなり暑さも楽でした。そしてナトリウムは話梅を買って水分補給と同時にこれを舐める。水分はもちろん喉が乾く前に少しずつ摂ることにより一度に摂りすぎないよう注意する。食事もウェイダーの10秒メシばかりじゃなく、なるべくちゃんとしたものを食べるようにしました。

 こういう自転車の道の駅みたいなのが東港鎮沿海路157號にありまして、こういうのがこれからいくつもあるのかなあと思ったら、結局ここだけしかみませんでした。






 また、CPCのガソリンスタンドがこういう風に鐵馬驛になっていてトイレが使えるのがありがたいです。コンビニが全てトイレを使えるわけではなくてトイレ探しにも少し苦労しますので。




 海が見えてきてテンションもあがりました。屏東縣枋山郷のドライブインで昼食を摂りました。





 墾丁に行くの?と訊かれたので、「肯定去」と駄洒落でつぶやいたら台湾人の友人約1名のみ反応してくれました。

 墾丁も高いテンションを維持して走りました。そう、こういう長距離のツーリングはモチベーションの維持が大切で無理にでも自分でテンションを上げて走るとイイですね。

 墾丁はホテルの客引きがしつこかったです。単車でおいかけてくるのです。ホテルは決まっているのかと訊くので、台東まで行く旨を伝えると、「なぜだ。墾丁に来てここに泊まらないなんて。」と言う。確かに自分でもそんな気がしてきたのですが、もうこれ以上遅れられないのです。まだ陽が高いのです。あまりしつこく言うので、「うるさい!! 青年は荒野を目指すんだ!! 」とワケのわからないことを言ってやりましたが、それで諦めたみたいです。通じたのかなあと不思議に思いましたがそんなワケはないですよね。ちなみに台湾の東側に荒野という地名の場所も実在します。


 最南端に到着。私が到着して自転車を碑の下に置いて写真を撮ろうとしたら中国人観光客が押し寄せて来ました。そりゃあもうヒドい状態になりました。

 想像してごらん。10m四方のスペースに観光バス一台分の中国人がやってきたところを。
 想像してごらん。それがカメラを持った観光客で
 想像してごらん。しかもその場所は台湾最南端という絶好の記念写真スポットという状況。




 ということであたりはすぐに中国人で埋め尽くされ、しかも彼らは50人以上が同時にしゃべり、記念写真を撮るといって私の自転車は勝手にどかされ、碑のほうには近寄れなくなってしまったのですぐに退散しました。


 折り返して北上。少しでも北へ行きたい。日が落ちてもひた走る。調子の良いうちに。

 これは「坂が険しいのでローギア(エンジンブレーキ)を使いなさい。」という標示ですが重要なのは下の「8%のくだりが5km続く。」という部分。「やった下りだ!」と思うもしばらく始まらず。逆にまた少しの上りになったりする。割と標示が好い加減。
と思っていたら突然下りが始まりました。勝尾寺TTの道みたい。


 その後海沿いの26号が街灯なしでしかも雨。とても怖い状況でしばらく走りました。だんだん雨足が強くなってきたころ旭海に左岸という民宿露営発見。ちょっとこの雨でこの暗さでは走れないと思い、ここで泊まることに。7時過ぎ。出てきたおばさんに泊まれるか訊くと食事は終わったけど泊まれるとのこと。少し走ればレストランがないこともないがこの嵐では出かけられず。お代は食事なしでも1000元。2000といわれても泊まるでしょう。いくらバイヤーの私、値切るのが仕事でもこの状況では値切れない。 じゃあ他に行ってと言われればどうしようもありません。

 この日は調子よかったものの都度の食事と最南端では車両走行禁止区間を歩いたりと時間を無駄に使った部分もあり思ったより走行距離は伸びていません。

 しかし宿に入ってすぐにスコールのような雨になり、これが晩の間ずっと続きました。トタン屋根がとてもうるさかったです。







1)60.98km 獲得高度489m
2)57.57km 獲得高度623m
3)43.46km 獲得高度692m
4)4.26km 獲得高度73m
走行距離計166.27km 獲得高度1877m
 
   
Posted at 21:38 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(0)
還島 3日目 嘉義→高雄 / 2012年04月24日(火) / 2012年05月06日(日)
 3日目です。

 24日 嘉義 兆品酒店出発 高雄 寒軒国際大飯店泊 2600NTD
 走行距離130km
 
 朝食のバイキングを堪能してゆっくりしていたら遅くなってしまいました。しかしこんな何にもない街に見えるところですが、朝見るとけっこうな数の観光客が泊まっています。西洋人も日本人もいました。オドロキです。何か観光資源があるのでしょうか。観光には今回興味がないためあまり関係ありませんけど。

 9時30くらいに出発。出遅れました。昨日の親切なベルボーイが道の説明を丁寧にしてくれました。あと、水は充分にあるかなど母親のようにあれこれかまってくれます。走り出してすぐに気がつきましたが、道の教え方が抜群にうまい。言ったとおりに走って立ち上がりは好調。そう、しばらく好調だったのですが、この日も途中から全く不調になります。栄養補給と水分補給は昨日の失敗があるのでマメに行っていましたがおそらく低ナトリウム血症ではないかと思います。もう走る気もなにも起こらなくなります。私はなぜこんなことをしているんだろう、と。もし、ブログやミクシで友人たちに台湾一周のことを言ってなければやめていたと思います。それくらい走れない。

 今回気が付きましたが、体調に異常があるときは感覚がおかしくなってくるのですね。全部下り坂に見えてきます。下っているのに進まない。脚を停めてもかなりのスピードで下っていくような坂に見えるのに停まってしまいます。これは遍路のときにも体験したことがあります。これは精神的にもかなりツラいです。上りの連続は肉体的にツラいのですが精神的には大丈夫です。なぜなら上りの後には下りがあるからです。ところが下っているように見えるのに全く進まないというのは精神的にも肉体的にもツラいのです。これでずいぶん参ってしまいました。

 また、この日も途中一回方向を間違えてしまいました。

 このおねえさんの後姿に何故か惹かれてしまいました。贅肉の付き方がどこがとはうまくいえないのですがなんとなくよくて見とれていると曲がるところを間違えたようです。これはすぐに気が付いて数キロのロスですみました。

 この日は柳営、新営くらいからずっと逆風でしかもそれが日本では岬くらいでしか体験できないようなスゴく強い風なのです。延々逆風でこれも堪えました。

 しかし、この日は嬉しいこともありました。 つぶやきでも言いましたが、岡山辺りで会った兄ちゃん。後ろから単車で声をかけてきて停まれという。そしてビニール袋から一つ取り出してくれたのが冷たいドリンク。彼は英語で話しかけてきました。こういうときは中国語で返すとなんだかがっかりされるのではないかと思いこちらも英語で話してしまいます。台湾のグリーンティーだと言っていたので、正直ちょっと勘弁と思ったのですが、これが少し酸味もあっておいしかった。なんてお茶だったのかは不明です。

 しかし、この兄ちゃんはたぶん家族か友達の分を人数分買ってきてそのうちの自分の分をくれたんだと思う。つまりは帰っても自分の分がないということです。わざわざ暑い中買いに行ったのに。それでも私にくれたというのがうれしくてバイバイしてからジーンとしてしまいました(遅っ!)。なのでその兄ちゃんの写真を撮り忘れました。



 あと、この日によく見られたのは菱角を売っているところでした。中国にいたときもよく見かけましたが、台湾のヒトも食べるのですね。さすがに走っていて欲しいとは思いませんでした。走っているときに食べたいなと思ったのはキンキンに冷やした蓮霧ですね。


 ということで本日も早めに投宿。むかしの定宿だった寒軒国際大飯店。ホントはこの日は距離的に余裕があるはずなのでむかし仕事した永安の工場のほうを見てみようと考えていたのですが、全然そんな余裕はありませんでした。なんとか翌日からは復調させたいものです。そう考え、食事のあと泰式のマッサージへ。ここは実際にタイ人がいてマッサージしてくれました。これも強かったもののけっこう上手かったようで、次の日はずいぶん楽になりました。

 
   
Posted at 20:16 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(0)
還島 2日目 台中→嘉義 / 2012年04月23日(月) / 2012年05月06日(日)
2日目です。

 台中鳳城飯店出発 嘉義 兆品酒店泊 2000NTD
 走行距離140km

 台中駅から出発して、予想通り立ち上がり苦労しました。高鐵台中駅の方へ行ってから南へ走る幹線道路に出ようとしてなかなか出られません。台湾では高速道路も自転車で走れるとか、迂回しても復帰しやすいとか言いましたが、ここは例外でちょっと苦労しました。玉田立体交差からやっと1号線を走れたと思ったら誤って北へ走っていました。気がつくまでけっこう走ってしまい、往復30kmくらいのロス。 また方向転換して走りましたが、精神的にもけっこうな痛手。しかも天気は昨日とはうって変わって暑くなってきました。台湾にしたらまだそんなに暑くもない天気ですが日本は朝晩寒かったのです。当然暑さになれていないのでいきなりこの暑さは堪えました。

 スマホがなぜか昨晩から使えなくなっています。GPSは使えるのですが、3Gの電波が拾えません。困っていたのですが、走っている道でなかなか台湾大哥大の店がありません。彰化の町でやっと見つけて飛び込みました。若い男性はとても親切でまずは汗を拭いてとティッシュをくれました。このスマホ10日し放題のSIMカードは普通の街の店舗では扱っていないようでこの店員さんも「初めて見た。」言っていました。しかし、設定を直してくれたのか無事回復しました。これでスカイプもツイッターもウェブも使えます。

 しかし、暑くてホントに大変でした。田中から林内以降脚が売り切れたのか暑さにやられたのかもうヘロヘロ。
 あまりに調子が悪いので嘉義でストップすることにしました。ホテルを探しましたがなぜかこの街にはあまりホテルがないのです。交番で訊くと兆品酒店を教えてもらいました。なかなか立派なホテルです。旅社に泊まると言っていたのにこんなところに泊まっても良いのだろうかと思いながら、疲れているのでもう妥協しました。フロントで訊くと還島割引で自転車乗りには特別2000元にするとか調子のイイことを。(台湾元NTDはだいたい3をかければ日本円になります。つまり6000円/泊。)体格のよいベルボーイはイイヒトでやたらと話しかけてくれます。風呂に入って着替えて夜市で一息。おあぜん(牡蠣のオムレツ)と滷味(味の濃いおでんみたいなモノ)他小吃をいろいろそれにフルーツ、最後は雪氷を食べてホテルに帰りました。その後はマッサージの場所をフロントできくとこの辺にはないとのこと。しかし、呼ぶことはできるというので呼んでもらうことにしました。しかし、中華圏でマッサージ屋さんのない街があるなんて信じられません。しばらく待つと盲人のおばさんがきました。台湾のマッサージは基本的に強いのです。もう少し弱く、といえない私はじっと忍耐。洗濯して翌日のルート確認、家への連絡等しているとけっこう遅くなって早めに休むことはできませんでした。



 しかし、この日は140kmしか走れませんでした。翌日は取り戻さなければ。GPSロガーはずっと使えていたのですが、なぜかアプリの不調で、再インストールしなければなりません。つまりデータはパーです。次からはこまめに記録してデータは残そうと思いました。

 この日は余裕がなくて写真もほとんど撮れませんでした。↓がおそらくこの日の写真だと思うのですが定かではありません。どこのお寺でしょうか。






 
   
Posted at 00:06 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(0)
還島 初日 台北→台中の追加 / 2012年04月22日(日) / 2012年05月05日(土)
 初日の追加というか続きです。
 今回の還島の強い味方だったのがこの地図です。YUTAKAさんとYOKOさんにいただきました。

 

 これは還島中はもちろん事前にルート検討に本当に役立ちました。ただ前半はこの地図に従わず、台中で市街地に泊まりたいが為に外側の道から離脱して、エラい目に遭いました。地図どおり外周を走っていれば良かったです。
 
 台中駅に行くのに苦労したのと、翌日台中駅から出発しての立ち上がりがまた苦労しました。地図の道に復帰するのが大変だったのです。

 もし還島に挑戦する方でこの地図が欲しいという場合は、ご連絡ください。お譲りいたします。他にも還島グッズがあります。

 
 
   
Posted at 23:51 / (還島)台湾一周自転車旅行 / この記事のURL
コメント(2)
還島 初日 台北→台中 / 2012年04月22日(日) / 2012年05月03日(木)
 22日初日のスタートです。
 数年ぶりに朝食を摂ってホテルをチェックアウトして、まずは台北駅へ。ここを出発点として、「善道寺」近くの家美飯店前広場に移動。ここで美留さんとキーパンさんに出発式を挙行していただきました。



 お二人に見送られていよいよ出発。



 望遠レンズで撮られた密会写真風のもの。






 7時半くらいに出発してとりあえずは台中方面に向けて走ります。すぐに背中の文字を読んだ自転車乗りに信号待ちで声をかけられました。けっこう年配のMTB乗りでした。本日の予定を訊かれたので台中までと答えると晩には着くねと、そして道を知っているか知らなければ先導しようかとのオファーにMTBで無理だろうから断る。でも実はその後なかなか川が越えられなくて、やっぱり三重くらいまで先導してもらったほうがよかったかも、と思いました。

 その後はいきなり事故と遭遇。スタートして数キロで事故を目撃して先が思いやられました。直進スクーターと路肩に寄ってきたタクシーとの接触でした。どちらもよそ見でしたがどちらもほぼ徐行状態だったのでヒドいことにはなりませんでした。

 その後なんとか川を越えて川沿いのサイクリングロードを走り途中で国道を行く。


 国道からなぜかおばさんのスクーターに引いてもらう。引いてもらうというのは自転車乗りの言い方で風除けとして
利用するという意味です。こうすると空気抵抗が減るのでラクに走れるのです。おばさんに嫌がられるかと思いましたが、どうもこのおばさんも意識して助けてくれているようです。信号からのスタートで遅れたら少しゆっくり走って待ってくれます。しばらく助けてもらいましたが途中で曲がって行かれました。ここまで感謝。

 台北から出てワリとすぐに「ファッションセンター しまむら」発見。





 背中を読んで声をかけてきた最初の女性のコトバはなぜか、「がんばってよ。」でした。「がんばってね。」ではなくて。この後も女性に共通しているがんばってのジェスチャーはなぜかこぶしを握るが内側に絞る、つまり五木ひろしのポーズでした。男性はたいてい親指を立てるポーズ。

 初日ながらけっこう声をかけられました。

 このあと桃園から新竹くらいまで、絶滅したと聞いていた檳榔西施がけっこういることを発見。突撃訪問したいところですがこの調子ならまだ先にもあるだろうから今日はとにかくまだそんなに暑くないうちに距離を稼がなきゃと、ひたすら走ることにしました。実はこれが間違いだったことをこのときはまだ知りません。

 自転車の右側通行にはすぐに慣れました。台湾の道はけっこう走りやすいです。



 車道の右側に単車が走るレーンがあり自転車も基本的には単車のレーンを走ります。従ってトラックがすぐ脇を通るということはありません。この写真のように少し郊外の道だと自動車と単車・自転車がきちんと分かれていて、自転車がぶつかるとしたら単車とだけです。

 また高速道路も側道を自転車が走れたりします。基本的に単車と自転車が同じところを走れるので、自転車が切り捨てられるということがありません。高速道路の立体交差も日本だと自転車は高速道路沿いを走っていてあるところからどうやっても進めなくなってしまうことがありますが、台湾の場合は単車についていけばそのまま走れるのです。
 

 この日は終日雨というよりひどい嵐のようになるという予報だったのですが、私の日ごろの精進が良い所為か朝にはすっかり雨も上がってしまいずっと曇りで暑くなく走るのにはちょうどイイ天気でした。初日は軽めにと思いましたが結局207.11km走りました。泊まりは台中駅の裏の鳳城大飯店。880元の部屋を希望するが、自転車が置ける部屋は1,360元しか無理と言われ、1,200元にしてもらい何とか妥協する。880元の部屋を見せてもらうとホントに自転車は無理でした。ベッドだけでいっぱいの部屋でした。

 
   
Posted at 23:30 / 自転車通勤 / この記事のURL
コメント(2)
P R
2012年05月
« 前の月    |    次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
  | 次へ  
 
Global Media Online INC.