Party at 蒲田 

2008年02月18日(月) 22時38分
みなさまおひさしぶりです

約10ヶ月ぶりの更新ですが、まだこのブログをチェックされてる方はいらっしゃいますか

さてさて、去る2月16日に蒲田でいちよん祭りが開催されました

久しぶりに集まった同期。

地上研修で毎日空港を走り回っている人もいれば
米国渡航前の座学の授業で英語漬けの人もいれば
一足お先にシミュレータで毎日飛んでる人もいたり

でも、みんな一緒にいたあのときから中身は何も変わっていませんでした



初のいちよんJr.も大きくなりました
ご覧のとおり、人見知りの心配なし


忠類の丘しか見ないで場周経路を飛んだつわものパイロットの話から、三種の神器の話まで。
夕方から終電まで(乗り過ごした人も多数)、餃子をつまみに話は尽きませんでした。



今回は残念ながら全員揃わなかったけど、今度はみんな集まろう

みんなまずはファーストオフィサー昇格に向けてがんばろう


おまけ


ごちそうさまでした

卒業後 

2007年04月22日(日) 15時00分
卒業からもうすぐ1ヶ月。引っ越しや新しい環境に慣れるまでに時間がかかったので本当にあっという間でした。



卒業後は4月から日本各地に散らばり、空港のカウンターやゲートで接客、乗員のスケジュール管理、オフィスで事務、整備場で機体のメンテナンスなどそれぞれ仕事に励んでいます

実用機の訓練はしばらくお預けですが、空港で見覚えのある顔を見かけたら気軽に声をおかけください


秋保温泉



関東赴任組で集まりました



51回生W期のみんなへ
ブログひまがあったら書いてください

51回生W期IT戦略推進委員会 会長代理

母校航空大学校 

2007年03月27日(火) 2時24分
こんばんは、おすぎですここでの生活も、もうかた手で数えられる日数しか残っていません。それを愛おしく大切に過ごしたいと思うと、連日こんな時間になるわけです

入学前夜、わたしは期待というよりも不安のほうが大きかった。ずっと夢だったことがいよいよ現実として目の前にやってくる、夢だった頃はぼかすことができた試練ももう逃げることはできない、本当に自分にできるのか??自問自答を繰り返していました。同期たちはみんな自分よりもデキそうに見えました。そして事実、みんな本当に優秀なのでした

そんな同期たちに助けてもらいながらの2年間、わたしもここまでくることができましたえいいちも書いている通り、今一番伝えたい気持ちは「感謝」です。両親、教官方、同期、そして応援し支えてくれている全ての方々に対し、今はこのほかに言葉が見つかりません。

卒業式まであと3日、プロのパイロットとして飛ぶ資格があると認めてくれた母校航空大学校卒業生にふさわしいパイロットになるべく、新たな一歩を踏み出したいと思います。



イチヨン全員が集まるブリーフィングルーム。みんなでフライト準備
これがもうできないと思うと、ものすごく泣けてきました
みんなありがとう。そしてこれからもよろしく


兵ども 

2007年03月26日(月) 12時51分
航大最後の週末、それぞれ思い思いに過ごしました。実家に帰る者、寮に残って荷造りをする者、就職に向けて必要品を買いに行く者、分町で飲み明かす者、皆の気持ちは一言で安堵でしょうか。

さて私は土曜日の朝、仙台駅から新幹線に乗り北へ。40分ほどで降りたのは一ノ関駅。
今回は東北四寺巡りの残り2つ、平泉の毛越寺と中尊寺を目指しました。

平泉は平安時代に見つかった黄金を元に作られた京都を模した15万都市でしたが、現在は約10分の1しか住んでおらず当時の栄華は姿を消し、ほとんどが遺跡になっています。


芭蕉の銅像と歌碑




中尊寺金色堂(覆堂)


今回一番見たかったものが有名な中尊寺金色堂。奥の細道にも「四面新に囲て、甍を覆て風雨を凌。」とあるとおり、鎌倉時代に金色堂を保護するために周りに覆堂が作られました。昭和30年代に金色堂の昭和大改修が行われた際、覆堂も現在のものに建て替えられました。

覆堂の中に入ると、金色堂はまばゆく金色に輝いていました。写真を撮影できないのが残念ですが、仏像から柱まで光り輝く様は写真では伝わらないほどでした。

五月雨の降のこしてや光堂

中尊寺を後にし向かったのは高館(たかだち)。北上川を下に見るこの丘は鎌倉を追われた源義経が居を構え、後に攻め入られ自ら最期を迎えた場所です。


夏草や兵どもが夢の跡


来月には写真の枝にもさくらの花が咲くことでしょう。

最後に一ノ関に戻り、駅前の蕎麦屋で天ざる蕎麦を賞味。こしのある麺がおいしかったです。

平泉上空は訓練フライトでよく通っていましたが高度5000メートルから趣を感じることが無かったのは、計器飛行方式だからと外を見ていなかったからでしょうか?私たちにもたまには地に足をつけて歴史を学ぶ時間も必要なのかもしれません。

Good Day! 

2007年03月16日(金) 16時07分
 3日前に最終技能審査を終え、航大における飛行時間のすべてを使い切りました。もう、航空大学校の空を飛ぶことはありません。最後のフライトとなった試験中は散々で、『最後だ』なんて感じている余裕はありませんでしたが、昨日暇つぶしに行ったランウェイ・エンドで同期のC’K機を下から見上げたとき、あぁもうあそこには行けないんだなぁと、初めて航大の終わりを実感しました。永遠にも思われたこの航空大学校が、終わる。色んな感情が、浮かんでは消えてゆきます。

 思えば、本当に色んなことがあった2年間。初めての寮生活、何度もプールに落とされました。初めて自分の操縦で飛んだ帯広の空。マイナス20度の世界。温泉。いつの間にか飲めるようになった芋焼酎。夢と現実を語り合った仲間たち。同期の車を借りるうち、マニュアル車にも再び乗れるようにもなりました。僕自身、心から楽しんでいたフライトを、僕以外の人たちも楽しんでくれている、そして応援してくれる・・・空が繋げてくれた、人々の輪。毎日が感動の連続でした。
 
 この2年間のすべてを、言葉で言い表すことは不可能ですが、言葉で言い表したいことを順番に並べていくと、そのトップに来るのはやはり、感謝の気持ちです。これまで、僕に関わってくれたすべての人や物に対して、心からのお礼をしたい。でも、いくらしても足りないのはわかっている。僕が皆さんの思いに報いることができるとするならば、それは航空安全という形でしかない。僕は、日本一のパイロットになって、定年まで皆さんに、安全な空を保障することを、今ここで誓いたいと思います。

 航空大学校に入って、本当に本当に良かった。イチヨンの一員として、みんなに会えて本当に良かった。僕は幸せです。みんな、これからもよろしく。それぞれの新しい夢に向かって、頑張っていこう。

 ・・・何だかしんみりしてしまってすいません。

今日から毎日 

2007年03月15日(木) 22時38分
桜の開花予想が流れる中、急に冬の天気に逆戻りし、訓練にはやっかいな天気になってます。
あっ、どうも。ブログを止めてしまってすみません、一番に戻りいっちーです
と言いたい所ですが、いっちーが審査直前でINOP(inoperative=使えない)状態なので、一足早く審査を終えた潤ちゃんが代筆致します
僕達51回生IV期もいよいよ今月末に卒業を控え、2年に及ぶ航空大学校での生活・訓練にピリオドを打つときが来ました
そして、冒頭から述べている審査とはまさに航大での最後の技能審査の事です。
航大における正式名称は「計器課程最終技能審査」。仙台に来てからの同期のブログの中に、恐らく計器課程に関する内容が書かれていたと思うので詳細については省かせてもらいますが、とにかくそういう事なんです。審査は、機体数の関係もあって順番に行っていかざるを得ないので、どうしても先に終わる者、後になってしまう者という差が出てしまいます。たまたま先に順番が回ってきた僕が、イッチーの代わりを今務めてるって訳ですね。
思えば、約2年に渡る航大生活とこのブログ。ご愛読頂いた皆様には、様々な形で宮崎座学・帯広フライト・宮崎フライト・仙台フライトとご声援を頂きました。お会いした事はない皆様のご声援がどれだけ僕達の励みになった事か・・・本当に感謝しております。ありがとうございました
今月末を持ちまして、51回生IV期は航空大学校と言う学び舎からTAKE OFFして行く事になりますが、何かしらの機会を作って、ご愛読頂いた皆様に(果たしているのだろうか!?!いや、絶対にいると信じたい)近況報告などを出来たらいいなとは思っています卒業後も引き続きご期待下さい。

今日からカウントダウンです。今日から一日一人ずつこのブログを更新していくと、最後のよっしーに辿り着く日は卒業式前日となります。どうぞ皆様、51IVの学生最後の皆様へのメッセージを毎日楽しみにしていて下さい。(これは同期への僕からの無言のプレッシャーですけどぉ。笑
恐らく私目、潤ちゃんの投稿は最後になるかもしれません。
改めまして、2年間応援してくださいました皆様、本当に有難うございました。
いつの日か皆様と、青空の下で再会できる日を楽しみにしております

ありがとうございました

P/S 明日はイチヨン1の一発ギャグラーの岩ちゃんの登場ですペカッ

春一番って気象用語なのかよ! 

2007年02月13日(火) 21時17分
山にペンキ塗って緑化って・・・あ、どうも、吉村ですよ

http://www2g.biglobe.ne.jp/~aviation/honda.html
いや〜国産旅客機って本当に意外なところから復活するものなんですね・・YS−11に次ぐ新しい旅客機がまさか自動車会社から生み出されるとは・・・世界のHNDAに日本人の飛行機に対する夢をのせることを期待したいところです。ちなみに大型の旅客機ではなく6人乗り程度のビジネスジェットだそうです。受注を開始したとたん100機のオーダーがついたというのだから日本が航空機製造国と知られるのも夢ではないのかも。しかしビジネスジェット最大のライバル?は、やはりえくりぷthでしょう。
彼らも出身地が航空機製造業でないらしく、他社機より35%も燃費を向上させたHNDAの機体が一機が4億弱であるのに対し、彼は一億だそうな・・(航大もこれ導入したらいいのに・・)バックオーダーの数も2000機と半端じゃない。えーと、500人乗りのジャンボが100億だとすると彼は100機で600人を運べる計算になりますね。しかもジャンボは1目的地であるのに対し彼は100目的地に行くことができるということです。何が言いたいのかというとエアタクシーの時代が到来しつつあるということですもやは時代は大空港で30分前に搭乗手続きを完了して機内への案内を待つのではない
町内会で作られた簡易滑走路から一路目的地へ・・・



すべて22世紀の話でした













ちなみにいっちーはノコノコです。キノコカップでは誰も彼に勝つことができません。

home work 

2007年01月30日(火) 20時38分
フライトバッグと大きな荷物を抱え、イチヨン全員がブリーフィングルームへ集合した。
仙台から宮崎までの一泊航法だ
遠足の前の日が確かこんな感じだったな
そして集合時間よりもずいぶん早く出かけた。
キリンみたいに首を長くして、楽しい時間を待ち望んでいた。

航大生にとって、宮崎は始まりの場所である。
しっかりとした枕木を置き、くねくねと歪んだレールを敷き詰めていく。
そしてあらゆる人の協力や愛情があって、そのレールは真っ直ぐに伸ばされていく。

卒業を前に、そんな特別な始発駅を訪れる。
ちょうど、鮭が産まれた川へと戻っていくように。


                   富士山が顔をのぞかせていた


僕たちの班は往路は高松、復路は名古屋を経由し、仙台−宮崎のナビゲーションでした
東北は雲に覆われていましたが、西に行くにつれ雲もはけて、高度18000ft(およそ6000m)からでも海岸線や稜線、山の木々までしっかり見えました

特等席からの眺め。
どんな映画館でも、どんなアトラクションでも、どんな山手線の最前列からでも見ることのできない景色がそこにはありました。

ADFのルートで、熊谷上空も通過。
お隣が行田市なのだが。。
実家は・・見えるわけないか。。

そして宮崎空港へアプローチ
見たことのある景色、見たことのある街並み。
たしかに僕らはこの場所で、いちばん夢に近づけるこの場所で、しっかりとレールを築いてきていたのだ。

宮崎の寮では、後輩が出迎えてくれた
自然と、自分を彼らに重ねあわせる。
彼らの目に、僕らはどう映っているのだろう。
きっと、あのころの僕らと同じ思いでいたことだろう。
同じレールを走っていることだろう。


個人的には
宮崎課程のときの担当教官、坂本勝芳教官の霊前で、ただいまの挨拶ができたことが満足です

仙台へと発つとき、教官から宿題を出された気がした。
今度はお客さんを乗せて来るんだよと。
教えたことをきちんと守って、お客さんを不安にさせちゃダメだぞと。


さて、また明日からも東北の各空港にナビゲーション
卒業まであと少し、ラストスパート


ちなみに、いっちーはとってもぷよぷよが弱いです

もうこんな時間 

2007年01月24日(水) 19時44分
航空大の最終課程である計器課程も残り2/3となりました
まだまだIFR-NAVは始まったばかりと思ってたのでビックリです

しかし、これまで東北周辺の各空港を周ってみて、
一連の流れをだいぶつかめてきた気がします

来週始めには、仙台空港宮崎空港へ行く一泊航法があります。
これは航大生にとって大きなイベントの一つでもあります
C90Aから降りてくる先輩の姿は常に憧れの的でした
ついに私たちもその立場になったのかと思うと、何だか不思議な気分です。
宮崎では、後輩との時間を楽しみたいと思います

秋田空港 

2007年01月16日(火) 23時21分
前回のブログで英ちゃんが書いたとおり、いよいよ僕たちも航大の最終課程であるIFRナビゲーションが始まりました。今までは雲に入ることができなかった飛行方式で飛んでいたのですが、IFRでは雲に入ることができます。雲に入ることなんて何も問題ないと思われるかもしれませんが、結構大変なことなのです。雲の中では外は何も見えず、錯覚に陥りやすい状況になります。人間の感覚は意外とだまされやすいものなのですが、自分の感覚よりも計器の指示を信じることが大切になります。そして、計器だけを見て確実に飛行機の姿勢、高度、位置、針路を把握しながら飛ばなくてはなりません。そしてIFRでは今までとは違って、常に細かく決められたルール、管制官の指示に従って飛ばなくてはなりません。これをするためには「計器飛行証明」という資格が必要で、まさにこの計器課程はそれを取得するための課程なのです。

さて、前置きが長くなりましたが自分は先日この訓練で秋田空港へ行ってきました。この日の天気は太平洋側は雲がほとんどなく、日本海側は雲に覆われている状況でした。仙台空港を離陸して巡航に移ると、山形を過ぎたあたりから案の定下に雲海が広がり下は何も見えなくなりました。今までのVFR NAVIGATIONなら焦っているところです。そんな中、航法無線施設を頼りに秋田空港へ確実に向かっていきます。そして秋田空港へアプローチする許可をもらい、高度を下げ始めると雲に入りました。秋田空港をまだ見つけたわけではないので、計器を頼りにアプローチチャートとにらめっこしながら確実に秋田空港へ向かっていきます。そしてそろそろ雲の下に出るかな?って思ったところで訓練の都合上、フード(外が見えないように窓を覆う板)が付けられました。初めての秋田空港で、空港を見たこともない、外まで隠される!本当にその先に空港があるのかどうか半信半疑、不安な気持ちになります。でも、飛行機は空中で止まることはできません。計器を信じて確実に、決められたコース、高度を守りながらアプローチしていき、そして降下できるいちばん低い高度に近づいた瞬間、教官にフードをはずされました。

ありました。

秋田空港の滑走路が目の前にありました。

まだ雪はあまり降っておらず、上空から見ると地面が黒々としている仙台を離陸し、次に見た地上の景色は白銀の世界でした。まさに川端康成の「トンネルをぬけたら、そこは雪国だった」という状態!IFRのすごさを身をもって体験した訓練でした。

イチヨンはいよいよ航大の総仕上げ、IFRの訓練中です。

昨日は各社の面接も行われ、卒業、就職が現実的になってきました。
あと2ヵ月半、同期一同、全力でがんばっていきたいと思います!!

ちょっと真面目なお話を。
まっちゃんでした

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