ミュウミュウとプラダについて

February 19 [Sat], 2011, 18:24
70年代にはパントマイムの勉強をし、共産党に入り、ルイヴィトン 激安女性解放運動の先頭に立ってもいたが、ファッションの世界に転じてからは、新たな才能が開花しました。85年に発表したナイロン製の黒いバッグは大評判になり、スーパーモデルや世界中のファッションエディターたちの注目することになった。
 89年には婦人服に進出し、プレタポルテのコレクションを発表。他のブランドの官能的なデザインとはまったく正反対の、プレーンでシンプルなラインが絶賛されていました。92年にはミウッチャのニックネームをとったセカンドライン『ミュウミュウ』をデビューさせ、ミウッチャ個人のワードローブから発想を得たナチュラルな素材とカラーを使ったヒッピー風のアイテムを発表しました。現在は年2回、ミラノでプラダバックとミュウミュウバックのコレクションを手がけている。
 そんなミウッチャの夫でビジネスパートナーでもあるのがパトリツィオベルテリです。「夫と出会っていなかったら、たぶん私はギブ?アップしていただろうし、少なくともこんな業績は残せなかったと思う」。ベルテリの采配のおかげで、プラダは世界的な巨大複合企業となり、『フェンディ(FENDI)』『ヘルムート?ラング(HELMUT LANG)』『ジル?サンダー(JIL SANDER)』などを次々と傘下に収めていました。
「ファッションは大好き。ブランド 通販でも自分のすべてを支配されるようになっちゃだめだと思う。人生の素敵な一部分だけど、たんに娯楽であるべき」というのが持論しています。
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