東へ…その3。

September 01 [Thu], 2011, 16:35
翌朝かっぱ王国から田口さんを福島駅東口にあるバス乗り場まで送った。田口さんは荷物を移す時やはり焼酎は大切にしまった。犬山のふぅさんからの頂きものあいにく雨になった。僕にも想像が出来ない石巻へ田口さんは向かう。初めてギターが邪魔に成ったらしく車にほうり込む。田口さんは重度の方向音痴だただそれだけが心配だったが夕方連絡で、ちゃんと石巻の石巻専修大学まで行きボラ登録済ませたと聞いた時安心したのだ。九州で得た石巻の情報なんて何にも入らなかった。ただ仙台石巻の仙石線は不通で石巻までのアクセス。宿泊が現地にはなく仙台の宿泊の手配を福島伊達の宍戸部長にお願いした。この近代情報国家日本でそれもから半年近く過ぎても情報がない。とても不自然に感じた。違和感と言う風はなま暖かく鳥肌が立ち頭のテッペンからキンタマの裏までこんにゃくでじっくりナメラれる感じだが経験はない。九州もんが東北福島の駅前に降り立ち真っ先に向かったのは駅構内のスタバだった。それから二日間田口さんとは音信不通に成る。それから僕は伊達市へ向かった。ちょうど土曜日で梁川中央公民館でのストケア講座は時分から時分でレクチャーを立てていた。待ち時間ひとりで梁川の町を車で流した。6月ひでまろコムリゴータの三人がやって来たのは画像3の梁川体育館だった。当時約名の大津波とフクイチからの被災者が寄り添った場所避難所だ。今はただ静かに佇んでいた。知らなかったのはこの体育館の裏に阿武隈急行の希望の森公園前駅が在り市民プールが在り。また蒸気機関車を走らせる希望の森公園があった事だ蝉の鳴き声が静かな町中に響き渡る。普通ならば夏休みの子供達で賑やかなプールも公園も夏の陽射しが揺れ陽炎が踊り辺りは静まりかえっていた。希望の森公園の軽自動車程の蒸気機関車は静粛さの中にぽーぽーと誰かを呼ぶ様に勇ましく汽笛をあげた。蒸気の音はしゅうしゅうと低くて高い周波で威嚇していた。鯨色した鉄の塊が動きだす。国鉄の服を着たじぃちゃんが白い手袋で指差した向こうの希望の森公園に空っぽの客車を轢いた機関車が静かに動き出した。足りないのは子供の声僕は阿武隈急行の鉄柵に手をかけた真っ直ぐ真っ直ぐ延びる線路を見ながら福島から仙台までの在来線小学生の国語で知った阿武隈急行僕の地元の佐世保を走る松浦線国鉄服着たおじちゃんが顔をだして蒸気機関車をニ連結で走らせたのは頭に着いた菊の紋章と重ねた日の丸。相浦川の土手をランニングシャツ着た汚い少年達がてをふり走る。菊の紋章が好きだからじゃない。菊の紋章を好きなじぃちゃんやばぁちゃんが大好きだから愛宕山に夕陽は落ちて行った。なんだかだぶっちゃって涙なんか流れて来て。蝉が泣いていた。なんで子供が遊びよらんとねなんで子供達がおらんとね。放射能は太陽の光りに似てる。太陽の光りは遠い遠い気の遠くなる場所での核融合。キラキラキラキラ人間の欲望ならば棄ててしまおう。太陽には成れない。たまたまギター弾いて唄くって唄歌って8月も音楽祭を仕切ってなんや音楽があるやん。伊達梁川ここでやる音楽祭ならまた唄えるかも知れない。そうぶぶ独り言を。さぁ時間だ。ストレスケアインストラクタフクシマ一期。その会場へ向かった。
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