姉。。。。

September 28 [Wed], 2011, 2:58
四国の高松に嫁いだちがいの姉がいる。台風と大雨で満ぱんの河の映像を見て心配してくれメールくれた。私のうちは近くに河もなく、固い赤土と粘土質の地盤に住んでいるので、天災には強い。昔、港に居た時、伊勢湾台風の水害ですべて失って、父親が災害に強そうなこの土地に引っ越してくれて、50年。。。何不自由なく過ごしている。ありがたいことだ。姉は、最近誕生日やちょっとした時に連絡をくれる。お中元やお歳暮も土地の物やしゃれた物を送ってくれる。小さい時よくいじめられた反省なのか年取って寂しくなってきたのか両親も他界して10年近くになって、この世で二人きりの姉弟、幼き思いでいっぱいの関係。いずれにしても、うれしいものだ。私は最近、若い時には感じたことのないネガティブな気持ちがあり、ときどき鬱になっている。家庭で訳もなく嫌われているので、居場所がないのだ。反抗期と倦怠期が重なっている。。。家に帰りたくない今日この頃だ。かといって、働きに出るほど元気はなく。家のことをやらなきゃと思い、やり過ごしている。。。全てが停滞していて、前に進めない感じなのだ。心臓は薬を飲めば問題ないところにいるし、そこそこ健康だと思っている。しいていえば、お金がもう少し稼げるといいけど、嫁のおかげで生活はできている。知りあいも、友達もいるし、年々増えづけている。音楽もそこそこできているし、その気になれば3のバンドがフル活動できる手前に居る。恋愛かな。。。恋人はいない。。嫁がいるから当たり前だけど、、嫁とは親友なのだ。好きな人はいるのだが、遠い人だったり、片思いだったり、兄弟みたいな関係だったり、仕事の関係で親しかったり、音楽仲間だったり、イベント仲間だったり、飲みともだったり、旧友だったり、お客さんだったり、相手がいる人だったりそのどほのぼのふんわりするだけで満たされたりする。激しい恋もしたけど、かれて引っ張っていけなくなるし、責められるしで、用心深くなった。大した不自由もないのに、心から楽しめない原因が分からず、人に相談したり、通院するほどひどくもなく、中途半端な状態で、、己のライブやイベント主催や出店などは楽しくこなせる。身勝手な鬱初老の鬱かなと思い、姉のメールに「私のいいところって、どこ」と、質問してみた。死ぬ前の母に同じ質問をしたとき、「あんたには、いいとこなどない」とはっきり言われ、しゅんとしてしまって以来、自信ももてなく、「おれ、ってなんなんだろう」という問いがいも頭の中にある。しばらくして、メールの返事が返ってきた。「大井君(私のこと)のいいとこは、他人への好奇心を失わないことかなぁ私は他人に興味がもてないのですごいなぁと思っています。きっと相手の立場になって考えられるってことじゃないかなぁなごばあ(亡き母)も、にいちゃんはやさしいものだってずっと言ってたから。。。私は最近なごばあにもっと優しくしてあげたら良かったとよく思います。また、酒でも飲み語りたいですね」さすがは姉だね。離れていても、わたしの欲しい答えをズバッと言ってのける。。。私は自分がそれほど好きではなく、そのぶん人に興味を持ちます。いいとこ探しをします。出たがってる才能に協力します。その人が自分を大好きになり、モテモテになり、仕事も人生も成功して私を捨てていくまでは、そうします。私の興味はずっ変わりませんが、人は自信ないときの自分は汚点としてあまりみたくないみたいです。抹消したい。私も抹消されそうになるときもありました。人は勝手です。都合のいい時は「秘密よ」と甘えてきて、力がくと毒を吐きかけ、ののしり悪口をまきちらします。それでも私は、その人に興味を持ち続けます。全部知ってその人。。その私の愛しかたがわからないひとは、自分の恥部を知っている私を遠ざけ、敵視し、悪評をまき散らします。なごばあもそうでした。姉が海沿いの高級老人ホームに招待すると、近所の人に「息子に追い出される、鬼嫁に」と散々悪口を言い、客商売をしている私の立場は一時期悪くなりました。全く身に覚えがない私は、ずっとその行為が気になっていました。ある喫茶店のおじいさんが、「悪者になってあげなさい。四国へ行く理由が欲しいんだよ」と教えてくれました。らかったけど、納得して、何も言いませんでした。行きやすいように、少しいじめてあげました。母親は数年後、「ココはきれいなとこだけど、さみしいところだ誰も来ない」と電話をかけてきました。離れてくらしてるとき、私は「「ごめんなさいとありがとう」」という手紙を書きました。あなたの思いどうりの息子になれなくてごめんなさい。あのとき、財布から500円盗んで、ごめんなさい。先生に呼び出されることばかりしてごめんなさい。などという謝罪と、毎日ごはんを作ってくれてありがとう。いもホテルみたいに清潔な部屋にしてくれてありがとう。小学校の修学旅行でまちがえて買ってきたシャツを、電話でわざわざ羽田空港のお土産売り場にクレームをけ、買い替えさせてくれてありがとう。など、思いく限りの感謝と謝罪をしました。四国で寂しがる母に「みんな待ってるから名古屋に帰っておいで」というと、母は涙声で小さく蚊の鳴くような声で、ありがとうといいました。「ゆうこさん(鬼嫁)は」という質問にも「説得したから大丈夫だよ」とてもうれしそうに電話を切りました。それから2カ月、、、母は四国で亡くなりました。私は亡きがらと共に名古屋に車で輸送してもらい名古屋で葬式をしました。幼いとき二人でよく行った松坂屋の前を通った時、胸が熱くなったことを覚えています。母は脳に障害があり左脳は殆ど壊死して言語はしどろもどろでした。右はマヒがありそれでも私が作った「わたしは脳に障害があります。ゆっくりしゃべってください」や「トイレはどこですか」や「切符はどこですか」のカードを武器にけっして病気に負けない人でした。私はそんな病気に負けていない母を尊敬しています。そんな母が、私には言わなかったけど、「にいちゃんは優しい」と言いづけていたのなら、私はやさしいのでしょう。(私の名前は言えないので「にいちゃん」と呼んでました。)行動遺伝学的には「共感」や「テレパシー」の細胞が多いということでま、いいか、それは。私の最近の心の動きは、人に言っても困ると思うし、若い人やはらと生きている人が周りに多く、まして、心を扱っている仕事ゆえ聞きにくい。たまに、遠方の親族に聞くと、意外な視点から答えやヒントがやってきますね。姉がいてよかったありがとう。ますみ台風が来たから起こった、うれしい話でした。悪いことばかりじゃないフレッシュドライレモンさっちゃん(どっちやねん)finelog.jp
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