日本のインフレーション

April 30 [Tue], 2013, 9:29
元禄のインフレーション

江戸時代の元禄年間、勘定吟味役荻原重秀が、幕府の財政拡大による財政赤字増大策として1695年に元禄の改鋳による金銀含有率の引き下げを行った。

この改鋳は慶長小判に対し銀を加えて含有金量を2/3とし、通貨量を1.5倍にするというものであった。

その結果インフレーションにはなったが、マネーサプライが増えたがゆえに太平下で物資の生産が増えてだぶつき、デフレーション気味であった経済を立て直した。

また当初引替に対し慶長小判100両に対し、元禄小判101両と僅かな増歩しか付けなかったため引替はあまり進捗せず、貨幣流通量の増加が緩やかなクリーピング・インフレであった。


宝永のインフレーション 30代男性の、主に30代男性のためにおすすめしたい健康、ダイエット商品

1703年には関東諸国に巨大地震である元禄地震、続いて宝永年間の1707年に宝永地震・宝永大噴火と自然災害が相次ぎ、加えて徳川家宣の将軍代替わり、皇居の造営費などと幕府の財政は本格的に慢性的な赤字に転落し、荻原重秀は更なる銀貨の改鋳を建議した。

一方で新井白石と家宣は「悪質なものを出せば天譴をうけて天災地変を生ずるおそれがある」と合意して一旦は改鋳の議は中止となる。

しかし、重秀は銀座と結託し独断専行で永字銀など質を落とした銀貨を相次いで発行し、インフレーションが加速した。



その後、新井白石が幕府の歳出を減らし、正徳・享保の改鋳で金銀含有比率を慶長小判の水準に戻してインフレーションを抑制すると、不景気に逆戻りした(正徳の治#正徳金銀の発行、享保丁銀#略史参照)。

プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:あやこ8ugo
読者になる
2013年04月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/c0ic2mj5/index1_0.rdf