「それでも、生きていく」・・固唾を呑んで最終回を見守る 

August 27 [Sat], 2011, 10:34
今クールのTVドラマではフジテレビ木曜10時「それでも、生きていく」が群を抜いて素晴らしい。
http://www.fujitv.co.jp/ikiteyuku/index.html
瑛太・満島ひかり・大竹しのぶの演技が素晴らしい。
ドラマのテーマは、映画「悪人」のコピーにもなった「そして、悪人とはいったいだれなのか」にかぶっているところがある。キーマンとして満島かおりが双方に出演していることからも、明らかに影響を受けている。「悪人」のラストシーンでヒロイン光代は自分が愛した男について「あの人は悪人なんですよね。」と、他人の視点からの価値付けを受け入れようとしている。それは彼女が新たな人生を生きていく上で必要だったのではないかと思う。1つの殺人事件の周辺には、それに翻弄される登場人物がいてそれぞれの登場人物にとっての「悪人」が存在する。映画を観る観客は多様な視点からこの殺人事件を捉えさせられ、ひょっとしてこいつが本当の悪なのではと考え込み、最後に「では、あなたはどう思うのか?」と突きつけられて混乱する。光代がどれほど愛していようとも、男は殺人者として逮捕され彼女のそばにはいない。男は別れの刹那、女の首を絞める。「俺は悪だ。」と未練を残すまいとする。女には男の本意は分かっている。けれど、待つにしろ、忘れるにしろ、自分にとって男な何なのかを心の中で確定しなければ、女は前には進めないのだろうと感じた。
http://www.akunin.jp/index.html#/TopScene
この「それでも、生きていく」も同じような作りだ。ただ、残された者達の15年もの間のもがいている姿が描かれており、まるで「悪人」の続編のような気がする。
1つの少年犯罪を引きずる被害者、加害者家族のそれぞれの罪悪感。少女の死は圧倒的で、関わる者達はもう「死ぬこと」はできない。
「この重い罪の根源はわたしにあるのではないか」15年おそらく誰もがそう思い続けている。
「それでも、生きていく」しかないのか、「それでも、生きていく」と前を向くのか?そのためには、何が必要なのか。
最終回まであと2回。原作のないドラマだが、役者達はもう役者ではなくそこでしっかりと「生きている」。ドラマの脚本の域を超えた世界ができあがってきている。
10回の枠でこの人たちの人生を描ききれるのだろうか?どうぞ、いつものドラマの例のごとく最終回で落胆しませんように。
あと、2回。固唾を呑んで見守る。
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