34年前の魚釣島上陸事情〜大平光洋氏(国際武道大学理事)に聞く
2012年05月23日(水) 19時40分
石原都知事の尖閣諸島購入発言は喝采ものでした。既に埼玉県在住の所有者との間で取引が最終段階で、さらに東京都は東京都尖閣諸島寄附金=みずほ銀行普通口座1053860=を開設し、その寄付金もなんと18日正午までに5万6239件。総額7億6609万3340円となりました。
「民主党政権にはまかせておけない。領土は我々が守らなければいけない」と危機感を持っている日本人がいかに多いかということでしょう。また埼玉県春日部市市民有志による「石原都知事を支持する春日部市民の会緊急集会」など、各地でも数々の集会が行なわれています。
ご存知のように尖閣諸島問題はいまに始まったことではありませんが、一番の問題はやはり日本人が実効支配していなかったことにあります。日本人がいて、戦前のように漁業に従事するなどしていれさえすれば何事もなかったはずなのです。
中国、台湾がわが国の領土である尖閣諸島(沖縄県)の領有権を主張しはじめたのは1971年のことでした。台湾の漁船が上陸し、自国の国旗を掲揚するなど実効支配しようとしたのです。国連が海洋調査で東シナ海の大陸棚にエネルギー資源が大量に埋蔵されている可能性が強いことを発表した直後のことです。それ以前、両国は尖閣諸島が日本領であったことを認めており地図でも日本領とされていました。
1978年には実効支配を目的に中国漁船100隻が領海を侵犯し、領海内操業を行ないました。しかし、日本国政府は何もしませんでした。当時の自民党政権は日中平和友好条約を締結したばかりで、中国への抗議を遠慮してしまったのです。
しかし、これではいかんと憤った政治家も多くいました。
当時のことは早くも歴史に埋もれてしまいつつありますが、日本武道教育新聞を応援してくださっている大平光洋氏(現国際武道大学理事)は「尖閣はわが国の領土だ。一日も早く実効支配しなければいかん。日本人を上陸させなければ中国に奪われてしまう」とバックアップしてくれる政治家をまとめ、また実際に上陸して実効支配してくれる民族派右翼をまとめた方と言ってもいいでしょう。
今回、大平光洋氏を訪ね、当時の話を聞きました。記録のために書いておこうと思います。
「当時、亜州義塾の江崎君が沖縄と台湾を行き来していた。その江崎君が“まもなく中国漁船が尖閣諸島を占有するつもりで100隻以上来る。私は命を懸ける。何とかしてください”と連絡してきたんだ。すぐに盟友の頭山立国氏に連絡した。日本が先に尖閣を実効支配しなければならん。あそこはあくまで沖縄県の管轄だが、これは領土問題だ。沖縄だけに任せるのではなく国レベルでやらなきゃいかんからね。そして毛利松平、長谷川峻、灘尾弘吉、藤尾正行、中川一郎さんら大物政治家たちに賛同を求めにいった。彼らもすぐに賛同して支援金もポケットマネーから出してくれたよ。さらに他の政治家を回ってくれて上陸するための支援寄付金を集めてくれた」
「同時に私は民族派の気骨のある若者を集めるため、荻島峯五郎氏、高橋正義氏、頭山立国氏、八木沢由雄氏、衛藤豊久氏らに呼びかけて、全国的な民族運動として尖閣を守ろうと動いたんだ」
「第一次隊は頭山一門で石門社の関二郎氏を団長にして大日本赤誠会の笠原君ら十数名が上陸した。確か2週間ほど魚釣島にいたと思う。第二次隊は大日本同胞社の藤元正義氏を団長にして二十名ほどが行った。まあ、日中国交正常化という当時の事情があるから海上保安庁は阻止しようとする。そこで上陸するための援助を地元沖縄の実力者羽地功氏や下地氏が苦労して行なった。こうして一時的に魚釣島を実効支配。危機を乗り越えたんだ」
「石原さん(現都知事)も協力したいと連絡してきた。石原さんは当時、青嵐会だったと思うが、自分から率先して上陸すると言っていたくらいで、青嵐会の中では尖閣の実効支配に一番熱心だったと思うよ。いろんな話し合いをしたが、石原さんとしては上陸している隊員たちに食料を送ってやりたいというんだね。で、セスナ機を飛ばしてくれることになった。そういうわけで私と関二郎氏が食料を積み込んだセスナ機で沖縄から隊員が上陸している魚釣島に向かった。そしたら後ろから海上保安庁の飛行機が付けてきて“どこへいかれますか?”と言ってきた。こっちは“遊覧飛行です”というと“わかりました、気をつけて行ってらっしゃい”と引き返していったんだ。それから30分ほどして魚釣島の上空についた。下を見ると四隻くらい海上保安庁の巡視船がサーッと集まってきた。こちらを見張ってるんだね。そこでこっちも遊覧しているように島をぐるりとまわって沖縄方面に引き返すかのように見せかけた。すると巡視船は安心してか、また散らばって見えなくなった。それっ、と魚釣島に機首を向けて、すばやく食料を島に投下したんだ」
魚釣島に上陸して実効支配したのは民族派右翼団体所属の日本人たちでした。あの時、彼ら民族派が魚釣島に上陸して実効支配していなければ、いま頃大変なことになっていたことでしょう。現在、日本の領土・竹島が韓国に不当に実効支配されてしまっていますが、彼等の上陸がなければ魚釣島もいまごろ中国に実効支配されていたかもしれないのです。
しかも、彼らは危険をおかして上陸し、中国の実効支配を阻んだのに、そのことを公にしていないそうです。まさにサムライの精神ではないでしょうか。
大平氏は後日談も話してくれました。
「私と頭山、石原氏が係わったのは第二次までで、第三次からは日本青年社が行った。“ぜひうちにやらせてほしい”というので全部任せたんだよ。日本青年社もよくやっていたよ。灯台も作ったしね。そのうちに国も動きだし“国のほうで実効支配を考えるから、あなた方は引き揚げてほしい”という申し込みがあった。それで関氏と日本青年社と国が話し合ったんです」
引き揚げるにあたって国が約束したことがあったらしい.
それは魚釣島に@ヘリポートを作るA護岸工事をやって港を作るB立派な灯台を作るというものだったそうです。
しかし、その後、国は何もやりませんでした。あの時、国が本当に動いていたならと思います。いま約束を破ったツケが起きているのです。
国に任せていては、特に民主党政権に任せていては日本は危ない。石原都知事の東京都購入発言は日本を憂えていた国民にとって思いがけないプレゼントでした。石原都知事、ありがとうございます。そして当時、命を賭けて尖閣に上陸してくれた民族派の方々、ありがとうございます。 (安田光敦)
◎大平光洋(おおひら・こうよう)…国際武道大学理事。都立小石川高から早大へ。大学時にレスリング・ライトヘビー級でメルボルン五輪に出場。世界の強豪がひしめく中で7位に入った。大学に入るまで柔道をしていたがレスリング転向後、苛烈なメニューを課し、わずか2年で五輪出場した猛烈な根性の持ち主だった。卒業後、大平事務所を構え、領土問題、日韓日台関係などの政治問題に係わってきた。勝海舟、西郷隆盛、頭山満のごとく「世間の毀誉褒貶などは気にせず、自分の信ずるところをいく」考えを持っているといわれる。








