34年前の魚釣島上陸事情〜大平光洋氏(国際武道大学理事)に聞く

2012年05月23日(水) 19時40分

 石原都知事の尖閣諸島購入発言は喝采ものでした。既に埼玉県在住の所有者との間で取引が最終段階で、さらに東京都は東京都尖閣諸島寄附金=みずほ銀行普通口座1053860=を開設し、その寄付金もなんと18日正午までに5万6239件。総額7億6609万3340円となりました。

「民主党政権にはまかせておけない。領土は我々が守らなければいけない」と危機感を持っている日本人がいかに多いかということでしょう。また埼玉県春日部市市民有志による「石原都知事を支持する春日部市民の会緊急集会」など、各地でも数々の集会が行なわれています。

 ご存知のように尖閣諸島問題はいまに始まったことではありませんが、一番の問題はやはり日本人が実効支配していなかったことにあります。日本人がいて、戦前のように漁業に従事するなどしていれさえすれば何事もなかったはずなのです。

中国、台湾がわが国の領土である尖閣諸島(沖縄県)の領有権を主張しはじめたのは1971年のことでした。台湾の漁船が上陸し、自国の国旗を掲揚するなど実効支配しようとしたのです。国連が海洋調査で東シナ海の大陸棚にエネルギー資源が大量に埋蔵されている可能性が強いことを発表した直後のことです。それ以前、両国は尖閣諸島が日本領であったことを認めており地図でも日本領とされていました。

 1978年には実効支配を目的に中国漁船100隻が領海を侵犯し、領海内操業を行ないました。しかし、日本国政府は何もしませんでした。当時の自民党政権は日中平和友好条約を締結したばかりで、中国への抗議を遠慮してしまったのです。
 しかし、これではいかんと憤った政治家も多くいました。
 当時のことは早くも歴史に埋もれてしまいつつありますが、日本武道教育新聞を応援してくださっている大平光洋氏(現国際武道大学理事)は「尖閣はわが国の領土だ。一日も早く実効支配しなければいかん。日本人を上陸させなければ中国に奪われてしまう」とバックアップしてくれる政治家をまとめ、また実際に上陸して実効支配してくれる民族派右翼をまとめた方と言ってもいいでしょう。

 今回、大平光洋氏を訪ね、当時の話を聞きました。記録のために書いておこうと思います。
「当時、亜州義塾の江崎君が沖縄と台湾を行き来していた。その江崎君が“まもなく中国漁船が尖閣諸島を占有するつもりで100隻以上来る。私は命を懸ける。何とかしてください”と連絡してきたんだ。すぐに盟友の頭山立国氏に連絡した。日本が先に尖閣を実効支配しなければならん。あそこはあくまで沖縄県の管轄だが、これは領土問題だ。沖縄だけに任せるのではなく国レベルでやらなきゃいかんからね。そして毛利松平、長谷川峻、灘尾弘吉、藤尾正行、中川一郎さんら大物政治家たちに賛同を求めにいった。彼らもすぐに賛同して支援金もポケットマネーから出してくれたよ。さらに他の政治家を回ってくれて上陸するための支援寄付金を集めてくれた」

「同時に私は民族派の気骨のある若者を集めるため、荻島峯五郎氏、高橋正義氏、頭山立国氏、八木沢由雄氏、衛藤豊久氏らに呼びかけて、全国的な民族運動として尖閣を守ろうと動いたんだ」
「第一次隊は頭山一門で石門社の関二郎氏を団長にして大日本赤誠会の笠原君ら十数名が上陸した。確か2週間ほど魚釣島にいたと思う。第二次隊は大日本同胞社の藤元正義氏を団長にして二十名ほどが行った。まあ、日中国交正常化という当時の事情があるから海上保安庁は阻止しようとする。そこで上陸するための援助を地元沖縄の実力者羽地功氏や下地氏が苦労して行なった。こうして一時的に魚釣島を実効支配。危機を乗り越えたんだ」

「石原さん(現都知事)も協力したいと連絡してきた。石原さんは当時、青嵐会だったと思うが、自分から率先して上陸すると言っていたくらいで、青嵐会の中では尖閣の実効支配に一番熱心だったと思うよ。いろんな話し合いをしたが、石原さんとしては上陸している隊員たちに食料を送ってやりたいというんだね。で、セスナ機を飛ばしてくれることになった。そういうわけで私と関二郎氏が食料を積み込んだセスナ機で沖縄から隊員が上陸している魚釣島に向かった。そしたら後ろから海上保安庁の飛行機が付けてきて“どこへいかれますか?”と言ってきた。こっちは“遊覧飛行です”というと“わかりました、気をつけて行ってらっしゃい”と引き返していったんだ。それから30分ほどして魚釣島の上空についた。下を見ると四隻くらい海上保安庁の巡視船がサーッと集まってきた。こちらを見張ってるんだね。そこでこっちも遊覧しているように島をぐるりとまわって沖縄方面に引き返すかのように見せかけた。すると巡視船は安心してか、また散らばって見えなくなった。それっ、と魚釣島に機首を向けて、すばやく食料を島に投下したんだ」

 魚釣島に上陸して実効支配したのは民族派右翼団体所属の日本人たちでした。あの時、彼ら民族派が魚釣島に上陸して実効支配していなければ、いま頃大変なことになっていたことでしょう。現在、日本の領土・竹島が韓国に不当に実効支配されてしまっていますが、彼等の上陸がなければ魚釣島もいまごろ中国に実効支配されていたかもしれないのです。
しかも、彼らは危険をおかして上陸し、中国の実効支配を阻んだのに、そのことを公にしていないそうです。まさにサムライの精神ではないでしょうか。

 大平氏は後日談も話してくれました。
「私と頭山、石原氏が係わったのは第二次までで、第三次からは日本青年社が行った。“ぜひうちにやらせてほしい”というので全部任せたんだよ。日本青年社もよくやっていたよ。灯台も作ったしね。そのうちに国も動きだし“国のほうで実効支配を考えるから、あなた方は引き揚げてほしい”という申し込みがあった。それで関氏と日本青年社と国が話し合ったんです」
 
 引き揚げるにあたって国が約束したことがあったらしい.
それは魚釣島に@ヘリポートを作るA護岸工事をやって港を作るB立派な灯台を作るというものだったそうです。
しかし、その後、国は何もやりませんでした。あの時、国が本当に動いていたならと思います。いま約束を破ったツケが起きているのです。

 国に任せていては、特に民主党政権に任せていては日本は危ない。石原都知事の東京都購入発言は日本を憂えていた国民にとって思いがけないプレゼントでした。石原都知事、ありがとうございます。そして当時、命を賭けて尖閣に上陸してくれた民族派の方々、ありがとうございます。 (安田光敦)


◎大平光洋(おおひら・こうよう)…国際武道大学理事。都立小石川高から早大へ。大学時にレスリング・ライトヘビー級でメルボルン五輪に出場。世界の強豪がひしめく中で7位に入った。大学に入るまで柔道をしていたがレスリング転向後、苛烈なメニューを課し、わずか2年で五輪出場した猛烈な根性の持ち主だった。卒業後、大平事務所を構え、領土問題、日韓日台関係などの政治問題に係わってきた。勝海舟、西郷隆盛、頭山満のごとく「世間の毀誉褒貶などは気にせず、自分の信ずるところをいく」考えを持っているといわれる。







殉国七士墓前祭とは?

2012年05月03日(木) 6時39分
おっと殉国七士廟について説明しておくのを忘れていました。

 東京裁判(極東国際軍事裁判)でA級戦犯とされた東條英機、武藤章、松井石根、木村兵太郎、土居原賢二、板垣征四郎、広田広毅の7名の処刑は昭和22年12月23日に行なわれました。
7名の遺灰はGHQによって海に撒くことになっていました。ちゃんとした墓に遺骨を納めたら、将来、掘り返され神聖化されることを恐れたからです。

 しかし、遺灰を海に蒔くなどと遺族のことを考えると日本人として許しがたいし、未来の日本のために罪障一切を一身に引受けて処刑される7名の遺骨はちゃんと残さなければならない.家族に何とか渡したいと遺灰を奪還する決意をしたのが、東京裁判で小磯国昭の主任弁護士をしていた三文字正平弁護士でした。
義侠心に富んだ三文字弁護士は7名の刑の執行日はクリスマスの前日12月23日で、火葬場も横浜市保土ヶ谷の久保山火葬場と予測し、同地にある興禅寺住職市川伊雄氏に相談し、久保山火葬場長・飛田美善氏の協力を得て遺骨奪還をすることになったわけです。

 米兵の厳重な監視の中、計画通り7名の遺骨若干を一体ずつ別々に奪還することに成功しました。しかし、飛田氏がこれら遺骨に香を焚いたために米兵に感づかれ、取り戻されてしまいます。米兵は7名の遺骨を全部一緒に混ぜ、火葬場内の残骨捨場に遺棄しました。

 しかし、三文字正平弁護士と興禅寺住職市川和尚はあきらめません。翌24日はクリスマスイブ。見張りが手薄になる事を知った深夜、決死の覚悟で黒装束に身を固め、飛田火葬場長の案内で目的の現場に入り込み、空き缶に遺骨をすくい取ることに成功し、密かに持ち帰ったのです。

 こうして奪還した遺骨は日米安保条約調印の昭和35年まで人目を避けて伊豆山中の興亜観音に密かに祭られていましたが、遺族の同意のもとに三河湾国定公園三ヶ根山頂に建立された墓碑に安置されることになりました。

 昭和35年8月16日、関係者と遺族が列席し墓前祭が行われ、以来毎年4月29日の天皇誕生日に墓前祭を行なうことになりました。それがきっかけで三ヶ根山には戦没者の霊をまつる慰霊碑が数多く建立され、これら遺族や戦友も度々ご参拝に参る様になっています。

 墓前祭は三文字弁護士が長年、祭主をしてきましたが、亡くなられた後、現在は三文字弁護士の長女・福留佳子さんが引き継いで現在に至っております。福留さんは今回の墓前祭でも述べておられますが、日ごろから「三ヶ根のお墓は7人の方の顕彰碑ではない。東京裁判というのは、どういうものであったか。それをみんなで勉強していくためのもの。大東亜戦争はどういうものであったか。近代史をみんなで勉強して本当の日本の姿を知ろうじゃないですかというのが、お墓建立の趣旨。アメリカの政策でどんどん日本が変わり、東京裁判というものが風化していく。後々の人が勉強してくれという意味なのです。殉国七士となっていますが7人が偉かったということを言っているわけではありません」と訴えておられます。殉国七士廟の価値はそこにあると言って良いでしょう。
 東京裁判とはいったいなんだったのか…。次はそれについて説明したいと思います。

第62回殉国七士墓前祭

2012年04月30日(月) 11時48分
 4月29日の昭和の日。毎年、この日はなにがしかの仕事があり、その合間に靖国神社に参るが「今年こそは!」と愛知県幡豆郡の三ヶ根へ向かった。
 第62回殉国七士墓前祭。
 東京から豊橋まで新幹線。豊橋からレンタカーを借りて約1時間。午後2時開始の墓前祭に間に合った。
三ヶ根山にある殉国七士廟の受付に行くと、なんと斎主の福留佳子さんが記帳しているところ。最近は電話ばかりだったので「福留さん!」と肩に手をやるとゆっくり振り返って「あ、安田さん。東京から?よく来てくださいましたねえ」。
実はいつも直前で仕事が入ってきて出席できないので「出席する」と連絡していなかったのだ。

 受付を済ませて式場に行くと、尊敬している森田禎介さんと出会う。森田さんは海軍兵学校70期出身(海軍大尉)で武道教育の購読者の一人。「武道教育はなかなか素晴らしいことが書いてある。日本のために本当に頑張られていますね」とねぎらいの言葉を頂き、嬉しい。

 式典。国旗掲揚、国歌斉唱のあと神事。
 修祓、斎主一拝、献饌と続き、静粛な空気の中で祝詞奏上となった。その時、ウグイスが「ホーホケキョ」と鳴く。不思議だったのは祝詞奏上中、ウグイスが間隔をおきながら鳴きつづけ、祝詞奏上終了と同時に「チチチチチッ」と鳴いて飛んでいったことだ。式典に参列しておられた方々の中には「七士の魂がウグイスに入った」とか、いろいろいな思いを感じられておられたのではあるまいか。

 このあと玉串奏奠。斎主の福留さん、遺族代表の板垣正さん、森田禎介さん…と続き、最後に「日本武道教育新聞 安田光敦」と名前が呼ばれ、恐縮しながら玉串奏奠。

 今回はソプラノ歌手の森敬恵さんが「荒城の月」を奉唱。参列者とともに「海ゆかば」を奉唱した。
ちなみに森さんは今年2月の国立の音楽祭での痛快な行動をされたのでご存じの方も多いだろう。その音楽祭で「海ゆかば」を歌うつもりでプログラムに掲載しておいたが、直前に「歌うな」という主催役員の反対にあった。この時、森さんは会場の方々の多数決をとって、ほとんどの人が歌うことに賛成で「海ゆかば」を会場の方々と大合唱したという痛快劇があった。つまり森敬恵さんは日本を愛する素敵な歌手なのです。

 最後に斎主・福留佳子さんが挨拶。
「この墓前祭の意味は東京裁判がどういうものであったのか。その真実を後世に伝えなければならないということにあります。いま危機感をもっていますのは、この国は北からも南からも異国の力が侵攻してきているようでございます。これまで大勢の方が国を守ろうとして散華されてきました。こうした先人の方のおかげで私たちがあるということを忘れてはいけません。みんなでしっかり手を握り合って子々孫々にまで伝えていきたいと思います」
 こうして厳粛な空気の中で無事、式典が終わった。(安田記)

明治神宮 年越し射会

2012年01月01日(日) 15時31分
明けましておめでとうございます。
皆様におかれましては、お健やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。



 明治神宮の森にある武道場「至誠館」弓道場で、大晦日から元旦にかけて年越射会が行なわれた。厳冬の中、全国から参集した251名の参加者が日頃の技を競い合った。主催者によれば、昨年と比べ高校生の参加者が若干増えたとのこと。日本の伝統文化を引き継ぐ若者たちが少しでも増えたことは頼もしい限りだ。

 以下、年越射会開会にあたって至誠館・荒谷卓館長のあいさつ。
「平成23年は国の内外で大変苦難の年でした。ロシア、欧州に行った際に現地の人たちは“自分たちでさえも大変なのに日本人は大震災、原発事故もあって本当によくやっている”と評価をしてくれました。24年度はいっそう厳しい年になると思われます。
(明治天皇の御製をひきながら)大変なことが起きたとしても、我々にできることは常日頃から気構え、心構えを持つこと。今年の射会はそのようなお心持ちでむかっていただければと思います」


 日本武道教育新聞社は、今年も日本のために活動を続けてまいります。いま日本人は心をひとつにし、国を建て直していかなくてはなりません。いっそうのご指導、ご支援をお願い申し上げます。

岡野功先生と佐藤忠之先生の対談!

2011年11月25日(金) 3時29分
23日。
柔道家・岡野功先生と合気道家・佐藤忠之先生(早大合気道部師範、早大講師)の対談を行なった。

「本物の柔道とは?」がテーマ。次回の武道教育の特別編として敢行した。
嘉納治五郎が目指した柔道が現代において消失してしまっている。そこを富木謙治の合気道を通して佐藤先生が語り、岡野先生がともに考えたもの。

対談後、早稲田大体育館で同大合気道部の有志が合気道に生かすために柔道の練習をしていた。ここに飛び入りで岡野先生が柔道を教えることになったので、大喜び。

岡野先生は左右前後の足さばきが自在で、そこが岡野柔道のベースとなっている。その足さばき(運足)を使った柔道技は富木合気道が運足を使った技を繰り出すのと原理が同じ。岡野柔道に触れながら、富木合気道の本質を知ることになったし、また柔道の本質を、この運足に見る思いがした。

岡野先生の運足は「誰に教わったというわけではなく、練習を積み重ねていくうちに自然とこうなった」というから、やっぱり凄い。





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某フランス人柔道家の憤り!?

2011年05月06日(金) 1時42分
神奈川県在住の柔道家・青山治五郎(仮名)さんから投書のメールがあった。
  *   *   *
先日来日した外国人柔道家がこんなことを私に言っていました。「いま柔道は日本にかつてあった柔道ではなくなっている。日本は何をやっているのか。昔のような小さい者が大きいものを倒すような柔道に返るべきです」
 本当にその通りで、いまの日本柔道界のトップ陣は返す言葉もないはずです。その外国人柔道家はフランス人。柔よく剛を制すの柔道を目指しています。もちろん、フランスでもスポーツとしての柔道があり、だから試合に勝てばいいという選手も多いようです。ですが、一方で見識のある年配の柔道家は「武道としての柔道」を求めており、柔道の総本山となる日本が世界の柔道を牛耳っている西洋各国の言いなりになっているのはおかしいと思っています。しかも彼らは柔道利権で大いに稼ぎまくっています。
    *   *   *
こういうメールだ。確かにおっしゃるとおり。稼ぎまくっているというのは彼らが規格を決めた柔道着利権のことだろうか。世界柔道を牛耳っている彼らは、いくら日本が何を言ってもさらに稼ぐためにまた新手の何かを仕組んでくるだろう。

 日本が意見を言ったところで、聞く耳はもっていない。だから日本としては「現在のヨーロッパ主導で決めたルールで勝つことによって日本柔道の力をつけよう。力をつけてから堂々と意見を言おうではないか」ということになってしまう。
 なんだか、ワシントン、ロンドン軍縮会議で差別的締結を余儀なくされて、ならば軍備力の差を補うために月月火水木金金と猛訓練をしようとしたのと同じだ。

 歴史はずっと繰り返されている。
 武道においても骨抜きにされようとしている日本。
 いつもいつも日本は白人たちの悪魔の結託によって苦しめられてきた。幕末も諸外国が押し寄せて開国を迫り、その上不平等条約を押し付けられた。まったく理不尽この上ない。
 どうすればよいのか。このままで良いわけがない。
 その答えは柔道家のみな分かっているはず。このまま指を加えていれば「武道としての柔道」は日本にも残らなくなってしまう。柔道を戻すために外国になびかず、武道の本質へ立ち返ることが必要だ。

 心ある柔道家よ、審判が柔道を知らないだの、ルールが悪いなどと陰で文句ばかり言っておらず、そう思っているのなら行動しましょう。口先だけ言っていても何も変わりませんもん。(天馬)

「女性塾」研修会が熱い!

2011年02月23日(水) 19時38分

伊藤玲子先生

 2月23日。元鎌倉市議・伊藤玲子先生主催のセミナーに行ってきました!
 玲子先生(ご挨拶しただけで全然親しいわけじゃないけど、何だかそうお呼びしたくなる)のことは、このブログをご覧下さっている日本人金太郎さんのコメントから知りました。金太郎さん、どうもありがとうございました。
 検索してみて目に飛び込んできたのは「バカな女が国を滅ぼす」という言葉。心に刺さりました…。私はバカだけど、国を滅ぼしたくないっ。ちょうどセミナー参加者募集をしているタイミングだったのも、何かのご縁なのでしょう。 神様のお引き合わせだったのでしょうか。


 玲子先生のご挨拶のあと、講師の阿部正寿氏(世界戦略総合研修所 会長)の講義になりました。


阿部正寿先生

 阿部先生のお話は、シンプルですごく分かりやすく、特に民主党の考えの根本がどういうものかが、よく理解できました。
 やっぱり、彼らの頭は、時代遅れのお花畑でしたよ… トホホ〜
 阿部先生も熱い心をお持ちのかたで、いかに今の日本を心配してらっしゃるかが伝わってきました。配られたレジュメも簡潔にまとまっているので、また読み返すつもりです。

 “日本が国力を回復していくのに必要なこと”の中で興味深かったのは、国民の健康に関する話でした。阿部先生は「これは個人的な意見ですが」と前置きされて、「認知症というのは、自分の権利ばかり主張する人が多くかかっています」。
 昔、認知症というのはあまりなかったそうです。でも、こんなに出てきたのは、まさに戦後教育をされて権利を主張してきた世代の人たちが年をとってからのことだと思っていらっしゃるとのこと。
 阿部先生は「利己的で私利私欲に走った人の成れの果てを、まともな人が世話をする。これでは日本が沈んで当たり前。第一、国を愛し、人を愛して、いろいろ考えていたら、ボケてるヒマなんてないんです!」と力強い声。
 これには、会場に集まった同世代(たぶん)の人たちからは「そうだそうだ!」と、拍手が起こりました。
 そう言えば、藤岡弘、さんも、昨年の本紙のインタビューで「団塊の人たちには、温泉や旅行のことばっかり考えるんじゃなくて、日本のことを真剣に考えてほしい」と語っていらっしゃいましたね。

 とても残念だったのは、若い参加者がほとんどいなかったことです。
 21日の新藤義孝議員のオープンタウンミーティングはそうでもなかったけれど、20日の浦和での沖縄を考える会はお年寄りが多かったし、当セミナーには男性も参加されていましたが、やっぱりお年を召されたかたが多かったです。
 なんだか寂しい。そして、恥ずかしいという気持ちがわき上がってきました。

 だって参加者の皆さんは、とにかくゲキアツ!
 セミナー開始前から「だから民主党はダメなのよ!」「何もハッキリ言わない!」と、あちこちから熱い会話が聞こえてきました。静岡からこのセミナーのために上京された方などは、みなさんで沖縄に行って来られ、地元では子どもの教育を考える活動をしていらっしゃるそうです。また、よく発言してらした年配の男性は、色々なことをよくご存知だし、はっきりと意見を述べられていたのが印象的でした。

 ここでは繰り返して書きませんが、若い人たちも、いま中国や韓国が日本に対して何をしているか少しでも知れば、政治に興味がないなんて思えなくなるはずなんだけどなぁ。日本国民の無知・無関心こそ、あちら側の思う壺なのですから。
 思えば、平沼先生が「たちあがれ日本」をつくった時も「立ち枯れ」とか意地悪なことを言う人が多かったですよね。でもそれは「他人事の感覚」ではないでしょうか。本当なら、そんなお年寄りが立ち上がらざるを得ない状況を、若い人は恥ずかしく思わなければいけないし、感謝こそすれ、非難する権利なんか1ミリもないはずなんだもの。


 阿部先生のお話のあと、休憩をはさんで玲子先生との歓談タイムになりました。玲子先生は、すっごくお元気! 日本を愛する気持ちがあふれて、若々しくキラキラ輝いていらっしゃいました。
 玲子先生は、日本を救うには、子どもたちの教育から変えていかなくてはいけないと考えていらっしゃいます。
 これは「武道教育」と同じ考え。
 だから、玲子先生の力強い言葉にひとつひとつ励まされました。女性にできること、しなくちゃいけないことって、いっぱいある。女性だからって「分からない」と甘えていたら、大変なことになってしまいます。

 また、玲子先生は政治家頼みではなく、市民、国民1人1人が力を合わせなくてはいけない、横の連携が大切と話され、この場で「この場にいる私たちで運動を起こしましょう!」とおっしゃり、大きな拍手がわき起こりました。
 阿部先生にもご協力をお願いされるそうです。もう、大期待です!!
 私たちも新聞をやっていますが、同じ志を持つ人たちとの連携や協力が大切だと、日々痛感しています。1人じゃ何もできないけれど、たくさん集まれば何かできるはず。勇気が出ました。
 私たちは、1人ではありません。若い人たちも尻込みしないで、ぜひこういったセミナーに参加して、いろいろなことを知ってほしいです。私もまた、参加させていただきます!(編集部・佐佐木澪)

今日は「竹島の日」

2011年02月22日(火) 22時46分

竹島について、熱く論じる新藤議員
 世間は上野に到着したパンダのことや、222(ニャンニャンニャン)の猫の日のことでかまびすしいですが、忘れちゃいけない、今日は「竹島の日」です。
 閣議決定を経て、竹島を島根県の所管とする同県告示が出された日が明治38(1905)年の2月22日でした。
 竹島の日を翌日に控え、21日に自民党・新藤義孝衆議院議員の「オープン タウンミーティング」が行なわれました。毎回たくさんの人でいっぱいのミーティング、今回も老若男女問わず、日本の未来を心配する人たちが駆けつけました。

 105年も前から、歴史的にも国際法上でも島根県の一部である竹島。なのに、戦後独立した韓国の李承晩政権が、昭和27(1952)年に、竹島を韓国に組み込む「李ライン」を一方的に設定しました。それ以来、竹島は日本固有の領土であるにもかかわらず、韓国政府が不法占拠を続けています。その不法占拠が、政権交代して以来、ますますひどくなっているそうです。
 新藤議員のお話では
 1:韓国海洋研究院が、竹島北西1キロの沖合に「海洋科学基地」の建設を進めている
   基地は地上15階建て相当、ヘリポートを備えた建築物だといいます。こんな大きな建物を建てられてしまったら、竹島付近の海洋観測を勝手にされるだけでなく、ますます実効支配を強めることになってしまいます。
 2:竹島には、いま既に宿泊所があるのですが、より多くの韓国人が住めるように、宿泊所の拡張工事が行なわれているそうです。これが完成すると、地上4階、最大で40人もの人が居住できるようになります。これではまるで…。

 不法占拠をさせてしまったこと自体、許せませんが、それでも自民党政権時代は、新たな動きをキャッチすれば抗議・阻止してきたそうです。しかし、民主党に政権交代して以来、韓国側の計画についてノーチェック。大きな基地を作ろうとしているのに、今の政府は見て見ぬふりをしているのです。
 たとえて言えば、自分の家に入り込んできた居候が、勝手に自分の部屋を増築しているようなもの。もしそんなことがあったら「出ていけ、ここはお前の家じゃない!」って言いますよね?
 でも、日本の国はそう言わないのです。おかしくないですか? 日本の総理と韓国の大統領、そして外務大臣は、何度も会談したり、国際会議等で接触しているはずなのに…。いつだって言えるではありませんか!

 さらに政府は、抗議をしないばかりでなく、こういった状況を私たち国民には全く伝えません。
 やったことと言えば、返す必要のない資料を返してみたり、もう解決している昔の問題をほじ繰り返して今さら謝ってみたり…。何、媚を売っているんだと言われても仕方がないでしょう。

 新藤議員は「いま抗議をすれば、今まで日本は何も言わなかったじゃないか、暗黙のうちに了承していると理解していた、と、韓国側は主張するでしょう。そうすれば、日韓関係はここで壊れてしまうかも知れません。再び信頼関係を築くには、どのくらいかかるかも分からない。しかし、私たちは、日本国民としてこんな暴挙を許してはいけないんです」と話され、会場は大きな拍手に包まれました。

 そうですよね。確かに、戦争のあと、日本と韓国はいろいろ話し合って新しい関係を築いてきたはずです。
 だからこそ、こんな行動には「韓国側が先に信頼関係を壊そうとしているじゃないか!」と抗議すべきです。しかし、民主党政府は抗議をしないだけでなく、国民にこのことを知らせようともしないのです。 今年も松江市で返還を求める行事が行われました。でも、今年も政府関係者は誰一人出席しなかったそうです。
 これでは、竹島はあげますよと言っているようなものではないですか。そんなこと許せない!

 竹島問題、尖閣諸島問題。北方領土問題…いつも日本は何も言えずに、相手側の強引さに負けてしまっています。でも! それではダメなのです。
 今、まさに国としての勝負どころ。国民みんながこの問題を知り、声を上げて、国土を守らなくては。でも、けんかなんかする必要はないのです。1人1人がちょっと勉強して、少しの勇気を持てたら、そして、みんなの力を合わせることができたら。それが、生まれた国を大切にするということなのではないでしょうか。

 新藤義孝オフィシャルサイトはこちら
(編集部/佐佐木 澪)

ああ、中国属国化へヒタ走る沖縄県!?

2011年02月18日(金) 22時34分
■石垣市の尖閣条例制定記念式典に民主党の閣僚はしらんぷり!
 尖閣諸島問題で沖縄県民の意識が変わったかと思っていたが、いまだに沖縄県は中国友好ムードを強くして、ひたすら中国属国化へ向かっている。
 沖縄県石垣市は、今年1月14日に「尖閣諸島開拓を定める条例」を制定した。
 この条例は、第1条にあるように「 尖閣諸島を行政区域とする石垣市は、尖閣諸島が、歴史的にも日本固有の領土として、より明確に国際社会に対し意思表示し、国民世論の啓発を図るため」のもの。
 1月14日を尖閣諸島の日に定めた理由は「明治28年に尖閣諸島を我が国固有の領土として編入することを閣議決定した日」であること(第2条)。石垣市は、尖閣諸島開拓の日制定の趣旨にふさわしい取り組みを推進するため、必要な施策を講ずるよう努めるために、この条例を決めた(第3条)。
 つまり、尖閣諸島は、日本政府が法的根拠に基づいて日本の領土としている土地である。ところが、民主党政府と沖縄県議会は、この条例に“しらんぷり”をしたのである。

 知らない人もいるようなので、古い情報になるが、産経新聞2月3日付の記事を掲載しておこう。

『1月14日の尖閣諸島を行政区とする沖縄県石垣市が条例制定した「尖閣諸島開拓の日」記念式典に政府・民主党から誰も出席せず、祝電さえも打っていなかった。式典には自民、公明両党などの国会議員が出席し、欠席した党からも祝電が届いた。中山義隆石垣市長は民主党の岡田克也幹事長宛てに招待状を出したが、回答はなかった。
 衆院予算委員会で公明党の遠山議員は「昨年あれほど注目された尖閣諸島を持つ石垣市の公式の行事であり、市議会で制定された条例だ。そこに祝電も出席者も何も出さず完全無視か。『地方を大事にする』という首相の言葉が空虚に響く」と猛批判した。 
 これに枝野幸男官房長官は「党側に確認したが、招待状の受領は確認されていない。意識的に無視したわけではない」と釈明した。遠山氏は「招待状送付リストに岡田氏の名前が党本部の住所付きで書かれていた。今の答弁が虚偽だった場合、正式に謝罪を求める」と今後も追及する構えだ』


 と、こんな記事が掲載されたのだ。
 ちなみに、他紙はこの事実を掲載していない。だから、産経新聞を読んでなかった人たちは全く知らないということになる。


■沖縄県議会も政財界も中国寄り!?
 この記念式典に出席しなかったのは、記事にあった政治家たちだけではない。積極参加するのは当然だと思われる沖縄県議会の議員らが、何とひとりも出席しなかったというから驚きだ。
 この日、沖縄県知事までも、視察と称して香港に出張していたという。まさに沖縄県政界には呆れ返るばかりだ。

 呆れるといえば、これだけ尖閣問題で日本の危機といわれているのに「日本沖縄華僑華人商工連合会」(張險峰会長)が設立された。2月17日に設立懇親会が那覇市内で開かれた。同日の沖縄タイムスは、さも友好ムードを支援するような記事を書いている。  
 しかし、よく考えなくてはいけない。この華僑の連合会がやろうとしていることは、華僑、華人資本の法人が協力して沖縄企業の中国市場への進出を助け、また沖縄への中国人誘客を支援するというもの。いま中国を支援し、人や企業を入れるということが、どういうことなのか。数次ビザに関するエントリーにもあるが、これは日本を乗っ取る計画に他ならない。いま中国は、琉球を「同胞」と呼び始めている。沖縄乗っ取り計画を着々と進めているのだ。その渦中にある沖縄県民に危機感がないことは、非常に危険だ。
 「沖縄と共に自立国家日本を再建する草の根ネットワーク」仲村覚代表は、「いまのような状態だと、確実に中国に乗っ取られる」と歯軋りをする。

■保守も沖縄対策本部を作れ!
 仲村代表が言う。
「保守も沖縄対策本部を早急に作らなければいけない。本来なら石垣島の中山市長とか石垣島の方々を沖縄に呼んで、みんなで沖縄を守ろうという形を作らなければいけないので、いまコーディネートしている最中です。デモにしても保守はやらない。これでは、沖縄の主導権を取られてしまうのは当たり前ですよ。
 左翼は対策本部を持っているんです。安保破棄中央実行委員会があって、名護市長戦とか県知事戦を応援しているんです。労働組合から金を集めて、沖縄の反米闘争を支援しているんですね。それに対して保守は何もしていない。だから、このままではいけないと思って立ち上げたのが、私たちの会なんです。
 去年の一年間で、政界が彼らに乗っ取られてしまった。普天間問題でね。これに、どう反撃していくか。まず沖縄の人に、いまのままではヤバイんだよということを広めていくことが火急の問題です。しかし、お金がない。セミナーで講師を沖縄に呼ぶにも、お金がかかります。旅費、宿泊費も、なかなか出せない。なんとか工面して、何度かは講師の方に来ていただいているけど、もう限界がきています。
 しかし、いまのままだと沖縄は中国にべったりになっていき、本土の方々に、そのような沖縄が理解できなくなる。そうなると沖縄なんか独立してしまえという声が強くなってくる可能性があります。しかし、そんなことさせてはいけない。今がギリギリのラインなんです」
 沖縄を中国の属国化にしないためにどうすればよいのか。仲村代表らは日々模索しながら、活発に行動している。
「我々も本来なら沖縄で活動していかねばならないんですが、東京で情報を発信しているのは、そういう意味もあるんです。誤解を解かなければいけないですから。何でいまそうなってしまったのかというところからやっている。
 復帰前、1967年〜72年の段階で、祖国復帰運動というのがあった。しかし、その実態は日本共産党の工作で、安保闘争だったわけです。日本共産党が復帰運動をさせながら、安保反対と言わせていた。それがずっとつながってきて、いまの普天間問題に続いているんです。
 とにかく沖縄県民に反対を言わせて安保破棄をさせようと左翼は資金をつぎ込んできました。一方、保守は金もなく、なにもしなかった」と、仲村代表は嘆く。
 いまも昔も潤沢な資金を持っているのが労働組合。つまり、沖縄の祖国復帰運動には日教組、自治労などからの資金がどんどん投入されてきたのである。現在の沖縄が骨抜きにされてしまった一因が、そこにある。

 これほど中国が沖縄を属国化しようとしているのに、なぜ沖縄県民の人たちは行動を起こそうとしないのだろう。疑問を持つ日本人は多いことだろう。仲村代表は「沖縄県民の方々が、沖縄が危ないということを知らない。それは、なかなか正確な情報を得られないからなんです」という。
 沖縄の県紙は、沖縄タイムス、琉球新報の二紙がある。これを読むと、ズバリ左翼系の新聞であることがわかる。素朴な沖縄県民が頼りにしなければならない情報源が左翼系では、中国との友好を推進しようというムードに疑問を持たないのも致し方ない。

 たとえば、昨年9月24日付の沖縄タイムズにはこんな社説記事が出ている。
「尖閣諸島は、かつて日本の漁業者が住んでいたこともあるれっきとした沖縄県の島々だ。それが尖閣問題を考える際の出発点である。そのような基本認識に立って、問題処理にあたる必要がある」
と真っ当さをアピールしたあとで、中国にこびへつらう記事に変わっていく。

「ただし、強硬一辺倒の姿勢は、中国側の領土ナショナリズムを刺激し、中国政府をのっぴきならないところに追い込むおそれがある。ここが思案のしどころだ。対抗措置として中国がさらに強硬策を打ち出せば、それがブーメランのように戻ってきて日本国内の領土ナショナリズムを刺激し、反中感情を高めることになるだろう。日本国内の反中感情の高まりは、中国の反日感情を高めることになり、事態を制御するのがいよいよ難しくなる」
 これは、何があっても中国には何もするなよ、騒ぐなよということではないか。記事を読んでいくと、いま中国と対立すれば、沖縄米軍基地の役割が増す。これが最悪のシナリオだと本音を述べている。
 これが沖縄の新聞の社説なのだ。愕然とするしかない。

 結論はこう結ばれている。
「日本側が国内法に基づいて船長の司法手続きを進めているのは、日本による実効支配を国際社会に認知させるためだともいわれている。そういう日本側のねらいが、中国側の強い危機感と過剰反応を招いたことも否定できない。そこが尖閣問題の難しいところだ。繰り返すが、この問題では、過剰反応を慎み、冷静に事態をコントロールしていくことが大切である」
 この言いようは、一体なんなんだ。一体どこの国の新聞なのか。「日本側の狙いが」という書き方が、事件を正しいことか悪いことなのか、というところで論じていない証拠だ。狙いなど論ずる前に、あのような衝突事件など起こしてはいけないと書くべきではないのか。沖縄の新聞には、もはや真っ当な思考回路はないのだ。これでは、沖縄県民が危機感を抱けるはずがない。

■今こそ、日本国民として、最前線・沖縄を守ろう!
 2月20日(日)、前出の「沖縄と共に自立国家日本を再建する草の根ネットワーク」が、埼玉県さいたま市浦和でと題して尖閣危機対策セミナーを開く。
「中国共産党の琉球奪還工作〜守れ、尖閣、沖縄、日本!〜」
 ■講演テーマ
(1)「中国が世界に知られたくない不都合な真実」講師:坂東忠信
(2)「誰も知らない、沖縄反基地運動の真実」講師:平良武夫(在日米軍基地ネットワークユニオン 執行委員長)
(3)「中国共産党の琉球奪還工作」講師:仲村覚(JSN代表)


 場所はパルコ内9Fの浦和コミュニティーセンター第15会議室。JR浦和駅東口下車徒歩1分。
 (埼玉県さいたま市浦和区東高砂町11番1号 TEL:048-887-6565)
 開場:18:30  開演:19:00、参加費1000円。
「沖縄と共に自立国家日本を再建する草の根ネットワーク」講師紹介記事はこちら

 沖縄の現実を知る絶好の機会だ。ぜひ多くの人に参加いただきたい。
(編集部・安田光敦)

うさぎ年のこと

2011年01月03日(月) 11時10分

前回の辛卯、昭和26年に書かれた年賀状
 今年はうさぎ年。うさぎは可愛い小動物なので、ほかの年よりも、いろいろなお菓子や雑貨などがたくさん出ているようです。今年は神社で受ける土鈴や置物、絵馬などにもうさぎがいっぱいです。そういった可愛いものを見ていると、うれしくなって来ますね。
 そんなうさぎ年ですが、干支にはどういう意味があるのでしょう?

 まず最初に干支とは、十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を組み合わせた60を周期とする数詞で、生命消長の循環過程を分説したものです。
 今年(平成23年、皇紀2671年、西暦2011年)は「辛卯」(しんぼう、かのと う)。「辛」は鋭い刃物を描いた象形文字で、上に向かって求め冒すという意味を持ちます。様々な矛盾、抑圧を排除して今まで眠っていた活動エネルギーが発現し、物事が新しくなることを表しています。「卯」は同音“冒”に通じ「畏れ慎んで、お互いに助け合い、さらに新しく開発に従事する」という意味です。

 つまり「辛卯」という年は、ひとことで言えば「開拓の年」ということになるようです。今まで地下に潜伏してきたエネルギーが、社会の様々な矛盾や抑圧を排除し、発現する。その中には、闘争や犠牲なども含むために「辛(つら)い」という文字なのだそう。
 注意したいのは、良い意味では「繁栄する」ですが、「紛糾し、動きがとれなくなる」といった意味もあることです。「卯」は「いばら」や「かや」も表しており、茂って根がはびこれば、こんがらがって、どうにもならない状態になってしまうのです。
 卯という文字は、両扉を開いた門を表します。つまり、未開拓の部分の扉が開いているという意味です。今まで手が付けられなかった部分まで、大がかりな整理整頓が必要な年になりそうですが、新しい世界が開けていく年とも言えるようです。

 楽をして何かを変えていくことはできないけれど、扉は開いています。希望を捨てずに努力すれば、きっと新しい何かを作ることができる「辛卯」。夢を捨てず、諦めず、頑張っていきましょう!(文化部・佐佐木澪)



【参考:昭和26年(1951年)に起こったこと】

1月3日:第1回NHK紅白歌合戦放送
2月9日:三共が日本初の総合感冒薬「ルル」を発売
3月9日:三原山が噴火
4月11日:マッカーサーが、朝鮮戦争の対応でトルーマン大統領と対立しGHQ最高司令官を解任される
5月8日:IOC、日本の復帰を決定
6月1日:大阪市営バスで日本初のワンマンカー運行開始
6月21日:ユネスコ,日本の正式加盟承認
8月1日:日本航空発足
8月6日:政府、第二次追放解除発表(1万3904人)
9月1日:日本初の民間放送ラジオ局、中部日本放送と新日本放送(現・毎日放送)が開局
9月8日:日本国との平和条約・日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約締結
9月10日:「羅生門」がベニス国際映画祭でグランプリ受賞
10月1日:花王石鹸が日本初の家庭用合成洗剤「花王粉せんたく」を発売
      日本石油精製設立
10月28日:力道山デビュー。日本初のプロレス試合が行なわれる
11月7日:戦後民間初、独自の研究組織を有する日本最大のシンクタンク電力中央研究所が発足
12月24日:リビアがイタリアから独立
12月25日:ラジオ東京(現TBSラジオ)が開局

 他の年に比べて「初」が多いようです。でも「初」とは、それまでの努力がなければ生まれないもの。やっぱり努力と積み重ねが大切ですね。
 また、マッカーサーが解任されたり、安保が締結されたりするなど世の中が大きく動いた年でもあります。60年たった今年は、一体どんなことが起こるのでしょうか。
P R
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