なぜ日の丸、君が代に反対なんですか?

2011年01月08日(土) 2時33分
●読者談話室をスタートしました。今回は山口県の「勇気満タンたちあがれ」さんからのお便りです。
(某空手)OB会でのこと。
(道場の)幹部の人が来ていて、この人が日教組だという。
広島の日教組の幹部で毎月(毎年?)東京の日教組の集会に行っているそう。
二次会で隣りに座ったのがこの人だったので、素朴な疑問を質問。

俺「日教組なんですか。なら、「日の丸」「君が代」に反対なんですか?」
彼「いや、強制はしないという事です。それは自由なんで、学校でやらせるのは間違っています」
「例えば、昔、埼玉のほうの学校では、夕方「君が代」が流れるとどこにいても停止、気をつけの姿勢をとらせるということをやっていたらしい。こんな馬鹿なことがありますか?」
俺「いや、全ての国には国旗・国歌というものがあるし、それを認識し、国歌なら国民が歌うのは当たり前じゃないすか?強制とか言うけど、教育って全て強制でしょう?誰だれ君、ここを読みなさいとか、英語ならThis is pen.って言わすとか、体育の時間にサッカーをやりなさいだってそう。先生がそう言ったのに、違う事を勝手にするのが自由なんですか?」
彼「いや、君が代ってのがいけないんです。君が代なんて、明治時代に皇室の歌に外国人がふしをつけたものです。そもそも、90年代、つい最近まで、法律上・国歌でもなかったんです」
俺「いやそれは、国歌を明記しない法律の方が問題で、当たり前なので明記されていなかっただけでしょう」
彼「いや、だって君が代の君とは天皇のことなんですよ」(言外に天皇なんてとんでもないという口調)
俺「いえいえ、君が代はそもそも、平安時代の歌で、古今和歌集にも載っていて、日本に歌い継がれた歌です。そういう解釈もできるけど、君とはそもそもは天皇ではなかったんです」
彼「いや、君が代の君は天皇を指すんです。君が代は最初に皇室のなかでよまれたもので、天皇を指すんですよ」
ここで、俺は元はそうじゃないと、彼はそうだとの応酬。

※注 この時は酔ってるし、本を見て話しているわけではないから、それ以上の詳細は発言できなかったが、君が代の原歌(もとうた)は、古代にまでさかのぼるが、初見は延喜5(905年)「古今和歌集」である。そのときの歌は、
「わが君は 千代にましませ さざれ石の いはほとなりて 苔のむすまで」
これは「古今和歌集」の「賀歌(がのうた)」に「よみ人しらず」で出てくる。
賀歌とは長寿を祈る歌だ。
「私の敬愛する人よ、千年も先まで、小さな石が巨岩となって、さらにその表面を苔が覆うようになるまでの永い歳月(いつまでも)、どうかご息災でいてくださいね」
という意味で、「わが君」は「天皇」という意味ではない。
自分にとっての敬愛すべき相手だ。

この歌は、その後ずっと日本では、「わが君は」が「君が代」に、「千代にましませ」は「千代に八千代に」と変化しながら、
庶民が、個人個人の敬愛する人の長寿を祈って、一千年の永きにわたって「賀歌」として、(また、賀歌にかぎらず=後述)伝えてきたのである。

つまり、君が代は、国歌になる前(明治以前)から、日本人の間で「敬愛する人」の「長寿を祈って」日本人が伝え続けてきたものである。

鎌倉期・室町期に入ると、おめでたい歌として賀歌に限られない使われ方が始まり、色々な歌集に祝いごとの歌として収録されることになる。
仏教の延年舞にはそのまま用いられているし、田楽・猿楽・謡曲などには変形されて引用された。一般には「宴会の最後の歌」「お開きの歌」「舞納め歌」として使われていたらしく、『曽我物語』の曽我兄弟や『義経記』の静御前などにもその例を見ることができる。江戸時代には隆達節の巻頭に載り、おめでたい歌として小唄、長唄、浄瑠璃、仮名草子、浮世草子、読本、祭礼歌、盆踊り、舟歌、薩摩琵琶、門付等にあるときはそのままの形で、あるときは変形されて使われた。

このように、君が代は日本人に自主的に伝え続けられた伝統として息づいていたからこそ、国歌となったのである。
(注おわり)

その後、彼は「天皇がいるようになる前から、人間は暮らしていたんだ。天皇なんかと日本は関係ない」というような意味の話を展開しながら、君が代の君は天皇(と解釈できる)と主張。

俺「君は、確かに転じて「わが君の御代」つまり天皇とも解釈できるが、そう決めつけなくとも良いとも思いますがね。天皇とも考えられるし、そうでないとも言えると思う。まあ、百歩譲って、天皇としても、日本は天皇をいただく国なんだから、なんの問題もありませんよね」
そうしたら、彼は絶句…という感じで黙ってしまった。
向かいにいて、彼に同調していた先輩が「それは、考え方の違い。それだったら、どうしようもない」と言って笑った。

要は彼は、日教組の作った「君が代観」以外に勉強もせず、その考えが絶対で(人の意見は間違いだと切り捨て、一方的、狭義の解釈に固執)、君が代・日の丸「強要」反対。つまり、学校では歌うべきではないし、日の丸に礼をするべきではないというポリシーを持って、広島県の教員の偉い人として、子供を教育しているのであった。

一事が万事なのだが、これは、敗戦後、アメリカが日本を統治した時代に作り、日本人に押しつけた思想、価値観を「敗戦利得者」(多くは左翼)である戦後教育者となった者が、たいこもちのように占領軍・支配者に阿り(プラス戦前弾圧された経験から左翼主義者は心から戦前の悪口を言う)、(思想転換の為に)純真な子どもに植え付け続けてきたもので、これを聖書(バイブル)のように絶対の物として踏襲してきたものなのだ。

日本人は、唯物論になったり、客観人間になりすぎて、「日本人視点」で「日本文化」「伝統文化」を見つめたり、見直したりする必要があると思う。

彼は、君が代を歌うかどうかは自由であるから、(学校で)強制してはいけない、と言った。
だが、それなら…
例えば、西暦というのはどういう意味か?
紀元前とはBCだが、これはビフォア・キリスト、つまりキリスト生誕以前という事だ。
西暦とはAD=Anno Domini(ラテン語で主の年)つまり、キリスト紀元(基督紀元)=キリストという、ただの人間なのに西洋人が「神」と言っている人が生まれた後のことである。(ADは、英語でアフターデイでも良い)

これを授業で強要するのなんか、キリスト教を押しつけていて、俺なんかキリストって人は信じていないし「神」とも「救世主」とも思わない。だから、この事実を知ると、この人間の生誕を境にわけた暦は不快だという人もいると思う。これは「信教の自由」に反しないのだろうか?

日本人なら、和暦=皇紀を使うべきである(そして、西暦の意味を教え併記)という考え方もある。という考えだってあるが、学校の授業では、キリスト教社会の価値観(アングロサクソンの宗教理論)を強制しているではないか?

時は、お正月だが、普段無宗教だと言っている日本人が、多くの家や会社で、門松やしめ縄が飾られ、多くの人が、晴れ着で初詣で(神社)や初日の出を拝みに出かける。
これは「日本神道」の行事である。
初日の出を拝むのは、「日の丸」にも描かれる太陽神を拝むのであり、太陽神は天照大神=天皇陛下、ご皇室の祖神である。※
こういったことひとつとっても、日本人の心の中には、無意識に「伝統文化」が根付いているのである。
終戦時、GHQやヤルタ会談でソ連が主張したように、日本神道とご皇室は軍国主義だから解体してしまえと言うのだろうか?
君が代に対する日教組の主張は、これとまったく同じ思想の上(側)に立っているのである。

天皇・ご皇室・日本神道は、「日本伝統文化」の「根幹」である。
日本人の心の奥底にあるものである。
神道は、世界中のどこにもない。
日本独自の文化だ。
日本の年中行事は、この神道に基づいている。
日本の伝統、文化を自らおとしめて、日本人が「誇り」を持てるわけがない。

偏見なく意見を聞いた後に感じたが、兎に角、人間的に良い人であろうが、空手をやっていても、日教組の思想はやっぱり偏狭(偏狂)で駄目だなあと思ったエピソードでした。
武道の指導をしていて、教師としても子供を教えている人間がこの程度じゃあね。
天皇陛下、御皇室を蔑ろにする政治家が目立った2010年であるが、さもありなんという日本の現状です。

※ちなみに、日本には八百万(やおよろず)の神がおられる。天皇陛下だけでなく、日本国民もすべて何らかの神の子孫であるというのが、普通に語られていた神話解釈であった。
                                                           (勇気満タンたちあがれ)
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るばーとさま
 あなたがもしも純粋な日本人なら、外国に一度、暮らしていただきたいと思うのです。それまで眠っていた日本人のDNAに気づくのではないでしょうか。その時に現在の国歌、国旗というものがしみじみと心に染み入ってくるのではないかと思うのです。もしも、日本人なら。

 それと国歌を法律では決めていないから「法的根拠がない」などという方がいます。しかしながら、成文上の規定がなくても慣習として国歌と成り立っている国は歴史ある国に多いのです。イギリス、スウェーデン、ベルギー、ノルウェーなどの王国です。
 逆に法律で決めなければ統制ができない新しい国々は法律で規定されているとことが多いようです。また革命を起こした国もそうです。


>今の私たちが解釈する以前に、明確な目的意識があって作曲されたのです。あの旋律で歌う君が代の「君」とは天皇以外の何者でもありません。
 
 あの旋律は薩摩藩の「武士歌」の旋律を参考にして作譜されたものです。
薩摩藩出身の軍楽伝習生を指導していたイギリス軍楽長フェントンが薩摩藩士頴川吉次郎に「欧米各国には国歌というものがある。貴国にはあるか」と訊いた。その時、頴川は「ない」と答えますと「ならば、さっそく国歌となるべく歌を作製したほうがいい。私が作譜しよう」というのが発端です。頴川はさっそく大山巌にその話をしましたら、ちょうど居合わせた野津と大迫が「これは新たに作るよりも、日本古来の古歌から歌詞を選び出すべきだ」といい、大山は「わが国の国歌としては、宝祚の隆昌・天壌無窮ならんことを祈り奉れる歌にすべき」ということで君が代の古歌をしました。野津も大迫もこれに同意し、その意を受けて頴川がフェントンに伝えたのです。
 フェントンはさっそくその歌詞に作譜いたします。フェントンは薩摩藩士でフェントンの通訳をしていた原田宗助がよく歌っていた「武士歌」の音節を参考にしましたのです。
 この国歌は明治3年以来、天長節(天皇誕生日)に用いられているが、これはその時に明治天皇の御前で披露されて以来、そのまま天長節で用いられてきました。
 したがって、はじめから天皇陛下を念頭に入れて作られたものではないのです。あくまでわが国の「宝祚の隆昌・天壌無窮ならんことを祈り」作られたものなのです。
2011年12月18日(日) 9時57分
勇気満タンたちあがれ
まず、「君が代」には千年の歴史があるということ。日本国民の生活に根付いて歌われてきたということ。
だから、国歌として採用されるにふさわしいこと。
だから、あなたが言ってる戦前とか明治とかここ百年ほどの「狭義」の話に押し込めてめくじらたてる必要なし。
千年の歴史の中では天皇ではなかったし、現在は、自由な解釈ができる時代なのだから、あなたみたいに「狭義」に考えることなく自由な解釈で歌っても良い。
日本は、本来おおらかな国である。
すべての自然を八百万の神として信仰し、仏教や儒教など良いものは、おおらかにハイブリッドしてゆくお国柄である。
そして、その上で、日本は天皇をいただいて初めて日本であることも歴史を見ればわかる。
その為に、あえて、皇紀の話を出したのだ。
キリストというただの人を起源にした暦は、日本人には意味がない。
しかし、神武天皇即位の年を起源とした皇紀には、日本人として共有すべき大事な意味がある。
そこから、2671年天皇の御代が続いているという。
だから、君が代の君は天皇の御代をさして、これが永久であれと願うのは、日本国民として当然である。
天皇の御代でなくなれば、日本ではなくなるのだから。
ちなみに日本は、立憲君主国である。
2011年12月18日(日) 0時22分
勇気満タンたちあがれ
ルパートさんへ

日本人ではないようなので意見を

> 君とはそもそもは天皇ではなかった

だから、どうだというのでしょうか。

これは、君が代の歴史、由来の解説です。
日本の長い歴史と国民に根付いているから採用されたのです。
そこを無視する神経がすでに、日本人のものではない。


> 天皇・ご皇室・日本神道は、「日本伝統文化」の「根幹」である

と言うなら、君が代は天皇を讃える歌だと最初から素直に認めたらよいと思うのに、そうしないのは何故か。天皇ではないかのようにごまかそうとするのは何故か、「天皇とは限らない」ことで自分を納得させなくてはならないことでもあるのか・・・
あるんでしょうね、何か後ろめたいような気持ちが。
ご自分の、その気持ちをよく見つめ直してみたらいかがでしょうか

後ろめたい気持ちなどまったくありません(きっぱり!)
天皇ではないかのようにごまかしてはいないし、天皇と解釈しても良いのです。
それは、このような深い歴史にかんがみれば、解釈は人それぞれ自由なのです。
しかし、その中に天皇も含まれて当然良いのです。
日本は、天皇をいただくから、日本なのです。
私は、それを誇りに思います。

あなたは「日教組教育」の犠牲者で、かわいそうだなあとは思います。

佐々淳行氏「日教組問題 差別教育をしている日教組」
http://www.youtube.com/watch?v=fKgNBvAvOVQ

http://www.youtube.com/watch?v=miVWI7mNv1Q&feature=related

2011年12月17日(土) 23時41分
るばーと
たまたま通りかかったのでコメントをば。

君が代にメロディをつけたのは明治の初期の事でした。
きっかけは外国人に国歌を作ったほうがよいと言われた事です。その時、君が代は天皇の御代という意味になるから、これがふさわしいだろう、ということで歌詞として選ばれたのです。

今の私たちが解釈する以前に、明確な目的意識があって作曲されのです。あの旋律で歌う君が代の「君」とは天皇以外の何者でもありません。戦時中に、君が代の「君とは天皇とは限らない」なんて言ったら不敬罪に問われるか、気がふれたと思われるのが関の山だったでしょう。

しかも、国旗国歌法の審議中(1999)の政府答弁でも、回りくどく国民主権がどうのこうのと言ってましたが、つまるところ「君とは・・・天皇を指す」でした。

> 君とはそもそもは天皇ではなかった

だから、どうだというのでしょうか。
あの旋律をつけたことで、君が代は生まれ変わったと言うべきです。
あの旋律で、直立不動で、畏まって、合唱ではなく斉唱で歌われる限り「君=天皇」であることは揺るぎない事実です。明治憲法体制にこそふさわしい、「天皇の治世を讃える歌」でしかありません。

> 天皇・ご皇室・日本神道は、「日本伝統文化」の「根幹」である

と言うなら、君が代は天皇を讃える歌だと最初から素直に認めたらよいと思うのに、そうしないのは何故か。天皇ではないかのようにごまかそうとするのは何故か、「天皇とは限らない」ことで自分を納得させなくてはならないことでもあるのか・・・
あるんでしょうね、何か後ろめたいような気持ちが。
ご自分の、その気持ちをよく見つめ直してみたらいかがでしょうか。
2011年12月14日(水) 10時30分
光敦
>日本人金太郎さん
>たかしくん、ハイさん
>澪さん
>サムライ太郎さん
 本当にそうですね。とにかく日教組はわがまま集団の集まりです。現在の日本国憲法を作ったのは占領軍。その憲法を日本独自なものに改めなきゃいかんのに、「平和憲法を改めるのは駄目だ」と主張する。また占領軍の作った日本国憲法は天皇陛下を日本国の象徴として認めいて、それはつまり国歌「君が代」を認めているということなのに、日教組はそれは駄目だという。まったく矛盾だらけ。子供のわがままには付き合いきれませんね。
僕は本当に思うんです。日教組のトップは日教組という職でのんきな生活ができている。その生活を守りたいだけなんだと。私利私欲だけじゃないかとつくづく思います。ほら、企業グループの労働組合のトップを組合員の組織票で代議士にさせる。それも自分たちの私利私欲のためですね。
 昔、事件記者をしていましたが、ある豊橋市の中学校の女子生徒が担任の先生の乱暴な命令と思いやりのない叱責にあって、悩んだあげくに自宅マンションから飛び降り自殺をしました。その時、僕はその中学校を取材して、友人などから担任先生のひどさを知りましたが、学校の取材ではあいかわらず担任の教師ではなく、校長先生でした。何も知らない校長が取材に応じてもなんの意味もありません。結局担任は最後まで姿を現しませんでした。学校ぐるみで担任の先生を守ったのです。当時は、先生の多くが日教組だったので、おそらく担任もそうだったのではないかと思います。
2011年01月30日(日) 13時53分
>日本人金太郎さん
私の父も公立学校の教員でしたが、幸い「そちら方面」の人間ではありませんでした。子供の頃は、祝日には玄関先に日の丸を掲揚したものです。
幸い、私の通った学校では君が代拒否などの問題などなく、自然に歌ってきました。いま、君が代を拒否するような教員に教わっている子供たちが将来、日本をどう思っていくのか…恐ろしいです。
2011年01月30日(日) 5時09分
>サムライ太郎さん/たかしくん、ハイ!さん
私もこの記事を見て胸がスッとしました。ちょうどここにエントリーを書いていたところでした(笑)
本当に、当たり前のことですよね。そんなにイヤなら、公務員、そして日本人をやめればいいのにと思います。
2011年01月30日(日) 5時06分
日本人金太郎
日本教職員組合の連中は、ホントに日本が嫌いなんだな。
同じく民主党代表も嫌いなようですし。
紅白幕は、骨と血を表してる言ってみたり、道徳は価値観の押し付け、強制と言ってみたり。
日本教職員組合のひとの「思い」は、まったく理解できませんな。
2011年01月29日(土) 13時55分
サムライ太郎
石原知事「当たり前」…国歌斉唱「合憲」判決
 
 国歌斉唱などを教職員に義務付ける東京都教育委員会の通達を違憲とした1審の東京地裁判決が28日の東京高裁判決で取り消され、都教委担当者らは安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 石原慎太郎都知事も28日の定例記者会見で「当たり前のこと。妥当だと思う」と述べた。

 都教委によると、1998年度の調査で、入学式や卒業式での国旗掲揚や国歌斉唱の実施率は、全都道府県で最下位。危機感を強めた都教委は99年以降、都立高への指導強化に踏み切った。担当者は「学校運営の正常化を図るためにはやむを得なかった」と話す。

 これに対し、2006年の1審判決は都教委の通達や指導を違憲と判断。当時楽観視していた都教委は大きな衝撃を受けたものの引き続き都立高への指導を続けてきた。式典で起立しないなどの理由で処分を受ける教諭は今も後を絶たない。

(2011年1月29日09時08分 読売新聞)
2011年01月29日(土) 13時13分
たかしくん、ハイ!
国旗・国歌通達 二審は合憲、教職員側敗訴
http://news24.jp/articles/2011/01/28/07175012.html
あたり前田のクラッカー!
2011年01月28日(金) 19時58分
光敦
武道をやる者に日教組がいたとは…。いずれにせよ、たちあがれさんはよくぞ直接、意見を言ってくれたと感謝します。相手もこれで少しは勉強をするのではないかと思います。たとえ「今度は負かせるぞ」というよこしまな気持ちで勉強をしたとしても、勉強をすることは良いこと。日教組は単にご都合主義の労働者であって聖職ではないのだが、勉強することで何のために教師になったのか。あるいは教師とは何かまで考えるようになるかもしれないから。(光敦)
2011年01月08日(土) 2時55分
P R
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