パンダはいらない! 

2012年02月07日(火) 14時43分
「仙台の子供たちに笑顔を」ーーそんな耳触りのいい言葉を看板に、タレントの近藤真彦さんが仙台市八木山動物公園にジャイアントパンダを招致しようとしているそうです。
 またパンダですか。以前にも書きましたが、神戸市立王子動物園のパンダも、阪神大震災のあと「子供たちを元気づけるため」と招致されました。確かに、パンダは可愛い。見ているだけで幸せになります。でも、現在、中国は(本当はチベットの動物です!)パンダを譲渡することはしておらず、外国でパンダを飼育する場合は「貸与」という形になります。そして、その借り賃は、なんと2頭で約8000万円(年間)です。さらに、えさ代や諸経費を考えると、1年で軽く1億円は必要になるのです。
 
 年間1億円? 被災地ですよ? まだ、まともに家もない人、家がなくなって2重ローンに苦しむ人、仕事もない人がたくさんいるのに、なんでパンダのためにお金を遣うの?
 ジャニーズ事務所では、5年間で50億円を拠出するといっているそうですが、そのお金をどうして復興に遣おうとしないの? どう考えても優先順位がおかしいではありませんか。いま50億円あったら、どれだけの人が助かるか…。
 しかも、パンダが死ぬまでずっと面倒を見続けるのならともかく、現在の計画では「5年」ということ。阪神大震災のあと、まだまだ経済が元通りになっているとは言えない状況を考えれば、最初だけいい顔をしておいて、あとは地元でどうにかしてくださいということですか、と言いたくなります。被災地ですよ? 被災地にお金を出させるって、どういう考えなんでしょうか。
 また、借りているパンダは、子供を生んだら1年で中国へ返さなくてはなりません。日本で生まれても、日本のパンダにはならないのです。せっかく日本で生まれたパンダと、1年でお別れしなくてはならないなんて、かえって子供たちを悲しませることになってしまいます。
 さらに、パンダが死んだときには中国側に莫大なペナルティを払わなくてはなりません。それは、ジャニーズからのお金がなくなったあと、被災者である仙台市民の税金から支払われるのです。そのことを知った上でパンダを招致しようとしているのでしょうか?

 そして、震災で傷ついているのは、仙台の子供たちだけではないことを忘れてはいけません。八木山にパンダが来ても、仙台以外から見に行ける子供たちが一体どれくらいいるというのでしょうか。まあ、世の中にはパンダマニアがいますから、全国から見に行く人はいるかも知れません。また、パンダグッズなど(上野のように)で多少は潤うでしょう。でもそれは、震災で傷ついた人たちを根本的に助けることには全くならないのではないでしょうか。

 ジャニーズの人は、いま中国が日本に何をしようとしているか、知るべきです。そして、よく考えるべきです。少し前にはSMAPが中国公演をおこないましたが(でも、万博の時には断られてましたけどね)、自分たちの利益ばかりを考えるのではなく、もっと日本全体を考えてもらいたいのです。「がんばろう日本」と言葉で言うのは簡単です。それを口にしながら、一方で中国を潤わせるようなことをするのはおかしいと気づくべきです。そのお金で、中国は日本に向けたミサイルを増やすかも知れない。また、日本と共同「開発をすることになっている日中中間線の東シナ海のガス田開発が、中国単独でおこなわれいる事実もあります。パンダで入ってくる法外なお金が、そういうことに遣われていくのです。

 ジャニーズのタレントさんの中には、一切発表せずに、いち早く被災地へ物資を届けた人もいるといいます。人を助けたい気持ちがあるのなら、日本を愛する心があるのなら、もう一歩考えを進めていただきたい。いま何が本当に必要なことなのか、どうか考えていただきたいのです。

 以前の、パンダに関する記事はこちら
(文化部/佐佐木)

「武道教育」第9号ができました 

2012年01月11日(水) 20時05分


 「武道教育」第9号ができました。トップは岡野功氏(柔道・東京オリンピック金メダリスト)と、佐藤忠之氏(富木合気道)の新春ビッグ対談「本物の柔道とは」。
 岡野先生が早稲田大学の合気道場に佐藤先生を訪問され、対談。一緒に稽古もされました!

 そのほかの記事は…4P=稲葉稔先生(明治神宮 武道場・至誠館前館長)の「現代サムライ塾」。女性宮家創設の問題点についてのお話です。いま、女性宮家問題が取りざたされていますが、その問題点は? また、皇族を確保するため他に考えられる方法はないのか? など、私たち国民1人1人がいま考えるべきことは何かについてを語っていただきました。

 5P=新藤義孝議員(自民党)のタウンミーティングより、韓国による竹島領土侵害問題の現在についての報告。せっかく新藤さんたちが韓国に行ったのに、野田“ドジョウ”首相のヘコヘコ訪韓のせいでブチ壊しだよ!「日本の抗議は取り上げるに値しない」とまで言われている現実!! 怒れ日本人!!

 6〜7P=「父の記憶」玉利斉日本健康スポーツ連盟理事長に、お父様で剣士の玉利嘉章先生の思い出を語っていただきました。嘉章先生は立派な剣士だっただけでなく、名日本刀の海外流出を防ぐため、私財を使って尽力されていました。昔の剣士の気概がうかがえるエピソード満載です。

 8〜9P=「“進化”する実用刀法 戸山流居合道とは?」陸軍戸山学校の軍刀操法を後世に残すべく、戦後生まれた「戸山流居合道」。それを今に伝える2つの道場を紹介。
 そのうちのお1人、徳富太三郎師範は、徳富蘇峰のお孫さん。奉納居合の写真を掲載してるんですけど、めっちゃ気合いが入っててスゴイかっこいいです。もうお1人、簱谷嘉辰師範は「武道家は、日本の伝統と文化を後世に伝える役割がある」とし、技を磨くだけでなく、流鏑馬などもやってらっしゃいます。馬に乗ってる写真が、これまたかっこいい。たくさんの方にご覧いただきたいです。

 10P=情報ページ。陸軍戸山学校の、戸山流居合道テキスト『軍刀の操法及試斬』を紹介。これはなかなか貴重な資料らしい。また、明治神宮年越し射会のリポートと、中央乃木会・乃木大将研究家の佐竹義宣氏(77)の立切達成のニュースが載ってます。

 今回、資金不足によりページ数が少ないですが、内容は濃いです。ぜひぜひ購読をお願いします!!
                                      (文化部・佐佐木澪)

真樹日佐夫氏、急死 

2012年01月04日(水) 10時37分
2日、真樹日佐夫先生が急性肺炎で急死された。

真樹先生は本紙の発起人の一人でもあって、本紙の発行を喜んでくださっていた。

あのいかつい顔で「何かあったらいつでも相談に来いよ」とギュッと手を握り締めてくれた感触はいまでも忘れられない。関係者に「日本のために武道教育を普及しなければいかんという気持ちはわかるが、こういうのはいまの時代では思想的に勘違いされるし、大変だ。安田は苦労すると思うよ」とおっしゃっていたらしい。しかし、やむにやまれぬ私の気持ちもわかってくれていて、だからこそ「相談に来いよ」と優しい言葉をかけてくれていた。

 享年71歳。ご家族の話では通夜、葬儀は公にせず、密葬を執り行うとのこと。
 ご冥福をお祈りいたします。
                            日本武道教育新聞社
                             編集主幹安田光敦

明治神宮 年越し射会 

2012年01月01日(日) 15時31分
明けましておめでとうございます。
皆様におかれましては、お健やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。



 明治神宮の森にある武道場「至誠館」弓道場で、大晦日から元旦にかけて年越射会が行なわれた。厳冬の中、全国から参集した251名の参加者が日頃の技を競い合った。主催者によれば、昨年と比べ高校生の参加者が若干増えたとのこと。日本の伝統文化を引き継ぐ若者たちが少しでも増えたことは頼もしい限りだ。

 以下、年越射会開会にあたって至誠館・荒谷卓館長のあいさつ。
「平成23年は国の内外で大変苦難の年でした。ロシア、欧州に行った際に現地の人たちは“自分たちでさえも大変なのに日本人は大震災、原発事故もあって本当によくやっている”と評価をしてくれました。24年度はいっそう厳しい年になると思われます。
(明治天皇の御製をひきながら)大変なことが起きたとしても、我々にできることは常日頃から気構え、心構えを持つこと。今年の射会はそのようなお心持ちでむかっていただければと思います」


 日本武道教育新聞社は、今年も日本のために活動を続けてまいります。いま日本人は心をひとつにし、国を建て直していかなくてはなりません。いっそうのご指導、ご支援をお願い申し上げます。

黒沢丈夫氏、逝く 

2011年12月26日(月) 10時11分
本紙発起人の一人、黒沢丈夫さん(97)が今月22日に亡くなった。
武道教育ジュニア版「絆」2号を20日に送っているので、ちょうど届けられた日だったと思う。

ご家族の方とは接点があまりなかったので、亡くなられた知らせは来なかったが、まことに不思議なことに普段なら読むことがない読売新聞をたまたま読む機会があり、そしたら真っ先に黒沢さんの訃報記事が目に入ってきた。最近はインターネットばかりで新聞を買って読むことはほとんどない。だから、なんとも不思議だ。だが、こういうことはよくある。きっと黒沢さんがこのような手段で僕に知らせてくれたのだろうと思う。

新聞記事にはきわめて簡単に「1965年から2005年まで連続10期40年間村長を務め、全国町村会長も4年務めた。1985年8月12日に村内の御巣鷹の尾根で起きた日航ジャンボ機墜落事故では遺族支援などで陣頭指揮を執り、その後、「慰霊の園」の建設に尽力した」とある。

黒沢さんは海軍兵学校63期出身で戦時中は海軍少佐としてゼロ戦隊を指揮。物資がない時期に独自のアイデアと猛訓練によって日本を爆撃しに行く米軍大型爆撃機を何機も撃墜させて賞賛を浴びた。勇猛果敢。冷静沈着だけでなく、撃墜に当たっては全員のチームプレーで行い、個人プレーは許さない人だった。

当時、戦闘機の補充は難しく、またパイロットも貴重で、個人プレーによって損失することを防いだのだ。だから各パイロットにの愛機には撃墜マークを描かせなかった。

そういう人物だから御巣鷹山の日航機墜落事故では、まっさきに陣頭指揮をとりつつも警察と適切、迅速に連携することができた。遺体収容の段階ではなくても、上野村の学校の体育館に収容の準備をさせたり(結果的に便が悪いということで遺体収容にはならなかったが…)、救助にあたる者たちのためにおにぎりを作らせるなど、迅速に指令を出し、準備を怠らない周到さを見せつけた。

90歳を過ぎたころから耳が不自由となったために潔く村長を辞した。一昨年、私が上野村を訪れた時、村民に黒沢さんのことを聞いたが「黒沢村長がいなければ上野村はとっくの昔に過疎になっていました。ありがたいことです。ああいう人はもう出てこんでしょうね」と尊敬されていて、村長を辞されて5年も過ぎているのに「村長さん」と呼ばれていたことに感動したものだった。

そんな黒沢さんだけに国を憂えていて、私が日本を憂えて「武道教育」という新聞を作るから発起人になっていただきたいことを申し上げると「あなたは私に発起人になってもらいたいために三顧の礼をもって私に所に来てくれた(*二度目の来訪の時)。私でよければ発起人の一人にならせていただく。しかし、新聞を作っていくにはスポンサーがいるだろう。もう私は職を辞しており、そちらのほうのお力になれないが」とおっしゃっていただいた。こうして発起人になっていただき、創刊準備号でインタビューも行なった。
中国ロシアが日本を侵略しつつあることを非常に心配されていたことを思い出す。

来年1月22日、黒沢家と村の合同葬が行われる。合掌。
P R
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