SPOT ON WIEN in TOKYO DESIGNERS WEEK2009 

2009年11月13日(金) 0時43分
http://people.zozo.jp/home.kokorotaro/article/diary.html

回りくどい 

2009年11月02日(月) 0時22分
もひとつブログをつくることにしました。
半分仕事のような感じで。
こちらは至って真面目にやってみるつもりです。

ちなみに、更新の度に、このページにリンクだけ貼ろうかと思っています。
SNS見て、ここ見て、さらに飛ぶ、みたいな。
もともとの性格が面倒くさいもので…


よろしくお願いします。

http://people.zozo.jp/home.kokorotaro/article/diary.html

Don't think. Just shoot. 

2009年10月23日(金) 1時33分
子供の頃、僕は写真が嫌いだった。


写真なんて、所詮はカメラを使って、実在の風景やら物事を借りているにすぎないじゃないかって、そう思ってた。
同じ景色を前に、同じカメラで撮影すれば、誰がやったってだいたいおんなじものが出来上がるんだろう。
だから、絵画や彫刻みたいにゼロから生み出す芸術よりも、ひとつ下の存在なんだ。
そう思っていた。

まだ小学生くらいの頃の話だ。
生意気なくそガキのたわ言だと思って許してほしい。

写真が嫌いだった理由はほかにもある。
外国人が抱く日本人のステレオタイプ。
眼鏡をかけ、集団で行動し、いつだって首からカメラをぶら下げている。
幼少の頃の僕は、これをたまらなく嫌悪した。
特に理由があったわけじゃない。
本能的にバカにされていることを感じて、頭に来たんだろう。

とにかく、僕は写真が嫌いだった。


中学生の時、ナショナルジオグラフィックの日本語版が創刊された。
母は僕の誕生祝いに、年間購読をプレゼントしてくれた。
ちっちゃな田舎町に住んでいたから、せめて見聞を広められるようにと、頼んでくれた。

そして、僕はその写真たちに夢中になった。
どうやって撮ったんだろうと、わくわくするものがあった。
見た瞬間、目が釘付けになり、ページをめくる手を止めるものがあった。
どれもこれも、超がつくほどの一流な写真ばかりだ。
以来、毎月届く黄色い雑誌に、僕はいろんな世界があることを教わった。

高校に上がる頃には、写真が嫌いだったことをすっかり忘れてしまった。

大学生になると、僕は旅に出るようになる。
そして、当然のように、カメラを手にした。
旅先で見たものを、家族に、とりわけ祖父母に見せてあげたくて、カメラをカバンに詰めるようになった。
最初はただの記録のつもりだったが、出来上がった写真のあまりの下手さに(まだデジカメが普及する前のことだ)、向上心がむくむくと湧いてきた。
一丁前に、構図やアングルなどを気にするようになった。
次第にいいカメラも欲しくなる。
そのころの僕には、ナショナルジオグラフィックで刷り込まれた、良質なジャーナリスティックな写真が頭にあった。

20歳の時、旅先で出逢った人に、1枚の写真を見せてもらった。
タージ・マハルのスナップだった。
これで撮ったんだよ、と小さな黒いカメラを見せてくれた。
「性能」という言葉からは、程遠く見えるような変わったカメラだった。
その写真は、なんというか、旅情の滲み出すような、よく分からないけど、心惹かれるものがあった。

それから数年後、僕はそのカメラを手にする。
そして、そのカメラにどっぷりと浸かってしまった。
既成概念に中指を立てるようなフィロソフィー。
「失敗」というものを否定するアティテュード。
旅先で目にする見知らぬ景色を、過剰なまでに脚色するそのカメラのおかげで、いつの間にか、写真を撮りたいがために旅をするという、目的が入れ変わってしまう始末。


そして、気づけば、僕はその会社で働いていた。

というわけで、これからは発信する立場として、関わっていこうと思う。



ロモグラフィーをよろしくお願いします。




卑猥な表現を含むため 

2009年10月07日(水) 0時56分
淑女の皆さんはご退室ください。


先日目にしたコラムに、こんなことが書いてあった。
「25歳以下と以上とでは、性教育における大きな違いが存在する。」

かつて、健全たる世の男子たちは、「そこ」に行き着くまでに多大なる労力を費やした。
幼少期、下校途中のドブや高架下で、破れたエロ本との神聖な邂逅を経験する。
小遣いを握り締め本屋に買い求めるようになるが、レジでのカムフラージュのため不要な本まで買ってしまう勇気のなさ。
深夜番組を知ってからは音を立てないように工夫を凝らし、ビデオを始めて手にしたときのあの興奮たるや。
しかし、動いちゃいるけど可愛くないというそのジレンマに、悩み喘ぎ、もがく。
そして訪れる、「無修正」の極地。
見終わった後、想い恋焦がれたものとはかけ離れた「その姿」に、みな愕然とした気持ちで夕焼けの中をとぼとぼと歩いてゆくのだ。
(※注:上記述は参考文献によるもので、すべての男子に当てはまるものではありません。また、反フェミニズム的表現が含まれていることをご了承ください。)

こうした、途方もない努力と時間を掛けて、男子は漢(オトコ)へと成長するのである。

しかし、最近の若者に言わせると、
「自分ら、中学の頃からネットで動画見てましたね。無修正?フツーっすよ。」
だそうである。
紙媒体には触れたこともないという。
つーか、静止画って何が面白いんすか?って。

そしてその境目が、大体25歳くらいらしい。

この筆者は、こんな現実に対して強い(そして多少の羨望の混じった)憤りとともに、未来への憂いを嘆いている。
つまり、昨今騒がれている草食系男子は、この「エロにおける正しい過程」を踏まなかった結果による情熱の欠如に由来する、というのだ。

納得。
そういうことだったのか。
今までは、100階建てのビルの展望台まで、みなよいしょよいしょと自らの脚で登ってきたはずなのに、
アンダー25世代は、高速エレベーターどころか、どこでもドアで一瞬にワープしてしまっている。
そりゃ、フロイトに言わせるところのリビドーも消え失せる。
性に目覚めた瞬間から、手に届くところに(擬似)ゴールがあれば、誰だって頑張らない。


そして僕は思う。
やっぱり、人生において、ある程度はアナログ的要素が必要なんだ、と。

例えば、音楽。
多くの音楽家や愛好者が言うように、僕もCDやレコードなどのパッケージとしての存在が好きだ。
音楽は目に見えない分、ジャケットやブックレットなどから伝わる視覚と触覚にリンクし、強い思い出となって心に残る。
だから、ダウンロード配信という形態にはどうしてもゴーストのような希薄さを感じるし、例えどんなにいい曲であっても、
それが自分の人生の一部になるようなことは起こりにくい。
歌詞カードについたシミやケースの傷、レコードのノイズには、僕が生きてきた証が詰まっている。

そして、写真、だ。
どこの観光地に行っても、誰もがデジタルカメラを手にしている。
今どきフィルムを使って写真を撮っている人など、まず見かけることはない。
でも、僕はフィルムが好きだ。
もちろん写真家ではないので技術も知識もないし、現像作業だってだってほとんどやったことはない。
しかし、フィルムを無駄にしないようにと、意思を込めてシャッターを押すことでやっぱり結果は違ってくるし、
何よりどんな写真に仕上がるか、現像が上がるまでのわくわく感は最高だ。
デジカメで撮った写真はほとんど見返すことはないが、フィルムで撮った写真は持ち歩いていたりする。

残念ながら、フィルムは刻一刻と世界からその姿を消しつつある。
理由は分かる。
持ち運びは面倒くさいし、現像はわずらわしい。
撮ってすぐ見られないなんて、現代では不自由以外の何物でもない。

でも、そんなアナログの不便さというものは、大体にして、人間の感情部分に気付かぬうちに沁み込んでいる。

僕がフィルムカメラを使うのも、別に大義名分があるわけじゃない。
単純に、楽しいからだ。


僕は別にアナログ志向ではないけれど、嗜好品にはアナログは多い。
きっとそれは、人の心が0と1だけで再現できないっていうことの、確固たる証明なんだ。
僕は、そう信じている。






なんつって。













そう言えば。

「あんたは、すっごいおとなしい肉食だよね。」
って、友人に言われたよ。この間。







自山の石 

2009年09月15日(火) 0時11分
去年のGalaxy 2 Galaxyの映像見たいなーと思ってYouTubeで観賞中。
人混みの中、画面中央でダルっそーにふらふら踊ってるピンクのパーカー、まじでうっとしい。
つーか録ってるヤツ、こいつ画面から外せよ(その前に録画するなよ、なんだけど)。
てゆーかせめてフード脱げよ、とかパソコン向かってブツブツ言ってたら、最後の1分くらいでハッとして、やな予感。
動画が切れる間際に振り向いたそいつがまさかの自分だった、みたいなことは、今の世の中結構ある。

Google earthで軍事基地ばっちりのぞかれたり、ストリートビューで不倫現場収められたりするから、おちおち悪いこともしてられない。
なかなか大変な時代になったもんだ。
まぁそんなことはどうでもよくって、今年もメタモルフォーゼが開催される限り、僕らは修善寺の自転車王国へ向かうのだ。
とどのつまり何を言いたいかと言うと、いつもいつも協調性なくひとりでふらふら踊ってるオレを見放すことなく、遊びに誘ってくれるおかだときょうちゃん、ほんとにありがたいなーということです。


と言うわけで、ここ数日はNujabesばっか聞いてます。


献杯 

2009年09月12日(土) 2時46分
突然のトラブルのせいで、会社を出るのが2時間も遅れてしまった。
でも、今日は絶対に会いたいと思って、無理やり飲みに誘ってしまう。
それは単に、kaz兄が出張でこっちに来ていたからだけじゃなくて、僕たちにとって今日が、やっぱり特別な日だからだ。

いつの間にやら、8年も経ってしまった。

きっと、9.11が自分にとって何かとかはどうでもいい。
それを共有しているという、絆みたいなもんにこそ意味がある。
日付なんて気にしなかったのに、無意識に今日を指定したのも、多分そういうことだ。

8年前のSOHOのジャズバーは、生臭い刺身を出す居酒屋に変わったけれど、
座るのは相変わらずカウンターだった。

こうして今でも繋がっていられるということは、ふとしたときの強い支えになる。
そして、みんなにとって、自分もそうであってほしいな、なんて想ったりする。 



オラ オラ コカ・コーラ 

2009年08月19日(水) 22時54分
今となっては恥ずかしいことだけれど、僕はヒッピーになりたかった。
それはもちろん、彼らのうわべのスタイルに憧れただけに過ぎず、そこには胸を張れるような思想はなかったわけだが。
とにかく、遠く過ぎ去ったサマー・オブ・ラブに浸りたいという、幼稚な夢を追いかけていた。

そんなわけで、僕にとってカトマンドゥという街の名は、ネパールの首都ということ以上に、特別な響きを持っていた。
それはもちろん、インドのゴア、アフガニスタンのカブールに並ぶヒッピー三大聖地としての存在ゆえのことではあるが、
特にカトマンドゥへの強い想いを抱いていたのは、ヒマラヤの麓に位置するというその神秘性に魅かれたのかも知れない。
ヒンドゥー文化とチベット仏教が息づき、人間よりも神々の方が多く住まうと言われる街。
規模は違えど、日本の聖山、富士山を間近に育った僕には、山岳民族に対するシンパシーのようなものを無意識に感じていたように思われる。
(まぁ、実際は海の方が近かったわけだけれど。)

ウッドストック・フェスティバルからは、丸40年が経ってしまったが、今もなおヒッピー崩れのような連中は街をうろついていた。
沢木耕太郎が「深夜特急」の中で訪れたのと同じ、雨季の頃合い。
陰鬱な街だと、彼はその手紙の中で嘆いていたが、そんなことは僕はちっとも思わない。

何日も何日もこの街だけに留まるなんて、退屈だし時間の無駄だと人は言うけれど。
僕にとってはここに居られるだけでよかった。
この土地に生活する人々、そしてこの街に集まる旅人こそ、目的だった。
パシュミナや宝石を法外な値段で売りつけようとする店の親父。
ハッパはいらないかと夜道で声を掛けてくるクソガキ。
ロック・バーから聴こえてくるニルヴァーナ。 
その音に釣られ、ふらふらと蛾のように集まってくる旅行者たち。


くだらなく、聖なる街カトマンドゥは、例えどんな姿であれ、僕にとっては「カトマンドゥ」だ。



2周目 

2009年05月14日(木) 23時31分
カート・コバーン
ジミ・ヘンドリックス
ジム・モリソン
ブライアン・ジョーンズ
ジャニス・ジョプリン

音楽の世界には、27歳のジンクスというものがある。
上に名を連ねた彼らは、みな一様に27歳でこの世を去っている。

才能ある者たちは、誰にも真似できない偉大なる足跡を残して、あっという間に死んでしまった。
もちろん、夭逝したがゆえに、こうして伝説的に語り継がれることもあるけれど。

バイオリズムがあるように、人の一生もあるサイクルの繰り返し(多分)。
ひとつの人生それ自体を「輪廻」と捉えたならば、きっと27年が1サイクルなんだろう。
人生50年と謳われた、戦前までは大半が2周目に、
医療の進歩目覚ましい現代人は、3周目に生涯を終えるということだ。


彼らは、その最初の周で早々に「解脱」してしまった。
多くの人々が、2周、3周かけて積み上げること、いや、間違いなくそれ以上のことをたった1周で成し遂げてしまった。
そして、もういいやと、浮世に見切りをつけてしまったのかも知れない。
それとも、もうこれ以上生きる必要はないよと、天の誰かに許しをもらったのだろうか。
(その多くがドラッグのオーヴァードーズで逝ったということは、目を伏せておこう。)



至って平凡な僕は、何一つ形に残すこともなく。
27歳はあっさりと過ぎ去った。
当たり前だ。
僕はコートニーと付き合えるようなタマじゃあない。

でも、何だか泣けてくるくらい、何にもしていない。
誰かに、何かをしてあげられた記憶もない。
何やってたんだ?って、思い起こしてもよく解らない。
情けないったりゃありゃしない。


だから。

一度、自分自身を殺さなきゃいけないんだと思う。
もちろん、比喩として、だ。

今までの自分を、リセットする。

思い込み、偏見、しがらみ、自尊、羞恥。
気づかないうちに身に纏ってしまった下らないモノたちを
綺麗さっぱり捨ててしまえるチャンスだ。
積み上げたと思い込んでるものなど、いっそ崩してしまえ。
玩具の積木は、そうやって遊べることに意味がある。

ただ、忘れちゃいけないのが、ひととのつながり。
27年間で与えてもらった、ほんとうにほんとうに大事なもんだ。
こればっかりは、例え「死んで」も、絶対に手放しちゃいけない。


と言う訳で、2周目に突入。
生まれたばかりの赤ん坊のつもりで、生きてみようと思います。













なんつって。

びびり 

2009年04月08日(水) 0時12分
この一日余りの間に、

ケータイが壊れ、
水道管から水漏れし、
超長持ちのはずの電球が切れ、
手帳を留めるゴムが取れた。

迷信の類はほとんど気にしないけれど、
短時間にこうも続くと、さすがに気味が悪くなる。
何かの兆候や警告なんじゃないかと、足りない頭を働かせてしまう。


こう考えよう。
誰の人生にも必ず降りかかる分のバッドラックを
天の誰かが細切れにして振りまいてくれたんだ。
小さな不運がたくさんあれば、大きな不幸はやってこない。
きっとそうだ。


いやいや、単なる偶然、むしろ必然だ。
故障で有名なあの機種は、周期的にはそろそろだったし、
水漏れだって、2年に1度くらいは起こる。
電球はそろそろ寿命だったはず。
去年の手帳を、年度跨いで使い続けている方が悪い。





でも、やっぱり心配だから。
しばらく大人しくします。






むーん 

2009年03月11日(水) 0時55分
帰り道、空を見上げたら、きれいな月が見えました。
たぶん、明日が満月。
日中もくもくしていた雲たちは、今や切れ切れに照らされて、
月の明るさを一層引き立てていました。


田舎に育った僕は、子供の頃、真夜中の原っぱを散歩したことがあります。
雲ひとつない満月のその夜は、本当に、まるで昼間のように明るくて、
どこかに外灯があるんじゃないかと、きょろきょろ辺りを見回したことを憶えています。
幼少期の僕には、とても感動的で、ちいさな心を揺さぶる強烈な出来事でした。
都会に育った子供たちは、月の明るさなんて知らないのでしょう。
僕の目の前を、塾帰りの子供が騒ぎながら、コンビニの灯かりへ吸い込まれてゆきます。

空を見上げながらとぼとぼと歩く僕の顔は、よっぽど間抜け面だったようで。
スーパーの袋を提げたおばちゃんの、訝しげな視線と目が合いました。
さすがに開けっ放しの自分の口は閉じましたが、月に見とれて何がおかしいと、別に気にもなりません。
むしろ、こんなにきれいなものがすぐそこにあるのに、それに気付かないなんてもったいないなーと、かわいそうな気になってしまいます。


むかし、夜のローマで迷子になったことがあります。
その日の夕方に着いたばかりの足で、財布とカメラだけポケットに入れて出かけた僕は、当たり前のように道に迷ってしまいました。
気付いたら、真っ暗な住宅街。人通りもなく、方向さえわかりません。
出掛けにちらっと眺めた地図には載ってなかったはずの川沿いを歩いています。
これはこまったぞ。
少し、心細くなってきました。

ふと空を見上げると、満月が浮かんでいました。
きれいだなぁ。
いつも見慣れた月を見とめたことで、心がほろっと温かくなりました。
日本で見る月と少しも変わらないその姿に、ちょっとだけ不思議な気持ちになりました。

そして、あることを思い出しました。

数時間前に、パンテオンという建物の天窓から、月が顔をのぞかせていました。
夕方の、まだ白んだ新しい月。
どうやら、たまたまそのベンチに座った僕だけにしか見えないらしく、
他の人は気付いていないようです。
すごく得した気分で、うれしくなってしまいました。

あれが4時半頃だったから・・・、この3時間でこれくらい動くとすると・・・。
僕は、頭の中で月の周回を描き、へんてこな計算をして、大体の方角の見当をつけました。
(恥ずかしいことに、そのときの僕は、北も南も分からなくなってしまっていたのです。)
きっと、宿はあっちの方向だ。
えいやと勢いをつけて、僕はもくもくと歩き始めました。
すると、明るく人の通りのある一角を見つけました。
やがて、見覚えのある広場に出ることができました。
やっぱりだ。
やっとの思いで宿の門の前に立ったとき、ほっと安堵の溜め息をつきました。
空を見上げて、ありがとうと、月に感謝したことを憶えています。

あのときの頭の中のいんちき計算が、果たして本当に正しかったのかどうか、
今ではもう確かめようがありません。
でも、たとえそれが偶然だったとしても、月が僕を救ってくれたのは確かなのです。



大好きなおじいちゃんもせんせいも、今はあそこに行ってしまったわけですが、
世界中どこからでも逢えると思うと、なんだか安心するわけで。
いろんなところから眺めてみたいと、想ったりもしています。

どこで、何に迷ったとしても、きっと大丈夫。


■自己紹介■
■名前■  心
■一言■  日々是旅なり
2009年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新コメント
アイコン画像
» Don't think. Just shoot. (2009年11月13日)
アイコン画像
» 回りくどい (2009年11月13日)
アイコン画像はたの
» Don't think. Just shoot. (2009年11月04日)
アイコン画像t*cas
» 回りくどい (2009年11月02日)
アイコン画像
» 自山の石 (2009年09月25日)
アイコン画像おぬ
» 自山の石 (2009年09月21日)
アイコン画像ゴンゴン
» 自山の石 (2009年09月15日)
アイコン画像
» オラ オラ コカ・コーラ (2009年08月21日)
アイコン画像りょうすけ
» オラ オラ コカ・コーラ (2009年08月20日)
アイコン画像
» 2周目 (2009年05月20日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:broad-minded
読者になる