5日後 

2007年06月15日(金) 16時20分
2007年1月5日。

元旦にエコーを診てもらったばかりだったから、この日は少し気持ちも落ち着きながら健診を受けられた。

先生からはそろそろ転院を・・・と言われたけど、紹介先の神戸はちょっと遠い気がする。
今も通っているけど、後期の事や急な事を考えた時にちょっと心配。
妊婦健診は出来るだけ近所がいいなと思い、病院探しの日々が始まった。

お正月に・・・。 

2007年06月15日(金) 16時08分
2007年元旦。

旦那の実家へ・・・。

帰宅途中に水っぽいおりもののようなものが出たので、すごく不安になった。

通っていたHクリニックはお休み。
まだ妊婦健診を診てもらう病院を決めていなかったので、どこの病院へ行こうか迷った。

前回死産した産婦人科は総合病院で比較的近所だったので、とりあえずそこに問い合わせして診てもらう事にした。

病院に着いてから1時間経って、やっと名前が呼ばれた。
診察室には死産を宣告された時の医師が座っていて、あの時のことがグルグル頭を駆け巡った。

もしかしてまた・・・。

そう思いながら、内診台へ・・・。

8週5日 

2007年06月15日(金) 16時02分
2006年12月25日。
クリスマスの日の健診。

細かい測定をしてもらえないけど、約2センチに成長していると言われた。

心音 

2007年06月15日(金) 15時48分
2006年12月18日。

前回の記事で初めて心音を聞いたと書いたけど、この日が初めて心音を聞いた日でした
勘違いしてしまってた

生まれて初めて聞いた心音。 

2007年05月18日(金) 12時09分
2006年12月7日は旦那と付き合い始めた記念日。
8年目突入です
いつもはお食事に行ったりするのですが、つわりもあるのでお家でお祝いする事にしました。
旦那もお休みを取ってもらい、2人でゆっくり過ごしました。

2006年12月9日は、1人目の天使(胎名ピーちゃん)の命日でした。
特にいつもと変わりない生活を送りましたが、この日の事はずっと忘れる事はないと思う。


2006年12月11日。
推定6週5日。
週に1度の検診。

本当は毎日でもエコーを見たいという気分だ。
特に出血もなく目立ったトラブルはないものの、何も自覚がないままに繋留流産をした経験もある為、毎回内診台にあがるのはとても緊張する。

いつも先生に声をかけられるまで目を閉じてしまうけど、今日はちゃんと目を開けてモニターを見ると決めました。

なんとか・・・。 

2007年05月18日(金) 11時49分
不安定な精神状態で日々を過ごしていたけど、なんとか1週間を過ごす事が出来た。

2006年12月4日。
今日こそはっきりした写真がみれますようにと願いながら目を閉じ内診台に・・・。

すると先生から
「しっかり成長されていますよ」と言われ、やっと目を開けた。

モニターには

4度目の妊娠発覚 

2007年05月18日(金) 11時23分
2006年11月22日。
この日は生理予定日だけど、生理はきていなかった。
念のため妊娠検査薬を試してみると、くっきりと陽性反応が
タイミングをみてもらったのははじめてだったのだけど、やっぱり妊娠していたんだ・・・。
すごく嬉しいのと、また流産してしまったら・・・という気持ちが入り交ざった微妙な気持ちだった。

診察の予約を入れていたので、とりあえず朝から病院へ向かった。

尿検査と血液検査の結果、先生からも妊娠反応がみられるとのお言葉を頂いた。

でも初期の段階なので、内診は来週までお預けに・・・。

毎日飲んでいる柴苓湯に加えて1日2回のヘパリン注射と、以前の流産の事があるので1日3回の黄体ホルモン剤を投与していくことに決まりました。

今回こそは育ってくれるだろうか・・・。
また不安な日々との戦いになる。

とにかく自分に出来ることは、なるべく安静にしておくこと
この日から、外出は極力控えて、なるべく横になる生活を始めた。

2006年11月27日。
今日こそ胎嚢が見えますようにと思いながら病院へ向かう。

ドキドキの内診。
先生から胎嚢が確認できたと言われて、やっとモニターを見ることができた。

通院の日々 

2007年05月11日(金) 16時00分
あれからなぜかわけもわからないまま、週1ぐらいのペースでクリニックに通院していた。

とりあえず毎回子宮の様子を調べてもらっていたのですが、ある日先生からタイミング指導をされた。
あと排卵チェッカーも渡された。

あれ?別に頼んでいないんだけど・・・・。
しかもお休みしようと考えていたし・・・。
でもその事を先生に伝えていなかったので、先生はずっと診てくれていたようです。

旦那にその事を伝えると、私の考えに任す・・・と一言。

どうしようか悩んだけどせっかく教えてもらったし、チャレンジしてみようと決めた。

初めて使う排卵チェッカー。
先生に予想してもらった日は微妙な結果が出たり、よくわからなかったけど・・・。

とりあえず生理予定日に診察予約を取った。

流産後の検査 

2007年05月11日(金) 15時32分
流産確定から1週間後の診察。

出血もすっかり落ち着いていた。

先生からのお話で、今回治療をしたのに流産という結果に終わったので、ひょっとしたら他に原因があるかも・・・と言われました。

それが「染色体異常」

これに万が一引っかかっていたら治療法がないということを知っていたので、私達は調べない事にしていた。

でも先生は、きちんと調べていたほうがいいと言う。
そして、赤ちゃんを諦めてほしくないと言われました。

この場ではまた考えておきますと伝え、旦那の帰宅後にこの件を話した。

すると旦那はこの検査も受けたいと言った。
ここまできたんだから、徹底的に調べた方がスッキリする!!
という考えだったようです。

そして1週間後に旦那と2人で血液検査を受けた。

結果が出るのが4週間後。
この結果待ちの間が1番しんどかった。

もしどちらかが引っかかっていたら、もう子どもは諦めようと思っていた。
結果が出ていないのにそんな話をしたって無駄だと旦那に言われたけど、もしもの時は子どもは諦めてほしいとお願いした。

それからは毎日、子どもがいない夫婦2人だけの生活を頭の中で描く日々が続いた。

なんでこんなに子どもが欲しいのかな。
でも子どもがいなくても、絶対に楽しい夫婦生活が送れるはず!!

そんなことを毎日思っていた。

流産確定 

2007年05月11日(金) 15時15分
2006年9月19日。

この日は元々担当医の予約を取っていたので、旦那に休みを取ってもらい診察してもらう事になった。

出血は相変わらず続いている。

エコーを診てもらうと、もう子宮には何も残っていなかった。

そして診察室で流産した事を告げられた。

やっぱりダメだったか・・・。

でも流産を告げられて正直ホッとしたところもあった。
もう不安な気持ちで過ごさなくても済むんだ・・・・という気持ちになった。

待合室で待ってもらっていた旦那にも報告。

そして会計が済むまでクリニックの外で話す事にした。

すごく残念だったけど、治療してダメだったということは自然沙汰の流産だったんだなと思ったので、あまり落ち込む事もなく次頑張ろう!!と旦那に伝えた。

帰宅後、あまりにも普通の私の状態を見た旦那が
「せめてオレの前だけでも、素直に泣いてもええねんで。」
と言った。
それを聞いた途端に、涙が溢れてきた。

また赤ちゃんをお空に返してしまった。
本当にごめんね。

この日1日をずっと旦那が一緒にいてくれて、本当に助かった。
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:まお
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  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 職業:専業主婦
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2003年10月に入籍
2004年10月挙式
2004年11月妊娠発覚
2004年12月9日7週で繋留流産
2005年2月2度目の妊娠
2005年7月4日23週で原因不明の死産
2006年4月不育症の検査を受ける
2006年7月不育症(抗リン脂質抗体症候群)と診断される
2006年8月3度目の妊娠
2006年9月19日完全流産
2006年11月4度目の妊娠が発覚し、現在なんとか継続中

不育症の治療は、柴苓湯と1日2回のヘパリン注射です。

今までの妊娠を忘れない為に、このブログを立ち上げました。


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