【五月の座敷】 

October 02 [Sun], 2005, 21:50




花、雨垂れのように。両手一杯のあやめ。指の隙間から零れる、椿。膨らんだ甘露梅。桜、散って。

時は、五月。

「はい、番頭さん。あなたに御祝儀です。」
「…番頭に祝儀?ハ。花など。梅など。お戯れはお止し下さい」
「座敷持ち、浮雲。あんな放埒な妓の間夫なんですって?あなた」
「関係な、」
「私がお手付きしましょうか?」
「それなら自分は夜明けに舌を噛もう。」
「愉快。」

花、雨垂れのように。指の隙間から零れる、椿。甘露梅、押し込まれて、口。

時は、五月。

「ますます欲しい。」


吉原の夜は、
悲鳴より長い。













【死体の遊び方】 

September 23 [Fri], 2005, 21:16





投げ出された手足は美しい。
子供に折り取られた桜の枝を、興味本意で引き裂かれた蝶の翅を思わせる。
無意味に無惨な死体はいつでも無情な人間の無秩序な遊興の証明なのだ。

「遊んでしまった」
「うん、楽しかった?」
「遊園地よりも。」
「そう、また遊びたい?」
「是非。」
「じゃあ、また会いに来てね」
「喜んで。」
「ばいばい」

無意味に無惨な死体は胸をふくらませた。
御託の上で上手に弄ばれて、そこではじめて無意味な死体は無惨ではなくなる。












【サヨウナラ】 

September 23 [Fri], 2005, 21:07








緑色をした遊園地。
盛んに笑い声をあげる人間達。
カラフルに飾りつけるイルミネーション。
生い茂る人工芝。
つたない別れ話。

軽快なリズムを誇る音楽。
一生懸命に愛嬌ばらまく人形達。
広々とした構造。
メニュー豊富なレストラン。
泣き顔で去る恋人。














【摂氏13゚の夏】 

September 23 [Fri], 2005, 20:04






そして晩夏、蝉の死骸が空に腹を晒す頃。翡翠の翅に蟻が集る頃。それが九月頃。

「超寒い。」
「ようやく夏の死期だ。しぶとかった。やっぱり死体は冷たいに限る。」
「空調、何度に設定してる?」
「13度。」

やがて晩花、遅咲きの美が季節に狂う頃。彼が彼の首を抱く頃。よって4時頃。

「冬眠でもしたいわけ?」
「温かい死体なんて気が利かないじゃん。陰鬱なピエロよりもずっと」
「その奇抜な発想を他に投じろよ」
「黙れ温死体。」
「俺かよ。」

晩霞、そんな挽歌。
















『セルフケア』 

May 11 [Wed], 2005, 19:46









二文字で表現される例の獣がすみつく「A」の身体は軽々しく、
そして頻繁に愛された。


「あんた。途中で「C」って三回言ったでしょ」
「…数えるなよ。恥ずかしいだろ。」
「こっちが恥ずかしいよ」


しかし低くくてそっけない声にちがう名前で呼ばれるという屈辱は、やがて「A」の尊厳を丁寧に掘削する。
がまんの限界がそのうすい左胸を貫通するのは、時間の問題だろう。


「ごめん。ちょっとエキサイトしすぎた。」
「そういう問題?」
「そうだよ。」

さあ、来るよデリカシィ皆無の「B」の鋭利なナイフ。


「おれと「C」の問題だ。」


救急箱を用意して。











『一方通行』 

May 08 [Sun], 2005, 23:47







「A」が私に用意する言葉はいつも清潔で、発音から何からすべてが完璧だった。
しかし裏を覗けばそれはとてつもなく無機質で味気なく、冷徹で、
まるでチタンに硫酸をぶちまけたように悲惨なものばかりだったと記憶している。

『「A」』
「うん。」
『私が死んだら』
「うん。」
『私がいなくなってしまったら』
「うん。」
『少しは、かなしいと思ってくれますか』
「うん。」
『嘘でしょう』
「うん?」

触れれば体温を奪われてしまうだろう。
ルービックキューブを斜めに回転させるほどの、他愛もない力でそれは遂行される。
そして私はなんの躊躇いもなく、「A」にさっさと駄目にされる。

『私が死んで、この席から私が消えたら、泣いてくれる人間はいるのかと考えました』
「あのさ、」
『そしたら、すこしだけ怖くなりました』
「紅茶をいれてあげるよ」
『他人から与えられる死の軽さがすこしこわい。』
「角砂糖いくつだっけ?」

緻密な計算からはじき出された流暢な詭弁は、そこらに転がるちっぽけな奇跡より随分と値打ちがある。
私にはない精神構造に、私の意志をはさみこむ余地などない。
あれはあれで完成したパズルなのだ。
ピースは二度と噛みあう歯を違えることはないだろう。

『「A」、きみは』
「みんな遅いね」
『私が明日ここからいなくなっても』
「そういえば、まだレポート書いてなかったっけ」
『そうして平気な顔をしているんですか?』
「…B。」

誰よりも何よりもやわらかく笑うくせに、
その形のいい唇といったら無慈悲な暴言ぐらいしか知らないらしい。


「帰っていい?」











『trick.』 

May 08 [Sun], 2005, 23:39








「おまえ愛し方もろくに知らないくせに、愛され方が生意気だよ。」
「余計なお世話。」
「おまえはいつも簡単に、俺を下等生物の領域にまで引きずり落とす。」
「そうかな」
「これは大変な屈辱だ。むかつくよ。」
「うん、いいね。言うね。楽しくなってきた」
「ていうか俺にはもう振りしぼるほどの道徳さえない」
「なら私から勝手に好きなだけもっていきな。」
「ばかだな、それじゃ台無しになる。」
「は?」
「おまえにはそのアンバランスさが大層お似合いだからね。」











『空色食物 I』 

May 08 [Sun], 2005, 19:51


『Aさん』
「なに?」
『道端に羽根もぎとられた鳥が落ちてたらどう思いますか?』
「なんだよ」

空は青い。これからも。

『それがたとえAさんの嫌いな人間が愛してやまないカナリアだとしても』
「くだらない話はやめようよ」
『青空、飛ばしてやりたいって思いませんか』
「やめようって。」

別に空なんてなくたって。

『それだけです。』

大抵の人間が慈しむ飛べない鳥はカゴのなかで、夢をみて、夢にうらぎられて、
いまは少し泣いている。

「ああそう。」

灰色の空が肥大して、憂鬱の脂肪が酸化する夢をみている。

『そういえば、』
「うん」
『おなかすいたでしょう。そろそろ朝食の時間です。』


青空は、
まだ、
腹の中。
















『空色食物 H』 

May 08 [Sun], 2005, 0:20


「はやくきなよ。」
「どうかしています」
「誰のせいだと思う?」
「自分でありますように。」
「はやく、気が変わる」

空回りするタービンなら加速度を超えて、無意味にかわいらしく吹き飛んだのは自尊の部品。
生命維持には必要のないパーツから淘汰をはじめる、その優劣、やはり、人ではいられない機械、発条仕掛け。

「わがまま言わないでください。殺人犯を自由にすることはできない、牢のカギもない。それに監視カメラは」
「わたしはどうでもいい、牢のカギは取ってこい、モニターは叩き壊してこい。」

きれいに笑う。

「でも、」
「御託はいい、行け!」
「だって、」
「いいから黙って行け!」
「はい、すみません」
「かけ足!!」
「はいっ。」

「A」を静かに蝕むサイレン。
それはいま薄暗い通路を必死にかけ出した、あの弱虫がどうにかするのだろう。

ふと夢のつづきを考えてみる。

一番印象にのこっていたのは、空色の食物。




『Aさん』
「うわ、なに、もうモニター室についたの。」
『はい、そっちに行くことはできないから、ここで。』
「つまんないの。」
『ところでAさん、』

鮮明に思い出すほど、夢の中の「A」はとにかくとにかく作り物の大空を見あげていた。

『空、みたいですか?』
「そら?」
『空。』
「なんでさ」
『青いやつがいい。』
「だから、なんで」
『そうしたら、青色を求めてうなされることもなくなる』
「あぁ、」

嘘の包帯は白さを売りに、期待の腫瘍をぐるぐるまきにする。
しかし「A」にはスミレの香りの消毒液も、どことなく甘い睡眠薬も必要ない。
ましてや密やかな手術など、論外。

「なんかいってた?寝言。」
『おなかの底に空がたまるのは、どんな気分です?』
「うるさいね。あんた」


監視カメラを横目でにらみ、同時にモニター室にいるであろう彼をにらむ。


「うるさい。」


「A」は再び鉄格子に頬をよせる。
とたんに鼻の奥がつんとして、冬が近いな、と、息を吐いた。

『空色食物 G』 

May 08 [Sun], 2005, 0:11



「なに、どうしました。なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「逢いたかった」
「うっ。」

鉄格子をへだてた先の通路に、いつも通りの体勢でだるそうに立っている「B」がいた。

「逢いたかったよ」
「うわあ」
「なに引いてんだよ」
「Aさんが変です、Aさんはそんな殊勝なことを言いません。」
「偏見だ。」

べったりと夜の色素がへばりつく、その閉塞の中で「A」は色をおる。
灰色以外の色彩に自然と溜息はもれて、何度か無意味にまばたきをした。
眼球に、網膜に虹彩に、「B」のシャツの白さとどことなく焼けた肌の色がうつる。掠める。滲みる。
緑色の非常灯に走れのマーク、監視カメラの起動ランプの赤。
それらすべてが、五面に減少した灰色の意味さえも駆逐してゆく。


「そんな見え透いた罠を張って何を企んでいるんですか、Aさん。言っておきますが、ここからは出しませんよ。ええ。と言うか自分はカギなど持ってきてませんからね。甘えても駄目ですし無駄です」
「やけに口数が多いね。」
「とにかく、とにかく。Aさんは元気そうなので安心しました。ではこれで」
「こら、待て」
「いえ、待ちません。帰らせてください」
「大体あんた、何しにきたの。まさか寝顔を見にきたなんて言わないよね」
「ほかの警備員には黙ってきたんです。ばれたら、厄介だ」


「A」は四肢を拘束された状態のまま、しかしバランスよく上手に立ちあがる。
そしてひょこひょこと器用に跳ねて、鉄格子の手前に到達した。


「ごめんAさん。もう行きます」
「こっち入ってきなよ」
「、」
「はやく。」
「Aさん、」
「こわい夢をみたよ。」
「やめてください」
「あんたのせいだった。」


そのまま死んでしまうのでは、と危惧するほどにうなされる「A」。
それを見ていられなかったのは「B」で、数分前、裸足でモニター室を飛び出した感情こそが間違いだった。と、今更に後悔をしていた。


「…ただAさんを起こしにきたんです。」
「あんたが?わざわざここへ?」
「そうです。ひどくうなされていて、」
「ふぅん、Bのくせに」
「ちょっと可哀想になりました。」
「甘いな。」


雛のようにすばやく、そしてできるだけ乱暴に「B」の右手をつかむ。脳裏に咲くのは灰色の花で、それは傷になる。


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» 『セルフケア』 (2005年05月26日)
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