5月31日 さらばひかり食堂のひかり 

September 24 [Sun], 2006, 2:59
二回目の免停の手続きをしに東陽町にいく。
手続きを済ませた。結局素直に二回免停を受ける事にした。
そして築地に行った。
昔よく行っていた定食屋が店を閉めるとDisco20000のミヤコさんに聞いた。
そしてこの日が40年続いたその店の最終日だ。
昼にミヤコさんとその店に行くと長蛇の列が出来ていた。
なんとか自分達の順番になり席に着く。
今日ここに来る時に決めていたことがあった。
カツカレーを頼むこと、そしてその時にこう注文すると「ノッケください」いや「ノッケ!」と。どーでもいい市場用語だ。カツカレーはノッケと言う。
恥ずかしくてノッケと言えずカツカレーくださいといつも言ってそのたびに「ノッケだろ!」と怒られていた。
親父さんは忙しそうだ。どうやら奥さんはもういない。ずっと下を向いて定食をつっくている。
こりゃ時間がかかりそうだと踏んで息子さんにビールを二本頼んだ。
この店でビールを頼むのは初めてだ。ここでビールを頼めるのは素人かベテランと呼ばれる人だけだ。
カウンター越しに親父さんがビールを手渡してくれた。
俺の顔を見るなり「なんだ、お前か10年はええよ」
もう36なんだけど。
じゃあ、あと10年やれよ。なんて言ったら泣かせるのかね。
「なににすんだよ?」
「カツカレーください」
「ノッケだろ!」
結局いつもどおりになった。
そのあとミヤコさんと3本くらいビールを飲んだ酔えないけど最高にうまいビールだった。
会計を済ますとき親父さんに「お前もう市場にいないのか?いまなにやってんだ?」と聞かれた。
「親父さんとおなじ仕事」と答えた。
「どこでやってんだ今度よらしてもらうわ」
といわれたのでバーボンハウスライターを渡した。
親父さんは眼鏡がないみたいでライターの文字が読めないみたいだった。

5月1日それは俺がファンキーだからさ。 

September 24 [Sun], 2006, 1:53
免許に更新に行く。実は気が重い。なぜなら俺がファンキーだったから。
手続きを終わらせて違反者講習を受けて4階の受付に並ぶ。ファンキーだけど並ぶ。

前に並んでいた人が免許を渡されて帰っていく。
自分は渡されなかった。「5階のほうにお回り下さい」と言われた。
理由はわかっている。
この三年間で二回免停を無視したからだ。
何でそんな非常識な事したかと聞かれたら、あえて答えると「それは俺がファンキーだから」としか答えようがない。
それぐらい特に理由はない。
二回も免停を無視してのうのうと免許の更新に現れる。
やっぱりファンキーとしか答えようがない。初めての経験だ。なにも考えたくない。
5階に行く。
「あらあらあなた困った人だねー。どうしたの?二回も免停無視して。」
ファンキーだからです。とはやはり答えられずに「多忙なんです」と答えた。
「あそう、この日に講習うけなさい。そして免停を受け入れなさい。そしたら免許あげるから」

意外と簡単に済んだ。
こんなもんだったのか。
この日はファンキーと言う価値観が道路交通法を超えた記念すべき日である。
これから俺は生きていく上で色々なミスを犯しながら生きていくだろう。
その度にこう答えよう。今度は自信を持って「それは俺がファンキーだからさ」と。
たとえそれが法廷であっても。国会の証人喚問でも。

4月23日音楽殺人未遂に出る 最終回 

September 24 [Sun], 2006, 1:51
二回目の出番が近づいてきていた。
人が足りない。俺がこれからやろうとする事には後押しが必要だ。
そう言えばスーパージャグバンドグループの呑み会の加藤さんの姿が見えない。
アイツの居る所は見当がつく。
なにが何でもなんとしてでも昨日の約束を守らせよう。

見当どうり奴は抱瓶にいた。
そこでは加藤の誕生日会をやっていた。
しかし俺にはそんな事どうでもいいことだった。
「お前なにしてんだ、俺のDJ見に来るって言ったじゃねえか!」
「バーボンさんいま俺の誕生日みんなに祝ってもらってんですよ」
「お前はなにを言ってるんだ?今の俺にとっちゃお前の誕生日、お前の人間性、どれも等しく興味がない。今すぐここを出て俺のDJを後押しするんだ。俺はお前の昨日の約束守らせに来た親切な男だ。」
気が付くと俺も一緒になってそこで飲んでいた。
出番の10分前に気が付いて、そこにいた大勢の人間とクラブに戻った。

自分の出番になり、前の出番の人が気を利かせて長めの曲をかけてくれた。
初心者の俺に向けて「ビートのきつい曲があいますよ」とアドバイスをくれた。
申し訳ないが全部無視させてもらう事にした。
長い曲も要らなかった。かける曲もかける順番ももうすでに決めていたからだ。
判らないのは繋ぎかた、これは俺流でいこう。
CD5枚を準備すると、前の人が残していった曲を切って3秒間の無音状態にした。

そしてマイクをつかみ叫んだ
「中通り最後の飲み屋バーボンハウスのバーボンです!いろんなことがうまくいかなくてニッチもサッチも行かなくて。気持ちがふさぎ込んで店なんか開けたくない時、開けれない時、俺はこの曲をかけます!とりあえず怒るのが一番手っ取り早い!怒ればとりあえず一歩が踏み出せる!うつ病になる余裕はない。生きるために、生き残るために俺は怒ってるんだ!」
一曲目 アナーキーインザUK(sex pistols)
また音を無音状態にして叫んだ。

「怒っていてもなにも変わらない。生き残るための一歩は踏み出せても同じことの繰り返し。人は離れていくし、俺はもう踏み出した!成長しなきゃ!成長するってのは大変な事!成長するってのは大変な事!座れといわれたから立ち上がった!」
二曲目 グローインアップ(Bruce springsteen)

「いつかこの町を出て行ってやる!勝つためにこの町を出る!」
三曲目 サンダーロード(Bruce springsteen)

ロザリータ(Bruce springsteen)
ノーサレンダー(Bruce springsteen)
ダンシンインザダーク(Bruce springsteen)
リバー(Bruce springsteen)
ボーントゥラン(Bruce springsteen)
ロイヤルストレートフラッシュロックンロール(レッドウォーリアーズ

店を出して一年がたとうとしたころ、大事にしていたオートバイが盗まれた。
20の時に買って13年大事にしていた。
店を出したころ。「金に困ったら100万で買ってやる」って人がいた。
「バイク売るくらいなら、店閉めますよ」といつも答えていた。
何よりも大事にしていた。
盗まれた時、店どころじゃなかった。泣きながら探し回った。
一日店を休んで。腹が減ってレジからお金を取ろうと思ったら。つり銭すらなかった。
月初めだった。
そのころの俺の店は客は入っていたけど、俺はいつも金に困っていた。客は友達しかいなかった。

こんなに落ち込んで死にそうなのに店を休む金もなかった。
何とか店を開けた。何日も。
sexpistolsをかけたら、すごく癒された。
怒る気力もなかったけど怒るしかなかった。怒っていたらカウンターに立っていられた。そうでないと店を開ける事も出来なかった。
店でsex pistolsばかり掛けていたら客がこなくなった。前よりお金に困った。
ちょっとは考えようと思ってそのオートバイを買ったころよく聞いていたBruce springsteenを聞いてみた。なぜかこの人の歌を聞くと元気が出た。歌から伝わるパワーがすごかった。
それから店ではBruce springsteenしか掛けなかった。
カウンターに立っていられた。
でも客はもっと減った。
もっとお金に困った。でもカウンターに立っている俺の気持ちは変わっていた。
成長しなきゃ。成長しなきゃ。と念じていた。

音楽は好きだったけど、音楽に救われた事はなかった。
今では店の営業時間にかけることはなくなった。
その頃は生きるために。
これが初めて音楽に救われた時かもしれない。
今でも営業時間前にはかけている。
今回のDJはそんな曲をかけてみた。
つなぎはその曲の決め台詞を俺なりにシャウトしただけだった。

泥酔した加藤さんが踊っていてくれている。加藤さんの友達も踊ってくれている。かなり無理やりな感じではあるが踊っている。
その時俺はDJの楽しさを噛み締めていた。
もはや加藤は眼中になかった。

ただ何回DJを頼まれてもかける曲は変わらないだろう。

4月23日  音楽殺人未遂に出る。DJをする。叫ぶ。 

May 27 [Sat], 2006, 21:27
酒でも飲もう。やる事があるだけましってもんだ。
まったり酒でも飲んで、この場を楽しむか。
ぼーっと酒を飲みながらでてくるDJさん達を見ながら感心したり、うなずいたりしていた。
俺の背中をたたく人がいた。音楽喫茶 茶箱の店長さんの岡田エージさんだった。エージさんからもアドバイスをもらっていた。
「なんとかDJで手っ取り早くカッコつく方法ないですかね?」と言う質問に「そんなことしても面白くないですよ。酒と同じですよ。最初からうまくやろうとする事が間違ってますよ。」おっしゃるとおりだった。エージさんが来てその言葉をお思い出した。
そして自分が店を始めたばかりのことを思い出した。
あのことの自分はド素人並でなにをしても様にならなかった。でも一つだけ決めていたことがあった。
ハッタリはかまさない。
ハッタリがうまくなるだけで成長しないから。築地の市場の教え。
景気がいいときはハッタリだけで商売できたし、ダメな時の帳尻あわせも何とかなった。でもみんな消えていった。今思えば俺もそうかもしれない。

4月23日  音楽殺人未遂に出る。DJをする。 

May 25 [Thu], 2006, 14:52
DJの日、当日。
もの凄く緊張していた。
なんでこんなことになっちまったんだ、と本気で思った。
時間が近づいてきたので行く事にした。
少し前について少し練習させてもらった。
なにをしてもさまにならなかった。当然だ。
時間通りイベントは始まった。
俺の出番は2番目で前の人のDJを聞きながら感心していた。
どれも知らない曲ばかりだけど、どれもカッコいいな。
ただ客席は何の反応もなく時間と音楽が流れていくだけだった。
自分の出番が来て曲をかけた。
DJなのにつなぎはできないわ、カッコ悪いわ。選ぶ曲は前の人に合わせた無難なもので面白味のないどーしようのないものだった。
自分の役立たずぶりを感じながら30分何とかやり遂げる事しか考えなかった。
永遠に感じる30分を過ごしながらどうしても気になるものがDJブースにあるのを発見した。
それは一本のマイクだった。どうせまともにやってもうまく出来るわけはない。こいつを使って何か出来ないか。
そして一回目の出番は終了した。

4月202122日 

May 25 [Thu], 2006, 14:48
なにも思い出さない。


22日店が終わり。一人で酒を飲む。
明日のDJでなにをかけるか全くきまってない。
結局、機材の使い方もよくわからずその日が来てしまうことになる。
一人で考えてると、高円寺のスーパージャグバンドグループ呑み快の加藤さんが飲みに来た。
俺が悩んでいる事を知るとスーパーグループ呑み快の加藤さんは親身になって色々なアドバイスをくれた。
スーパー呑み快の加藤さんも俺もかなり酔っていたので話しはだいぶかみ合わなかったが、呑み会の加藤さんがたまに俺の事を褒めてくれるのでいい気分で聞いていた。
明るくなりかけたころ半分寝そうになっている俺に加藤が「明日楽しみにしてますよ。見に行きますから」と言ってくれた。
多分、加籐はおぼえてないだろう。
でも、俺はおぼえている。
そして絶対この約束を守らせよう、それだけに集中しようと誓った。
寝る事にした。

明日は加藤の誕生日だ。

4月19日 プロジェクター 

May 25 [Thu], 2006, 14:42
すごいだろ。


写真  実写版 めぞん一刻

4月18日 火曜日 

May 24 [Wed], 2006, 14:14
飲みすぎだ。
でも、そんなあんたが大好きだ。

4月17日 臨時休業した 月曜日 

May 24 [Wed], 2006, 14:12
どうしてもやりたい事があって臨時休業をした。
長年の夢であるプロジェクターの設置である。
思い起こせば1年半前の2周年記念パーティーの時、好意でプロジェクターを貸してくれた人がいた。そのころのウチの店は白い壁でそのまま壁に映した。設置の仕方がよくわからず壁にはひん曲がった映像が流れるだけだったけど、もの凄く感動したのを憶えてる。
これはすばらしい照明機材だ!と思った。そのときの俺は壁に絵が流れるシャレた照明設備にしか思わなかったけど、何が何でも、なんとしてでも、絶対に絶対に絶対に欲しいと思った。
そしてそれをクチにするようにもなった。
「なんとしてでもプロジェクターが欲しい!」
 そんな事を言っていると不思議なものでプロジェクターをくれるって人が何人か現れた。
その度にお礼を言って酒を奢ったりしたが実際にくれた人は一人もいなかった。そしてその時誓った。
酒の席で言った事は絶対に守ろうと。
しかしやってみるとこれほど大変な事はない。
そのころ起した俺の奇行はすべて酒の席で言ってしまった事をしらふの時に実現したまでだ。
北海道までバイクで行って飛行機で帰ってくるとか、店にバーボン100種類ならべるとか、サーフィンやるとかあげるときりがない。
実際やってみるとどれもすがすがしかった。バカにされることがあっても自信満々だった。言った事を守ったまで。
でも高円寺で野外ロックフェスをやるとか、ポルシェに乗るとか、宇宙に行くとか全然実現できてない事がまだまだある。
おかげで最近酒を飲むと無口になるのがいけない癖だ。
 人はあてにならんと、ローンで買うと掛け合ってみたが審査は見事に全部落ちた。そしてその時誓った。
借りた金はちゃんと返そうと、そして現金でしか物は買わないと。
しかしやってみるとこれはこれでかなり大変な事だった。当たり前のことなのに大変な事だった。
でもおかげで金との付き合い方が驚くほど上手になった。
お金と向き合う事に対しての嫌悪感がなくなった。
所詮お金なんてものは道具でしかなくて、自分に使ったら消費されるだけで自分以外のことに使うとそれは活用されなんらかの形で自分によい結果をもたらしてくれるものと気づいた。あたりまえ?ごめん最近だよ、気づいたの。
最近じゃ缶コーヒー一つ買う事にすら嫌悪感を感じる。こんなものは人に買ってあげるものだろう。
 プロジェクターを買うだけだったらこんなには時間はかからなかっただろう。ただプロジェクター買う事を通じていろんなことを学ばせてもらって、それを一つ一つこなしていたらこんなに時間が経っていた。
そして気が付いたらプロジェクターを買えるぐらいの使い道のないお金が手元にあった。
 そして買って。設置している。
一年半の間に俺も成長したつもりだったけど、この間にプロジェクターの性能は格段に進歩していた。
ただの照明設備と思っていたけど、映した映像はまるで映画館のようだった。
そしてもう一台欲しくなった。
たぶん、おそらく、きっと買うだろう。
「もう一台買って、壁中画面にしたい!」
そんなこと酒の席で話した俺がいたから。

4月16日 川中島の合戦 

May 20 [Sat], 2006, 2:28
築地市場のボス ザ 合コンに川中島の合戦に誘われた。
意味がわからないので断った。

DISCO20000のMIYAKOにも誘われた。
意味がわからないのでやっぱり断った。
「見損なったよバーボン!」
「意味わかんないし、勘弁してくれよ」
「男が合戦に誘われて断るなんて信じられねえよ。男下げたね。」
「。。。。。。。。。。」

長くなるので書かないがやっぱり行く事にした。
山梨県の笛吹市まで。
武田軍の足軽として力いっぱい戦ってきました。
面白かったです。
世の中よく分からないことがあるもんだと思いました。
よくわからない人がこの世にこんなにいるんだと言う事を実感しました。

写真 足軽なのに武将の兜を被ってはしゃぐMIYAKOさん
    この後怒られる 
    ウチの隊のの武将役を射止めたのはボス ザ 合コン