今週の防災格言<474> 西川杏太郎 (美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)
2017.01.16 [Mon] 07:00


『 昔の知恵はばかにできない。 』


西川杏太郎(1929〜 / 美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)

阪神淡路震災は、日本の美術館や博物館の現状を露呈した災害でもあった。
ヨーロッパでは、所蔵品が自国の文化・精神の結晶体と考え都市文化の背骨となる一方で、日本の公立美術館は、ミュージアムが自治体の一施設にすぎない。

兵庫県立近代美術館では阪神淡路震災の当日(1995年1月17日)、学芸員3人を含む7人がかけつけ、転倒・破損した彫刻を収蔵庫に運ぶなどの作業に追われた。展示作品の撤去や収蔵庫の整理は以後数日にわたって続けられたが、余震に備えて彫刻を縛ったり、盗難防止のため作品を隠すなどに手間どり、すべての被害をつかむまでに3週間かかったという。

ただ、自館の復旧に取り組めた館はいい方で、神戸市立博物館では、11人いる学芸員は避難所勤務に動員されたため、しばらくの間、壊れた展示品が放置されていた。
西宮市大谷記念美術館の場合は、被災者の避難所となったため、1995(平成7)年6月4日まで、ピーク時で350人の被災者が館内に寝泊まりした。
兵庫県立近代美術館では、地震の翌日、館を遺体置き場にしたい、という県からの要請を受けた(実際には館が危険な状態だったため断らざるを得なかった)という。

災害時の学芸員の本来の仕事は「自館の資料保全」であることから「それをほったらかしにするのはクレージーだ」と海外の学芸員から非難されたという。

この震災を契機に、「見せる(企画展示)」に走ってきたこれまでの運営から、作品保存や安全な展示のあり方を見直す動きがでてきた。
絵の壁へのとりつけ方、彫刻を安定させる方法など、ちょっとした工夫で被害はもっと軽く済んだのではないか、との反省があるからだという。

震災半年後の夏、文化庁で、被災データを分析し、その対策マニュアルをつくる目的で、学識経験者で構成する「文化財の防災に関する調査研究協力者会議」が発足され、座長には西川杏太郎が就任する。
そして、2年後の1997(平成9)年6月、収蔵・展示・緊急処置の三点について書かれた防災指針『文化財(美術工芸品等)の防災に関する手引』が刊行されることとなる。

格言は読売新聞(1995(平成7)年9月26日朝刊)の記事「文化財:保存・展示に反省点」より。

曰く―――。

《 仏像など古い美術品の被害は思ったほどひどくない。やられたのは江戸以降に修理が加わった作品が多く、それ以前の作では台座に心棒が入っているなど構造がしっかりしていた。昔の知恵はばかにできない。私の博物館勤めの経験から言っても、ガラスケースのなかはクロス張りと板に限るとか、器物はなかに鉛玉を入れて安定させるなど先人の工夫は見直さなければならないと思う。
しかし米国の美術館から日本には震災対策のマニュアルがないと指摘されればもっともなので、今年は現場の生の声とデータをできるだけ集め、来年にはその分析にかかりたい。被災の代償は大きいが、震災の記憶が風化しないうちに対策をまとめていきたい 》


西川杏太郎(にしかわ きょうたろう)は、日本彫刻史、文化財保存学を専門とする美術史家。「書の巨人」と謳われ、書家として初の文化勲章受章者となった西川 寧(にしかわ やすし / 1902〜1989)の息子として東京都墨田区向島に生まれる。
旧制・東京中学校(現東京高等学校)を卒業後、昭和20(1945)年春、慶應義塾大学文学部予科に入学。東京空襲により中学は全焼したため卒業式はなし。大学も日吉キャンパスが帝国海軍に接収され入学式はなかったという。
旧制大学最後の卒業となる昭和25(1950)年9月に大学を卒業すると、翌年、文化財保護委員会(現文化庁)入りし、文化財保護部美術工芸課長、文化財調査官、東京国立博物館次長を経て、昭和62(1987)年に奈良国立博物館館長及び東京国立文化財研究所長となり、東京芸術大学客員教授を歴任。
退官後は、横浜美術短期大学学長、神奈川県立歴史博物館館長を歴任。平成25(2013)年より日本美術院から独立し国や行政の依頼で国宝、重要文化財などの修理を行う「公益財団法人・美術院 国宝修理所」の理事長に就任。
平成14(2002)年、勲二等瑞宝章を受章。主な著書『日本彫刻史論叢』など。

■「阪神淡路大震災」に関連する防災格言内の記事
 余禄(毎日新聞 1995年1月18日朝刊)より(2016.01.18 防災格言)
 天声人語(朝日新聞 1995年1月27日朝刊)(2009.01.19 防災格言)
 兵庫県知事 貝原俊民(2014.11.01 防災格言)
 牧師 草地賢一(2011.08.29 防災格言)
 FEMA長官 ジェームズ・L・ウィット(2010.01.11 防災格言)
 気象庁長官 和達清夫(2007.12.03 防災格言)
 防衛事務次官 依田智治(2007.12.10 防災格言)
 美智子皇后陛下(2010.10.18 防災格言)
 政治家 後藤田正晴(2010.11.29 防災格言)
 政治家・村山富市(2007.12.31 防災格言)
 政治家・池端清一(2008.01.07 防災格言)
 政治家・鳩山由紀夫(2009.08.31 防災格言)
 東京都知事 鈴木俊一(2008.10.13 防災格言)
 元社団法人・全国産業廃棄物連合会技術部長 高橋壽正(2012.01.16 防災格言)
 建築学者 早川和男(2014.06.16 防災格言)
 作家 司馬遼太郎(2015.01.12 防災格言)
 推理作家 斎藤栄(2014.03.03 防災格言)
 指揮者 朝比奈隆(2014.03.10 防災格言)
 指揮者 岩城宏之(2008.02.18 防災格言)
 作家 筒井康隆(2013.02.18 防災格言)
 作詞家 阿久悠(2013.06.17 防災格言)
 放送作家 藤本義一(2011.01.17 防災格言)
 作家 小松左京(2011.08.01 防災格言)
 作家 村薫(2013.07.29 防災格言)
 作家 藤原智美(2013.08.12 防災格言)
 作家 陳舜臣(2015.01.26 防災格言)
 映画監督 大森一樹(2013.04.08 防災格言)
 ニュースキャスター 筑紫哲也(2009.09.21 防災格言)
 作家 伊集院静(2012.02.27 防災格言)
 映画監督・白羽弥仁(2008.01.21 防災格言)
 将棋棋士・谷川浩司(2013.03.04 防災格言)
 医師・西村明儒(2009.12.21 防災格言)
 落語家・六代目 桂文枝(桂三枝)(2015.01.19 防災格言)
 プロテニスプレーヤー 沢松奈生子(2008.1.14 防災格言)
 MLB選手 イチロー(2013.08.26 防災格言)
 中内功・ダイエー創業者(2009.09.07 防災格言)
 本田宗一郎・ホンダ創業者(2012.12.31 防災格言)
 秋山富一・住友商事会長(2013.09.02 防災格言)
 領木新一郎・大阪ガス元会長(2008.11.03 防災格言)
 久我 徹・博報堂関西支社長(2009.04.06 防災格言)
 元台湾総統 李登輝(2015.07.13 防災格言)
 ラジオパーソナリティー 永六輔(2016.07.18 防災格言)
 科学評論家・元NHK解説委員 村野賢哉(2016.08.08 防災格言)
 阪神淡路震災より18年(2013.01.17 店長コラム)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<473> スイス連邦政府「民間防衛(1969年)」より[2]
2017.01.09 [Mon] 07:00


『 我々は、あらゆる事態の発生に備えて
 準備しなければいけないと言うのが、
 もっとも単純な現実なのである 』


スイス連邦政府 連邦法務警察庁発行「民間防衛」より(1969年)

「民間防衛」は、永世中立国のスイス政府(国民保護庁)が冷戦時代を背景に1969年、スイス国民の一人一人が、戦争や自然災害など、あらゆる危険から身を守れるようにと各家庭に無償配布された冊子(マニュアル)である。
食料や燃料の配給統制や食糧備蓄、戦争・核兵器・化学兵器への対策や、それらが使用されたときの行動などが仔細にわたり解説されている。

食料を輸入に頼るスイス政府は、第二次世界大戦の時、中立政策を維持したために、周辺の国から食料の輸入が困難になった経験がある。そのため、有事の際に食糧を確保するために小麦を1年以上備蓄し、古くなったものから市場に放出するといった公的備蓄制度が整備された。そして、一般家庭でも食料を自主備蓄することが推奨されている。

■「民間防衛」に関連する防災格言内の記事
 スイス連邦政府「民間防衛(1969年)」より[1](2009.05.11 防災格言)
 スイス連邦政府「民間防衛(1969年)」より[2](2017.01.09 防災格言)
 スイスのパンはとっても不味い(2002.12.16 店長コラム)
 「備えよ、常に( Be Prepared )」スカウト標語(2008.05.26 防災格言)
 後藤新平(日本スカウト運動標語)(2010.4.26 防災格言)
 アンリ・デュナン (国際赤十字標語)(2011.5.2 防災格言)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<472> 芥川龍之介 (作家)
2017.01.02 [Mon] 07:00


『 臆病は文明人のみの持っている美徳である。 』


芥川龍之介(1892〜1927 / 大正時代の作家 代表作「蜘蛛の糸」など)

格言は随筆『続野人生計事』(1924年)の「コレラ」より。
(出典「百艸」(新潮社 1938年)収録)

曰く―――。

《 僕はコレラでは死にたくない。へどを吐いたり下痢をしたりする不風流な往生は厭やである。ショウペンハウエルがコレラを恐がって、逃げて歩いたことを読んだ時は、甚だ彼に同情した。ことに依ると、彼の哲学よりも、もっと、同情したかも知れない。

しかし、ショウペンハウエル時代には、まだコレラは食物から伝染するということがわからなかったのである。が、僕は現代に生れた有難さに、それをちゃんと心得ているから、煮たものばかり食ったり、塩酸リモナーデを服んだり、悠々と予防を講じている。この間、臆病すぎると言って笑われたが、病は文明人のみの持っている美徳である。臆病でない人間が偉ければ、ホッテントットの王様に三拝九拝するがいい。 》

芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ / 芥川竜之介)は、東京の京橋区入船町八丁目(現中央区明石町)生まれの作家。号は澄江堂主人、俳号は我鬼。
最初、長州(山口県)の農民兵の家系である父・新原敏三の長男として生まれるが、生後すぐに実母フクが発狂したため、母の実家である本所区小泉町(現墨田区両国)の芥川家に引き取られ、後に養子となった。芥川家は代々幕府の奥坊主を務めた家系で、少年時代の龍之介は、江戸趣味の文人趣味の中で育った。江東尋常小学校(現墨田区立両国小学校)、旧制・東京府立第三中学校(現墨田区立両国高等学校)、旧制・第一高等学校(現東京大学)を経て、大正5(1916)年に東京帝国大学文科大学英文学科を卒業。大学在学中に、一高からの同級生の久米正雄、菊池寛、松岡譲らと同人誌「新思潮(第3次、第4次)」を刊行し、大正5(1916)年の『鼻』で夏目漱石に認められた。大学卒業後は、鎌倉へと移り、横須賀の海軍機関学校の嘱託教官として英語の教鞭をとりながら創作に励み『羅生門』など短編作品を次々に発表した。大正8(1919)年に教職を辞し、大阪毎日新聞社の客外社員となり東京の田端へ転居し創作活動に専念した。大正10(1921)年、海外視察員として北京や上海を訪中、帰国後から次第に体調を崩すようになる。大正12(1923)年9月1日の関東大震災では、田端の自宅で罹災。当日は食料の調達にと駆け回ったが、震災翌日からは風邪をこじらせた。大正15(1926)年には胃潰瘍や神経衰弱、不眠症で湯河原で療養。昭和2(1927)年7月24日、田端の自宅で服毒自殺。享年35。病気のほかに家庭的な憂苦もあったとされる。
死から8年後、親友で文藝春秋社主の菊池寛により、新人文学賞「芥川龍之介賞」が設けられた。

■「芥川龍之介」「作家」に関連する防災格言内の記事
 作家 芥川龍之介[1](2008.08.25 防災格言)
 作家 芥川龍之介[2](2017.01.02 防災格言)
 作家 夏目漱石(2012.04.09 防災格言)
 作家 菊池寛(2012.03.26 防災格言)
 作家 内田百間(2010.03.08 防災格言)
 作家 志賀直哉(2009.12.28 防災格言)
 作家 谷崎潤一郎(2014.12.08 防災格言)
 作家 武者小路実篤(2010.10.11 防災格言)
 作家 二葉亭四迷(2012.05.07 防災格言)
 作家 水上滝太郎(2015.07.20 防災格言)
 作家 葛西善蔵(2014.12.22 防災格言)
 作家 広津和郎(2012.07.23 防災格言)
 作家 横光利一[1](2016.6.13 防災格言)
 作家 横光利一[2](2016.7.25 防災格言)
 作家 福永武彦(2016.09.19 防災格言)
 フランスの劇作家 ポール・クローデル(2012.12.17 防災格言)
 作家 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)(2015.10.26 防災格言)
 英文学者 戸川秋骨(2016.02.15 防災格言)
 作家 加能作次郎(2016.5.16 防災格言)
 作家 野上弥生子[1](2009.06.29 防災格言)
 作家 野上弥生子[2](2015.06.22 防災格言)
 作家 林芙美子(2008.4.14 防災格言)
 川村花菱(脚本家)・山村耕花(画家)(2010.2.22 防災格言)
 作家 大曲駒村(2012.08.27 防災格言)
 哲学者 和辻哲郎(2014.10.27 防災格言)
 作家 幸田文(2015.05.11 防災格言)
 作家 宮沢賢治(2009.07.06 防災格言)
 児童文学者 村岡花子(2014.04.28 防災格言)
 児童文学者 鈴木三重吉(2011.02.21 防災格言)
 作家 森鴎外(2014.11.03 防災格言)
 作家 徳冨蘆花(2011.09.12 防災格言)
 作家 小林多喜二(2009.07.13 防災格言)
 作家 平沢計七(2015.12.07 防災格言)
 作家 中島湘煙(2011.07.25 防災格言)
 作家 串田孫一(2014.08.04 防災格言)
 ドイツの作家 ギュンター・グラス(2015.04.20 防災格言)
 作家 別役実(2016.01.04 防災格言)
 劇作家 福田恆存(2015.07.06 防災格言)
 作家 山本七平(2010.11.08 防災格言)
 作家 司馬遼太郎(2015.01.12 防災格言)
 作家 池波正太郎(2012.06.18 防災格言)
 作家 遠藤周作(2010.07.12 防災格言)
 作家 開高健(2011.11.14 防災格言)
 作家 筒井康隆(2013.02.18 防災格言)
 作家 小松左京(2011.08.01 防災格言)
 作家 筒井康隆(2013.02.18 防災格言)
 作家 石川英輔(2011.09.19 防災格言)
 作家 村薫(2013.07.29 防災格言)
 作家 藤原智美(2013.08.12 防災格言)
 作家 伊集院静(2012.02.27 防災格言)
 作家 佐々淳行(2008.6.30 防災格言)
 作家 立松和平(2010.02.15 防災格言)
 作家 斎藤栄(2014.03.03 防災格言)
 作家 石原慎太郎(東京都知事)(2013.07.22 防災格言)
 作家 三島由紀夫(2014.07.07 防災格言)
 作家 野坂昭如(2013.02.04 防災格言)
 作家 堤清二(辻井喬)・元セゾングループ代表(2013.12.02 防災格言)
 作家 串田孫一(2014.8.4 防災格言)
 作家 幸田真音(2009.06.01 防災格言)
 作家 柳田邦夫(2010.10.04 防災格言)
 作家 高山文彦(2013.12.16 防災格言)
 作家 藤本義一(2011.01.17 防災格言)
 作家 陳舜臣(2015.01.26 防災格言)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<471> 白井俊明 (化学者 東京大学名誉教授)
2016.12.26 [Mon] 07:00


『 火の用心は
 一人の人に任せずに、
 皆が互いあいたすけて
 ばんぜんの注意をすべきもの 』


白井俊明(1900〜1975 / 化学者 東京大学名誉教授 東京理科大学教授)

曰く―――。

火事の原因を見ますと、放火という特別に悪意のあるのは別としても、自然発火や、落雷、漏電などという予期し難い原因による火事は非常に少く、あとは火の取扱いの不注意とか、弄火(ひあそび)のようなことが主な原因になっています。

漏電は電気の設備の注意で防げますし、自然発火は自然発火しそうなものについて特別の注意をしていれば防げるものですから、こう考えると火事は殆ど全部が不注意に基くものと断定してもいいでしょう。

もちろん不注意になるにもいろいろわけがあることでしょうが、火の用心は一人の人に任せずに、皆が互いあいたすけてばんぜんの注意をすべきものです。

《 中略 》

大地震のあとでは、水道の断水が起り、その上一時に多数の地点で発火するおそれがあるので一番危険といわねばなりません。一時に多数の火事が出ると、どうしても消火器は勿論、人手は不足してきて大火になります。この意味から日本では、地震にもこわれぬ水道と、各家庭で地震の際に、特につとめて失火しない心掛けと火は小さいうちに消す心構えとを作っておかねばなりません。地震に絶対にこわれぬ水道は望まれぬと思いますから、大都会では各家庭に井戸を備えておく必要があります。しかしこの井戸は常に清潔に保って、伝染病の巣にしないような注意も肝要です。

大風のため遠くまで飛火して、一時に多数の火事を出すこともあります。そんなときは、風下の家の人は逃げ出すことばかりを考えないで障子のむきだしをなくするため雨戸を閉めたり、水をかけたりして飛火のための発火を防ぐよう心掛けていれば、幾分でも延焼をおそくし、大火になることを防げると思います。大風の昼間に火事がある時は、各家庭に男手が割合少く、飛火しても煙は地を匐(はらば)い、火は見つけにくいのですから、特にこの方面の配慮は必要と考えます。

元来、大都会は、火事は小さいうちに消し止められるようにできていなければならぬものです。これは都市計画をする人たちがいろいろと苦心しているところです。例えば家と家との間を広くするとか、通りは特に広くするとか、すべて防火建築にすることはできぬとしても、要所要所は防火建築にして一種の防火壁にするとか、いろいろの工夫をしています。

またその都会では、どの方向に乾燥した風が一番よく吹くかをしらべて、その方向に軒並み長い町を作らぬようにすることも必要なことです。例えば東京では、冬は北西の乾いた風が多く、その他の季節に吹く北東の風のあとには雨が多いのですから、北西の風に特に留意して北西から東南にかけて長く混みあっている町を作らぬことです。

また通りの幅がいくら広くなったからといっても、火事の時に、その広い通りに無制限に家財を運び出して並べ立てては、却って家事を拡げる役にしか立たぬことを忘れてはなりません。

格言は著書「子供の科学文庫:火と焔」(誠文堂新光社 1948年)より。


白井俊明(しらい としあき)は、東大地震研究所や理化学研究所の研究員を経て、東大教授、東京理科大教授を歴任した化学者。専門は物理化学。理学博士。

はじめ、高等学校で習ったドイツの化学者アーノルド・ホルマン(1859〜1953)の無機化学に興味を覚え、後に、スウェーデンのノーベル化学賞学者スヴァンテ・アレニウス(1859〜1927)やドイツの化学者ヴァルター・ネルンスト(1864〜1941)らの地球化学・宇宙化学論文に影響を受けたという。
大正12(1923)年東北帝国大学理学部化学科を卒業し、同年、東京帝国大学理学部助手となる。大正15(1926)年東京帝国大学地震研究所、理化学研究所に研究員として長く勤務し、東大助教授を経て、昭和25(1950)年東京大学教養学部教授に就任。昭和35(1960)年東大を定年退官し東大名誉教授。同年東京理科大学教授に就任され、昭和45(1970)年退職。

■「白井俊明」に関連する防災格言内の記事
 寺田寅彦[1](物理学者)(2007.11.26 防災格言)
 寺田寅彦[2](物理学者)(2009.03.02 防災格言)
 寺田寅彦[3](物理学者)(2009.10.12 防災格言)
 寺田寅彦[4](物理学者)(2011.06.20 防災格言)
 坪井忠二 (物理学者)(2011.06.27 防災格言)
  力武常次 (宏観現象の研究でも著名な地球物理学者)(2011.10.24 防災格言)
 ヘルムート・トリブッチ (ドイツの自然科学者「動物は地震を予知する」の著者)(2011.10.24 防災格言)
 劉英勇 (中華人民共和国初代国家地震局局長・宏観現象による地震予知成功例)(2012.02.06 防災格言)
 河角廣 (地震学者)(2016.05.23 防災格言)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<470> 松田時彦 (地質学者・地震地質学 東京大学名誉教授)
2016.12.19 [Mon] 07:00


『 自然界は地震計にくらべると、
 地震を大雑把にしか記録しないが、
 代りに地震計が存在しなかった時代の
 地震をも記録している。 』


松田時彦(1931〜 / 地質学者・地震地質学 東京大学名誉教授)

格言は編著「古地震―歴史資料と活断層からさぐる(東京大学出版会 1982年)」の「四、歴史地震の地学的意義づけ」より。

曰く―――。

《 地震のようなまれに起こる事件については、その事件の再来期間に比べて十分に長い時間にわたって調べなければ、一般的な形でその意義づけを行うことができない。≪中略≫

一般に日本内陸で知られている活断層は第一級の活動度をもつもの(A級活断層)でも大被害地震を再発するのは一〇〇〇年オーダーの期間に一回であることが地形・地質の調査から結論されている。B級やC級の活断層ではそれが万年オーダーかそれ以上である。歴史時代あるいは近い将来に、特定の活断層が大被害地震を起こすのに遭うのは、文字通り千載一遇あるいは万が一のことなのである。

歴史時代の地震が、歴史時代をこえた長い時間の流れの中でとらえられた時、その地震像はより完全なものとなってゆくであろう。 》


松田時彦(まつだ ときひこ)先生は、東京出身の地質学者で、日本における活断層研究の第一人者。理学博士。

内陸部の活断層の長さから将来起こるであろう地震の規模を推定するのに広く用いられる「松田式(1975年)」と呼ばれる断層の長さ(Km)とマググニチュード(M)の関係式を提唱し、活動度や歴史地震記録などから具体的に複数の「要注意断層(1981年)」を抽出するなど、先駆的なトレンチ調査の導入によって日本の活断層地震の長期評価の基礎を築いたことで知られる。

東京大学理学部地学科、東京大学大学院理学系研究科を経て、1959(昭和34)年に東京大学理学部地質学教室助手に就任。1961(昭和36)年に東京大学地震研究所助手。以降、60年近くにわたり活断層の研究を行い地震地質学の分野を切り開いた。1992(平成4)年、東京大学を定年退職され東京大学名誉教授となる。他に、九州大学理学部地球惑星科学科教授、熊本大学理学部地球科学科教授、西南学院大学文学部児童教育学科教授などを歴任。日本地震学会(地震学会)の代議員を長く務め、政府の中央防災会議、文部省測地学審議会、地震調査研究推進本部地震調査委員会、地震予知連絡会、科学技術庁原子炉安全専門審査会などの専門委員や、各地行政の活断層調査委員として各地の活断層調査に尽力された。

■「松田時彦」「地震学者」に関連する防災格言内の記事
 水上武(火山物理学者)(2014.10.13 防災格言)
 藤田和夫 (地質学者)(2015.11.09 防災格言)
 ケリー・シー (アメリカの地震学者)(2015.02.02 防災格言)
 萩原尊禮[1] (地震学者)(2008.09.08 防災格言)
 萩原尊禮[2] (地震学者)(2015.09.21 防災格言)
 河角廣 (地震学者)(2016.05.23 防災格言)
 寺田寅彦[1](物理学者)(2007.11.26 防災格言)
 寺田寅彦[2](物理学者)(2009.03.02 防災格言)
 寺田寅彦[3](物理学者)(2009.10.12 防災格言)
 寺田寅彦[4](物理学者)(2011.06.20 防災格言)
 坪井忠二 (物理学者)(2011.06.27 防災格言)
 竹内均[1] (物理学者)(2010.09.06 防災格言)
 竹内均[2] (物理学者)(2016.04.04 防災格言)
 和達清夫 (物理学者 初代気象庁長官)(2007.12.03 防災格言)
 下鶴大輔 (火山物理学者・火山噴火予知連会長)(2015.08.10 防災格言)
 永田武 (地球物理学者)(2015.04.13 防災格言)
 松山基範 (地球物理学者)(2015.02.16 防災格言)
 阿部勝征 (地震学者)(2011.08.22 防災格言)
 表俊一郎 (地震学者・地震学会会長)(2016.05.09 防災格言)
 溝上恵 (地震学者)(2010.08.23 防災格言)
 力武常次 (物理学者)(2011.10.24 防災格言)
 茂木清夫(地震学者)(2011.03.14 防災格言)
 石橋克彦(地震学者)(2011.4.18 防災格言)
 浅田敏 (地震学者)(2007.12.17 防災格言)
 圓岡平太郎 (中央気象台鹿児島測候所長 口永良部島新岳噴火(1931年)報告書)(2015.06.01 防災格言)
 宇津徳治 (地震学者)(2014.12.01 防災格言)
 中谷宇吉郎 (物理学者)(2009.10.19 防災格言)
 阿部良夫 (物理学者)(2014.06.30 防災格言)
 藤原咲平 (気象学者)(2013.10.28 防災格言)
 大塚道男 (地震学者)(2011.05.09 防災格言)
 菊地正幸 (地震学者)(2009.11.16 防災格言)
 林春男 (防災心理学者)(2008.09.15 防災格言)
 安倍北夫 (災害心理学者)(2016.02.08 防災格言)
 岡田弘(火山物理学者)(2014.09.29 防災格言)
 藤井敏嗣(火山噴火予知連会長)(2010.04.19 防災格言)
 山岡耕春(地震火山・防災研究センター長)(2012.04.23 防災格言)
 大竹政和(地震学者)(2014.01.13 防災格言)
 津村建四朗(地震学者)(2013.07.08 防災格言)
 菊地正幸(地震学者)(2009.11.16 防災格言)
 都司嘉宣(地震学者)(2013.03.25 防災格言)
 廣井悠 (都市工学者)(2012.03.12 防災格言)
 廣井脩 (防災情報学者)(2009.09.28 防災格言)
 劉英勇 (中華人民共和国初代国家地震局局長)(2012.02.06 防災格言)
 ヘルムート・トリブッチ (ドイツの自然科学者)(2011.10.24 防災格言)
 今村明恒 (地震学者)(2008.05.12 防災格言)
 関谷清景 (地震学者)(2008.08.11 防災格言)
 小藤文次郎 (地質学者・火山学者)(2016.04.18 防災格言)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<469> 山崎紫紅 (明治の劇作家・詩人 歌舞伎作者)
2016.12.12 [Mon] 07:00


『 東京の災害は火事からである。
 横浜の災害は地震からである。
 東京は大火災である。
 横浜は大震災である。 』


山崎紫紅(1875〜1939 / 明治の劇作家・詩人 歌舞伎作者)

格言は関東大震災(1923年)の手記『四人の骨を拾ふ』より。(出典「横浜市震災誌(横浜市市史編纂係 1926年)」収録)

震災時、戸部町(横浜市西区戸部町二丁目)の自宅で罹災。最初の揺れでは無事だったものの、その後の火災で自宅は全焼し、40年来収集してきた蔵書や原稿などは烏有に帰したという。家にいた長男と86歳の父と、78歳の母、そして、東京にいた次男は難を逃れたが、嫁ぎ先の長女とその一家四人は火災で亡くなっていた。

曰く―――。

《 第一次の地震が最も強く、第二次の俗に揺り返しというものが微弱であるということを信じていた私は、もうこの上に強いのがないと思ったので、当初いた座敷へ行こうとすると、驚いたことには、土蔵の影もない、滅茶に潰されてしまっている。座敷はゆがんだなりに、崩壊せぬまでも、床の間の板ははみ出して、掛物は落ち、床飾は狼藉になっている。私は蔵書室になっている西洋館を見ると、軒を並べた土蔵と同様の姿で、階上の客室も潰ぶれていた。

家族のものは、外へ出たようである。私も跡から往来へ出てみると、私の住んでいた戸部町の通りの町家は、僅かを残して、皆街路へと滑べり倒れていた。私はかくして我家の倒れずにいたのを、奇跡的にも感じ又喜んだ。

後になって考えると、この喜悦は極めて残忍なる浅ましい人間の心の現われであって、書くのも恥ずかしい次第であるが、事実だから仕方がない。こうして浅ましい心を知った。これが私の地震の恐怖の第一次なのである。 》

その後、四方から火が迫り、すぐ近くの伊勢山(※伊勢山皇大神宮)に一同は避難するが、山から見下ろせるところにあった自宅はこの二時間後に全焼してしまう。次第に火が迫り、伊勢山の大神宮拝殿や本社にも類焼したため、一同は死を覚悟したが、火の間隙をみて丘下へと逃れ、九死に一生を得たという。

《 生きた木の燃ゆる音の凄さ、私達は機樹の枝を持って、自他の荷物に降りかかる火の子を叩き消していたものの、もうだめだ。

乙と一緒に三十間ばかりも後ろへかえると、潰ぶれたばかりでいた大神宮の社務所へと火がついた。前後左右、四方を全く火に囲まれた。

「南無妙法蓮華経」と、続けざまに老女の声がした。老人の夫婦は狭い坂の中途を、上へも下へも免れもやらず、題目を唱えていた。この時に吹き捲くった旋風の恐ろしさ、火の海、火の空気、私はもういかぬと覚悟した。

「こんなところで死ぬのか、口惜しいな。」下方を見ると、森の木に繋がっている四五頭の馬が躍りあがって叫んでいる。

「馬がまだ死なぬ。あそこを突っ切れ。」

こうして乙と私とは、先きに上がった丘下へ出た。後で思えば恐ろしい事だが、その当時は夢中であった。

《中略》

明日になると、東京から次男も帰ってきたが、別家(※嫁いだ長女一家四人)の人々の消息は一向に知れない。そこで私達はこう思った。親子四人の者は養子の里へと避難したものに違いない。それにしても老人がいるのに、どうして尋ねて来ないのか。

来ぬのが道理である。彼等の悉くは、その住家の中で一同灰塵になっていた。彼等の死の明らかになったのは三日であって、四人の亡骸は、合せて小さな瓶の中へ入るほどに焼けていた。

《中略》

死の原因は、出場を失なって焼死したのか、一層ひと思いに撲たれて死んだか、何れにしても火は早かったそうであるから、無った命であったらしい。嘆きもしなかった。涙も出なかった。だが、死骸をつくづく見られなかった。

その翌日末吉橋(※鶴見川)付近で、二百五十有余人の重なりあった死骸を見た。こんなになって死ぬのよりは、私の家族は仕合せであるとも思って見た。他人の死を見て、せめてもの慰めにする私の心は残忍である。

朝鮮人が来襲すると云って、代り代り鉄棒や、竹槍を持って、寝ずの番をする、怪しいものを見ると、言分けも聞かずに撲殺する。食うものに迫って、倉庫から食糧米を掠奪するのを、当然の処置に感じる生活欲、焼けた死骸を心にもかけず、その傍らに数日を送った自我心、実に恐ろしい。

私は思う、地震・火事の恐怖は非常なものである。しかも、その災害に原由して生ずる人間の心の奥を発揮する。その残忍さは実に自然の破壊よりも一層の恐怖である。 》


山崎紫紅(やまざき しこう)は、神奈川県横浜市西区戸部生れの劇作家。本名は小三。はじめ「文庫」「明星」の詩人として活躍し、明治35(1902)年の長編叙事詩「日蓮上人」で高山樗牛の推薦をうけ、明治38(1905)年の処女戯曲「上杉謙信」が新派の俳優・伊井蓉峰により上演され人気を博してより劇作を多く書き、明治40(1907)年「歌舞伎物語」が2代目市川左團次に上演され史劇作家としての地位を確立した。関東大震災を機に劇作から遠ざかり、横浜市会議員や神奈川県会議長などをつとめた。昭和14(1939)年12月22日、65歳で死去。


■「山崎紫紅」に関連する防災格言内の記事
 高山樗牛 (文芸評論家)(2016.02.01 防災格言)
 長田秀雄 (詩人・劇作家)(2016.10.31 防災格言)
 十七代目 中村勘三郎 (歌舞伎役者)(2012.12.10 防災格言)
 佐藤善治郎 (横浜市の教育者)(2014.5.26 防災格言)
 マーシャル・マーテン (横浜市ゆかりの英国人貿易商)(2014.06.23 防災格言)
 谷崎潤一郎 (作家)(2014.12.08 防災格言)

■「関東大震災」に関連する防災格言内の記事
 二木謙三 (内科医・細菌学者)(2016.11.14 防災格言)
 山川菊栄 (婦人運動家・作家)(2016.11.07 防災格言)
 加能作次郎 (小説家)(2016.5.16 防災格言)
 芥川龍之介(小説家)(2008.8.25 防災格言)
 水上滝太郎(小説家・実業家)(2015.07.20 防災格言)
 野上弥生子(小説家)(2015.06.22 防災格言)
 林芙美子(小説家)(2008.4.14 防災格言)
 川村花菱(脚本家)・山村耕花(画家)(2010.2.22 防災格言)
 内田百間(作家)(2010.3.8 防災格言)
 鈴木三重吉(児童文学者)(2011.2.21 防災格言)
 大曲駒村(俳人・作家)(2012.08.27 防災格言)
 竹久夢二(画家)(2012.08.20 防災格言)
 広津和郎(小説家)(2012.07.23 防災格言)
 池波正太郎(作家)(2012.06.18 防災格言)
 菊池寛(作家)(2012.03.26 防災格言)
 横光利一[1](小説家)(2016.6.13 防災格言)
 横光利一[2](小説家)(2016.7.25 防災格言)
 長田秀雄 (詩人・劇作家)(2016.10.31 防災格言)
 水野錬太郎 (官僚政治家 内務大臣)(2016.04.11 防災格言)
 横井弘三 (洋画家)(2015.11.23 防災格言)
 三浦梧楼 (武士・陸軍中将)(2015.12.21 防災格言)
 加藤久米四郎 (政治家・政友会 実業家)(2015.10.05 防災格言)
 宮武外骨 (ジャーナリスト・著述家・文化史家)(2015.08.31 防災格言)
 北澤重蔵 (実業家 天津甘栗「甘栗太郎本舗」創業者)(2015.08.24 防災格言)
 土田杏村(哲学者・文明批評家)(2014.09.01 防災格言)
 賀川豊彦(キリスト教社会運動家)(2014.10.20 防災格言)
 南条文雄 (仏教学者・真宗大谷派僧侶)(2016.10.10 防災格言)
 和辻哲郎 (哲学者・評論家)(2014.10.27 防災格言)
 谷崎潤一郎(小説家)(2014.12.08 防災格言)
 葛西善蔵(小説家)(2014.12.22 防災格言)
 佐藤栄作(政治家)(2008.2.25 防災格言)
 安河内麻吉(神奈川県知事)(2008.4.28 防災格言)
 今村明恒(地震学者)(2008.5.12 防災格言)
 カルビン・クーリッジ(米大統領)(2008.5.19 防災格言)
 清水幾太郎(ジャーナリスト)(2008.9.29 防災格言)
 大和勇三(経済評論家)(2010.3.29 防災格言)
 後藤新平 (政治家)(2010.4.26 防災格言)
 永田秀次郎(関東大震災時の東京市長)(2015.01.05 防災格言)
 渋沢栄一(2013.03.18 防災格言)
 大正天皇(2013.10.07 防災格言)
 曾我廼家五九郎(浅草の喜劇王)(2010.6.7 防災格言)
 東善作(冒険家)(2010.8.30 防災格言)
 黒澤明(映画監督)(2014.02.17 防災格言)
 北原白秋(詩人)(2014.01.06 防災格言)
 ポール・クローデル(フランスの劇作家)(2012.12.17 防災格言)
 植草甚一(評論家)(2012.06.25 防災格言)
 林達夫(思想家)(2012.05.21 防災格言)
 石原純 (理論物理学者)(2012.03.19 防災格言)
 奥谷文智 (宗教家)(2011.11.28 防災格言)
 佐藤善治郎 (横浜市の教育者)(2014.5.26 防災格言)
 マーシャル・マーテン (横浜市ゆかりの英国人貿易商)(2014.06.23 防災格言)
 山崎紫紅 (劇作家・詩人)(2016.12.12 防災格言)
 平生釟三郎・川崎重工業社長(2009.11.02 防災格言)
 和辻春樹(船舶工学者)(2013.01.21 防災格言)
 内藤久寛(日本石油初代社長)(2014.08.18 防災格言)
 渡辺文夫・東京海上火災保険会長(2013.11.25 防災格言)
 松山基範 (地球物理学者 京都大学名誉教授)(2015.02.16 防災格言)
 李登輝 (元・台湾総統)(2015.07.13 防災格言)
 関東大震災十周年防災標語(2008.7.7 防災格言)
 首都直下 ホントは浅かった 佐藤比呂志教授と関東大震災(2005.10.26 店長コラム)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<468> 結城豊太郎 (銀行家 大蔵大臣・日本銀行総裁(第15代))
2016.12.05 [Mon] 07:00


『 地球の命数から見ると十年などいう月日は、
 ほんの電火一閃に過ぎない。
 しかし、地球上に住んでいる人間にとっては、
 その十年間における環境の変化というものは、
 時としては地球そのものをも一変し終わった
 かの如き威を抱かしむる場合が少くない。 』


結城豊太郎(1877〜1951 / 銀行家 大蔵大臣・日本銀行総裁(第15代))

わずか10年間に、「第一次世界大戦後の金融恐慌(1920年)」、「関東大震災(1923年)」、「昭和2年の金融恐慌(1927年)」、「濱口雄幸内閣による金輸出解禁の声明(1929年)」という財界の大事件が次々に発生したことについて述べたもの。

曰く―――。

《 地球の命数から見ると十年などいう月日は、ほんの電火一閃に過ぎない。併し地球上に住んでいる人間に取っては、その十年間に於ける環境の変化というものは、時としては地球そのものをも一変し終わったかの如き威を抱かしむる場合が少くない。
殊に輓近(ばんきん)社会の事物が日を遂うて煩を加へ、累を増すに至っては、十年と謂はず、一年と謂はず、今日に據って明日を測ることの出来ない変化が、殆ど応接に遑もない程飛出して来るのである。
惟うに因果の錯綜、容易に其間の関係真相を明かにすることの出来ないものが多くあるに至った為であろうと思う。
併し是等の端倪すべからざる変化起伏と言っても、遡って静かに之を研究して見ると、必ずや其処に一定のコースがあり、カーレントが存するので、永き人類の経験は将来を察する為には、先ず現在を知らねばならず、現在を知ろうと思うには、過去を研究するの必要があることを明らかに教えて居るのであります。 》

格言は昭和5(1930)年10月、東京帝国大学で行われた講演「最近十年間に於ける我財界の動き」より。


結城豊太郎(ゆうき とよたろう)は、大正から昭和にかけて活躍した財界人で、安田財閥の番頭、日本興業銀行総裁、商工組合中央金庫(商工中金)初代理事長、日本商工会議所会頭、日本銀行総裁、大蔵大臣などを歴任した人物。「銀行ノ生命ハ信用ニ在リ」「信は万事の本と為す」をモットーとした。
特に、戦時中の国家統制色の濃い社会情勢のなかで、金融協議会の設立といった金融の自主性・中立性の確保に努め、旧日本銀行法制定では政治の圧力に抗して金融の中立性確保のために努力したことが広く知られる。

要職の中にあっても郷里赤湯(山形県南陽市赤湯)を愛し、英国の市民図書館を参考に、郷里の青少年育成のため私邸を開放し図書館「臨雲文庫」(現南陽市立結城豊太郎記念館)を創設している。


写真引用:日本銀行WEBより

明治10(1877)年、山形県赤湯村(現南陽市)で酒造業を営む旧家結城弥右衛門の三男に生まれる。幼少から秀才で赤湯小学校の卒業時は山形県知事賞を受賞。14歳で旧制山形中学(現山形県立山形東高等学校)に入学し、成績優秀で無試験で仙台の旧制第二高等学校(現東北大学)へ進学。二高でも成績優秀で東京帝国大学法科大学政治学科に無試験の推薦で進学した。ただ、明治36(1903)年に大学を卒業した時の成績はよくなく15番だったという。大学の同期に小野義一(大蔵次官)、小川郷太郎(商工大臣)、上杉慎吉(法学博士)、馬場えい一(内務大臣)らがいた。
大学卒業と同時に日本銀行への入社を志し、恩師の法学者・金井延博士に日本銀行副総裁・高橋是清宛の紹介状をもらい、明治37(1904)年に日本銀行に無事入行。
本店検査局勤務を経て日銀ニューヨーク代理店監督役付、京都支店長、総裁秘書役、大阪支店長などスピード出世をした。大正8(1919)年、43歳にして井上準之助日銀総裁の推薦で日本銀行理事に就任。欧州大戦(第一次世界大戦)後の金融恐慌では、手形決済不能に陥った金融機関に特別融通を実施するなど策を講じ、恐慌が関西一帯に蔓延することを未然に防止する活躍をする。大正10(1921)年、安田財閥の安田善次郎の不慮の死をきかっけに、安田の顧問をしていた高橋是清(蔵相)と井上準之助(日銀総裁)の推薦を得て、安田財閥の統帥者(番頭)として招聘されたため日銀を退職。安田保善社専務、安田銀行副頭取を兼務し、財閥の発展とその指導にと当たった。昭和3(1928)年のヨーロッパ視察から帰国すると安田家との確執により解任され退社を余儀なくされる。その後、高橋と井上らの尽力もあり、昭和5(1930)年に日本興業銀行総裁(第6代)に就任、昭和11(1936)年に設立された商工組合中央金庫(商工中金)初代理事長、日本商工会議所会頭(第5代)に就任すると、昭和12(1937)年に貴族院勅選議員に勅任され林銑十郎内閣の大蔵大臣兼拓務大臣として就任した。林内閣が短命で崩壊した後の昭和12(1937)年7月からは、山形県米沢出身の池田成彬の後を受けて日本銀行総裁(第15代)となり、昭和19(1944)年3月まで6年半にわたり戦時金融の最高責任者として活躍した。
大正の絢爛資本主義の時代から、戦時の統制経済、計画経済の時代へと移り変わる難局のなかで財界人として大いに活躍し、昭和26(1951)年8月1日、74歳で死去。
趣味は「登山」「刀剣」で、若い時分には日本アルプス踏破のアルピニストの草分けとして知られた。墓所は故郷赤湯の東正寺にある。

■「結城豊太郎」に関連する防災格言内の記事
 安田善次郎 (実業家・安田財閥創設者)(2011.01.03 防災格言)
 松永安左エ門(実業家・電気事業経営者)(2012.08.13 防災格言)
 益田孝(実業家・茶人 旧三井物産創設者)(2015.05.25 防災格言)
 呂新吾(中国・明代の哲学者)(2013.04.15 防災格言)
 高山樗牛 (文芸評論家 二高時代に豊太郎は文学好きで第二の高山樗牛と言われた)(2016.02.01 防災格言)
 夏目漱石(作家 東京帝大講師)(2012.04.09 防災格言)
 小泉八雲(作家 東京帝大講師)(2015.10.26 防災格言)
 渋沢栄一 (幕臣・日本資本主義の父)(2013.03.18 防災格言)
 上杉鷹山 (出羽国米沢藩主)(2010.04.12 防災格言)
 坂本龍馬 (幕末の尊皇派の志士 土佐藩郷士)(2015.10.19 防災格言)
 勝海舟 (従五位下・安房守)(2012.12.03 防災格言)
 山岡鉄舟 (一刀正伝無刀流開祖)(2010.08.09 防災格言)
 佐野常民 (佐賀藩士・日本赤十字社創始者)(2013.02.11 防災格言)
 福沢諭吉 (慶應義塾創設者)(2010.09.20 防災格言)
 大隈重信 (佐賀藩士・早稲田大学創立者)(2010.09.27 防災格言)
 真木和泉 (久留米藩士・尊皇攘夷派志士)(2012.11.05 防災格言)
 後藤新平 (医師・官僚・政治家 関東大震災後に内務大臣として帝都復興に尽力)(2010.04.26 防災格言)
 永田秀次郎 (関東大震災時の東京市長)(2015.01.05 防災格言)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<467> 伊藤仁斎 (江戸初期の儒学者)
2016.11.28 [Mon] 07:00


『 人に大患たいかんさんり。
 曰くまどい、曰くうれい、曰くおそれ。 』


伊藤仁斎(1627〜1705 / 江戸初期の儒学者・思想家 古義学派の祖)

格言は「古学先生文集」巻二(享保2(1717)年)より。
中国の故事成語『 智者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず (「論語」子空篇)』より引用したもの。

伊藤仁斎(いとう じんさい)は、江戸時代初期に活躍した儒者で古学派(堀川学派)の祖となった人物。

寛永4(1627)年7月20日、京都堀川の裕福な商家の生まれ。幼名は源七、字は源佐(げんすけ)、名は維(これえだ)。通称、鶴屋七右衛門。
家人に望まれた医師となることを嫌って儒学者を志し、朱子学を独学で修めた。のちに「論語」や「孟子」の原典に帰ることを唱え、相愛を徳目の第一として、寛文2(1662)年に京都堀川の自宅に「古義堂」を開塾。自由で実践的な学風の塾には、門弟が三千人集まったという。諸侯の招きに応ずることなく終生を町学者として過ごし、宝永2(1705)年3月12日、79歳で死去した。妻の嘉那は尾形光琳・乾山の従姉で、長男の伊藤東涯(1670〜1736)は私塾古義堂の2代目となった。
主な著書に『語孟字義』『童子問』『大学定本』『中庸発揮』『論語古義』『孟子古義』『古学先生文集・詩集』など。


■「伊藤仁斎」に関連する防災格言内の記事
 藤原惺窩 (戦国時代から江戸初期の儒学者)(2009.08.24 防災格言)
 林羅山 (江戸初期の儒学者・朱子学者 徳川家康以下4代の将軍の侍講)(2012.8.6 防災格言)
 中江藤樹 (江戸初期の儒学者・陽明学者)(2010.11.22 防災格言)
 安東省庵 (江戸初期の儒学者)(2011.08.08 防災格言)
 中根東里 (江戸中期の儒学者・陽明学者)(2010.03.22 防災格言)
 荻生徂徠 (江戸中期の儒学者)(2010.8.2 防災格言)
 新井白石 (江戸中期の儒学者・朱子学者 六代将軍・徳川家宣の侍講)(2013.05.06 防災格言)
 室鳩巣 (江戸中期の儒学者 徳川家宣、家継、吉宗ら3代の将軍の侍講)(2013.04.29 防災格言)
 広瀬淡窓 (江戸後期の儒学者)(2015.05.04 防災格言)
 佐藤一斉 (幕末の儒学者・漢学者)(2011.05.16 防災格言)

■中国故事に関連する防災格言内の記事
 安きにありて危うきを思う(居安思危)備えあれば憂いなし(有備無患)(2008.11.10 防災格言)
 ことあらかじめすればすなわち、あらかじめせざればすなわはいす(事予則立、不予則廃)(2016.09.26 防災格言)
 わざわいのぞみてうれいわするれば、うれいかならこれおよばん。(臨禍忘憂、憂必及之)(2016.6.6 防災格言)
 易経 繋辞下伝「安くして危うきを忘れず(安而不忘危)」(2009.11.9 防災格言)
 孔子:「人、遠慮なければ、必ず近憂あり(無遠慮、必有近憂)」(2009.1.12 防災格言)
 孔子:苛政猛於虎也(苛政は虎より猛なり)(2005.4.13 店長コラム)
 安くして危きを忘れざるは、古の炯誡なり(安不忘危、古之炯誡也)(2011.09.05 防災格言)
 天下のわざわいは、多くは隠れてりてにわかに至り〜(呂新吾『呻吟語』より)(2013.04.15 防災格言)
 前慮ぜんりょさだまらずんば、後に大患たいかん有り(前慮不定、後有大患)(2015.12.14 防災格言)
 いたってのちおそるるは、まことらず(禍至後懼、是誠不知)(2015.12.28 防災格言)
 前事ぜんじわすれざるは、後事こうじなり。(前事之不忘、後事之師也)(2016.01.11 防災格言)
 水をふさぐにみなもとよりせざれば、かならながる(塞水不自其源、必復流)(2016.07.11 防災格言)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<466> ハインリッヒ・シュリーマン (ドイツの考古学者・実業家)
2016.11.21 [Mon] 07:00


『 地震は一ヶ月に六回も起こり、
 ときには日に二回も揺れることがあるという。 』


ハインリッヒ・シュリーマン(1822〜1890 / ドイツの考古学者・実業家)

ハインリッヒ・シュリーマン(Heinrich Schliemann)は、幼い頃に聞かされたギリシア神話のホメロスの叙事詩を実在すると信じ、自力で伝説の都市「トロイア」を1871年に発掘し、トロイア文明の実在を証明した人物。

トロイア遺跡発掘に先立つ六年前、慶応元(1865)年。世界旅行の途上で、シュリーマンは中国につづいて幕末の日本を訪れている。
一ヶ月という短い滞在期間にもかかわらず、江戸を中心とした当時の日本の様子を客観的に観察し、旅行記に紹介している。

曰く―――。

《 (日本の土蔵造りの家について)梁(はり)と桁(けた)の継ぎ目にはつねに相当な余裕をもたせ、日本では恐るべき頻度で起こる地震の折、動いたり広がったりできるようにしてある。地震は一ヶ月に六回も起こり、ときには日に二回も揺れることがあるという。 》

1822年ドイツの貧しい牧師の家に生まれ、若い頃移り住んだロシアで藍(らん)の商売を手がけ巨万の富を得た。41歳で引退し、1864年に世界漫遊に旅立ち、翌1865年に日本に立寄った。
パリで考古学を学び、1871年世界的なトロイア遺跡の発掘に成功し、以後ミケナイなどの発掘を続け、1890年12月26日、旅行先のナポリの路上で急死した。68歳。


格言は「シュリーマン旅行記 清国・日本」(石井和子訳 / 講談社学術文庫 1998年)より。

■「シュリーマン」に関連する防災格言内の記事
 マシュー・ペリー提督 (米東インド艦隊司令長官)(2013.01.07 防災格言)
 ルイス・フロイス(イエズス会宣教師)(2013.05.27 防災格言)
 バジル・ホール・チェンバレン(イギリスの日本語学者 東京大学名誉教授)(2015.06.15 防災格言)
 ポール・クローデル (フランスの劇作家)(2012.12.17 防災格言)
 小泉八雲 (ラフカディオ・ハーン)(作家)(2015.10.26 防災格言)
 ロバート・ボッシュ (ドイツの実業家)(2011.12.12 防災格言)
 ヘルムート・トリブッチ (ドイツの自然科学者「動物は地震を予知する」の著者)(2011.10.24 防災格言)
 ドナルド・ディングウェル(ドイツの火山学者)(2011.02.07 防災格言)
 ギュンター・グラス(ドイツのノーベル賞作家 )(2015.04.20 防災格言)
 ボッカチオ「デカメロン」より(2010.11.15 防災格言)
 アルフレッド・W・クロスビー(アメリカの歴史学者)(2014.07.28 防災格言)
 ロバート・ベーデンパウエル(ボーイスカウト創始者)(2008.05.26 防災格言)
 アンリ・デュナン (国際赤十字創始者)(2011.5.2 防災格言)
 イタリア トーレ・デル・グレコ市モットー(2013.03.11 防災格言)
 ウィンストン・チャーチル (イギリス首相)(2008.08.18 防災格言)
 キャサリン・サンソム (駐日イギリス外交官夫人)(2013.01.07 防災格言)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
 

今週の防災格言<465> 二木謙三 (内科医・細菌学者 駒込病院長)
2016.11.14 [Mon] 07:00


『 震災後の伝染病は
 益々注意を要するを知るに足れり。 』


二木謙三(1873〜1966 / 内科医・細菌学者 駒込病院長 東京大学教授)

格言は、関東大震災後の伝染病に関する調査論文『東京市ニ於ケル大震火災後ノ伝染病ニツキテ』(出典「医学中央雜誌 Japana centra revuo medicina(医学中央雑誌刊行会 1924年3月)」)より。

曰く―――。

《 震災後の伝染病は昨年末(※1923年)を以て決して終了を告げたるにはあらず。
 衛生状態の復旧も容易の業にあらず、されば今夏今秋及以後に於ても
 伝染病流行決して無しと云うべからず、今後に於ても一層注意警戒を要
 する所以なり。
 安政地震は安政二年にして 所謂 安政のこれらは、同五年に猖獄(しょ
 うけつ)を極めたる例あり、益々注意を要するを知るに足れり。 》

猖獄(しょうけつ)は、猛威をふるうことの意。

東京市内(現東京23区)では震災直後の火災で本所病院が全焼したため、病人の多くが駒込病院、大久保病院、広尾病院に収容された。
また、労資協調会と日本赤十字社は、臨時の伝染病院を洲崎埋立地に設置、更に、警視庁の依頼で東京帝大医学部も臨時の伝染病室を大学構内に設けられ、伝染病研究所、慶応大学病院、日本赤十字社病院、三河島と小松川にも警視庁の臨時の伝染病院が設営され病気の蔓延に備えられた、という。

震災直後には、下痢の患者が激増し、うち赤痢患者が急増したものの、10月中旬になると次第に減少する。しかし、10月から11月下旬になると赤痢に代わって、腸チフスが蔓延することになった。これらの伝染病は、12月になる頃には概ね平年の数にまで減少する。

この1923年9月〜11月末までの旧東京市の患者は、赤痢と腸チフスを合わせて約3,000名で、東京郡部でも同数の患者がみられた。
二木謙三は《 市部に於ては人口が一時百万人も減少したる故、伝染病患者は反比例して実際は多かりしなり 》と報告している。


二木謙三(ふたき けんぞう)は、赤痢菌の新種(駒込A菌・B菌)や鼠咬症スピロヘータの発見者として知られる伝染病・細菌学の権威。東京の駒込病院長を務め、東京帝国大学医学部、日本医科大学、東京歯科医専、日本女子大学教授、日本伝染病学会初代会長などを歴任した人物で、玄米食や複式呼吸などの二木式健康法の創始者としても著名。

秋田藩主佐竹候の御典医をつとめた医師の家系・樋口家の二男として秋田市土手長町(現千秋明徳町)に生まれる。幼くして親類の二木家の養子となった。秋田県立尋常中学校(現秋田高校)、旧制山口高等学校(山口県山口市)を経て、東京帝国大学医学部に入学。1901(明治34)年、大学を卒業すると東京市立駒込病院に勤務し、1903(明治36)年にコレラ竹内菌、赤痢駒込菌を発見し細菌学者として知られるようになった。1905(明治38)年よりドイツ留学をし、ミュンヘン大学のグルーバー教授に師事。帰国後、1909(明治42)年に駒込病院副院長、東京帝大講師となる。1919(大正8)年から駒込病院長、1921(大正10)年に東京帝大教授に就任。1926(大正15)年、日本伝染病学会(日本感染症学会)が設立されると初代会長に選出され、以降22年間にわたって会長を務めた。1933(昭和8)年、東京帝大教授を定年退官。
1929(昭和4)年学士院賞受賞、1955(昭和30)年文化勲章を授与。1966(昭和41)12月5日、93歳没。死後に従三位が追贈された。

写真Wikiより


■「二木謙三」に関連する防災格言内の記事
 北里柴三郎(細菌学者 医学者)(2008.12.15 防災格言)
 浅田一(法医学者)(2011.10.3 防災格言)
 アンリ・デュナン (国際赤十字)(2011.5.2 防災格言)
 佐野常民(日本赤十字社初代社長)(2013.02.11 防災格言)
 田尻稲次郎 (スペイン風邪当時の東京市長)(2008.12.22 防災格言)
 ジュリー・ガーバーディング(CDC長官)(2009.04.27 防災格言)
 国立感染研 竹田美文(2009.05.04 防災格言)
 国立感染研 岡部信彦(2009.02.23 防災格言)
 WHO中国伝染病担当 ジュリー・ホール(2009.02.02 防災格言)
 厚生労働省 2007(平成19)年 インフルエンザ総合対策標語(2009.10.26 防災格言)
 ボッカチオ「デカメロン」より(2010.11.15 防災格言)
 CDC(米国疾病予防管理センター)感染対策ガイドライン(2013.12.30 防災格言)
 アルフレッド・W・クロスビー(アメリカの歴史学者)(2014.07.28 防災格言)
 西村明儒(医師)(2009.12.21 防災格言)

■「関東大震災」に関連する防災格言内の記事
 山川菊栄 (婦人運動家・作家)(2016.11.07 防災格言)
 加能作次郎 (小説家)(2016.5.16 防災格言)
 芥川龍之介(小説家)(2008.8.25 防災格言)
 水上滝太郎(小説家・実業家)(2015.07.20 防災格言)
 野上弥生子(小説家)(2015.06.22 防災格言)
 林芙美子(小説家)(2008.4.14 防災格言)
 川村花菱(脚本家)・山村耕花(画家)(2010.2.22 防災格言)
 内田百間(作家)(2010.3.8 防災格言)
 鈴木三重吉(児童文学者)(2011.2.21 防災格言)
 大曲駒村(俳人・作家)(2012.08.27 防災格言)
 竹久夢二(画家)(2012.08.20 防災格言)
 広津和郎(小説家)(2012.07.23 防災格言)
 池波正太郎(作家)(2012.06.18 防災格言)
 菊池寛(作家)(2012.03.26 防災格言)
 横光利一[1](小説家)(2016.6.13 防災格言)
 横光利一[2](小説家)(2016.7.25 防災格言)
 長田秀雄 (詩人・劇作家)(2016.10.31 防災格言)
 水野錬太郎 (官僚政治家 内務大臣)(2016.04.11 防災格言)
 横井弘三 (洋画家)(2015.11.23 防災格言)
 三浦梧楼 (武士・陸軍中将)(2015.12.21 防災格言)
 加藤久米四郎 (政治家・政友会 実業家)(2015.10.05 防災格言)
 宮武外骨 (ジャーナリスト・著述家・文化史家)(2015.08.31 防災格言)
 北澤重蔵 (実業家 天津甘栗「甘栗太郎本舗」創業者)(2015.08.24 防災格言)
 土田杏村(哲学者・文明批評家)(2014.09.01 防災格言)
 賀川豊彦(キリスト教社会運動家)(2014.10.20 防災格言)
 南条文雄 (仏教学者・真宗大谷派僧侶)(2016.10.10 防災格言)
 和辻哲郎 (哲学者・評論家)(2014.10.27 防災格言)
 谷崎潤一郎(小説家)(2014.12.08 防災格言)
 葛西善蔵(小説家)(2014.12.22 防災格言)
 佐藤栄作(政治家)(2008.2.25 防災格言)
 安河内麻吉(神奈川県知事)(2008.4.28 防災格言)
 今村明恒(地震学者)(2008.5.12 防災格言)
 カルビン・クーリッジ(米大統領)(2008.5.19 防災格言)
 清水幾太郎(ジャーナリスト)(2008.9.29 防災格言)
 大和勇三(経済評論家)(2010.3.29 防災格言)
 後藤新平 (政治家)(2010.4.26 防災格言)
 永田秀次郎(関東大震災時の東京市長)(2015.01.05 防災格言)
 渋沢栄一(2013.03.18 防災格言)
 大正天皇(2013.10.07 防災格言)
 曾我廼家五九郎(浅草の喜劇王)(2010.6.7 防災格言)
 東善作(冒険家)(2010.8.30 防災格言)
 黒澤明(映画監督)(2014.02.17 防災格言)
 北原白秋(詩人)(2014.01.06 防災格言)
 ポール・クローデル(フランスの劇作家)(2012.12.17 防災格言)
 植草甚一(評論家)(2012.06.25 防災格言)
 林達夫(思想家)(2012.05.21 防災格言)
 石原純 (理論物理学者)(2012.03.19 防災格言)
 奥谷文智 (宗教家)(2011.11.28 防災格言)
 佐藤善治郎 (横浜市の教育者)(2014.5.26 防災格言)
 マーシャル・マーテン (横浜市ゆかりの英国人貿易商)(2014.06.23 防災格言)
 平生釟三郎・川崎重工業社長(2009.11.02 防災格言)
 和辻春樹(船舶工学者)(2013.01.21 防災格言)
 内藤久寛(日本石油初代社長)(2014.08.18 防災格言)
 渡辺文夫・東京海上火災保険会長(2013.11.25 防災格言)
 松山基範 (地球物理学者 京都大学名誉教授)(2015.02.16 防災格言)
 李登輝 (元・台湾総統)(2015.07.13 防災格言)
 関東大震災十周年防災標語(2008.7.7 防災格言)
 首都直下 ホントは浅かった 佐藤比呂志教授と関東大震災(2005.10.26 店長コラム)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理