今週の防災格言<479> ジョン・ワイズマン (元英国特殊空挺部隊SASサバイバル主任指導教官)
2017.02.20 [Mon] 07:00


『 最終判断はあなた自身が行う。
 誤った判断をした責任はあなたにしかない。 』


ジョン・ワイズマン(1940〜 / 元英国特殊部隊SASサバイバル指導教官)

曰く―――。

《 霧深い山腹で孤立する、ジャングルで迷う、砂漠に取り残される。このような時、直面するサバイバルの問題は兵士であれ、民間人であれ同じである。両者の違いは兵士は敵から自分の身を隠す必要があるのに対し、民間人は救助されるべく自分の存在を訴えることにある。

若者でも老人でも、健康な者も虚弱な者も、生き残りたい気持ちは同じだ。知識があるほど生き残れる可能性は大きい。

事故に伴うサバイバルも生ずる。墜落、衝突、そして自然災害に対処できるよう準備しておかなければならない。ケガの手当てや健康の維持、負傷者の救助方法も大切だ。水、食糧、火、シェルターは必需品であり、これらを確保する方法を知らなければならない。

合図のマーカーを地面に作れば、捜索隊に発見されるかも知れないが、発見されなかった場合、川を渡り、山を越え、自力で帰還するしかない。

世界のどこで孤立するかはわからない。北極や砂漠、熱帯雨林、あるいは海の真っ只中かも知れない。場所によりそれぞれ特殊な技術が必要になる。生存困難にみえる山、ジャングル、平原、泥地にも何かしら利用できる物はあり、方法さえ知っていれば、食糧、燃料、水、シェルターを得られる。 》

格言は著書(訳・柘植久慶、高橋和弘)『SASサバイバル・ハンドブック』(並木書房 1991年)の「はじめに」より。


ジョン・ワイズマン(John "Lofty" Wiseman)は、英国出身のサバイバル術のコンサルタントで、元英陸軍特殊空挺部隊SAS(Special Air Service)に26年間在籍し、SASサバイバル主任指導教官を歴任した人物。

1959年、18歳でSAS隊員に選ばれた最年少の人物となり、1985年の退役まで、砂漠や密林、極地圏といった世界各地で活躍した。この間、SAS作戦研究(Operational Research 22)の責任者となり、対ハイジャックの「SPチーム」やイラン大使館包囲作戦などで活躍した「SASカウンターテロリストチーム」を設立させ、グリーンベレー特殊部隊などの訓練も行った。
退役後は、英国ヘリフォードでサバイバルスクールを開設し、サバイバル術のコンサルタントしてテレビ出演、映画の演技指導、数多くの本を執筆。特に1986年のSASサバイバル技術を集大成した著書「SASサバイバル・ハンドブック」は世界的なベストセラーとなった。


■「ジョン・ワイズマン」に関連する防災格言内の主な記事
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<防災格言編集主幹 平井 拝>

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今週の防災格言<478> 瀬島龍三 (伊藤忠商事会長 関東軍作戦参謀・陸軍中佐)
2017.02.13 [Mon] 07:00


『 普段から、悲観的に準備すること、
 そして楽観的に対処すること 』


瀬島龍三(1911〜2007 / 実業家・伊藤忠商事会長 関東軍作戦参謀・陸軍中佐)

格言は阪神淡路震災後の談話より。(出典「大震災を生き抜く」(時事通信社編集局編 1995年))

曰く―――。

『 危機管理とは平時にどれだけ準備しておくかということだ。備えあれば憂いなし、という言葉があるが、普段から準備しておくのが大事だ。 《 中略 》
危機に対処するための心構えは、古来「悲観的に準備し楽観的に対処せよ」ということに尽きる。準備をする時は最悪の事態を想定し、危機に直面した時は慌てずに対処する。これが危機管理の要諦(ようてい)だ。 』


伊藤忠商事副社長だった1965(昭和40)年、業務拡大により手狭となった本社社屋は日本橋から青山へと移転。このとき、本社移転の担当役員に任命された瀬島は、青山に決めた理由を以下のように述べている。

《 日本は火山の上に住んでいるみたいなものだから二十一世紀までには必ず大きな地震があると思い、まず、部下を東大の研究所に派遣し、都心部で地盤がしっかりした所はどこか調べさせた。すると、本郷か青山ということだった。青山なら神宮外苑も近く、地震に襲われても逃げ場がある。 》

また、自動車で通勤途中に高速道路で地震に遭うことを想定し、役員の車には縄ばしご、懐中電灯、靴、手袋を準備させるように指示したという。

《 しかし、阪神大震災が起こって自分の車を調べたら、トランクに入っていなかった。十年もたつと駄目なんだ。総務部に至急チェックするよう言ったところだ。 》


瀬島龍三(せじま りゅうぞう)は、大本営陸軍参謀として太平洋戦争の指揮にかかわり、敗戦後のシベリア抑留を経て、帰還後は伊藤忠商事会長、自民党の有力政治家らのブレーンとなり、戦後日本の政財界で大きな影響力を持った人物。「昭和の参謀」との異名で呼ばれた。

1911(明治44)年、富山県西礪波郡松沢村(現・小矢部市鷲島(わしがしま))の助役や村長をつとめた瀬島龍太郎の五男三女の三男として生まれる。陸軍幼年学校を経て、1932(昭和7)年に陸軍士官学校を次席卒業。1938(昭和13)年に陸軍大学校を首席で卒業した。1939(昭和14)年、大本営参謀部員となり終戦直前まで軍の中枢で数々の作成計画に関与した。1945(昭和20)年、関東軍作戦参謀に転じ赴任先の満州で敗戦を迎え、ソ連軍の捕虜となりシベリアに11年間抑留された。1956(昭和31)年帰国し、1958(昭和33)年に伊藤忠商事に入社。航空機部次長、同部長を経て、1961(昭和36)年に業務本部長、翌1962(昭和37)年に取締役業務本部長、常務となる。1968(昭和43)年専務、1972(昭和47)年副社長、1977(昭和52)年副会長を経て、1978(昭和53)年会長に就任。いすゞ自動車と米GMとの提携交渉や安宅産業の併合などで手腕を発揮し、繊維商社から総合商社へと発展する伊藤忠の近代化に寄与した。1981(昭和56)年相談役、1987(昭和62)年より特別顧問となり2000(平成12)年退任。1978(昭和53)年に永野重雄(日本商工会議所会頭、新日本製鉄会長)に日本商工会議所特別顧問、東京商工会議所副会頭に抜擢され、1981(昭和56)年に総理府の臨時行政調査会(臨調)委員、1983(昭和58)年以降は臨時行政改革推進審議会の委員・会長代理に就くなど中曽根康弘首相(1982〜1987年)のブレーンとして政財界で活躍した。
他にも、日本電信電話取締役相談役、観光政策審議会会長、亜細亜学園理事長、国際大学理事、イセ美術財団会長、稲盛財団会長、西本願寺門徒総代、千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会会長、太平洋戦争戦没者慰霊協会名誉会長、特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会会長など歴任。
2007(平成19)年9月4日、老衰により東京調布の私邸にて死去。95歳。
勲一等瑞宝章受章(1984年)。没後、従三位追贈。


■「実業家」に関連する防災格言内の主な記事
 品川正治 日本火災海上保険会長(2016.05.30 防災格言)
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 小倉昌男 ヤマト運輸会長(2016.02.22 防災格言)
 水上滝太郎 小説家・明治生命保険会社筆頭専務(2015.07.20 防災格言)

■「阪神淡路大震災」に関連する防災格言内の記事
 実業家 瀬島龍三 (伊藤忠商事会長)(2017.02.13 防災格言)
 余禄(毎日新聞 1995年1月18日朝刊)より(2016.01.18 防災格言)
 天声人語(朝日新聞 1995年1月27日朝刊)(2009.01.19 防災格言)
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 牧師 草地賢一(2011.08.29 防災格言)
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 防衛事務次官 依田智治(2007.12.10 防災格言)
 美智子皇后陛下(2010.10.18 防災格言)
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 政治家・村山富市(2007.12.31 防災格言)
 政治家・池端清一(2008.01.07 防災格言)
 政治家・鳩山由紀夫(2009.08.31 防災格言)
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 建築学者 早川和男(2014.06.16 防災格言)
 作家 司馬遼太郎(2015.01.12 防災格言)
 推理作家 斎藤栄(2014.03.03 防災格言)
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 作家 筒井康隆(2013.02.18 防災格言)
 作詞家 阿久悠(2013.06.17 防災格言)
 放送作家 藤本義一(2011.01.17 防災格言)
 作家 小松左京(2011.08.01 防災格言)
 作家 村薫(2013.07.29 防災格言)
 作家 藤原智美(2013.08.12 防災格言)
 作家 陳舜臣(2015.01.26 防災格言)
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 本田宗一郎・ホンダ創業者(2012.12.31 防災格言)
 秋山富一・住友商事会長(2013.09.02 防災格言)
 領木新一郎・大阪ガス元会長(2008.11.03 防災格言)
 久我 徹・博報堂関西支社長(2009.04.06 防災格言)
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 ラジオパーソナリティー 永六輔(2016.07.18 防災格言)
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 美術史家・西川杏太郎(2017.01.16 防災格言)
 川柳作家・時実新子(2017.01.23 防災格言)
 阪神淡路震災より18年(2013.01.17 店長コラム)











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今週の防災格言<477> チャールズ・カスト (元米原子力規制委員会地域センター長)
2017.02.06 [Mon] 07:00


『 最悪の事態が起きうることを常に肝に銘じ、
 対策を怠らないことが、
 福島事故の最大の教訓です。 』


チャールズ・カスト(1955〜 / 元米原子力規制委員会地域センター長)

曰く―――。

《 現在の日本の原子力規制委員会は、かつての原子力安全・保安院と異なり、強い力を持って規制に当っていると思います。ただ、断層の評価など技術的な面が中心になっています。避難計画など非常時の対応に、もっと国が力を入れるべきです。最悪の事態が起きうることを常に肝に銘じ、対策を怠らないことが、福島事故の最大の教訓です。 》

格言は読売新聞(2016(平成28)年1月27日朝刊のインタビュー「証言 震災5年」より。

チャールズ・カスト(Dr. Charles "Chuck" A. Casto)博士は、米ウエストバージニア州出身の原子力工学を専門とする危機管理コンサルタント。経営学博士。
福島原発事故の際には、米原子力規制委員会(NRC)から派遣された米国チームの中心人物として事故対応に尽力した。

17歳で米空軍に入隊し、軍で核兵器に携わったのを契機に、原発業界へと進むこととなった。初め、ニューヨーク州教育評議会(USNY)リージェント大学(University of the State of New York Regents College)で原子力工学を学び、ジョージア大学やケネソー州立大学で政治学・経営学を学んだ。その後、電力会社を経て、米原子力規制委員会(NRC)に転職。原子力発電所建設監査担当やハリー・リード米国上院議員の立法補佐官としてエネルギー政策に係わった。

2011(平成23)年の福島原発事故では、福島原発と同型の原子炉の専門技術者だったこともあり、米国政府とNRCの合同チーム166人の代表として、事故直後の3月15日午後から東京に派遣されることとなる。

チームの主な目的は、日本にいる米国人の保護と福島原発事故対応への援助であったが、東京行きの飛行機の中では「日本に行ったら健康にどう影響するのか」など原発事故で不安に駆られた客室乗務員らから次々に質問攻めとなり『 結局、一睡もできなかった 』という。
当初は『 日本滞在は早くて数日、恐らく数週間で終わる 』と考えていたそうだが、結局、駐在期間は2012(平成24)年2月までの11ヶ月間に達した。期間中には福島第1原発にも6度足を運んだ、という。

当時のルース駐日アメリカ合衆国大使館とともに米本国のNRC緊急対策センターとの調整役を担い、日本の総理官邸(菅直人首相)に対しては米国政府を代表して事態打開に尽力し、帰国後の2012(平成24)年に、オバマ大統領から大統領勲章が授与された。同年5月、ミシガン州など8州23の原子炉を監督するNRCの中西部責任者(地域センター長)に就任。2013(平成25)年に27年務めたNRCを退職。現在はカストグループ・コンサルティング代表を務める。


■「チャールズ・カスト」に関連する防災格言内の主な記事
 FEMA長官 ジェームズ・L・ウィット(2010.01.11 防災格言)

■「東日本大震災」に関連する防災格言内の記事
 君塚栄治 (陸上幕僚長 東日本大震災時の東北方面総監)(2016.03.14 防災格言)
 廣井悠 (都市工学者)(2012.03.12 防災格言)
 国土交通省東北地方整備局「災害初動期指揮心得(2013年3月)」(2015.03.09 防災格言)
 高知県黒潮町「南海トラフ地震・津波の防災計画基本理念(2012年)」(2016.03.07 防災格言)
 「津波避難のたすとひく」静岡県警の津波避難啓発標語(2014.11.10 防災格言)
 昭和八年三月三日 大海嘯記念碑(大槌町 昭和9年建立)(2011.11.07 防災格言)
 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ報告書(2013年5月)(2013.06.24 防災格言)
 イタリア トーレ・デル・グレコ市モットー(Torre del Greco's motto)(2013.03.11 防災格言)
 坂 茂 (建築家 プリツカー賞受賞(2014年))(2016.03.21 防災格言)
 李登輝 (元・台湾総統)(2015.07.13 防災格言)
 ケリー・シー (アメリカの地震学者)(2015.02.02 防災格言)
 本間博彰 (児童精神科医・宮城県子ども総合センター所長)(2014.10.06 防災格言)
 村井嘉浩 (宮城県知事)(2013.10.14 防災格言)
 石原信雄 (官僚 元内閣官房副長官)(2013.10.21 防災格言)
 丸茂湛祥 (日蓮宗僧侶)(2013.08.05 防災格言)
 ワンガリ・マータイ (ケニアの環境保護活動家 ノーベル平和賞)(2013.04.22 防災格言)
 谷川浩司 (将棋棋士 永世名人)(2013.03.04 防災格言)
 堤清二(作家 辻井喬 元セゾングループ代表)(2013.12.02 防災格言)
 伊集院静 (作家)(2012.02.27 防災格言)
 都司嘉宣(地震学者)(2013.03.25 防災格言)











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今週の防災格言<476> 三宅雪嶺 (哲学者・評論家)
2017.01.30 [Mon] 07:00


『 余り衛生を重んずるものは
 身体が弱くなり
 あるいは病気にかかる。 』


三宅雪嶺(1860〜1945 / 哲学者・評論家・ジャーナリスト 文化勲章受章)

格言は『世の中』(大正3年)より。

曰く―――。

余り衛生を重んずるものは身体が弱くなり或(あるい)は病気に罹(かか)る。常識は人の世間に立つ上に於て最も肝要であるが、余りに常識を念(ねん)として過不及(かふきゅう)無いように努むるものは生きて居るも、死んで居るも変らなくなる。

※過不及は、過ぎたところ、足りないところ、及ばないところ、の意味。


三宅雪嶺(みやけ せつれい)は、鹿鳴館に象徴される欧化主義に対して、東洋や日本の固有の価値を正当に評価する「国粋主義」を主張し、陸羯南や徳富蘇峰らとともに明治の近代日本を代表する言論人の一人。

父は加賀藩家老のお抱え医師・三宅恒、母は蘭学医・黒川良安の妹の滝井の三男として加賀国金沢新竪町(現石川県金沢市)生まれる。本名は雄二郎。
幼少から漢学、英語、フランス語を学ぶ。名古屋の愛知英学校を経て、明治9(1876)年、東京開成学校(翌年に東京大学に改称)に入学。明治16(1883)年、東京大学文学部哲学科(後の帝国大学文科大学)を卒業し、23歳で東京大学準助教授として東京大学編輯所(へんしゅうじょ)に勤め、日本仏教史の編集に従事。後に文部省編輯局勤務をするが、これを辞し、明治21(1888)年28歳の時に井上円了、志賀重昂、杉浦重剛らと「政教社」を創立させ、雑誌『日本人』を発行した。国粋主義に基づく社会批判を行なう一方で、哲学的な著述でも名をあらわし、雑誌「中央公論」などへ多彩な論説を発表した。明治25(1892)年、32歳で元老院議員の田辺太一の長女で小説家・随筆家の龍子(※三宅花圃(みやけ かほ / 1869〜1943))と結婚。のちに5人の子供をもうけ、娘の多美子は衆議院議員・中野正剛の妻となった。
大正12(1923)年以降(昭和20年まで)は政教社を離れ、中野正剛と共同で『我観』を創刊し、67歳のときから同紙に「同時代観(同時代史)」を20年にわたって連載した。昭和20(1945)年11月26日、85歳で死去。
帝国芸術院会員(昭和12年)、文化勲章受章(昭和18年)。

■「三宅雪嶺」に関連する防災格言内の主な記事
 佐藤一斉 (幕末の儒学者・漢学者)(2011.05.16 防災格言)
 徳富蘇峰(2009.07.27 防災格言)
 新渡戸稲造(2012.11.12 防災格言)
 黒岩涙香(2011.05.23 防災格言)
 山下重民(2008.09.22 防災格言)
 加能作次郎 (小説家)(2016.5.16 防災格言)
 東善作 (冒険家)(2010.8.30 防災格言)
 佐治実然 (宗教家)(2010.03.15 防災格言)
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 大隈重信 (早稲田大学創立者)(2010.09.27 防災格言)
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 角田浩々歌客 (文芸評論家)(2012.06.11 防災格言)
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今週の防災格言<475> 時実新子 (川柳作家・エッセイスト)
2017.01.23 [Mon] 07:00


『 衣食が何とか足りれば、次に求めるのは
 プライバシーの保てる「住」だ。 』


時実新子(1929〜2007 / 川柳作家・エッセイスト 代表作「有夫恋」)

格言は阪神淡路震災直後に書かれたエッセイ「阿修羅のごとく」(月刊PHP 1995年5月号)より。

曰く―――。

《 呆然自失とはこのことか。書きかけの原稿が気になったが、手につかず、とにかくぼーっと悪夢を見ている感じだった。

二日経ち三日経ち、死者の数はどんどん増えて、何日目かに五千を超えた。五千となると数の感覚がにぶる。百人ぐらいの時がいちばんつらかったように思う。私の知人も三人死んだ。

避難所には人があふれた。寒かろう、ひもじかろう、どんなに悲しく苦しかろうと、胸を錐で刺される思いだ。そのうちボランティアの人たちが続々と神戸に入ってくる。つめたい握り飯と一杯の水を押しいただく人たち。その顔の、何といい顔だこと。人は窮地に立つとこんなにも崇高で美しい顔になるのかと、別の意味で心打たれた。ボランティアの人たちの顔はさらに輝いている。

あまりにも大きすぎる犠牲を払ったけれど、この地震によって、人は、人の情に涙し、また人のお役に立てることの喜びを知った。つかのまにしろ、人間の原点に立ちもどることができたのではないだろうか。

≪中略≫

人間の我慢の限界は二十一日ぐらいだと誰かに聞いたことがある。

事実、避難所の人たちも、あのいいお顔からだんだんと元の顔に戻りつつある。衣食が何とか足りれば、次に求めるのはプライバシーの保てる「住」だ。当然の欲求である。その次には生きる方法を考え、行政に対しても要求を出すようになる。つまり、人間の欲望こそが復興のエネルギーになるのだから、いつまでもいいお顔でいられるわけがない。

しかし、どうぞあの、見知らぬ人が枕を並べ、一個のパンも分けて食べた避難所の日々を悲しみと共に忘れないでほしいと願う。

≪中略≫

大震災にあって、天を恨む気持ちはわかる。不公平な行政のあり方に楯つく心の荒れもむべなる哉と思う。

しかし、私たちは地震という自然の猛威にひざまずき、己の無力を思い知ったのである。忘れかけていた人の情を知ったのである。エネルギーをまともに使って立ち上がり、人間の底力を示す好機だと思うのだがどうだろう。》


時実新子(ときざね しんこ)は、大胆で奔放な作風で一躍人気作家となり、大衆的な現代川柳のすそ野を大きく広げた人物。本名は大野恵美子。
1929(昭和4)年、岡山県上道郡九蟠村(現岡山市東区西大寺)生れ。岡山県立岡山西大寺高等女学校(現西大寺高等学校)を卒業後、17歳で親が決めた姫路の文房具店へと嫁いだ。25歳で新聞への投句をはじめて、28歳の時に川柳界の大御所であった川上三太郎(1891〜1968)に師事。1963(昭和38)年に初の句集『新子』が話題となり、短歌界の与謝野晶子になぞえられ「川柳界の与謝野晶子」と評された。1975(昭和50)年から個人季刊誌『川柳展望』を発行。56歳の時に夫と離婚し、2年後の1987(昭和62)年に川柳研究家・曽我六郎と再婚し、そのときに発表した句集『有夫恋(ゆうふれん) おっとあるおんなのこい』がベストセラーとなった。
1995(平成7)年1月17日の阪神淡路震災では、神戸市中央区の自宅で仕事中に罹災。その時の様子を

『 電気もガスも水も止まった寒い部屋で、まさか神戸や芦屋が西宮があんなに悲惨な状態になっていようとは思ってもいなかった ≪中略≫ つめたいごはんをぬるくなったポットの湯でかき込んでいると、ぱっと電気がついた。 ≪中略≫ それから丸一日テレビに目が釘づけになった 』

と紹介している。
被災体験を共有しようと、夫とともに震災川柳を募り、震災二ヶ月後に句集『悲苦を超えて 阪神大震災』を発表。この年、神戸新聞平和文化賞受賞。翌1996(平成8)年『川柳展望』を人手に譲り、新たに『月刊川柳大学』を創刊。各紙誌の投稿川柳の選者としても活躍し、後進の指導と川柳の普及に努めた。2007(平成19)年3月10日、肺癌により神戸にて逝去。78歳。

■「阪神淡路大震災」に関連する防災格言内の記事
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 阪神淡路震災より18年(2013.01.17 店長コラム)











<防災格言編集主幹 平井 拝>

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今週の防災格言<474> 西川杏太郎 (美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)
2017.01.16 [Mon] 07:00


『 昔の知恵はばかにできない。 』


西川杏太郎(1929〜 / 美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)

阪神淡路震災は、日本の美術館や博物館の現状を露呈した災害でもあった。
ヨーロッパでは、所蔵品が自国の文化・精神の結晶体と考え都市文化の背骨となる一方で、日本の公立美術館は、ミュージアムが自治体の一施設にすぎない。

兵庫県立近代美術館では阪神淡路震災の当日(1995年1月17日)、学芸員3人を含む7人がかけつけ、転倒・破損した彫刻を収蔵庫に運ぶなどの作業に追われた。展示作品の撤去や収蔵庫の整理は以後数日にわたって続けられたが、余震に備えて彫刻を縛ったり、盗難防止のため作品を隠すなどに手間どり、すべての被害をつかむまでに3週間かかったという。

ただ、自館の復旧に取り組めた館はいい方で、神戸市立博物館では、11人いる学芸員は避難所勤務に動員されたため、しばらくの間、壊れた展示品が放置されていた。
西宮市大谷記念美術館の場合は、被災者の避難所となったため、1995(平成7)年6月4日まで、ピーク時で350人の被災者が館内に寝泊まりした。
兵庫県立近代美術館では、地震の翌日、館を遺体置き場にしたい、という県からの要請を受けた(実際には館が危険な状態だったため断らざるを得なかった)という。

災害時の学芸員の本来の仕事は「自館の資料保全」であることから「それをほったらかしにするのはクレージーだ」と海外の学芸員から非難されたという。

この震災を契機に、「見せる(企画展示)」に走ってきたこれまでの運営から、作品保存や安全な展示のあり方を見直す動きがでてきた。
絵の壁へのとりつけ方、彫刻を安定させる方法など、ちょっとした工夫で被害はもっと軽く済んだのではないか、との反省があるからだという。

震災半年後の夏、文化庁で、被災データを分析し、その対策マニュアルをつくる目的で、学識経験者で構成する「文化財の防災に関する調査研究協力者会議」が発足され、座長には西川杏太郎が就任する。
そして、2年後の1997(平成9)年6月、収蔵・展示・緊急処置の三点について書かれた防災指針『文化財(美術工芸品等)の防災に関する手引』が刊行されることとなる。

格言は読売新聞(1995(平成7)年9月26日朝刊)の記事「文化財:保存・展示に反省点」より。

曰く―――。

《 仏像など古い美術品の被害は思ったほどひどくない。やられたのは江戸以降に修理が加わった作品が多く、それ以前の作では台座に心棒が入っているなど構造がしっかりしていた。昔の知恵はばかにできない。私の博物館勤めの経験から言っても、ガラスケースのなかはクロス張りと板に限るとか、器物はなかに鉛玉を入れて安定させるなど先人の工夫は見直さなければならないと思う。
しかし米国の美術館から日本には震災対策のマニュアルがないと指摘されればもっともなので、今年は現場の生の声とデータをできるだけ集め、来年にはその分析にかかりたい。被災の代償は大きいが、震災の記憶が風化しないうちに対策をまとめていきたい 》


西川杏太郎(にしかわ きょうたろう)は、日本彫刻史、文化財保存学を専門とする美術史家。「書の巨人」と謳われ、書家として初の文化勲章受章者となった西川 寧(にしかわ やすし / 1902〜1989)の息子として東京都墨田区向島に生まれる。
旧制・東京中学校(現東京高等学校)を卒業後、昭和20(1945)年春、慶應義塾大学文学部予科に入学。東京空襲により中学は全焼したため卒業式はなし。大学も日吉キャンパスが帝国海軍に接収され入学式はなかったという。
旧制大学最後の卒業となる昭和25(1950)年9月に大学を卒業すると、翌年、文化財保護委員会(現文化庁)入りし、文化財保護部美術工芸課長、文化財調査官、東京国立博物館次長を経て、昭和62(1987)年に奈良国立博物館館長及び東京国立文化財研究所長となり、東京芸術大学客員教授を歴任。
退官後は、横浜美術短期大学学長、神奈川県立歴史博物館館長を歴任。平成25(2013)年より日本美術院から独立し国や行政の依頼で国宝、重要文化財などの修理を行う「公益財団法人・美術院 国宝修理所」の理事長に就任。
平成14(2002)年、勲二等瑞宝章を受章。主な著書『日本彫刻史論叢』など。

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今週の防災格言<473> スイス連邦政府「民間防衛(1969年)」より[2]
2017.01.09 [Mon] 07:00


『 我々は、あらゆる事態の発生に備えて
 準備しなければいけないと言うのが、
 もっとも単純な現実なのである 』


スイス連邦政府 連邦法務警察庁発行「民間防衛」より(1969年)

「民間防衛」は、永世中立国のスイス政府(国民保護庁)が冷戦時代を背景に1969年、スイス国民の一人一人が、戦争や自然災害など、あらゆる危険から身を守れるようにと各家庭に無償配布された冊子(マニュアル)である。
食料や燃料の配給統制や食糧備蓄、戦争・核兵器・化学兵器への対策や、それらが使用されたときの行動などが仔細にわたり解説されている。

食料を輸入に頼るスイス政府は、第二次世界大戦の時、中立政策を維持したために、周辺の国から食料の輸入が困難になった経験がある。そのため、有事の際に食糧を確保するために小麦を1年以上備蓄し、古くなったものから市場に放出するといった公的備蓄制度が整備された。そして、一般家庭でも食料を自主備蓄することが推奨されている。

■「民間防衛」に関連する防災格言内の記事
 スイス連邦政府「民間防衛(1969年)」より[1](2009.05.11 防災格言)
 スイス連邦政府「民間防衛(1969年)」より[2](2017.01.09 防災格言)
 スイスのパンはとっても不味い(2002.12.16 店長コラム)
 「備えよ、常に( Be Prepared )」スカウト標語(2008.05.26 防災格言)
 後藤新平(日本スカウト運動標語)(2010.4.26 防災格言)
 アンリ・デュナン (国際赤十字標語)(2011.5.2 防災格言)











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今週の防災格言<472> 芥川龍之介 (作家)
2017.01.02 [Mon] 07:00


『 臆病は文明人のみの持っている美徳である。 』


芥川龍之介(1892〜1927 / 大正時代の作家 代表作「蜘蛛の糸」など)

格言は随筆『続野人生計事』(1924年)の「コレラ」より。
(出典「百艸」(新潮社 1938年)収録)

曰く―――。

《 僕はコレラでは死にたくない。へどを吐いたり下痢をしたりする不風流な往生は厭やである。ショウペンハウエルがコレラを恐がって、逃げて歩いたことを読んだ時は、甚だ彼に同情した。ことに依ると、彼の哲学よりも、もっと、同情したかも知れない。

しかし、ショウペンハウエル時代には、まだコレラは食物から伝染するということがわからなかったのである。が、僕は現代に生れた有難さに、それをちゃんと心得ているから、煮たものばかり食ったり、塩酸リモナーデを服んだり、悠々と予防を講じている。この間、臆病すぎると言って笑われたが、病は文明人のみの持っている美徳である。臆病でない人間が偉ければ、ホッテントットの王様に三拝九拝するがいい。 》

芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ / 芥川竜之介)は、東京の京橋区入船町八丁目(現中央区明石町)生まれの作家。号は澄江堂主人、俳号は我鬼。
最初、長州(山口県)の農民兵の家系である父・新原敏三の長男として生まれるが、生後すぐに実母フクが発狂したため、母の実家である本所区小泉町(現墨田区両国)の芥川家に引き取られ、後に養子となった。芥川家は代々幕府の奥坊主を務めた家系で、少年時代の龍之介は、江戸趣味の文人趣味の中で育った。江東尋常小学校(現墨田区立両国小学校)、旧制・東京府立第三中学校(現墨田区立両国高等学校)、旧制・第一高等学校(現東京大学)を経て、大正5(1916)年に東京帝国大学文科大学英文学科を卒業。大学在学中に、一高からの同級生の久米正雄、菊池寛、松岡譲らと同人誌「新思潮(第3次、第4次)」を刊行し、大正5(1916)年の『鼻』で夏目漱石に認められた。大学卒業後は、鎌倉へと移り、横須賀の海軍機関学校の嘱託教官として英語の教鞭をとりながら創作に励み『羅生門』など短編作品を次々に発表した。大正8(1919)年に教職を辞し、大阪毎日新聞社の客外社員となり東京の田端へ転居し創作活動に専念した。大正10(1921)年、海外視察員として北京や上海を訪中、帰国後から次第に体調を崩すようになる。大正12(1923)年9月1日の関東大震災では、田端の自宅で罹災。当日は食料の調達にと駆け回ったが、震災翌日からは風邪をこじらせた。大正15(1926)年には胃潰瘍や神経衰弱、不眠症で湯河原で療養。昭和2(1927)年7月24日、田端の自宅で服毒自殺。享年35。病気のほかに家庭的な憂苦もあったとされる。
死から8年後、親友で文藝春秋社主の菊池寛により、新人文学賞「芥川龍之介賞」が設けられた。

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今週の防災格言<471> 白井俊明 (化学者 東京大学名誉教授)
2016.12.26 [Mon] 07:00


『 火の用心は
 一人の人に任せずに、
 皆が互いあいたすけて
 ばんぜんの注意をすべきもの 』


白井俊明(1900〜1975 / 化学者 東京大学名誉教授 東京理科大学教授)

曰く―――。

火事の原因を見ますと、放火という特別に悪意のあるのは別としても、自然発火や、落雷、漏電などという予期し難い原因による火事は非常に少く、あとは火の取扱いの不注意とか、弄火(ひあそび)のようなことが主な原因になっています。

漏電は電気の設備の注意で防げますし、自然発火は自然発火しそうなものについて特別の注意をしていれば防げるものですから、こう考えると火事は殆ど全部が不注意に基くものと断定してもいいでしょう。

もちろん不注意になるにもいろいろわけがあることでしょうが、火の用心は一人の人に任せずに、皆が互いあいたすけてばんぜんの注意をすべきものです。

《 中略 》

大地震のあとでは、水道の断水が起り、その上一時に多数の地点で発火するおそれがあるので一番危険といわねばなりません。一時に多数の火事が出ると、どうしても消火器は勿論、人手は不足してきて大火になります。この意味から日本では、地震にもこわれぬ水道と、各家庭で地震の際に、特につとめて失火しない心掛けと火は小さいうちに消す心構えとを作っておかねばなりません。地震に絶対にこわれぬ水道は望まれぬと思いますから、大都会では各家庭に井戸を備えておく必要があります。しかしこの井戸は常に清潔に保って、伝染病の巣にしないような注意も肝要です。

大風のため遠くまで飛火して、一時に多数の火事を出すこともあります。そんなときは、風下の家の人は逃げ出すことばかりを考えないで障子のむきだしをなくするため雨戸を閉めたり、水をかけたりして飛火のための発火を防ぐよう心掛けていれば、幾分でも延焼をおそくし、大火になることを防げると思います。大風の昼間に火事がある時は、各家庭に男手が割合少く、飛火しても煙は地を匐(はらば)い、火は見つけにくいのですから、特にこの方面の配慮は必要と考えます。

元来、大都会は、火事は小さいうちに消し止められるようにできていなければならぬものです。これは都市計画をする人たちがいろいろと苦心しているところです。例えば家と家との間を広くするとか、通りは特に広くするとか、すべて防火建築にすることはできぬとしても、要所要所は防火建築にして一種の防火壁にするとか、いろいろの工夫をしています。

またその都会では、どの方向に乾燥した風が一番よく吹くかをしらべて、その方向に軒並み長い町を作らぬようにすることも必要なことです。例えば東京では、冬は北西の乾いた風が多く、その他の季節に吹く北東の風のあとには雨が多いのですから、北西の風に特に留意して北西から東南にかけて長く混みあっている町を作らぬことです。

また通りの幅がいくら広くなったからといっても、火事の時に、その広い通りに無制限に家財を運び出して並べ立てては、却って家事を拡げる役にしか立たぬことを忘れてはなりません。

格言は著書「子供の科学文庫:火と焔」(誠文堂新光社 1948年)より。


白井俊明(しらい としあき)は、東大地震研究所や理化学研究所の研究員を経て、東大教授、東京理科大教授を歴任した化学者。専門は物理化学。理学博士。

はじめ、高等学校で習ったドイツの化学者アーノルド・ホルマン(1859〜1953)の無機化学に興味を覚え、後に、スウェーデンのノーベル化学賞学者スヴァンテ・アレニウス(1859〜1927)やドイツの化学者ヴァルター・ネルンスト(1864〜1941)らの地球化学・宇宙化学論文に影響を受けたという。
大正12(1923)年東北帝国大学理学部化学科を卒業し、同年、東京帝国大学理学部助手となる。大正15(1926)年東京帝国大学地震研究所、理化学研究所に研究員として長く勤務し、東大助教授を経て、昭和25(1950)年東京大学教養学部教授に就任。昭和35(1960)年東大を定年退官し東大名誉教授。同年東京理科大学教授に就任され、昭和45(1970)年退職。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

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今週の防災格言<470> 松田時彦 (地質学者・地震地質学 東京大学名誉教授)
2016.12.19 [Mon] 07:00


『 自然界は地震計にくらべると、
 地震を大雑把にしか記録しないが、
 代りに地震計が存在しなかった時代の
 地震をも記録している。 』


松田時彦(1931〜 / 地質学者・地震地質学 東京大学名誉教授)

格言は編著「古地震―歴史資料と活断層からさぐる(東京大学出版会 1982年)」の「四、歴史地震の地学的意義づけ」より。

曰く―――。

《 地震のようなまれに起こる事件については、その事件の再来期間に比べて十分に長い時間にわたって調べなければ、一般的な形でその意義づけを行うことができない。≪中略≫

一般に日本内陸で知られている活断層は第一級の活動度をもつもの(A級活断層)でも大被害地震を再発するのは一〇〇〇年オーダーの期間に一回であることが地形・地質の調査から結論されている。B級やC級の活断層ではそれが万年オーダーかそれ以上である。歴史時代あるいは近い将来に、特定の活断層が大被害地震を起こすのに遭うのは、文字通り千載一遇あるいは万が一のことなのである。

歴史時代の地震が、歴史時代をこえた長い時間の流れの中でとらえられた時、その地震像はより完全なものとなってゆくであろう。 》


松田時彦(まつだ ときひこ)先生は、東京出身の地質学者で、日本における活断層研究の第一人者。理学博士。

内陸部の活断層の長さから将来起こるであろう地震の規模を推定するのに広く用いられる「松田式(1975年)」と呼ばれる断層の長さ(Km)とマググニチュード(M)の関係式を提唱し、活動度や歴史地震記録などから具体的に複数の「要注意断層(1981年)」を抽出するなど、先駆的なトレンチ調査の導入によって日本の活断層地震の長期評価の基礎を築いたことで知られる。

東京大学理学部地学科、東京大学大学院理学系研究科を経て、1959(昭和34)年に東京大学理学部地質学教室助手に就任。1961(昭和36)年に東京大学地震研究所助手。以降、60年近くにわたり活断層の研究を行い地震地質学の分野を切り開いた。1992(平成4)年、東京大学を定年退職され東京大学名誉教授となる。他に、九州大学理学部地球惑星科学科教授、熊本大学理学部地球科学科教授、西南学院大学文学部児童教育学科教授などを歴任。日本地震学会(地震学会)の代議員を長く務め、政府の中央防災会議、文部省測地学審議会、地震調査研究推進本部地震調査委員会、地震予知連絡会、科学技術庁原子炉安全専門審査会などの専門委員や、各地行政の活断層調査委員として各地の活断層調査に尽力された。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

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