第五話 アルフォンスの敗北。 

2010年01月26日(火) 0時00分
「待ってたぜ、アルフォンス・エルリック。」
ボクの名を呼び、ソファで足を組んでいるエドワード先生は少しだけ口の端を上げた。
「こいつが今日手伝って貰う分。」
テーブルの上の原稿を見て、いったん床に置いた鞄を再び持ち上げた。無論、この場から逃げるためだ。
「手伝ってくれるんだろ?約束だもんな。」
「こんな量、とても無理です!」
高さにして1メートル。こんな枚数、徹夜しても終わるわけが無い。
エドワード先生は、ふんっ!と気合を入れて原稿を持ち上げ、ボクに手渡した。
予想以上の重さに呆気なくボクの身体は崩れ、一斉に原稿が舞い上がると先生は大きな溜め息を吐いた。
「す、すみません。重くて、」
「バラバラにした罰だ。一晩で一ヵ月分やれ。」
原稿の重みで立ち上がれずにいるボクの上に、容赦なく次から次へと原稿の束を落としていく。
すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。
「お、重い、」
目を開けると見慣れた天井。
「・・・あれ?」
(ああ、何だ。夢だったのか。)
ホッとしたボクは妙なことに気が付いた。現実へと戻ってきたのに身体に圧し掛かるこの重さは何だ。
「エンヴィー・・・。」
身体の上の、いや正確にいえば布団の上の友人は、満足そうな笑みを浮かべている。不満気なボクとは対照的だ。
「退いてよ、重くて苦しい。」
「そう言うなって。この重さはアルフォンスへのオレの愛の重さなんだぜ?」
「へぇ。それじゃあキミ、随分ボクを愛してくれてるんだね。」
微笑んだエンヴィーは、ボクの胸元あたりに頬を寄せ、そうだよ、と小さく呟いた。
「昨日はどこ行ってたんだよ?聞こうと思ったのに、お前、風呂から戻ってきたらすぐ寝ちまうし。」
「昨日は、・・・図書館に行ってた。」
思わず嘘を吐いてしまった。
どうか、布団を通じてボクの心臓の音がエンヴィーに伝わりませんように。
ボクの願いが届いたのか、彼は起き上がりベッドから下りた。
「開けるぞ。」
カーテンを開けると宿舎で一番狭い部屋は光に包まれる。
右手でカーテンを掴んだまま、エンヴィーは窓の外を見つめた。
「――― たとえ幾千幾万の兄がいて全ての愛情を寄せ集めたとしても、オレ一人のこの愛には到底及ぶまい。」
「え?」
体を起こしたボクに、「“ハムレット”だよ。」とエンヴィーは微笑む。
「ハムレット?“生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ”ってヤツ?」
「さすがはアルフォンスくんだねぇ。」
「それくらいしか知らないよ。だけど、何で急にハムレット?あ、もしかして、」
うん、と彼は頷く。
「今度はそのハムレット役を頼まれちゃってさ。早速、今日から学校終わったら稽古なんだ。」
以前、彼は素人の劇団に誘われて興味本位で引き受けたことがある。
公演初日は『まぁこんなもんだろう』程度の券の売れ行きだったが、エンヴィーのルックスと演技の上手さが話題を呼び、劇団初の券完売という現象が千秋楽まで続いた。
噂ではファンクラブなるものまで出来たという。
「この前結構楽しかったから、もう一回やってみようかなぁって。また見に来てくれるだろ、アルフォンス。」
「もちろん!絶対行くよ!」
今はこうして笑い合っているけれど、数年後のエンヴィーはボクの手の届かない世界で暮らしているのかもしれない。
「最後まで頑張れるように、アルフォンスからパワー貰ってもいい?」
「いいよ。でもどうやって?」
「こうやって。」
そう言うと彼はボクに近付き、唇に軽いキスを一つ落とした。
(は、)
「やったね!オフィーリアの唇もーらい!」
いけない。予想してなかったことが起こると、どうしても反応が遅れる。
「ボ、ボクはオフィーリアじゃないよっ!」
叫んだ時には、既にエンヴィーは笑い声を残して部屋の外。
戯けた奴だと怒るべきか呆れた奴だと笑うべきか、それが問題だ、うん。


休み時間、先生に頼まれて、ボクは何冊もの分厚い辞典を抱えて歩いていた。
一歩進むごとに辞典の重みが増す気がする。ゴールの職員室がなんて遠いことか。
(やっぱ一人じゃキツイなぁ・・・。)
弱気なことを思い始めたボクの目に、中庭の芝生で寝ているグリードの姿が映った。
渡り廊下まで行き、柱と柱の間で「グリード!」と叫ぶ。
身動き一つしない。
ええい、負けてなるものか。アイツの場合、100%のうち95%が寝たふりだ。
「グリード!グリードってば!グリード!」
「うるせぇな。年上を呼ぶ時には“さん”ぐらい付けろよ。」
ほら、やっぱり寝たふりだった。
「これ運ぶの手伝ってよ、グリード。」
「お前さ、オレの教え聞いてた?」と男の眉間に皺が寄る。
「キミが先輩になった日には“さん”付けで呼ぶよ。」
教室どころか宿舎まで届くような溜め息を吐いて、グリードが立ち上がった。一つ違いでもやたら大人びて見えるのは高い身長のせいだろうか。
「どこまで運ぶ?」
「職員室の先生の席まで。」
「ジョーダン。職員室の手前までなら手伝ってやってもいいぜ。」
「分かったよ。じゃあ、そこまででいい。」
半分ずつ分けて、並んで歩く。
すれ違う生徒が好奇の目でグリードを見るたび、「やっぱやーめた。」と彼の気が変わらないことを願った。
この状況を忘れるような話をしよう。
「高そうな時計だね。」
ああ、これな、とグリードが自分の手元に目を向けた。12時の位置に小さな宝石が嵌め込まれている。
「遊びに付き合ってやった女からのプレゼント。前に欲しいと言ったのを、ちゃんと覚えていてくれてたみたいでさ。やっぱ金と暇を持て余してる夫人は違うね。気前がいいし、」
扱いやすい、とグリードは不適に笑う。
「呆れた。」
「オレは強欲だから欲しいと思ったものは必ず手に入れるんだ。女も金も快感も、それからやたらバカ高い値札のついてたこの時計もな。」
「相手の旦那に刺されないよう、背中に気を付けなよ。」
「ヘェ、心配してくれてンの?」
長身の男が少し背を屈めて覗き込む。
切れ長の目、通った鼻筋、丁度良い厚さの唇。
性格が歪んでさえいなければ、エンヴィー並みの、いや、エンヴィー以上の大きなファンクラブが出来上がるかもしれない。
「まさか。」
目を逸らしたボクに、男は、ククッ、と笑い声を上げる。
「アルフォンス・エルリック。」
名前を呼ばれたのはボクなのに、グリードが逸早く顔を上げた。
「エドワード先生。」
相変わらずニコリともしない教師だ。少しでも口元を緩めてくれたら印象もずいぶん柔らかくなるのに。
「あっ、そうだ!鍵!」
おっとと。辞典が傾き、慌ててバランスをとる。
「昨日はあのまま持って帰ってすみませんでした。宿舎の部屋にあるので戻って、」
「スペアがあるから急がなくていい。」と先生はボクの言葉を遮り、それより、と自分の言葉を続けた。
「今日は、夕方から会議なんで手伝いには来なくていい。」
「えっ。」
「以上だ。」
質問は受け付けない。授業の時に放つ理不尽極まりないオーラを強く感じる。
「お前、アイツの手伝いなんかしてんの?」
去っていく教師の背中を見ながら、グリードが尋ねてきた。
「・・・うん。」
軽く頷いてから、ボクは心の中で二度溜め息を吐いた。
一つ目の溜め息は、この場にエンヴィーがいなくて本当に良かったという安堵の。そして、二つ目の溜め息は、
「エドワード先生のお手伝いが出来ないなんてガッカリ、って顔してるぜ。」
「ガッカリなんてしてない。」
ただちょっと気が抜けただけ。‥‥そう、それだけ。
授業が終わる頃には、こんな気持ち、とっくに消えてるに違いない。
「優等生ってのは、あーいう外れた教師に惹かれるもんなのか?」
「え?あ、ごめん。よく聞いてなかった。」
「まぁ、相手が誰であろうとオレは負けやしねぇけどな。」
眉を顰めるボクの脇をグリードが通り過ぎる。
「グリード、いったい何の話?」
彼は振り返り、「恋のハナシ。」と微笑んだ。この男を理解するにはもう少し時間がかかりそうだ。


授業が終わり、ボクは宿舎へ戻った。
何の予定もない今日に限って宿題も出ず、夕飯までの時間潰しの方法をベッドの上で考えた。
エドワード先生は夕飯どうするんだろう。
あぁ、駄目だ、駄目だ。あの人が夕飯を食べようが食べまいがボクには関係ないだろ。
図書室にでも行ってこようか。
昨日買った食材、無駄にならなきゃいいけど。
牛乳は冷蔵庫に入れてるかな。もしかして買い物袋から出してもいないんじゃ‥‥。
(なんか不安になってきた!)
机の上の鍵を掴み、部屋を飛び出した。
「アルフォンス?」
勢いよく階段を駆け下りるボクを、何事だとグラトニーが目を丸くして見ている。
「出掛けてくる!夕飯時刻に間に合わなかったら、ボクの分も食べてていいよ!」
「ホント!?でででもっ、今日はカスタードプディングが出るんだよ!?」
「あげる!」
振り向かなくても予想はつく。彼は今、天使を見るような目でボクを見ているに違いない。


(ごめんなさい、エドワード先生。)
少しの罪悪感を指先に残し、ボクは部屋の鍵を開けた。
「さて、と。」
急がないと会議を終えたエドワード先生が帰ってきてしまう。
「あった、あった。」
ボクが昨日買った物が流し台に置かれている。いや、置いたといういよりも袋を逆さまにしてぶちまけたといった方がいい。
良かった、牛乳はちゃんと冷蔵庫にしまってある。
「あれ、パンが無いや。あとで買ってこよう。」
こんなハラハラドキドキしながらのシチュー作りは初めてだ。

「終わった・・・。」
出来上がった時には罪悪感は消え、代わりに達成感と疲労感に襲われていた。
「そうだ。パンを買って、・・・・・・あれ?何、この音。」
ダダダダダダダ。
地鳴り?違う。改装工事?違う。どこかの部屋で流している音楽のドラム?違う。
認めたくないけど認めよう。
これは、凄まじい勢いで階段を駆け上がってくる音だ。
「き、きっと下の階の人だよね。うん、きっとそう。」
止まる気配のない音に大きく顔が歪む。――― 間違いない、あの足音はここの主だ。
ヤバいヤバい、と狼狽えてると、「うらあぁッ!」という声と共にドアが開いた。
用心の為に鍵を掛けてはいたけれど、まさか自分の家のドアを足で蹴破るとは‥‥。
「お、おかえりなさい‥‥。」
まさかボクがいるなんて思いもしなかったのだろう。
エドワード先生は僅かに目尻の上がった目を見開いたまま、右を見て左を見て、それからまたボクを見て「ただいま。」と答えた。
「‥‥いい匂いがする。」
流しに視線を向け、クン、と鼻を動かす。
「シチューを作りました。‥‥余計な真似して、すみません。じゃあ、ボクはこれで。」
「なんだよ、もう帰るのか?どうせなら一緒に食おうぜ。」
「え。」
「あ、でもその前にドア直さねェとな。こうなったのはお前にも責任あるんだから手伝えよ。」
壁に当たって床に倒れていたドアを持ち上げる。
「ネジが外れただけか。これなら楽勝だな。お前の後ろの棚の一番上の引き出しに、ドライバーが入ってるから持ってきて。」
ドライバーを手渡すと、サンキュ、と先生は口元を僅かに緩めた。
「どうして怒らないんですか?エドワード先生は、ボクを泥棒だと思ってドアを壊したんでしょう?」
「まァな。もし泥棒野郎が向かってきたら、アレで応戦するつもりだった。」
両手が使えない先生は、顎で下駄箱に置いてある『アレ』を差した。それは透明な袋に入ったやたら長いフランスパン。真剣な表情から見て冗談20%、本気80%といったところか。
「先生に来なくていいと言われてたのに、ボクは鍵を使って勝手に入ったんですよ。」
「昨夜、シチューを作るって言ってたじゃん。お前はただ、約束を守ったんじゃねーの?」
ドライバーを右手に持ったまま肩を竦める。
昨日ボクが言ったこと、この人ちゃんと覚えていたんだ。
「それにさ、手伝いは無しとは言ったけど、来るなとは、言って、ねェ、だ、ろ、っと!」
力を込めるたび、言葉が途切れ途切れになっている。
「でもエドワード先生、」
「よっしゃ、終わり終わり!ドアの修理もこの話も!腹減ったァ!」
ボクの肩を軽く叩き、先生は脇を通り抜けた。

「これ牛乳入ってんだろ?なのにこの美味さ、信じらんねーよな。」
「エドワード先生って牛乳嫌いなんですか?」
「あ?“嫌い”じゃねーよ。“大嫌い”だっ!」
真面目な顔で子供みたいなことを言ってる。
噴き出しそうになり口に手をあてると、彼はなんだよ、と唇を尖らせた。そんな仕草も子供みたいだ。
「お前、いい主夫になれるな。おかわりいい?」
「どうぞ。いっぱい作りましたから。」
シチューを掬う彼の後ろ姿に兄さんの姿を重ねる。想像でしかない成長した兄さんの姿。
「‥‥嬉しいです。」
まるで兄さんに褒めて貰えたようで。
「兄さん?あぁ、前に言ってたオレと同じ名前の兄貴か。」
振り返ったエドワード先生の言葉に、ボクは椅子に腰掛けたまま引っ繰り返りそうになった。
「ななな何でっ!?どどど読心術ですかっ!?」
「読心術?いいえ。思いっきり声に出ていましたけど?アルフォンス・エルリックくん。」
椅子を動かすたび大きく軋むこの床を、今すぐ壊して逃げ出してしまいたい。
「お前の兄さんって、名前だけじゃなくて顔もオレに似てんの?」
「分かりません。」
ボクは上着のポケットから二つ折にした写真を取り出した。
いつでも兄さんを傍に感じていたくて、毎日こうして持ち歩いている。
「左側にいるのが兄さんで、右側にいるのがボクです。兄さんの写真はそれだけなんです。その写真を撮った後、離れ離れになってしまったから今はどんな顔をしてるのか。」
ふぅん、と呟いて、彼は顎を摩った。
「オレの小さい頃に似てるといえば似てるな。クソ生意気そうなトコなんか特に。」
反応のないボクに拍子抜けしたのか、エドワード先生は肩を竦め、テーブルの上を滑らせるように写真を返す。
「エドワード先生は弟さんの写真は持ってないんですか?」
「持ってない。」
「エドワード先生の弟さんは、」
「ちょっと待った。」
作法なんて知ったことかタイプの先生は、放り投げるようにスプーンを皿に置いた。
「ココは学校じゃないんだからさ。敬語とその『先生』っての止めてくんない?」
「それなら何て呼べば‥‥。」
「そうだなァ。じゃあ『エド』でいいや。そう呼ばれることが多いし。」
「それは無理ですッ!」
即答したのが気に障ったのか、なんでだよ、と彼は唇を尖らせた。
だって、まるで兄さんを『エド』と呼ぶみたいで気が引けるじゃないか。
「エドワードじゃ硬過ぎるしな。あ、エディは止めろよ?前に、そう呼ばれてるヤツに殺されかけたことがあるんだ。」
「ええっ!?」
殺されかけた理由はこうだ。
その『エディ』という人は、長年片思いだった女性に勇気を振り絞って告白したのだが、好きな人がいるからと呆気なくふられたそうだ。
しかし、彼女の恋もまた、実ることはなかった。
なぜなら、今、ボクの目の前でシチューを口いっぱいに詰め込んでいるこの人にふられてしまったから。そう、彼女の好きな相手は、このエドワード・エルリックだったのだ。
泣いている彼女を見て『エディ』は怒りに満ち、ナイフ片手にエドワード・エルリックに立ち向かった。
「丸腰相手にナイフだぜ?頭にきて、ふざけんな!って一発殴ったらソイツ気絶しちゃってさ。」
‥‥丸腰って、アンタ自身が凶器の塊のような気がする。
「なんつぅ弱いヤツだと呆れてたけど、その様子を見てた女が“私の為に!”って感激しちゃってさ。今じゃ二人は恋人同士。この話を聞いてどう思う?アイツらのキューピットって、やっぱオレか?」
恋の矢を放つ代わりに一発お見舞いするようなキューピットなんて、出来れば一生お会いしたくない。
「それで呼び方はどうする?エドはお前が却下。エドワード先生とエドワードとエディはオレが却下。ついでにいうと、エドワード先生って何々っぽいから〜みたいな戯けたあだ名も却下。」
無茶苦茶だ、NGワードが多すぎる。
(‥‥エドワード・エルリック。)
ボクはテーブルの上に置いていた写真を指先でなぞった。
「それなら、『兄さん』って呼んでもいいですか?」
「え。」
全く予想していなかったのだろう。先生の口からなかなか次の言葉が出てこない。
写真を折り、ゆっくりとポケットに仕舞いこんだ。
ボクは馬鹿だ。この人と兄さんを重ねるどころか、この人と兄さんを一つにしようとするなんて。
「どうかしてますよね。すみません、今のは忘れて下さい。」
「気に入った!」
エドワード先生は右手でテーブルの端をタン、と叩いた。
「いいじゃん、その呼び方。お前が『兄さん』って呼ぶなら、オレは『アル』って呼ぶわ。」
その方がより兄弟っぽい、と先生は笑う。
「実を言うとさ。おかえりなさい、ってお前言ってくれただろ?あの一言で、暗くて冷たかった部屋が、春の陽気に包まれたみたいに暖かく感じてさ。思ったんだよ、あぁ、家族ってこんな感じなんだよなァ、って。」
気恥ずかしくなったのか、らしくねェな、と目を伏せる。
「そんなことないよ、・・・兄さん。」
どんなに頑張ってもボクたちは本当の兄弟にはなれない。だけど、『兄さん』と呼ばれてエドワード先生が顔を上げたとき、やっと会えたような気がしてボクは少しだけ泣きそうになった。
「でも、この部屋を出たら『兄さん』とは呼ぶなよ?お前はオレの恋人なんだから。」
うん、やっと会えたような気がしたのは錯覚だった。
「いい加減、ビドーさんやウルチさんらに本当のこと言ってほしいんですけど。」
「つーか、恋人だと思ってるのアイツらだけじゃないんだよね。」
「他にもまだ誤解してる人が!?」
「ビドーの口って風船よりも軽くてさ。あっという間にここいら一帯に知れ渡っちゃって。まァ、真実を伝えるならでっかいメガホンでも使わねェと無理だろうな。あらら、眉間に皺寄せちゃって、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ、アル。」
――― アル。
(アル‥‥。)
いやいやいやいや、さりげなくアルと呼ばれて感動している場合じゃない。
「でっかいメガホンを使ってでも、皆に真実をちゃんと伝えてよ!」
「お前はオレの教え子だって?ホントにそれでいいのか?教師と生徒が“恋人同士”ってのは余計まずくなるんじゃねーの。」
なぜ、真っ先に訂正してほしい箇所をそのままにしておくか。
「お前が嫌でも、エドワード・エルリックの恋人ってのが一番都合がいいんだよ。」
「恋人ってことにしておけばエドワ、じゃなくて、兄さんを恐れて怪しい連中がボクに近づいてこないから、って言うんでしょ。」
あー、って何その薄い反応。
「確かに昨日まではそう思ってたけど、今日お前の新たな一面を知って考えが変わったんだ。・・・なァ、アル。今までそうでもなかったのに、突然、好きになるってこともあるんだな。」
彼の視線に縛られて身動きがとれない。かろうじて唇は動くけれど、叫ぼうものなら心臓が飛び出してしまいそうだ。
「あの、つまり、それは、どういう、」
「分かんねェ?つまり、」
心臓が走り回っているせいで体中が脈打っている。
「アルが美味いシチューを作ってオレの帰りを待ってるとこをもし誰かに見られても、恋人だったら不自然な光景じゃないだろうってコト。」
「へ、」
先程までの激しい心臓の動きは嘘のよう。
「このシチューなら毎日でもいいな。ん?どうした?ぽかんと口開けて。あ、もしかして人参食いたいのか?仕方ないな、ほら。」
人参を乗せたスプーンを差し出されて、いりません、と顔を引きつらせる。
「突然好きになったのはシチューの話ですか。」
「他に何があるんだよ?」
ここは、シチューの話で良かった!バンザーイ!バンザーイ!と喜ぶべき所だろうが、なんだろう、この敗北感にも似た虚しさは。
「これからも作ってくれよな、オレの可愛い弟よ。」
なんて楽しそうな笑顔だ。ボクの知ってる数少ない笑顔の中でも、断トツで輝いている。
ボクは、アハハ、と笑い、「二度と作るもんか、ボクの親愛なる兄さん。」と伝えた。




次も頑張れぃ。
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